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小国の王女が大国の皇帝に嫁ぐ理由

作者: 美雪

 よろしくお願いいたします!



 東の小国イースの王は大国ラウドラント帝国の庇護を受けるため、王女の一人を差し出した。


 皇帝は孫との縁組にしようと思っていたが、イース王は王女と皇帝の縁組を望んだ。


 皇帝は七十歳。王女は十五歳。


 歳の差があまりにもあること、王女が未成年であることから、結婚は王女が成人とみなされる十八歳になってからということになった。





「メイ、何をしている?」


 皇帝の孫であり、次次代の皇帝になるユークリッドは、中庭でぼんやりしているイースの王女を発見した。


「眠くて……」

「自分の部屋で寝ろ」

「でも、ここのほうが気持ちいいです」

「日焼けするぞ?」

「もうしています」


 メイはあくびをした。


「私の肌はラウドラント人のように白くありません。日焼けは気にしません」

「そんなことだからうるさく言われる。いずれ皇帝と結婚することがわかっているのか? ラウドラントの皇帝家の一員になる以上、ふさわしい言動をしなくてはいけない」

「ラウドラント語や礼儀作法は勉強しています。でも、肌の色は変えようがありません。日焼けをしないようにしても、別のことで悪くいわれます。黒い髪は不吉だとか」


 ユークリッドはメイの黒い髪を見つめた。


「俺は黒が好きだ。かっこいい色だからな」

「ユークリッド様は黒い服ばかり着ています。でも、喪服みたいで不吉だって思わないのですか?」

「思わない。かっこいい」

「そうですか」

「メイ、正直に言う。さすがにおじい様と結婚するのはどうかと思う。俺の側妃にしてやろうか?」

「いえいえ。それには及びません」


 メイは断った。


「ユークリッド様の側妃になろうものなら、正妃や他の側妃になった方にいじめられるのが目に見えています。でも、皇后様や皇帝陛下の側妃の方々から見れば、私は貢ぎ物の小娘でしかありません。いじめられませんし、お菓子をくれたりします。だから、このままでいいのです」

「お菓子をくれるのか?」

「そうです。ラウドラントのお菓子はとても美味しいです」


 ユークリッドは眉をひそめた。


「毒が入っていたらどうする?」

「死にますね。でも、私が死んでも大丈夫です。イース王は不手際を指摘し、賠償金を請求すると思います。皇帝陛下もお葬式代ぐらいは出してくれると思うので、私は綺麗な墓地に埋葬され、イースはちょっとした副収入で潤います」

「割り切っているのか」

「私を殺しても誰も得をしません。むしろ、皇帝陛下にお葬式代と賠償金を出させることになり、無駄な出費が増えます。皇太子殿下は頭が良い方ですし、宰相も切れ者です。なので、私にバカな理由で死ぬなよと言ってくれています」

