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第2章 過去回想


 私はスッとソファから立ち上がると、窓辺へと足を運んだ。

 そしてドレスの胸元に隠されたネックレスの石を、いつものように握るように触れて心を落ち着かせながら、そこから眼下に広がる麦浪を眺めた。

 金色に輝いて美しい。

 しかし四年前ほどまでそこは荒れ放題で侘しい景色だった。それは数年間続いた異常気象による水不足のせいだった。


 私の記憶は過去へと遡った。




 この土地の領主だったフォーケン伯爵は元々見識の高い人物で、以前から灌漑工事の必要性を国に訴えていた。

 しかし、当時の我が国は隣国との関係が不安定だったので、防衛費にばかり予算が当てられていて、援助をしてもらえなかったのだ。

 ここがこの国の食料庫と呼ばれる穀倉地帯だったにもかかわらず。


 その結果、折しも伯爵の意見書通りに、数十年に一度という乾季に突入し、あっという間に畑の植物は枯れ果ててしまった。

 それでも二年目までは伯爵が私財を投げ売って領民の生活を守った。

 しかし、その乾季が三年目に突入すると伯爵家は莫大な借金をしなくては、最低限の領民達の生活さえ守れなくなった。


 そんな伯爵家に手を差し伸べて救ったのが、隣の領地の領主だった我がサンドベック伯爵家だった。

 父のキースはフォーケン伯爵のフロイド様と幼なじみであり、学園時代も共に過ごした親友同士だったのだ。



 博識で逞しくて慈愛溢れていたフォーケン伯爵。

 まるで神聖な女神のようにどこか儚げで神秘的でありながら、可愛らしくて愛情深かったフォーケン伯爵夫人のアリス様。

 アリス夫人に瓜二つ。まるで天使のように愛らしくて美しい、一人息子のフリュード。


 この世界で最も美しく幸せそうな一家だった。



 フォーケン伯爵家と我が家は親類以上の付き合いをしていた。

 父親だけでなく母親同士も親友だったし、子供同士も実の兄弟のような関係だった。

 兄達は実の妹である私のことよりも、むしろフリュードの方を可愛がっていた。

 しかしそれも仕方ないと私は思っていた。実際に容姿も性格も私よりも彼の方が可愛かったからだ。

 しかしそれを僻んだことはなかった。

 なぜなら、フォーケン伯爵家の皆様は私を本当に愛し、可愛がってくれていたからだ。

 なんとフォーケン伯爵夫妻は私をご自分の娘だといつも言ってくれていたくらいだから。

 それをフリュードはとても嫌がっていたわ。でもそれは嫉妬ではなかった。


「兄弟では結婚できない。そんなの嫌だ!」


 そんな彼の言葉を私とフロイド様は笑って受け流していたが、アリス様は違った。なんとフリュード向って


「ルナちゃんと結婚したいなら、ルナちゃんに相応しい立派な男におなりなさい。お父様のように」


 と発破をかけていた。

 もちろん次兄のロビンからは


「あれはお前を利用してフリュードを鍛えようとしているのだから、本気にするんじゃないぞ」


 そう釘を刺されたけれど、言われなくてもそんなことは分かっていたわ。

 フリュードと私じゃ月とスッポンだったのだもの。

 だってフリュードは明るい金髪に済んだ水色の瞳をしていて、とにかく可愛くて綺麗だった。

 ここから遠く離れた、森と湖と雪に覆われていた亡国の王家の末裔というアリス様にまさに瓜二つ。

 まさに絵本に出てくる王子様みたいだった。

 しかも、父親に似て頭脳明晰で英名闊達。

 見かけは天使だけどまるで黄金のドラゴンのように凛々しくて強かった。

 これほど外見と中身が違う人間はいないじゃないかしら。

 

 赤ん坊のころからの付き合いだったが、彼はとても頭が良くて、あっという間におしゃべりを始めて、すぐに文字が読めるようになった。

 しかも四、五歳くらいのときから私に絵本だけじゃなくて、普通の本まで読み聞かせをしてくれていた。年上の兄達よりもスラスラと。

 しかも、一度読んだ本の内容は忘れないらしく、私のお気に入りの話は、そこに本がなくても、それこそ淀みなく語り聞かせてくれたものだ。

 長兄のランサム曰く、フリュードは天才らしい。


「そのうちフリュードが王都の学園に入学したら、きっとモテモテで婚約者なんて選び放題だぜ」


 って兄達は言っていたから、私もそうだろうなって思っていた。

 でも、どんな形であれ、彼と離れることは絶対にないと信じていた。

 フリュードはいつも私を好きだよ言ってくれていたし、アリス様からもらった首飾りを着けていたから。


 十一年前。そう、あれはアリス様が亡くなる一年前のことだった。

 当時まだ八歳だった私達はアリス様から、フォーケン伯爵家の家宝だという黒く輝く魔石の付いたお揃いのネックレスをもらったのだ。

 でも、その前にこう聞かれたの。


「これを首にかけておくと、お互いを呼び合うから決して離れることはないわ。そして相手を守ることができるの。

 でも、一度身に着けたら外すことができないの。どうする?」


 フリュードはパッと顔を輝かせて「着ける」と即答したわ。


「ルナと一生離れたくないし、危険な目に遭ったら僕が絶対に助けたいもん」

 

 それを聞いた私も同じことを思ったので頷いた。

 するとアリス様は本当に嬉しそうに微笑んで、私達の首にネックレスをかけてくれたのだった。



 その翌年アリス様が亡くなった。

 そしてその後間もなくしてフォーケン領が異常気象に襲われ、それが数年続いて干ばつとなった。

 父はフォーケン伯爵のために奔走し、国からの援助を取り付けた。

 母と私は飢えた人々のために炊き出しをし、バザーを開いて救援金を集めて伯爵やフリュードを支え続けた。


 しかし、不幸の連鎖は止まらなかった。

 十二の時、私の母が流行り病で急死したのだ。

 そしてその長い間の無理が祟って病気がちになっていたフロイド様がその翌年に亡くなってしまった。

 フリュードは十三で孤児となってしまった。

 借金だらけのフォーケン伯爵家を救おうという親類は誰もいなかった。もちろんフリュードを引き取ろうとする者も。

 そこで父がフリュードの代理人となってフォーケン伯爵領の再興を継続し、見事に豊かな穀倉地帯を蘇らせたのだ。


 私とフリュードはずっと手を取り合い、支え合って暮らした。そのため、二人の絆はさらに深まったのだ。

 そしてフロイド様の喪が明けて間もなく、私はフリュードから婚約して欲しいと言われたのだ。

 驚き過ぎてしばらく目を見開いたまま化石状態になったわ。


「正式な婚約は家を立て直ししてからでないとできないことくらいわかっている。

 でもこの先、君が他の誰かに目を付けられて奪われてしまう前に、僕のものだって周りに意思表示しておきたいんだよ。お願い!」

 

 フリュードはなぜか必死にこう言った。悲壮感が溢れる切ない顔をして。

 その彼の顔は、かつて私がスマホ画面にしていた推しのアニメキャラの王子にそっくりだった。

 そのせいで私は急に冷静になって、心の中でこう思った。


(私みたいに黒髪茶色の瞳の地味な女の子のことなんて、誰も歯牙にもかけないわよ)


 だって、異世界に転生したのだと気付いたとき、私は鏡を覗いて本当にがっかりしたんだもの。



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