第14章 気付き
先輩は帰国子女だったのか!
生まれてから十八年足らず、英語教師以外で外国人と話す機会のなかった私とは、同じニッポン人とはいえ住む世界が違っていたわ。
いや厳密にいえば学校には外国籍の友達は割といたけれど、みんなニッポン語を話していたのだ。
「先輩、不思議そうな顔をしていますが、転生者が日本人だけだとは限らないじゃないですか!
ですから、日本以外の国からの転生者も見つけ出したいのですよ。
でも残念ながら私は英語が苦手なのです」
「なるほど。君って、本当に頭がいいな。
それなのになぜ英語が苦手だったんだい? 受験生だったのだろう?」
「私の母親が英語を苦手にしていたのですよ。それで自分ができない言い訳をいつもしていたんです。
『これまで英語を話す機会なんて一度もなかった。
だから喋れなくても問題なかった。十年近く英語を学んだ時間は無駄だった。
これからは外国人がますます増えるっていうけれど、スマホの翻訳機能を使えば、大して困らないわよ』って。
それを聞かされ続けているうちに勉強に身が入らなくなって、英語なんてギリギリで試験にパスすればいいかなって。
結局私も母をダシにして言い訳しているだけですが」
ルドルフ先輩が呆れた目で見たので、私は居た堪れない気分になった。
しかし、彼はすぐに仕方ないなぁという風に笑った。
「今さら前世のことを言っても仕方ないよな。それに、この世界では頑張ったのだろう? たしか君は三カ国語を話せたよな?」
「まあそうですが、それは転生者特典じゃないですかね? 苦労せずにこの世界の言葉が話せて書けるというのは」
「あっ……」
先輩にも思い当たることがあったようだ。
「まあ、それはともかく、前世の世界では英語と中国語を話す人が圧倒的に多かったはずです。
ですから、この二か国語に訳してもらえれば、転生者が私達に気付いてくれる可能性が高くなると思うのです。
もちろん、名乗り出てくれる人はいないかもしれません。
それでも、告発文は理解してくれると思うので、もしかしたらそれを周りにこっそり伝えてくれるかもしれません。
どれくらい効果があるのか正直わかりませんが、少しでも可能性があるのなら、試してみたいのです」
私は先輩の目をじっと見つめながら、祈るような気持ちで協力を求めた。
すると彼はニコッと笑みを浮かべて、私の頭をゴシゴシと撫でた。
えっ?
「昨日フリルがやたら君を心配していたのだが、やる気満々じゃないか。これなら大丈夫だな」
「フリルさんが私を心配?」
「ああ。フォーケン領の当主選考にまるでやる気がない。全てを投げ捨ててこの国を出るつもりだと。
フォーケン領のためにあんなに頑張っていて、ようやく復興してきたところでなぜ降りようとするのかってね」
それを聞いて、彼はまだそんなことを言っているのかとため息をついてしまった。あれほど説明したというのに。
私はルドルフ先輩に、再びフォーケン領についての思いを説明する羽目になった。
それを聞いてくれた先輩は、フリルとは違って私の選択を理解してくれた。
「これまで君は自分のやれるだけのこと精一杯やってきた。偉いぞ、ルナルナ。
それなのに恩を仇で返すような真似をする領民のために、これ以上尽くす必要なんて全くないよ。
もちろんあそこは大切な土地だから、バルガーニ侯爵令息とエバーナ王女に任せるというのは大問題だ。
その背後にパロット侯爵家と側妃が付いているならなおさらだ。
だが、それをどうにかするのは国の役目で君が背負うものじゃない。
だから一切気にする必要なんてないよ。
でもそういえば、フリルが王太子殿下にひどく腹を立て食って掛かったことがあったな。
デビンとエバーナ王女の行為はひど過ぎる。君が可愛そうだって。兄なら妹を嗜めるべきだって。
殿下は彼の不敬を咎めるどころか謝っていた。
殿下はその当時、まだ密かに力を溜め込んでいる時期だったので、目立つ行動ができなかったんだ。
俺がその辺りのことを陰でこっそり説明してやると、フリルはそれ以上殿下を責めることはなかったが、すごく悔しそうにしていたな。
とにかくさ、フリルは君のことをずっと気にかけていて、なんとか力になりたいと思ってきたことは事実なんだ。そのことは忘れないでいて欲しいな。
彼が殿下の手伝いをしていたのは、君のためでもあったと思うから。
なぜあんなにもあの土地の領主の件に拘るのか、正直なところ私にもよくわかない。
だが、君の頑張りを彼が一番よく知っていると思う。
だから、悔しいという気持ちが誰よりも強いのだろうね」
フリルさんが私のことを一番よく知っている?
先輩の発したその言葉に、内心衝撃を受けた。
しかし改めて思い返してみると、本当にそうだったことに私も初めて気が付いた。
授業や生徒会だけでなく、休み時間もフリルさんと一緒に図書室で過ごしていたのだから。
彼はいつも何気なくフォローしてくれていたのだ。そのことを思い出してなぜか私は動揺してしまった。
その後、ルドルフ先輩に英語と中国語の翻訳の件を受諾してもらい、私はお礼をしてその席を立とうとした。
すると、それまで一切何も言葉を発しなかった先輩の護衛であるノルディンさんが、なんとこう言った。
「父の教え子の中には転生者が数人います。父が連絡を取れば、彼らも協力してくれることでしょう」
私とルドルフ先輩は喫驚して顔を見合わせた。
バンクス=アルソン男爵は生徒達の前でことわざや故事をよく使っていたらしい。
だから、彼が転生者だとわかって名乗り出てきた生徒がいたに違いない。
私達は無言で頷き合ったのだった。
たった一日でいろんなことが起こった。
そして想定外の貴重な情報を山のように得ることができた。
タウンハウスに戻る馬車の中で、明りが灯り始めた街並みを眺めながら、私は今日を振り返りつつ、ようやくここまで来たのだという感慨に耽った。
そして入学してからのこの三年近くの出来事が、頭の中を走馬灯のように浮かんでは消えて行った。
投票日まであと二か月。
それまでがむしゃらに自室で文字を書き続けなければならないわね。
あの書道コンクールのために半紙に向かった日々のように。
腱鞘炎になるかもしれないわ。でもそれでもかまわない。それが彼らを追い詰めるための最初の一歩になるのだから。