「そうか。まあ、確かにメイが死んでも誰も得をしないな」

「そうなのです。なので、私は勉強をしたり、お昼寝をしたり、お菓子を食べたりしながら十八歳になるのを待ちます」

「そうか」

「私に声をかけてくれるなんて、ユークリッド様は優しいですね。私のラウドラント語は下手くそですよね?」

「そうだな」

「それでも怒らなかったので、これをあげます」


 メイはポケットからクッキーを取り出した。


「皇后様がくれました。いつも食べきれないお菓子をくれるのです」

「おばあ様も歳だからな。甘いものの食べ過ぎはよくない」

「何枚か食べました。でも、このクッキーには毒が入っています。なので、食べることができません。どうしようかと迷っていたので、ユークリッド様にあげます」

「そうか」

「大事なことなのでもう一度言います。絶対に食べてはダメです。本当に毒入りです」

「なぜ、毒入りだと思う?」

「チョコレートに混じって緑の部分があります。ここです」


 ユークリッドはハンカチに包まれたクッキーを確認した。


「チョコチップクッキーに緑が混ざる理由は限られます。毒草かカビです。でも、これ以外のクッキーには緑の部分がありませんでした。これだけ緑の部分があるのです」

「よく気づいたな」

「絶対に調べてください。毒です」

「わかった。調べる」

「おやすみなさい」

「寝るのか?」

「寝ます。ポカポカしているので気持ちがいいのです」


 メイは目を閉じて、昼寝を始めた。


 その隣に座っているユークリッドはクッキーをじっと見つめた。


「メイ、このクッキーはおばあ様からもらったものに間違いないか?」


 メイは答えない。すやすや寝ている。


 ユークリッドは父親である皇太子のところに行き、毒入りのクッキーを見つけた。調べてほしいと伝えた。


 皇太子が部下に調べさせたところ、本当に毒入りであることが判明した。


 毒入りのクッキーは皇后がメイに与えたものだが、皇后はいつも自分のところに届く菓子が余るため、メイにあげている。


 毒が入っていることを知らず、クッキーをねだったメイにあげてしまったこともわかった。


 皇后に届いた菓子を作った者や届けた者を徹底的に調査した結果、皇后を狙った毒殺計画が発覚。毒殺計画の関係者を全員捕縛することができた。


 この一件により、皇后はメイをより可愛がるようになり、皇太子も生母を守ったメイを高く評価。


 老齢の皇帝が死んだあとも、メイの面倒をみるという口約束を取り付けた。





 三年経った。


 メイは十八歳になった。


 皇帝は病気で寝たきりの状態だけに結婚はできない。


 皇帝の側妃予定者としての現状を維持することになったが、メイが文句を言った。


「早く皇帝陛下と結婚させてください!」


 皇后に直談判。


「なぜ、そんなことを言うの? 皇帝陛下は寝たきりの老人なのよ? 結婚しても仕方がないでしょう?」

「皇帝陛下の側妃になれるからです!」

「ユークリッドと結婚するのはどう? 一つ違いだから丁度良いわよ?」

「ユークリッド様と結婚したら命を狙われるだけです。皇帝陛下と結婚するほうが安全です!」

「結婚しても今の生活は変わらないわ。むしろ、皇帝陛下が死んだらどうするの?」

「未亡人になって年金をもらいます」


 皇帝が変わると、一部の妃は暇を出される。


 年金という名目で手切れ金をもらい、皇宮から出ていくことになる。


「年金をもらってどうするの?」

「それで暮らします」

「イースに帰るの?」

「まさか! 絶対に帰りません! 大好きなラウドラントで楽しい年金暮らしをします! それが私の夢なのです!」


 皇后は残念な子だと言わんばかりの眼差しでメイを見つめた。


「年金暮らしが楽しいわけがないわ。とても少ないのよ?」

「いくらですか?」

「わからないけれど、結婚生活が長い人ほどもらえると聞いたことがあるわ」

「皇后様は年金をもらえるのですか?」

「私は皇太后になるの。皇太后には予算があるし、皇宮に住むことができるから、年金はもらえないのよ」

「皇后様は可哀そうです。年金がもらえないなんて!」

「メイ、年金をもらうほうが可哀そうなのよ。皇太后の予算のほうが多いし、皇宮に住めば生活費は皇帝が出してくれるでしょう? 年金暮らしのほうが損なのよ」

「そうですか。でも、私は皇后にも皇太后にもなれません。年金をもらうしかありません」

「ユークリッドの妃になればいいわ。側妃にしてくれるって言われたのでしょう?」

「ただの同情です。側妃の予算は寵愛されるかどうかで決まると聞きました。同情で側妃になっても予算はちょっぴりです。しかも、皇宮にずっと住み続けなくてはいけません。好きな人の子どもを産めません。かえってつらいです」

「ああ、そうね」


 メイは皇帝と結婚することで既婚者になるが、皇帝が死ねば未亡人になって年金がもらえる。


 年齢差あり、皇帝が病気だったため、白い結婚なのは明らか。


 イースの王女という身分があるため、再婚しやすいかもしれない。


 ユークリッドと結婚すれば、生活は保証される。しかし、愛してもいない男性の妻として一生皇宮に住み続けなくてはいけない。子どもも産めない。


 どちらが得かと言えば、前者のほうだと皇后は思った。


「そうね。未亡人になって年金をもらったほうが得だわ」

「そうですよね!」

「皇太子に話してあげるわ」

「ありがとうございます! 皇后様、大大大好きです!」

「メイは本当にお利口さんね。娘や孫よりよっぽど可愛いわ」


 皇后にとってメイは東の国から贈られた特別な貢ぎ物。


 毒殺から守ってくれる利口で可愛い存在だった。





「メイ、未亡人になって年金がほしいそうだな?」


 メイは皇太子に呼び出された。


「そうなのです。皇帝陛下と結婚できないと未亡人になれません。年金をもらって大好きなラウドラントに住み続けることができません。どうかお願いします! 私と皇帝陛下を結婚させてください! イースと約束したはずです! 守らないと賠償金を請求されますよ? それでもいいのですか?」

