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第12章 合言葉


 翌日も朝一番に登校したつもりだったのに、生徒会室の扉を開けると中はすでに満員状態だった。

 そこには現在の生徒会役員だけでなく、去年と一昨年の王太子を除く元生徒会役員が揃っていた。

 その上、王太子派と呼ばれているご令息の皆さんもいた。総勢三十名ほどだろうか。


(ふ〜ん。これだけ人数が揃っているのだから、もしかしたら私が期待している人物もいるかも……)


 私は皆様に挨拶をした後、無言のまま徐に手に持っていた紙の筒を広げて、胸の前で開いて見せた。

 一体何が描かれてあるの? 

 小首を傾げる者達の中で、ただ一人「あっ!」と声を上げた人物がいた。


 それはルドルフ=バイヤール侯爵令息だった。

 水色のサラサラヘアーに真っ青の瞳をした秀麗な青年で、王太子の側近中の側近。

 私達が一年生の時の三年生で、生徒会の副会長として会長だった殿下を支えていた頭脳明晰な人物。

 しかも私達下級生の面倒見も良くて優しい方だった。


 バイヤール侯爵令息は信じられないという顔で私を見た。もちろん私も同じだわ。

 そのポスターには筆でこう書き記しておいたのだ。


【私はニッポンからの転生者です。名前は「瀧野瀬陽菜乃(たきのせひなの)」です。お仲間の方いらっしゃいませんか?】


 やはり今ここで、きちんと確認しておかなければいけないわよね。

 定番と言えば定番過ぎる手法だとは思った。

 けれど、必ずしも同じ時代からの転生者だとは限らないので、手始めにまずこう訊ねてみた。


「泣かぬなら泣くまで待とう……」


 私がそう訊ねると彼はこう答えた。


「ホトトギス。山といえば……」


「川。天と言えば」


「地。鍋といえば……」


「キムチ豆乳鍋」


「いや、おでんだろ! 一番ビールに合うぞ」


「えー、おじさん臭い。先輩は呑兵衛だったのですか?」


「そっちはもしかして女子高生か! 

 それじゃあ、以前とあまり代わり映えしなかったんじゃないか? 黒髪だし」


「そうなんですよ。できれば先輩のようにアニメキャラみたいな派手な容姿になりたかったのに」


「そうかぁ? 水色の髪の毛なんて、俺は恥ずかしくて慣れるまで大変だったぞ」


「でも女子にもてそうじゃないですか?」


「いやいや、うざいだけだよ。俺は以前同様硬派だからな」


「まあ! それじゃクールな演技をしていたわけじゃなかったんですね。

 でも、こんな身近な所に同じ転生者がいたなんて信じられませんよ。

 しかも、それが同じ生徒会の先輩だったなんて」


「先輩って女子に呼ばれるは初めてだ。前は男子校だったからな。萌えるな」


「やだぁ、先輩、硬派だったのでは?」


「硬派だったぞ。仕事も硬い検事だったからな」


「まあ! 優秀だったのですね。私は平々凡々の女子高生で、まだ将来も決められないような、軟弱者だったのに」


 留学先で偶然同郷の人と会って嬉しくてハイテンションになった、という感じで私達が盛り上がっていると、「コホン!」とフリル=ボーンに咳払いをされて我に返った。


 その場にいた全員が呆気にとられたような顔をして、私とバイヤール侯爵令息を見ていた。

 


「ルドルフ卿、サンドベック伯爵令嬢、いつの間にそんなに懇意になっていたのですか?」


 フリル=ボーンの問に私達は頭を捻った。なんて答えればいいのかわからなかった。

 それで、私が事実のみを述べた。


「いつって、バイヤール侯爵令息様とは同じ生徒会役員だったじゃないですか。

 私は入学当初からずっと面倒をみてもらっていたんですよ」


「そうそう。彼女は有名人だったから入園早々色んな奴らに絡まれて大変だったからな。

 俺の卒業後もあのお馬鹿連中のせいで大変な目に遭っていたらしいな。

 側で守ってやれなくて悪かったな。

 これまでよく一人で頑張った。

 君の頑張りが無駄にならないように、これからは俺達も協力するから安心しろ」


 これまでの優雅なイメージとは違い、少し粗雑な話し方に親近感が感じられて、私の心の中がほっこりとした。

 ここ数年兄達とはろくに話もしてこなかったから、それがいっそう嬉しかった。


「一人じゃない。俺だっていつも側にいた……」


 フリル=ボーンが何かブツブツ呟いていたが、よく聞き取れなかった。




 その後、集まってくれた皆さんにボランティア募集のポスター作りをお願いしてから、私は再びバイヤール侯爵令息に近付いて、小さな声で囁いた。


「他の人に知られないように、お願いしたいことがあります。

 お忙しいとは思いますが、後でお時間を取ってもらえませんか」


 と。

 すると彼は快く応じてくれて、早速その日の夕方、王都のメインストリートに構える老舗のレストランで会うことになった。

 そのレストランはバイヤール侯爵令息のなじみの店らしく、私が名前を告げると何も聞かれず、気密性の高そうな個室へ通された。

 そしてそれほど待たずに彼は護衛と共にやって来た。


「この護衛はノルディンと言って、私の幼なじみの親友で、信頼のできる男だ。

 俺の全て(・・)を知っているので同席させたい。構わないだろうか?」


「もちろんです。

 私の方も侍女のオルガと護衛のモルガン卿には同席させて頂きたいので。

 この二人も信頼のおける者達で、私の全て(・・)を知っています」 


 正面に向き合って座った私達は、無言で頷きあった。


「先に言っておくが、丁寧な口調は止めてざっくばらんに話そう。その方が本音で話せるからな。呼び名もルドルフで頼む」


「わかりました。

 それではルドルフ先輩と呼ばせてもらいます。私のこともルナシーと読んでください」


「わかった。ルナルナと呼ぼう」


 ルナルナ……それはちょっと子どもっぽ過ぎやしないかとも思ったが、先輩が楽しそうなのでまあいいかと思った。


「先輩、私以外の転生者をご存知ないですかね? 私の推測だとこの世界に結構の数いると思うのですが」


「その根拠はなんだい?」


「前世の世界で使っていたような言葉がこの世界にも結構あるからです。

 しかも、この世界ではその由来がはっきりしないものが。


「ローマは一日して成らず」ってこの世界でも同じ意味で使われていますが、ローマなんて都市は聞いたことがありません。地図にも歴史書にも載っていません。

「塞翁が馬」なんて完全に中国の故事由来ですし、「三人寄れば文殊の知恵」とか「仏の顔も三度まで」なんて完全に仏教用語じゃないですか。

 ハゲタカとかハイエナとかいう表現もありますが、この世界には存在しない生き物ですよね?

 絶対に転生者が広めた言葉ですよ。先輩はそう思いませか?」


 私がそう力説する間、先輩は何故か苦笑いをしながら聞いていたが、私の話が終わるとこう言った。


「そのことわざを広めたのは、ここにいるノルディンの父親のバンクス卿だ」


「えっ?」


 思わず私は、先輩の後ろに直立不動で立っていた筋肉隆々の立派な体躯をした武人を見上げた。


 すると彼は顔色一つ変えずに頷いたのだった。


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