第10章 親友への捨て台詞
春休みが終わって、王都に戻ると、私はいつものように朝一で学園に向かい、まず生徒会室の扉を開けた。
すると、そこにはすでに人がいた。クラスメイトでもある副会長のフリル=ボーンだ。
黒と見間違えそうな濃いブルネットヘアーに濃紺の瞳をした、男らしく角張った顔をした精悍な顔をした眼鏡男子だ。
「おはよう、ボーンさん。今日はいつにも増して早いのね」
「おはよう、サンドベック嬢。
貴女も早いですね。やはり選挙準備ですか? 俺も手伝いますよ」
「選挙? ああ。昨日の告示をもう見たのですか?
でも、私は何もするつもりはないので、お気持ちだけ頂いておきますね。ありがとうございます」
私がこう言うと、いつも飄々としている彼が、何故か驚いたような表情して私を見た。
「意外だな。いつも用意周到に事を進める貴女が、何も対策を取らないなんて。凄い自信ですね」
「ええ。私、確実に落選するわ。何をやってもどうせ当選しないってわかっているのだから、最初から何もしないわ。
私、卒業したらこの国を出るつもりなの」
「国を出るつもりなのですか?」
「ええ。勝ってもそうだろうけれど、負けたらなおさらこの国では住みにくいでしょう?
わざわざ悪女にされるために努力する、そんなマゾっ気なんて、私は持ち合わせていないもの」
「悪女にされるってどういう意味?」
フリル=ボーンが疑問符を浮かべたので、元婚約者と彼の恋人である王女の母方の祖父母の話をした。
私を貶めるデタラメな噂を流布して、フォーケン領だけでなくサンドベックの領民まで味方に付けようとしたことを。
「彼らはどうしてもフォーケン領が欲しいのよ。支払った賠償金を取り戻したいのかしらね。
それとも我が国の食料庫を支配下に置けば、気に入らない家を言いなりにさせられるとでも思っているのかしら?」
「それがわかっているのに、戦わずに彼らに当主の座を譲り渡すというのかい?」
彼は眉間にシワを寄せ、不機嫌そうに私に言った。なぜそんなことを私に言うのか意味がわからなかった。
だから私は小首を傾げた。そしてこうはっきりと言った。
「だって、それって私には関係のないことでしょう?
もし困る人がいるとするなら、その人自身がどうにかすればいいだけのことだもの。
私にはあそこの土地を守る義務なんて無いわ。元々無関係だったのよ。
だって父親と私は別人格なのだから。
それなのにこれまで無償で尽くした挙げ句に、裏切られて悪く言われ、散々な目に遇ってきたのよ。
それなのに、なぜ私がまるで無責任な人間であるかのように言われないといけないのかしら?
人に恩を売るつもりはないけれど、お人好しでいるつもりもないの。
貴方を大切な友人、仲間と思ってきたけれど、私に対して勝手に偽善や正義を求めるなら、申し訳ないけど、考えを改めさせてもらうわね」
平民の特待生として入学してきた彼とはこの三年間、勉強や生徒会で切磋琢磨してきた。
それ以外でも図書館でもよく顔を合わせたので、一緒に調べ物をすることも度々あった。
彼は入学以来ずっとトップを守り続けるほど優秀で、二学年上だった王太子からも信頼が厚かった。
官吏試験にも合格しているので、卒業後は平民でありながら初の王太子の側近になるのではないかと噂されている。
魔法認定指導員の資格も持っているし。
そう。私に魔法認定指導員の試験を受けようと誘ってくれた恩人であり、本当にいい友人だ。
容姿も性格も全く似ていないのに、その頭の回転の良さや時たま見せる何気ない優しさに、ふと幼なじみの初恋相手を思い出させるものがあった。
それゆえに、フリュードやデビンことで辛いことがあったときでも、彼といると心が和んだものだ。
でもまあ、三か月後にはもうさようならで、二度と会うこともないのだからと、わざときつめの言葉で彼を批判した。
すると、泰然自若を常としていたフリル=ボーンが慌てて謝ってきた。責めるつもりなどなかったと。
ただ学園に入学して以来、フォーケン領の復興再建のために、図書館で調べ物をしたり、募金活動をしたり、講演をして支援者を募ったり…その頑張りをずっと見てきた。
だから、今回、自分も応援しようと思っていたので、私の投げやりな態度に驚いたのだと言った。
「バルガーニ侯爵令息と婚約解消となったから、そのショックでフォーケン領のことがどうでも良くなったというわけじゃないよね?」
「そんなわけないでしょ! 貴方も知っているでしょう。私が彼を嫌っていたことを。
いいえ。そんな甘いものじゃないわね。憎んでいるの。
他人の心を勝手に操る人間なんて、絶対に許せないわ」
「ああ。本当だよね。
でもさ、これまで彼に対して何もやり返してこなかったよね。ただ無関心を装っていただけで。
それがどうしてなのか前から気になっていたんだよ。
でもそれって穏便な婚約解消を狙っていたからなのかい?
それで今回それが無事に成功したから、このまま静かに幕を下ろそうとしている、ってことなのかな?」
フリル=ボーンは不機嫌そうだ。どうしたのかしら、今日の彼は珍しく感情をあらわにしているわね。
私に何を求めているのかしら?
「ねぇそれって、ただ被害者ぶっているだけじゃなくて、彼らにざまぁしてやれと言っているわけ?」
「ざまぁ?」
「えっ? ああ、仕返しのことよ。貴方は私にあの男に仕返ししてやれと煽っているわけ?
どうせ国を出るつもりなら、みんなの前で派手に復讐してやれと?」
「復讐というより、きちんと断罪するべきじゃないのか。彼らの犯罪を暴いて」
「私みたいな小娘がそんなことをしても却って返り討ちにあって、冤罪をかけられた挙げ句悪女にされるだけよ。
そんなことになったら、私のことはともかく、サンドベック伯爵家の名まで貶めてしまうわ。
父や兄達のことなんて正直どうなっても構いやしないけれど、亡くなった母が必死で守ってきた家に泥を塗りたくないのよ。
貴方がそんなに正義感が強い人間だったなんて思っていなかったわ。
けれど、その自分の正義や理想のために、私をスケープゴートにしようとするなんて、マジ、エセヒーローね、糞っ垂れ!」
ついに私も切れて、本性丸出しでこう叫んでしまった。
すると、彼はポカンして私を凝視した。そしてその数分後に彼はこう言った。
「あの……正直、後半、君の言っていることはさっぱりわからなかった。
だけど、君が俺に怒っていることだけはよくわかった」
と。