「賠償金は困る。だが、病人と結婚させるわけにもいかない。皇帝家の威信が傷つく。そもそも年齢差がすごいではないか。ユークリッドで手を打たないか?」

「お断りします。ユークリッド様の正妃や側妃になる方にいじめられ、毒入りのお菓子を贈られるだけです。年金暮らしの方が安全です!」


 皇太子はため息をついた。


「メイの言いたいことは理解できる。だが、皇帝の結婚を皇太子が決めるわけにはいかないのだ。それはわかるな?」

「そうですね」

「父上がメイと結婚するための準備をしろと命令しなければ無理だ。そして、父上は病気でメイと結婚するどころではない。未亡人になるのは難しい」

「そんな! 私はラウドラントが大好きなのに、イースに戻ってラウドラント皇帝と結婚できなかった王女として蔑まれながら生きるしかないのですか?」


 皇太子はまたしてもため息をついた。


「ユークリッドと話せ。名案が浮かぶかもしれない」


 うまく理由をつけて追い払われたことをメイはわかっていた。





「ということなのです。ユークリッド様、名案を出してください。これは皇太子殿下の意向です」


 ユークリッドはため息をついた。


「俺の側妃になれば解決だろう?」

「嫌です。同情よりも年金をください!」

「年金か……」


 ユークリッドは考えた。


「皇帝の側妃の年金は結婚生活が長いほど多くなると聞いた気がする。メイがおじい様と結婚できたとしても、結婚生活が短い。年金とは名ばかりのはした金ではないか?」

「いくらですか?」

「わからない」

「小さな一軒家でほそぼそと平民のような暮らしをしていけばいいのでは?」

「メイは小さな一軒家でほそぼそと平民のような暮らしをするつもりなのか?」

「実はそうです」


 祖国であるイースに比べると、ラウドラントは驚くほどの繁栄ぶり。


 物凄い田舎から皇都に来た者と同じような感覚差がある。


 イースに戻ってもつらいだけ。


 大好きなラウドラントに残るためなら、平民でもいい。


 寝て食べてゴロゴロしているだけの生活をすれば、金がかかりにくい。


 はした金のような年金でも大丈夫だと思っていることをメイは説明した。


「ユークリッド様、皇太子殿下か皇帝陛下を説得してください! 優秀ですよね?」

「結婚詐欺の手伝いのような気がしてやる気が出ない」

「二国間で約束したことです。守らないほうが結婚詐欺ですよ!」

「皇太子の側妃になることについてはどう思っている? そっちも白い結婚にできる。父上を説得すればなれるが?」

「未亡人になるのが相当先になってしまいます。私は若いうちに未亡人になる気でした。だから、皇帝陛下と結婚したかったのです」

「どうせぐーたら暮らすだけだろう?」

「皇宮でぐーたら暮らしていると文句を言われます。何もしていないのに怒られるばかりか命も狙わるなんて絶対に損ですよ!」

「まあな」

「三年すれば結婚できると思っていました。そして、十年以内に未亡人になれたらラッキーだと思っていました。どうかどうか、私の夢を叶えてください!」

「それはおじい様次第だ。俺は皇子の一人でしかない。叶えられない」

「ユークリッドは優秀です。きっと何か方法があります」

「諦めろ。朗報は寝て待てというではないか」

「朗報ではありません。果報です」

「同じだ」

「テストで出たら間違いになりますよ。減点です。おまけで丸にしてくれるほど、皇宮の講師は優しくありません」


 ユークリッドはため息をつくしかない。


「メイは俺よりも頭が良い。俺以上の名案を思い付くだろう。自分で考えろ」


 メイはしょんぼり肩を落とした。


「未亡人になって年金暮らしでぐーたら過ごしたかったのに!」

「若いくせに何を言っている? ラウドラントが好きならもっとラウドラントのために働け!」

「わかります。でも、私はイース人です。ラウドラント人に差別されるので働けません。しかも、王女です。皇宮の侍女にコネで就職するのも無理だと言われました」

「当たり前だ。他国の王女が皇宮に就職できるわけがない」

「永久就職ならできます! 皇帝陛下の側妃です!」

「俺や父上の側妃になりたい者は大勢いる。だというのに、おじい様の側妃になりたがるとは……正直ムカつく!」

「仕方がありません。ユークリッド様や皇太子殿下の側妃になっても未亡人になれません。むしろそうなったら、大好きなラウドラントの危機です。困ります!」

「もう下がれ。メイの宿題にしろ。これは皇子命令だ」

「ずるいです」


 メイは頬を膨らませたが、ちゃんと一礼してから退出した。





 メイは自分で解決方法を考えた。


 皇帝の看病をして元気になってもらい、結婚してもらおうと考えた。


 寝たきりの皇帝は暇。家族は忙しいか、先が短いとして会いに来ない。


 皇帝にとって、毎日自分の側にいてくれるメイの存在は大きく温かく優しいものだった。


「メイ、名案がある」

「どんな案でしょうか?」

「さすがにもう結婚は無理だ。そこで違約金をイースではなくメイに払う。それで新しい人生を歩けばいい。少ない年金をもらうよりもいいだろう」

「違約金はたくさんもらえるのですか?」

「もらえるようにする。ただし、我が死ぬまでは側にいてほしい。息子や孫のこと、楽しい話を聞かせてくれないか?」

「わかりました! 皇后様や皇太子妃様の話もしますね!」

「それはいい。どうせ面白くない話に決まっている」


 皇帝は皇后、皇太子、皇太子妃、ユークリッドを呼び、メイの扱いについて決めたことを伝えた。


 メイとは結婚しない。その違約金をイースではなくメイに払う。


 ただし、違約金をもらうには、皇帝が死ぬまで皇宮に暮らし、話し相手を務めなくてはいけない。


 皇帝が死んだら、話し相手として尽くしてくれたことへの報奨金と結婚できなかったことへの違約金を払う。


 メイは皇宮を出て、もらった金を元手にしてラウドラントで新しい人生を歩く。


「どうだ?」

「いいんじゃないかしら」

「悪くない」

「そうね」

「さすがおじい様だ」

「病気でも我は皇帝だからな!」


 皇帝の命令で正式な書類が作られた。





 約二年間。メイは皇帝の話し相手を務め、誠実に真摯に尽くした。


 皇帝が死んだ時、号泣したのはメイ一人。


 誰もが皇帝が長くないこと、死の予感を感じていたからではあるが、メイが皇帝のことを祖父のように大切に想い、皇帝もまたメイのことを孫のように想っていたことを誰もが知っていた。


