第16章 信じてくれた人達
オルガは私の乳母の孫で、三歳年上。
彼女の両親は物心がつく前に事故で亡くなったので、祖母に引き取られて、我が伯爵家で育った。
私にとってオルガは実の姉同様だった。美しくて優しくて賢くて働き者だ。
彼女は私の下の兄ロビンと同じ年で彼に好意を持たれていたが、自分の立場を弁えていたので常に毅然と対応していた。
それなのに兄はオルガに対するモーションを掛けるのを止めなかった。
そのことに対して私は危機感を抱き、護衛騎士のモルガン卿に相談をした。
その結果彼がオルガの恋人役を買ってくれた。そのおかげで兄はようやく諦めてくれたのだ。
さすがに脳筋気味の兄でも、モルガン卿には敵わないと悟ったのだろう。そこまで愚かでなくてほっとした。
兄と彼では雲泥の差があるのだから。
モルガン卿は代々我が家に使えてくれている男爵家の嫡男だ。
上の兄ランサムと同じ年だったが、騎士科でありながら、経営科の兄より勉学が出来たと聞いている。
本人が望めば王城の騎士団にだって入れただろうに、父親の後を継ぐために、我が家の護衛騎士になったそうだ。
文武両道。その上容姿端麗だった。
もしかしたら、高位のご令嬢にアプローチされ過ぎて身の危険を感じたのかもしれない。
学園時代は、愛人になってと散々彼女達に言い寄られていたと、後になって人伝に聞いた時はひどく同情したものだ。
そしてその後怪我の功名というか、嘘から出たまことというか、オルガとモルガン卿は本当の恋人同士になった。
本当にお似合いのカップルだ。
早く結婚式を挙げてと常々言っているのだが、二人は、私が幸せになるのを見届けないうちは結婚をしないと無茶を言っている。
この二人だけは私がフリュードを裏切った後も、私への態度を一切変えなかった。
そして学園に入学してわずか三月ほどで、私がデビンに対する態度を変えたとき、オルガはこう言ったわ。
「やっぱりお嬢様は、あの男に何か怪しい魔法をかけられていたのですね。そうだと思っていましたよ。
だから魔法認定指導員様に相談してみましょうと何度も訴えたのに、旦那様に無視されてしまいました。
もしすぐに調べて頂けていたら、お嬢様はフリュード様を裏切ってなどいないと証明できたでしょう。悔しいです」
そう言って泣いてくれた。
彼女とモルガン卿だけは、ずっと私のことを信じてくれていたのだ。
そんな二人だったからこそ、二年前、私は二人に全てを打ち明けたのだ。
私が婚約者選びの日にデビンに「誘惑」の魔法を掛けられたこと。
そしてその魔法の持つとある特異性のおかげで、四か月後にはそれが解けていたと。
ただし、その時にはすでにフリュードは行方不明になっていたために、今さら感が強くて、そのことを言い出すことを躊躇ってしまったと。
しかしその時点ではまだ、デビンとバルガーニ侯爵家に復讐するつもりでいることは話さなかった。
二人に迷惑をかけたくなかったから。
ただ、今後あの男達に利用されないように、魔法について調べていることだけを伝えた。
「それであんなに根を詰めて魔法の勉強をされていたのですね。
『敵を知り己を知れば百戦危うからず』ですものね」
オルガは納得がいったという顔で頷いていたが、恥ずかしながら私はそのことわざを知らなかった。
後になってそれが、古代中国の兵法書に由来する言葉だと知った。
そしてその言葉を広めたのが、元学園の教師で、転生者でもあるバンクス男爵だったということも。
復讐の話をオルガとモルガン卿に教えたのは、私が魔法認定指導員の資格を取ったことを知られた時だった。
「卒業の日に婚約解消をするつもりなの。
デビンが王女殿下と浮気しているのは公然の秘密だから、認められるでしょう。
もっとも、その時には王女に振られるように仕向けておくけれど。
そうすればデビンがフォーケン領の当主になることも、王女の婿として爵位をもらえる未来も消えるわ。
そうなったら私はその足でこの国を出て他国へ行くつもりよ」
私がそう言うとオルガは泣きながらこう言った。
「なんの落ち度もないお嬢様がこの国を出る必要はありません」
と。
でも、私の幸せはこの国にはないと彼女に話した。
だから家を出て他国で自由に暮らしたいと。
「ねえ、その前にせめて、オルガとモルガン卿が結婚して幸せになった姿を見たいの」
私がそう懇願すると、オルガは涙をこぼしながらも烈火の如く怒って
「伯爵令嬢が市井で一人暮らしができるわけがないでしょう。そんなにこの国を出て行きたいのなら、私もお供します」
と言った。
そのときにようやく私は、彼らを安心させたくて、自分が転生者だということを暴露したのだ。
前世では平民だったから、料理も掃除洗濯も片付けも、着替えも、本当は大概のことは自分一人でできる。
働いてお金を稼いだ経験もある。だから心配はいらないのだと説明したのだ。
しかし……
「前世とやらはどうだったのは知りませんが、この世界で女一人では、強盗や人攫いに遭う確率が高いのですよ。
そして無事に目的地に着いても、家を借り、仕事をするには保証人が必要なのです。
ですから私が一緒に行きます」
とオルガは譲らなかった。
でも、女二人になっても、その悪条件は好転しないのでは?と私は思った。そこで
「大丈夫よ、家族代行人を雇って夫婦として契約するから」
と言ったら、憤怒の表情を浮かべたオルガに代わって、モルガン卿にバッサリ切られてしまった。
「それは詐欺ですよ」
「う〜ん」と私が唸ると、彼は続けてこうも言った。
「私とオルガが結婚して夫婦になって、お嬢様と共に移り住めばいいのですよ」
「何を言っているの? そんなことさせられるわけがないでしょ。
私は大好きな二人には幸せになって欲しいの。巻き込みたくないのよ。
そもそも跡取りの貴方が家を出るわけにはいかないでしょ」
私は思わず大声を出してしまった。
しかし、モルガン卿は平然と
「弟に任せるので大丈夫です。彼も平民にならずに済むならと喜んで引き受けると思いますよ。
それに、学園時代に留学生達とはかなり仲良くしていましてね、卒業後に自分達の国に来ないかと誘われていたのです。
ですから仕事も見つかると思うので、三人で暮らせるだけ稼げると思いますので、心配はいらないですよ。
もちろん、お嬢様がどうしても一人で暮らしたいと言うのでしたら、私が保証人になりますし」
事も無げにそう言われて私は喫驚したが、オルガは嬉しそうに
「ありがとう。貴方ってやっぱりすごいわ」
と言いながら、恋人に抱きついていた。
いいの? そんな大事なことを簡単に決めてしまって。
私、この二年ずっと悩んでいたのに、って思ったけれど、その後トントン拍子に話が進んだ。
そして間もなくして、他国への移住を含め、今後の計画ができあがっていたのだ。
しかし、その計画は数日前に予期せぬことが起こって、多少軌道修正しなくてはならなくなった。
あちらから先に婚約解消を言い出されたからだ。
まあ、半年ほど前から、色々と怪しい動きがあったから、多少予想はしていた。だからこちらもそれそど慌てることはなかったけれど。
最終的に移住するということは変わらないわけだし。
私達は慌てることもなく、落ち着いて新たな計画を練り直すことにしたのだった。




