第19章 愚か者
今日ルドルフ先輩から、フリルさんがこれまでどんなに私のことを気にかけてくれたか、それを聞かされて泣きたくなった。
昨日はついカッとして罵倒をしてしまったし。令嬢としてあるまじき行為だったわ。
平民である彼が私のために、王太子にまで意見してくれていたなんて。
しかもその話の中で、私は王宮の秘中の秘と呼ばれる極秘情報を知ってしまった。
それは昨日フリルさんから教えられたパロット侯爵家と、バルガーニ侯爵家の悪行の詳細、そして、エバーナ王女に関する、それこそとんでもない秘密だった。
なんと、エバーナ王女の潜在魔法が「豊穣」だったというのだ。
それを知ってフリルさんはそれこそ王太子に感情を爆発させたらしい。当然だと思う。私も怒りを抑え切れなかった。
そんな力があるなら、なぜフォーケン伯爵領が度重なる自然災害で疲弊している時に助けてくれなかったのかと。
その魔法を使ってくれていたら、伯爵は過労で亡くなることはなかったかもしれない。
フリュードだって、伯爵家の嫡男としてこの学園で学び、フリルさんと首席争いをしていただろう。
たしかにまだ子供だった王女に、そんな苦痛を伴うスキルを発動させることに国王はためらったことだろう。その気持ちはわからないでもない。
しかし子供だったとはいえ仮にも王族ならば、国の危機を救うためにその魔法を使うように命じるべきだった。
何も命まで落とすまでその魔法をずっと使い続けろというわけではないのだから。
あの大飢饉のとき、水魔法や土魔法の使い手の方々が力の限り尽力してくださった。大きな苦痛に耐えながら。
もしあのとき、エバーナ王女がその大きな「豊穣」の魔力を使ってくれていたら、相乗効果でより大きな効果が出せた可能性もあったに違いない。士気も上がったことだろう。
それは魔法学を学んで知ったことだ。
王族は国のため、国民を守のために存在するのだ。
そのため巨大な力を与えられ、それに見合う優雅で贅沢な暮らしが出来ているのだ。
使うべきときにその力を使わず、国民を飢え死にさせようとしたなんて、職務放棄もいいところだわ。そんな無責任で覚悟のない王族ならいらない。
でも、そんな国家機密を私に話してよかったのかしら……
今ごろになって底知れぬ恐怖に襲われて、馬車の中で体が震えた。
しかし、正面に座っているオルガは、話を聞いていたときから平然として、顔色一つ変えていない。
「さすがお嬢様ですね。あんな素晴らしい方々からの信頼を受けていらっしゃるのですから」
レストランの個室を出て馬車に乗り込んだ直後、彼女に言われた言葉が蘇った。
不安だけれど、あの生徒会メンバーに選ばれた時点で、信頼してよい人間だと判断されていたのかもしれない。
今日生徒会室に集められたメンバーの面々を思い出してそう理解したわ。
王太子は不正をあばいて膿を出し切って、国を正常化しよとしている最中なのだとルドルフ先輩から聞かされたからこそ、フリルさんは生徒会に入ったらしい。
王太子殿下に協力すれば、デビンやパロット侯爵家の情報が得られるのではないかと。
そしてそのうちに王家やバルガーニ侯爵家の悪事を知り、私のためだけでなく、この国のためにという気持ちが大きくなったようだ。
「でも、彼の行動の主たる目的は君を助けるためなんだと思うよ。
殿下と俺はフリルを信用している。だから彼が信用している君も信じているよ」
先輩はそう言ってくれた。それは私も同じことだったのだ。
いつもフリルさんと行動していたのだから、私がデビン達について調べていることは、生徒会の他のメンバーにも知られているかもって。
そしてそれは生徒会の先輩方に私の情報が伝わることくらい。その覚悟の上で、フリルさんと接していた。
彼が私に不利益なことはしないと無意識に信じていたからなのだろう
つまり私はかなり彼を信頼しているってわけだ。
それでもそんなフリルさんにさえも教えていないことがある。
それはデビンの持つ魔法の特異性のことだった。
私はあの「誘惑」の魔法の決定的な欠点を知っているが、それはどんなに信頼している人にでも話せないのだ。誰よりも信頼し大切なオルガやガストン卿にさえ。
フリルさん、デビンの魔法の特異性について秘密にしてごめんなさい。
転生のことを告げないでごめんなさい。
あなたを信用していないみたいで辛い。心が痛い。
ハリエット王太子殿下。
貴方ができるだけ早く王位に就かれることを心よりお祈りしております。
間もなくこの国を出る予定にはなっていますが、やはり母国が衰退する姿は見たくはないので。
あの国王では駄目です。
愛する側妃や愛娘である王女の甘言にコロッと騙され、私利私欲に走る奸臣の策に嵌るようでは目も当てられません。
パロット侯爵家とバルガーニ侯爵家の人間は、ありもしない私の悪行をでっち上げて、意図的に嘘を流していた。
領主夫人には相応しくないと世間に思わせようとした。
その上で、フォーケン領の責任者となるべき人間を投票で決めようなどと国王に提案したのだ。
しかし、国王がまともな頭をしていたら分かったはずだ。
もし私が不適切なら、私の次兄を領主にすれば済む簡単な話だということに。
次兄のロダンはたしかに脳筋男だけれど、貴族として何の問題もないのだから。
フォーケン領を復興させたのはサンドベック伯爵家だ。
親類というだけで、実際には何もしなかったバルガーニ侯爵家には、そもそも領主になる資格などないのだ。フリュードの面倒さえ見なかったのだから。
私がフォーケン領主の血筋であるフリュードか、親類であるデビンのどちらかと結婚すれば、領民や他の貴族からの不満を押さえられる。
そう考えたからこそ、国王、あんたが結んだ婚約だったのでしょう?
それなのに、復興に関与しなかったバルガーニ侯爵家のデビンとエバーナ王女が当主夫妻になったら、乗っ取り以外のなにものでもない。
たとえ汚い手を使って私より多くの投票を得て当選したとしても、反国王派の貴族達の反感を買うのは目に見えているのだ。
そこへデビンと王女の秘密を暴露したらどうなるかしらね?
本当に愚かとしか言いようがないわ。
当初私が想定していた計画とは大分変わってしまい、かなり壮大な復讐劇になってしまいそうだ。
いえ、違うわね。罰せられる人間の数が私の想定を超えるだけで、結末は同じかもしれないわ。
じわじわ破滅させる予定だったのに、彼らは王太子殿下の指揮の下で大断罪されて、あっという間に没落することだろう。
罪を犯していない我が家以外は。
もっとも自分の娘を人身御供に差し出しただけで、何の対策のとれなかったサンドベック伯爵家も、おそらくは軽蔑の対象となるとは思うけれど。
愚か者達の未来を思い浮かべているうちに、やがて馬車は郊外にある我がタウンハウスに到着した。
そしてそこには、その愚か者の二人の兄が私の帰宅を待っていたのだった。