 皇帝の葬儀が終わり、皇太子が新皇帝として即位した。


 ユークリッドは皇太子になった。


 皇宮行事が落ち着くと、皇太后預かりとなっていたメイは報奨金と違約金をもらい、皇宮を出ることになった。


 皇帝が決めた違約金は国家間の取り決めに対するものであることから莫大な額だった。


 二十歳のメイが一人で全部を管理するのは大変であり、犯罪者などに狙われてしまう可能性もあるため、皇太后が後見人を務めることになった。





 ユークリッドは皇太后に呼び出された。


「相談があるの。メイのことよ」


 やはりそうかとユークリッドは思った。


「結婚の違約金をイースではなくメイに支払ったでしょう? でも、イースは文句を言わなかったわ。それはメイがうまく立ち回ったからだったのよ」


 国家間の約束を違えた場合、多額の賠償請求があってもおかしくない。


 しかし、前皇帝とメイの婚姻はイース側から強く求めていたことで、ラウドラントが望んでいたことではなかった。


 メイは違約金をもらうことになるため、イースは賠償金を請求することも受け取ることもできない。


 イースが文句を言えば、ラウドラントは怒って庇護をやめ、イースは攻め滅ぼされてしまう。


 そこでメイは王女の務めを果たすため、違約金を元手にラウドラントで事業を興し、イースの製品を輸入する。


 そうすればイースの輸出品が増え、ラウドラントにおけるイースの知名度も上がる。


 イースに対する軽視を改善させることもできるかもしれないと、父親であるイース王に伝えていた。


 イース王としても賠償金は欲しいが、ラウドラントを怒らせるのも戦争になるのも困るため、メイの案に乗ることにした。


「メイは事業を始めたの。小さな店から始めると思ったのに、一等地に大金をはたいて店を構えたのよ。商売がうまくいくかどうかはわからないでしょう? ユークリッドからメイに注意してくれないかしら? どんどんお金を使うとすぐになくなってしまうとね。私から言っても聞かないのよ」

「なるほど。おばあ様は皇太子として忙しい俺を面倒事の担当者にしたいと?」

「執務ばかりで大変でしょう? たまにはお忍びの外出で息抜きしなさい。ついでにメイのところに行けばいいわ」


 ユークリッドはお忍び外出で息抜きをするため、了承することにした。





「ここか」


 お忍びで行ったのはメイが大金をはたいて構えた店だった。


 見た目はいかにも高級そうな店ではあるが、イースらしさが全くない。


 どんな製品を売っているのかもわからないため、ユークリッドは客のふりをして店を偵察することにした。


「いらっしゃいませ」


 高級店にありがちな警備員や制服を着た店員がいた。


 全員、ラウドラント人。


 扱っているのは宝飾品だった。


 ユークリッドは客として飾られている宝飾品を観察した。


 どれも繊細な細工が施された品で、職人が丁寧に作り上げた品だとわかる。


 より奥の方へ行くと、黄金で作られた像や壺が飾られている。


 特徴的な模様や装飾により、イースらしさを取り入れた宝飾品を扱っていることがわかった。


「メイはいるか? 友人が会いに来たと伝えてほしい。オーナーとしていると聞いた」

「お名前をお聞かせいただけますでしょうか?」

「古い知り合いだ。ユークと言えばわかるだろう」

「少々お待ちくださいませ」


 しばらくすると、支配人がやってきた。


「大変申し訳ありません。メイ様は他の事業のため、ここにはいません」

「どこにいる?」

「ご自宅のほうにいると思われます」

「そうか。ちなみにこの店はイースらしさを取り入れた宝飾品を扱っているようだな?」

「はい。イースは職人の国とも言われ、繊細な技術を駆使した美しい伝統工芸品を多数作っております。その美学や技術を宝飾品に取り入れ、ラウドラントのお客様にご紹介しております」

「私も家族もメイとは古い知り合いだ。新しい事業がうまくいっているのかどうかが気になっている。大丈夫なのか?」

「ご心配には及びません。当店の品は皇太后様、皇后様、皇帝の側妃様にも献上され、これまでにない美しい宝飾品だと絶賛されております。貴族の方々や裕福な方々にも多数ご愛用いただいております」

