第15章 寄り添い人
婚約者選びの日に私にかけられていた、デビンの「誘惑」の魔法。
それは、学園に入学したわずか三か月後には解かれていた。
私は正気……に戻って絶望した。
婚約しようと約束していたフリュードを裏切ってしまったからだ。
しかもそのせいで彼は行方不明になってしまった。
父や兄達が必須に探し回ったが、見つからなかった。そう。半年前までは。
「お前はフリュードと好き合っていたんじゃないのか?
俺達はお前達を静かに見守ってきた。それなのに、なぜあいつを裏切ったんだ!」
二人の兄達にそう怒鳴られた。
父は何も言わなかったけれど、気持ちは同じだったのだろう。忌々しそうに私を見ていた。
国王陛下の命令に理不尽だと文句を言いながらも、親友のフォーケン領を彼の一人息子に継がせられると内心喜んでいたのだろう。
私がフリュードを婚約者に選ぶと確信していたから。
それなのに娘である私が裏切ったせいで、これまで必死に自分が守ってきた親友の領地を奪われてしまう。
おそらく腸が煮えくり返っていたに違いない。
どうして、もっと早く私とフリュードを婚約させなかったの?
フリュードは私と婚約したいと言っていたのに。
婚約していれば、私はデビンやバルガーニ侯爵家にあんな目に遭わされずに済んだのだ。
父は、フリュードに負担にかけたくないからと、婚約を認めなかった違いない。
彼が私との婚約したいと言っていたのは、我が家に世話になっているからだと思っていたのだと思う。
あの人は親友とその息子のことばかりを思いやって、娘の気持ちなんて何にも考えていなかった。
私の容姿は亡き祖父に似ていて地味だ。
「黒髪にありふれた茶色の瞳。お前はまるで平民の娘のようだ。
せめてフォーケン伯爵家の執事の娘のような器量があって華があったら、フリュードとも釣り合っただろうに」
そう父親に言われたことがあった。
執事の娘とはアニス=ガストン。ラルフの姉のことだ。
それを耳にしたフォーケン夫妻が烈火のごとく怒ったので、冗談だよと笑ってごまかしていたが、あれは本心だったと思う。
フロイド様が亡くなった後、父はフリュードの後ろ盾になってくれそうな、裕福でしかも見目麗しいご令嬢のいる家を調べていたから。
フォーケン夫妻は私を実の娘のように愛してくれていた。
しかし、父は違った。
父の手伝いでフォーケン領において炊き出しやら教会のボランティア活動をしていたときだって、労わってくれたことなどなかった。
いつだってそれが当然だという態度だった。
感謝しろとは言わないが、亡き母のように、ありがとうの一言があっても良かったのにとずっと思っていた。
そもそも、王家があんなおかしな王命を出された時点で、何か裏があると考えるべきだったのだ。
それなのに、何も対策を取らずにのほほんとしていたのが悪かったのだ。
「誘惑」の魔法をかけられた当時、当然ながら私はデビンに夢中になって、彼のことばかり考えていた。
自分のせいでフリュードがいなくなった。そのことに対する自覚がなぜか全くなかった。
もちろん心配はしていたけれど。
そして、家族や使用人達、二つの領民達からの冷たい視線も、全く気にすることはなかった。
学園に入学後は、王都にあるタウンハウスに住んでいたのでなおさらだった。
王城勤めをしている上の兄ランサムとはめったに顔を合わせなかったし。
しかし正気に戻ってからは、毎日が地獄のような暮らしとなった。
私の信用は地の底まで落ちていた。
それ故に、今さら真実を告げても信じてはもらえなそうな雰囲気になっていた。
だから何も言えなかった。
母が生きていたらどうだったのだろうか?
母なら私を見捨てなかっただろうか? などとも考えてみたが、母も私よりもフリュードを可愛がっていたことを思い出した。
常日頃彼を息子にしたいと言っていたから、やはり私のことを責めていたかもしれない。
どんなに辛く寂しくても、私は家族に助けを求められなかったし、求めることもなかった。
だから長期休みに領地に帰ることもなかった。
それでも、たった一人で辛い思いをしているに違いないフリュードのことを思えば、私はどんなことにも耐えられた。
彼は賢くて強い。
きっと一人でもどこかで生きているはずだ。
だから彼が戻って来られる場所を私がきっと取り戻して見せる。
そのために私は、王都でフォーケン領の復興対策のための活動を続けていた。
王都は人口が多かったので、募金や教会のチャリティーイベントで得られる収益はかなり多かったのだ。
けれど、結局それはデビンのためにしていると思われて、家族からはよく思われなかった。
おそらくフォーケン領の領民達もそうだったのだろう。
フリュード=フォーケンは、二つの領地の人々にとって天使であり、女神であり、そして英雄だった。
そんな彼を捨てた私はまさしく悪女、いや、魔女だと思われているのだろう。
バルガーニ侯爵家やパロット侯爵家が流した私の悪評を、彼らは簡単に鵜呑みしたのだから。
私は毎日朝早くから登校し、図書室が閉まるギリギリまで居残りをして、できるだけ学園にいる時間を増やした。
もちろん、授業の予習復習や魔法の調べものをするためではあったが、兄や使用人達と顔を合わせたくなかったのだ。
朝食は毎日オルガが準備しておいてくれて、それを登校途中の馬車の中で摂っていた。
迷惑をかけてしまうからと断った。けれど
「これから勉強をしに行くのに、空腹では学んだことが身になりません。それでは意味ありませよ」
と叱られた。そして優しい笑顔で
「それに何よりも健康が一番大切ですよ」
と諭された。
彼女の作ってくれたサンドイッチは、栄養と愛情がたっぷり含まれていて、最高に美味しかった。
彼女のおかげで私は、この三年くじけずに、目標に向かって過ごすことができたのだ。




