第17章 魔法
今日ルドルフ先輩や先輩の親友であるルディン=アルソン男爵令息様達と色々話をしたことで、とりあえず今後の方針が決まった。
昨日のフリルさんとのやり取りで、急遽路線変更をせざるを得なくなり、内心不安になっていたので正直ほっとした。
とはいえ、先輩からフリルさんの話をされて、少し動揺してしまった。
昨日、私がフォーケン領の責任者になるつもりはないといったら、彼は不機嫌になった。
そしてこの国を出ると言ったら、今度は怒りの表情をしながらも何故か泣きそうな顔をした。
私だけでなく、彼もまた私と別れ難いと思ってくれたのかしら。
それなら彼も一緒に行ってくれないかしらと、図々しくも一瞬だけそう思ってしまった。
彼は孤児院で育ったと言っていたから、この国に固執しないのではないかと。
しかし、彼が上級官吏試験にトップ合格していたことを思い出して、その考えはすぐに吹き飛んだわ。
彼は王太子殿下にも目をかけられ、この国初の平民の側近になるのがほぼ確定しているのだから。
そんな前途洋々な彼に、私のためにそれを捨てさせることができるはずがないし、させてはいけないのだ。
それでも私は気付いてしまった。これまでの学園生活を振り返ると、私の側にはいつもフリルさんがいたのだということに。
図書館では共に魔法について調べ、意見交換し合った。
フォーケン領の領民から嘆願書が届くと、一緒に対策を練ってくれた。
そして半年経った頃には、すっかり彼に心を許して悩み事を相談するようになっていた。
幼なじみのこと、フォーケン領のこと、そして偽りの婚約者であるデビンのことも。
それでも、さすがに「誘惑」の魔法の話はしなかった。
けれど、私と共に図書館で魔法について記された書物を片っ端から読破していたのだから、当然彼も気付いていたはずだ。
というより、彼もまた魔法認定指導員の資格を持っているのだから当然だった。
だからこそ、禁忌魔法を使われたことを公表するとか、あるいは王女との浮気を理由にして婚約破棄した方がいいと何度も進めてくれたのだ。
けれど、私はそれに頷くことはなかった。
復讐する時期は今じゃないと思っていたからだ。
フリュードが姿を現したと耳にしてから、私は段々とフォーケン領と距離を取り始めた。
彼がなぜ敵側に付いたのかはわからない。けれど才知溢れる彼のことだから、何か考えがあるのだと思った。
それが私への復讐なのかどうかはわからないけれど、それがどうであれ、なまじ私が動けばその邪魔をするような気がした。
それに、いずれ私はこの国を離れるのだから、そろそろあの土地に関わるのは止めようと思ったのだ。
そして今自分がやらなくてはいけないことに集中することにした。
それはデビンとバルガーニ侯爵家への報復だった。
おそらく彼は学園卒式あたりで、私に婚約破棄、または解消を告げてくるだろう。
そのときその場で彼の罪を暴いてやるのだ。そうして、彼が思い描いているのであろう将来図を壊し、絶望のどん底に落としてやろう。
私と婚約した当時あの男は、結婚後は私に領地経営をさせて、自分は好き勝手に暮らそうと思っているようだった。
領地経営の勉強どころか、学園の勉強さえろくにしていなかったのだから。
その上体を鍛えることもしなかったのだ。
それ故に、領主になれなければ、まともな職に就けるはずがない。
まあ、王女と結婚できればどうにか生きて行けるかもしれないが、その可能性は低いと思った。
だって、彼の使った「誘惑」の魔法には、彼本人も気付いていない欠点があるからだ。
それは魔法の専門家と認められたフリルでさえも知らない「誘惑」の魔法の特異性だった。
なぜそれを私が知っているのかといえば、実際に私が彼から「誘惑」の魔法を掛けられた最初の被害者だったからだ。