「そうか。うまくいっているのであればいい」


 ユークリッドは店を出ると、メイの自宅まで向かった。





「ここなのか?」

「間違いありません」


 護衛も御者も困惑中。


 だが、皇太后に聞いたメイの自宅は古くて貧相な一軒家。


 イースの王女が住んでいるとは到底思えない住居だった。


「とりあえず、ドアをノックします」


 安全を考え、護衛がドアをノックした。


「どちらさまでしょうか?」

「私は騎士です。メイ様にご面会したい方が参られています。メイ様はご在宅でしょうか?」


 ドアが開いた。


「お久しぶりです」


 平民服を着たメイをユークリッドはじっと見つめた。


「平民になったのか?」

「そうです。見た目だけですけれど」


 メイはユークリッドを家の中に入れた。


「イースの王女なのに、このような家に住んでいるのか? 大金を持っているはずだろう?」

「泥棒に狙われないように、あえて貧しい暮らしをしています」

「自宅を建設中と聞いたが、工事しているように見えない」

「ここではないのです。ここは家が完成するまで住む仮の自宅です」

「そういうことか」

「あと一カ月ぐらいで住めるようになります。全部の工事が終わるのはもっと先ですけれど」

「そうなのか」

「何か御用でしょうか?」

「おばあ様から頼まれた」


 ユークリッドは皇太后から聞いた話を伝えた。


「事業はうまくいっているのか?」

「軌道には乗っています。末永く続くかどうかはわかりませんが、現時点においては順調です」

「そうか」

「イース王には違約金がいくらだったのかは伝えてあります。最終的にそれと同額の輸入をしたら終わりだと伝えてあります」

「違約金を全部輸入で使い切るつもりなのか?」

「いえいえ。あちこち投資したり、他のことをしたりしています。でも、お父様に対して保証する金額はあらかじめ決めました。違約金よりも多くの輸入をしろと言われたら困るからです。二十年ぐらいかけて達成できればいいなーという気の長いプランです」

「なるほど」

「宝飾品は高級品なので、利益率が高いのです。まあ、普通に儲けています」

「そうか」

「ユークリッド様も買ってください。評判になって売れ行きがよくなります」

「いらない」

「好きな女性はできましたか? 贈り物をする時は、私の店で宝飾品を買ってください」

「執務で忙しい」

「恋人ぐらいはいますよね?」

「いない」

「相変わらず顔も良くて身分も良くてお金持ちで優秀で何でも持っていそうなのに、女性だけは持っていないですよね」

「メイに言われたくない」

「とりあえず、私は大丈夫です。安全のためにも、ここに長居は無用です。どうせ来るなら自宅が完成してから来てください。ここよりもちゃんとしたおもてなしをできると思いますので」

「建設中の自宅の住所はどこだ?」

「お楽しみです。完成したら皇太后様に知らせます。お忍びで来てくれるらしいので、気合いを入れてもてなすつもりです」

「おばあ様がお忍びで外出するのか?」

「暇らしいですよ。誰も構ってくれなくて寂しいみたいです。前皇帝陛下と同じです。老人の相手をしてくれる若者なんていないって嘆いていました。なのでユークリッド様、帰りにちょっとしたお店によってお土産を買うのはどうですか? きっと皇太后様も喜びます」

「ちょっとした店か」

「ここがおすすめです。私の新しい事業です。報奨金で高級菓子店を始めました」


 メイは店の紹介カードを渡した。


「イースの菓子を売っているのか」

「美味しいですよ。ぜひ、食べてみてください」


 ユークリッドはメイが手掛けている高級菓子店に行った。


 様々なイースの菓子が売っており、物珍しさもあってかなりの繁盛ぶりだった。


「いらっしゃいませ。お決まりでしょうか?」

「どら焼きを薦められた。団子も買いたい」


 ユークリッドはイースの菓子を大量買いしたかったが、あまりの人気で個数制限があることがわかった。


 そこで店で売っている全種類の菓子を上限まで購入し、皇帝家内にばら撒くことにした。


「ユークリッドは優しいわね。さすが一番の孫だわ!」


 皇太后は大喜び。


「イースの菓子か。珍しい。休憩にしよう」


 執務で疲れている皇帝も大喜び。


「綺麗なお菓子ね! イースらしいわ。もしかしてメイのお店のものかしら?」


 皇后も興味津々。


「美味しそう!」

「可愛い!」


 弟や妹も大喜び。


 皇帝の側妃や側近にも配った。


 あっという間に皇宮ではイースのお菓子が大流行。


 メイの店は皇都で知らない者はいないと言われるほどの有名な高級菓子店になった。


「メイにうまく利用されてしまった」

「わかっていて購入したくせに」


 ユークリッドもまた友人兼側近のリストと共にイースの菓子に舌鼓を打った。





 一カ月後。


 皇太后がお忍びで外出した。


 後日、皇后がお忍びで外出した。


 後日、皇帝までお忍び外出した。


 後日、皇帝の側妃やその子どもたちもお忍び外出した。


「おかしいだろう! 俺が最後というのは!」


 執務に忙しく、他の皇族が訪問する予定が先になってしまったため、ユークリッドはかぶらないようにするための調整によって、新築されたメイの自宅に行くのが最後になってしまった。


