僕がただ竜を殺すだけの物語 第1章 運命の出会い 第06話
僕と姉が食堂へ戻って来た時にはすでに配膳が終わっていて、父と母に急いで来るように手招きされた。そんなに急かさなくてもと思ったが、二人にとっては何年かぶりの思い出の味なので仕方の無い事かも知れない。と言っても、初めて食べる料理でその思い出を味わって良いのか少し疑問に思った。まあそんな事も立ち込める料理の香気にどうでも良くなっていった。
「ようし全員揃ったな、今日の飲み食いは全額俺が持つから、お前ら思う存分飲み食いしな」
船長の言葉に船員たちはいっせいに歓声を上げた、僕も良くわからないが大声を出しておいた、
「そのかわり明日からは船の修理とこの店の手伝いだ、しっかり働いて貰うからな」
そんな嫌みの言葉も耳を塞ぎたくなるほどの歓声にかき消された、次々と運び込まれるビールはテーブルに置かれる事無く消えていき、皿に盛られた料理もあっという間に空になっていく、その迫力に気圧されていたが、父と母が両手を合わせていただきますと言うと、僕と姉もそれに続いた。
僕はまずカレーを一口食べてみた、口いっぱいに広がる複雑なスパイスによる刺激で更に食欲を増し、次の一口が止まらない、そして遂に雷鳥の肉を口に頬張るとすべてが吹っ飛んだ。
スパイスとは違う口の中を刺すような鋭い刺激と、舌を痺れさす握りつぶされるような刺激、喉を通り過ぎてもそれは続き井の中でも暴れているようだった。
「あ、あっあっあ」
襲い来る刺激の大津波に思わず悲鳴のような声が漏れた、父はそんな僕を見てにやにやしていたが、船長が近付いてきてすっと水を差しだしてくれた。
僕はなんの疑いも持たずにその水を一気に飲み干すと、世界の色が変わる程の衝撃に目を見開いた、口の中に鮮烈に残るスパイスと、肉から溢れ出る刺激の大津波が体全体に広がり、声にならない悲鳴という物が有るという事を身をもって知った瞬間だった、
「すげーだろ、これが雷鳥の肉の味だ、二度と忘れる事は出来ねぇよな」
船長は大声で笑いながら僕の背中をバシバシと叩いた、涙目になってしまったが、確かにこの経験は二度と忘れる事は無いと思った、と同時に、これが正しいのではないか、雷鳥という珍しい肉を食べるならば、こうしないと間違いなのでは無いかと思えるほど僕の中に鮮烈な記憶として残った、
「そんなに凄いの?私もやってみようかな」
好奇心が勝ったのか、姉が僕の姿を見て同じように水を飲むと、口を押えながら顔色を二転三転させながら動かなくなった。それを見ている父は苦笑いをしていたが、それはどうやらテーブルの下で母に抓られているからだった。
「ま、まあ二人とも良い経験だっただろ」
母の抓りから解放された父が僕たちに話しかけてきた、僕も姉も何とか正気を取り戻していたので笑って受け流す事が出来たが、もう少し早ければ軽蔑の眼差しを向けていたかもしれない。
「うん、このカレーって言うのもとても美味しいけど、この雷鳥の肉が今まで食べた事が無い味がして凄い」
凄いという言葉が味に対して正しいか少し疑問だったけれど、僕にはそれ以外の言葉が思い浮かばなかった、
「そうね、とても刺激的な味の肉なのは間違いないわね、口の中で弾けると言うか暴れるというか、凄いっていうのも間違ってない気がするわ」
姉も言葉を選び感想を述べるが、やはり上手く言えないようだ。
「そうか、もう2度と食べられないかもしれないから良く味わうんだぞ」
「そうなの、また食べたいな、今度は違う料理で」
僕は素直に答えたが、父は抓られているわけでは無いのに苦笑いをして、
「その皿の肉だけで、シリルのお小遣い何か月分だと思ってるんだ」
父が僕の皿を指さしてそう言うと、僕と姉は顔を見合わせた、そして頭の中で計算をし始めた。
あの荷車の肉の量を計算するには、僕の指はとても足らないようだ。