やがて、エバーナ王女もその特異性、欠点に気付くと思うけれど、それは今じゃない。私と違って彼女の場合は自業自得なのだから。
この事実はどんなに信頼している人にでも話せない。そう。オルガやガストン卿、そしてフリルにさえ。
なぜならそれが私の切り札なのだから。
デビンの「誘惑」の魔法が持つその特異性が何かと言うと、一度発動させた後で再び同じ魔法を別の対象物に使用すると、以前かけた魔法の効果が消えてしまうということだ。
つまり、「誘惑」の魔法は複数の対象者には掛けられないのだ。
新しい対象者に掛けるとそちらが優先され、それ以前の人にかけられた魔法は自動的に消滅するのだ。
私が正気に戻ったのは、デビンがエバーナ王女に「誘惑」の魔法を発動させたからだったのだ。
私の元婚約者様は一人の女性だけを思い続けるような人間ではない。
そして彼は自分の持つ魔法の力に絶対的な自信がある。
しかしそれと同時に、その力がなくても自分はモテると信じているナルシストだ。
だからこそそう簡単に魔法使うこともない。
なぜなら前世で想像していたときとは違い、魔法を使うということがそう楽ではないと知ったからだ。
図書館で魔法に関する専門書の本を読んで、魔法の持つデメリットを知った。そして色々と納得したのだ。
貴族の約半数ほどの人間が魔力を持っているらしい。平民だと一割程度。
それだけいる魔力持ちが、もし好き勝手にその魔法を使えていたとしたら、おそらくこの世界は成り立たなかっただろう。
遵法精神を持っている人間ばかりじゃない。
絶えず突拍子もないことばかりが起こって、安心した暮らしができるとは到底思えないものね。
だからこそ魔力持ちがむやみにその力を使わないように、きちんとリミッターが掛かるようになっているのだろう。自然の摂理というものかしらね。
それにそもそも魔力持ちといってもその大部分がわずかな魔法しか使えないそうだ。
冷めた紅茶を人肌に温められるとか、その反対に冷やせる……
重い物を楽に持てるとか、それを遠くへ放り投げられるとか……
小さな音を聞き分けられる、爆音を発生させられる……
食事に使われている食材がわかる……
そんな、あんなのあってもなくてもどうでもいいような魔法がほとんどだと書物に記されてあった。
普通体に痛みを覚えてまで、そんなどうでもいい魔法を使わないだろう。
魔法の質が上がれば上がるほど痛みは大きくなるらしいから、一度試したら二度と使いたくなるに違いないわ。
つまりデビンのような禁忌魔法を使うと激痛に襲われる。だから、彼はそう簡単に魔法は使わないはずだ。
これまでなぜそのような魔法のデメリットを知らなかったのかといえば、私の生活は魔法とは全く縁がなかったからだ。
私の家族や親類は全員魔力無しだったのだ。
フォーケン伯爵家は皆魔力持ちだったけれど、人前でその魔法を使ったことはなかったし。
そう。魔力について訊ねることはどんなに親しくしていてもタブーなのだ。
それ故にバルガーニ侯爵家の人間のうち誰が魔力持ちなのかは知らない。
彼らはそれを公表していないし、ラルフも彼らが魔法と呼べる珍しい力を使っているところを見たことがないと言っていたし。
デビンを除くバルガーニ侯爵家の人々はたとえ魔力を持っていたとしても、おそらくあってもなくてもいいような魔法しか使えない、そんなレベルなのだろう。公表していないし、王城で重要ポストに就いているわけでもないので。
しかも、魔法についても学んでいないことは一目瞭然だ。
私に掛けた魔法が解かれていることに誰も気が付いていないということは、彼の「誘惑」の魔法の特異性をわかっていないということの証だから。
普通の親ならば、息子が禁忌魔法持ちだとわかったら不安になって、その魔法についてしらべるでしょうに。
でもまあ、そういう当たり前の常識がないから、学園の規則を平気で破って、潜在魔法の申請をしなかったのだと思う。