「まあまあ。今日は楽しもうよ」


 リストを連れて、ユークリッドはメイの新しい自宅へ行った。


「どういうことだ?」

「町だね?」


 高い外壁で囲まれているために大豪邸かと思いきや、立派な門の先にあったのは町だった。


「これは……イースだな?」

「イースだね」


 メイの新しい自宅とされている場所には瓦を特徴とするイース風の建物が並ぶ街並みがあり、個人の敷地とは思えない景色が広がっていた。


 しかも、イース人が多くいて、ラウドラント人と仲良く談笑している。


 ラウドラント人が東の小国であるイースを見下し、イース人を軽視していることを考えると、この場所の特殊さが余計に目立っていた。


「また門か」

「ここからは……屋敷のようだね」


 美しく舗装された場所になった。


 イース風の壁が連なっており、車窓から見えるのは砂と石ばかり。全くもってラウドラントらしくない。


 おそらくはイースらしい風景なのだろうと思えるものだった。


 馬車がついたのはイース風の宮殿だった。


「ようこそおいでくださいました」


 異国風のドレスに身を包んだメイが玄関口で待っていた。


「イースの衣装ではないな?」

「イースの意匠を取り入れたラウドラントのドレスです。私はラウドイース風と呼んでいます。流行らせているので、ぜひユークリッドもそう言ってください」

「イースラウドではないのだな」

「どちらの要素が強いかです。ラウドラントのドレスの形なので、ラウドイースです。もし、イースの衣装にラウドラントのデザインを取り入れたものなら、イースラウドです」

「なるほど。ここはどっちだ?」

「この宮殿はイース風です。でも、ラウドラントの技術をたくさん取り入れています」


 自然が豊かなイースは木造建築が主流だが、ラウドラントは石造り。


 石造りは頑丈で、間口も大きくすることができ、火災にも強い。


 イース風建築には欠かせない瓦や木材の装飾を取り入れることで、外観をイース風にしていることが説明された。


「設備についてはラウドラントのほうが圧倒的に上です。イース風でありつつも、日常生活が便利で快適になるような工夫を随所にしています」

「なるほど」

「私は王女なので、イースの王宮に似せた建物を造りました」

「ここは離宮のようなものか」

「そのように考えることもできますね。では、お部屋の方へ」


 内装もイース風に見えるようにしている。


 しかし、水回りは全てラウドラント式。


 ここはラウドラントの皇都だけに、イースの全てを真似する必要はないとメイは判断した。


「メイはここをいつ購入した?」

「土地のことなら前皇帝陛下が生きていた頃です。皇帝陛下や皇后様がお小遣いをくれると言うので、イース系の貧民街の土地を買い占めたいと言いました」

「ここは貧民街だったのか」

「そうです。生活は面倒を見てもらっていたので、お金を使うことがありません。なので、土地をもらっておいて、年金暮らしになったら自分の家を建てようと思いました」


 貧民街は治安が悪いのもあって地価が安い。


 皇帝も皇后も寛大で慈悲深いため、お気に入りのメイのためにイース系貧民街の土地を買い占めた。


「でも、問題がありました。貧民街の土地を持っていても、貧民からは地代を徴収できません。しかも、私が土地を所有しているということで税金を払わなくてはならなくなります」

「そうだな」

「そこで皇帝陛下と皇后様から土地をもらうのに猶予を与えていただき、地代が徴収できるように変えようと思いました」


 皇太子の機嫌を取り、貧民街の再開発の許可と補助金をもらった。


 補助金を元手にしてイース風の街を作り、貧民街に住んでいた人々が新しく作られたイース街に住みながら、新しく作った店で働けるようにした。


 イース街だけにイース人やイース人とラウドラント人のハーフが多いのは当たり前。


 安定した生活と収入を得られるようになったので、貧民ではなくなった。


 イース街に住む人も、そこを訪れた人も、商業や観光を通じて笑顔で結びつけるように導き、差別のない環境づくりをしたことをメイは説明した。


「イース街ができたことで家賃や地代を徴収できますし、新しく作ったイース製品を販売する店の収益も入ります。それで税金を払えばいいとなったので、皇帝陛下と皇后様から土地をいただきました」

「なるほど」

「この建物は私の自宅として造ったのですが、ホテルにできるようにも設計しました。今はホテルとして開業するための準備をしています」

「そうなのか」

「なので、私はホテルのオーナーとしてここに住む感じになります。建物内を自宅として自由に歩けるのは今のうちです」

「なるほど」

「イース風の庭園もあります」


 水の代わりに砂や石を使い、四季折々の植栽をしている枯山水と呼ばれるもの。


「美しい景色を眺めなら食事ができるレストランも作ります」

「メイ、大金を得たのは知っている。だが、足りるのか? 事業がうまくいかなくなれば大変なことになりそうだが?」

「大丈夫です。貧民街がイース街になったことで税金をきちんと徴収できるようになったことを皇帝陛下は喜んでくれています。皇太后様、皇后様、側妃様のおかげで今は空前のイースブーム。イース関連の事業はどんどん伸びています。当然、イースからの輸入品も伸びているので、イース王であるお父様との約束も守りました」

「いいことづくめのようだ」

「そうです。今日はゆっくりされていってください。ユークリッド様は皇太子。なかなか外出できません。イースに行くなど夢のまた夢。でも、ここではイースの街並み、宮殿、庭園を楽しめます。イースへの小旅行気分を味わってください」

