僕がただ竜を殺すだけの物語 第1章 運命の出会い 第63話
アーノルドとブライアンが帰って行った後で、まだ日が沈むには早い時間だったので、道場に残って練習をする事にした。
相手が涙ぐむほど強く人を殴った事が初めてだったため、剣を握っていた右手に残る感触に、僕は心を痛めた。レイ達を軽んじた発言に興奮してしまい、軽々に試合を引き受けてしまった事への後悔、実力差を実感していながら、教えの通り全力で打ち込んでしまった事への懺悔、振り下ろすつもりの無かった止めの一撃が、ブライアンに与えてしまった恐怖心。そんな事を思っていても、余りある程の勝利から得られる高揚感は凄まじく、全身を痺れの様な物が駆け巡り、今またもう一度同じ興奮を得たら自分を見失ってしまいそうだった。そこで、僕は一つ深呼吸をして気持ちを落ち着ける、レイ達は何が有っても常に冷静だったと思い出したからだ。何か事が起こっても必ず先を見通していた気がする、そう、僕がブライアンに圧倒的な実力差で勝ってしまったらどうなるか。僕にはまだまだ先を見通せるほどの経験が足りていないようだ。
「師匠、おはようございます」
いつもはアーノルドとは別に登校している筈のブライアンが、足を引きずりながら声を掛けて来た。
「シリルおはよう、兄貴、それは止めてくれよ」
「何でだ、シリル師匠をどう呼ぼうと、お前に関係無いだろう」
「それはそうだけど。ごめんなシリル、昨日、兄貴が家に帰ってから、ずっとお前の事ばっかり話しててさ、そうしたらこうなってたんだよ」
どうしてこうなったかの説明にはなっていないのだけれど、アーノルドもレイと同じなんだと思ったらなんだか少し笑えて来た、その顔を見られたのか、僕が笑ってるから喜んでいるだろうと、ブライアンは勘違いを加速させてしまったようだった。そして、そのやり取りを見ていたマリーの視線はとても冷たかった。
「なんであんなことになっちゃったんだ」
教室に入ってから僕はアーノルドに詰め寄った、ブライアンの居る前だと2対1になってしまうのでブライアンと別れるまで待ったのだ。
「俺にもわからないんだよシリル、お前にこてんぱんにされてから、帰り道の間もずっとお前の話しばかりしててさ。晩飯の時も、風呂の間も、寝る時も、朝食の時も、お前に朝会うまでずっとだぞ。俺も辛いよ」
それは辛い、それは、わかるけれどいきなり師匠呼びは止めて欲しい、仮にも友達の兄とは言え年上なんだし、レイやジェイジェイ程にとても強い人たちなら、そう呼ばれても納得が出来るけれど、僕はまだ剣を振って2週間経ってないんだぞ。
「道場の入門の件は何とかなるかも知れないから、僕を師匠って言うのは止めてくれるように言って置いてよ。道場で新しい師範がつくと思うからさ」
「本当か、兄貴も喜ぶと思うぜ。わかった師匠と呼ばせるのだけは止めさせるよ、俺もシリルが師匠って呼ばれてるとなんかむずむずするしさ」
「なんでだよ、そのうちそう呼ばれるようになるかも知れないだろ」
「ははは、それはいったい何年先だ。そうなったら、俺も師匠って呼んでやるよ」
「覚えてろよ」
そんな事を話していたら朝礼の時間になり、先生が教室に入って来たのでそれぞれ席に着いた。
僕が師匠になる日か、それはいつになるんだろうか、先生の話しを他所に、僕は日課である脳内組手を始めていた。