「そうだな」

「デザートはどら焼きにしますか? それとも団子にしますか? かき氷もありますが?」

「全部好きだ」

「では、全部で」


 メイの考えたもてなしはイース尽くし。


 皇宮の生活に慣れているユークリッドにとっては新鮮で、心から楽しめるものだった。


「父上までお忍びで外出しただろう? なぜだと思っていたが、今わかった」

「皇后様が話したのだと思います。とても満足していました」

「おばあ様にどんなだったのか聞きに行ったのだが、自分の目で確かめろと言われた」

「さすが皇太后様です。百聞は一見に如かずですから」

「メイ、またここに来てもいいか?」

「皇太子としてではなくユークリッド様としてであれば。でも、皇帝陛下に怒られたくありません。時々にしてください」

「大丈夫だ。父上には羊羹を持って行けばいい。イース街に店はあるのか?」

「もちろんです。でも、午前中で売り切れます。コネを使わないと手に入れるのが難しいです」

「メイのコネを使いたい。メイの店だろう?」

「一箱だけなら確保できますが、大量には無理です」

「それでいい。おばあ様や母上は自分で買うほうが楽しいだろう。買物が好きだからな」

「そうかもしれません」





 一年経った。


 皇太子になったユークリッドはますます忙しくなるばかり。


 気晴らしのお忍び外出でイース街に通っていたが、メイは次々とイース関連の事業を立ち上げ、なかなか会うことができなかった。


 メイの自宅もイース風の宮殿ホテルとして開業、宿泊もレストランも数カ月先まで予約が取れないほどの人気ぶりだった。


「イースの菓子を買うためだけに外出するのは面倒だ」

「護衛も反対するよね。取り寄せろって」


 ユークリッドはリストと一緒に執務室で大福を食べていた。


 これもまたメイが新しく作った店で扱っているイースのお菓子。


 次から次へと新しく登場するイースの菓子は社交界でも大人気。


 あまりにも手に入れるのが大変なために、模倣品が増えているということだった。


「模倣品が増えると、メイの商売の邪魔になる」

「そうだね」

「最初はいいが、良いアイディアはすぐに真似される。メイは大丈夫なのだろうか?」

「別の事業で大変らしいよ」

「別の事業?」

「別の貧民街を再開発しているみたいだよ。皇帝陛下の命令で」

「なに? 聞いていない!」


 ユークリッドは知らなかった。


「慈善事業だから。皇后様が手掛けているけれど、実際はメイ王女があれこれやっているらしい」

「母上に利用されているのか」

「断れるわけがないよ。皇帝と皇后だよ?」

「そうだな」


 皇后が手掛ける慈善事業として、貧民街に大修道院が作られた。


 皇都で最大の敷地を誇る大修道院には美しい庭園や自給自足用の菜園もあり、観光客に大人気。


 観光客の払った見学料は大修道院の維持管理費用を大幅に上回るため、修道女が貧しい人々や親を失った子どもたちを支援する活動にも使われることが決まった。


 皇都にある貧民街を美しく清らかな場所へ変えた皇后を国民は大絶賛。


 そして、皇后の理想を現実にするために支えたイースの王女メイの名もまた知られるようになった。





「ようやく会えた!」


 メイが皇宮に来ていると知り、ユークリッドは面会の約束を取り付けた。


 待ち合わせ場所は中庭。


「お久しぶりです」


 メイは日向ぼっこをしていた。


「ここで会うメイはいつも寝転がっていた」

「懐かしい場所なので、同じようにしてみたくなりました」


 メイはこの中庭で日向ぼっこをしていた。


 皇帝の側妃になり、いずれは未亡人になって楽しい年金生活を送ることを夢に見ていた。


 イースとラウドラントの関係が良くなるにはどうすればいいのかについても考えていた。


 自分より一つ年上の皇子ユークリッドが通りがかり、話しかけてくれないだろうかと思っていた。


 しかし、ポカポカ陽気に負けて昼寝をしてしまうことがほとんどでもあった。


「忙しそうだな」

「そうですね」

「ぐーたらするつもりではなかったのか?」

「そうなのですが、現実は厳しくて……」


 次々と新しいプロジェクトが立ち上がる。


 それはメイにとってもイースにとってもラウドラントにとってもいいことだけに、やめる理由がない。


「結婚しないのか?」

「ユークリッド様こそ」

「忙しい」

「私も同じです」

「恋人ぐらいはできたか?」

「全然。一応は王女です。釣書の山はあります」

「そうか」

「でも、私と結婚したいのには理由があります。王女の配偶者、財産、知名度、その他もろもろです。でも、その中に私を心から愛しているという理由は入っていません」

「勝手にそう思っているだけではないのか?」

「相手の方を信じることができません。私のことを何も知らないのに、なぜ結婚したいと思うのかわかりません。打算的で利己的でご都合主義の理由に決まっています」

「誰とも結婚したくないのか?」

「結婚はしたいです。好きな人と。でも……難しいです」

「俺もそうだ。結婚したい。子どもも欲しい。好きな女性と一緒に楽しいことをして、喜びに満ち溢れた人生を送りたい。だが、現実は執務の山と向き合う日々だ」

「ユークリッド様と結婚したい女性は大勢いますよ?」

「打算的で利己的でご都合主義の女性ならいるだろう。だが、俺を心から愛しているかどうかはわからない」

「愛していますよ。だって、かっこいいです」

「見た目で判断するのはどうなんだ?」

「見た目は大事ですよ。人の印象は第一印象でかなりの部分が決まります。見た目が悪いと嫌われ、差別され、拒否されます。そうならないための見た目が必要なのです」


 メイは深いため息をついた。


「でも、ラウドランド人のようにはなれません。私はイース人ですから」

「変える必要はない」


 ユークリッドはメイを見つめた。


「俺は好きだ。メイの黒髪も肌の色も」

「人格者ですね」

「違う。ただの好みだ。黒はかっこいい。肌の色は健康的だ」

「そうですか」

「メイはどうだ? 俺は金髪で色白だ。頼りなさそうか?」

「素敵です。絵本や夢に登場する王子様みたいです。実際に皇子ですけれど」

「青い瞳はどうだ? 他の色のほうが好きか?」

「ユークリッド様には青が似合っています。全部が完璧です。神様が選んだ色です」

「メイもそうだ。神が選んだ色を嫌うほうがおかしい。俺は紫の瞳が好きだ。魅力がありすぎて、見つめ続けることができないぐらいだ」

「……そうですか」

「人の印象は第一印象でかなりの部分が決まるのだろう? ラウドラント人かイース人かは関係ない。俺は黒髪で健康的な肌の色で紫の瞳を持つ女性が大好きだ。だから、メイが大好きだ」


 メイは両手で顔を隠した。


「どうした?」

「恥ずかしくて」

「俺も恥ずかしい。だが、やっと言える時が来た。俺と結婚しろ。皇太子妃にしてやる」

「無理です。私はイース人です。反対されます」

「俺も最初はそう思っていた。それで側妃にしようと思ったが、俺の家族は全員メイが好きだ。大丈夫だ」

「国民は違います。大反対です」

「それなら賛成する国民を増やせばいいだろう?」

「どうやって?」

「イースを併合する」


 メイは驚きに目を見開いた。


「今、なんて?」

「イースを併合する。このままではいずれイースはどこかの国に飲み込まれる。そうなる前にラウドラントが飲み込む。都合のいいことにイースには皇太子より一つ年下の王女がいる。ラウドラントに住んでいて、知名度もあり、評判がとてもいい。イースを得るために皇太子妃の座を与えるということであれば、国民も納得するだろう」

「本気で言っているのですか?」

「俺は打算的で利己的でご都合主義だ。イースにメイとの縁談を伝えた。持参金はイースだ。ラウドラントがあるかぎり、イースは守られる。反対するわけがないだろう? とっくの昔に皇帝に差し出した王女だ。俺もいずれ皇帝になる。問題はない。メイにはイースを領地として与え、俺とメイの子どもに受け継がせる。ラウドラント皇帝家とイース王家の血を引いている子どもだ。ラウドイースだ」

「イースラウドかもしれませんよ?」

「それは子どもを作らないことにはわからない。メイ、いいだろう? 俺が死んだら未亡人になって楽しい年金生活を送れるようにしてやってもいい」

「嫌です!」


 即答。


「ユークリッド様が死ぬなんて絶対に絶対に嫌です!」

「では、皇后になって母上のようになるか、皇太后になっておばあ様のようになれ。暇を持て余しながら菓子を食べ、ぐーたらしていればいい」

「皇后も皇太后もなんだかんだいって忙しいですよ? ラウドラントや国民のためにあれこれしていますから」

「それがわかっているなら適役だ。だが、皇太子妃は違う。ぐーたらできる」

「どうしてですか?」

「俺の子どもを産むためだからだ。妊娠すれば、子どもを無事産むためにぐーたらしているよう言われる。俺の子どもをたくさん産むほどぐーたらできるぞ?」

「お腹にいる子どもと一緒にぐーたらできるなんて、とっても幸せそうです」

「父上のところに行こう。結婚の公式発表をいつにするか決めなくてはいけない」

「本当に……本当の話ですか?」

「当たり前だ。出会ってから何年経ったと思っている? 俺が何もしないわけがない。メイだってそうだろう? ラウドラントで自分の立場を確立するために動いた。ラウドラントとイースが笑顔で結ばれるよう尽力してくれた。さすがに自力で皇太子妃の座にはつけなかったが、俺が助力する。すでに何もかも整えた。だから、どうしても会いたかった。メイ、そろそろ起きろ」


 メイは身を起こした。


「メイは眠れる獅子だ」

「能ある鷹は爪を隠すです」

「どちらでもいい。メイの全部が好きだ。これまでもこれからもずっとだ」

「私もユークリッド様の全部が好きです。これまでもこれからもずっと」


 ラウドラントとイースが笑顔で結ばれることを証明するように、二人の想いと唇が重なった。



 Fin.


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読後のすっきり感良き とても素敵な作品
全体の文章のボリューム以上に、大きなインパクトがありました。少しずつ見えてくる世界観とか人物像の描写が自然で、淡々としている筆致の印象でありながら深さを感じました。一人の王女のサクセスストーリーとして…
最初から彼女は側妃ではなく正妃になる未来を見据えてこの国に来たってことなのかな? そうじゃなきゃ、グーダラ年金の為におじいちゃんと結婚って言ってた割に、おじいちゃんがいなくなってからの行動は不自然だも…
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