5話
出来立てのチョコレートクリームが挟んだコルネットが運ばれ、目を輝かせるリナリアが愛らしくて可愛くて永遠に眺めていたい。頬杖をついてコルネットを頂くリナリアを観賞しながら、近くに座るソルト達の会話はしっかりと聞いているラシュエル。
以前からリナリアとイデリーナどちらが綺麗だの、皇太子妃になるのはどっちがいいとしつこいくらい訊かれてきた。煩わしいのと皇太子妃候補筆頭のリナリアがいるのに他の相手に現を抜かす程度の気持ちを持っていないラシュエルは毎回適当に流していた。他人の物を欲しがる傾向のあるソルトだ、ラシュエルがリナリアに執着していると知ればイデリーナを使ってリナリアを奪いにくるとは予想していた。
聖女の能力に目覚めたイデリーナがラシュエルの病を癒し、婚約者の座に収まったのを良いことにリナリアに婚約を申し込むとは予想外だった。だが考えればすぐに至る。これは自分のミス。
ヘヴンズゲート家としては、いなくなったリナリアが他の男の許へ逃げたと皇太子や皇帝に説明していたのもあり、返事を出せずにいた。現在は自分達の嘘偽りを暴露され、沙汰を待って震えている最中だ、返事なんてもっと送れない。
「リナリア様可哀想〜ルーナだったら、旦那様に愛されないなんて絶対耐えられない」
「なあに、妻としての役割は果たしてもらうさ。リナリア嬢って胸は大きいし、顔はイデリーナ嬢より可愛いから……」
これ以上聞いていたら今すぐにソルトを殺しに行きたくなる。声を遮断してしまおうかと過るが、二人が何を話すかも気になり実行が難しい。
必死に殺意を抑えつつ、熱々のコルネットに息を吹きかけるリナリアの可愛さに頬を綻ばせた。
小さな口がサクサクのコルネットを齧って控え目に咀嚼している。リナリアだと何をしても可愛いと思う自分は頭が狂っている自覚があった。
リナリアに関しては思考が狂っているのは昔から自覚しており、ただ、正式な婚約者ではないから筆頭候補と言えどその名に相応しい距離感をずっと保ち続けた。
その結果が今回の事態を招いたなら、もっと前からリナリアを婚約者にしたいと皇帝に申せば良かった。
他の候補者に目がいかないのは知っていたのに、時期を見ていたのはもしもの時があるからだと待っていたのだ。
イデリーナに聖女の能力が目覚めると知っていた筈はないのでイデリーナの件はただの偶然。仮に聖女の能力に目覚めずとも、イデリーナを婚約者にされるのは死んでも嫌だ。
父を——皇帝を動かす手札はラシュエルにはあった。リナリアの亡くなった母の生家クローバー侯爵家。
ヘヴンズゲート侯爵が再婚した際には、新しい家庭を築くのならとリナリアを引き取る打診をずっとしていたが皇太子妃を輩出したい侯爵が断固としてリナリアを渡さなかった。
そこにリナリアへの愛はない。
リナリアも父に愛されたい気持ちは子供の時に捨てたと語っていた。なら、遠慮は不要。
「ソルト様、リナリア様と結婚してもルーナとは遊んでくださいね」
「勿論だよ」
「でもルーナ心配。リナリア様がソルト様を束縛したらルーナ会えなくなる」
「そんな風には見えないが……鬱陶しい真似をするなら、離縁をちらつかせて黙らせるさ。離縁されれば、彼女の居場所がなくなるから嫌がるだろうからね」
……。
「……絶対に殺す」
「? 何か、仰いましたか?」
「何も。リリの口に合った?」
「とても」
ほのかに頬を染めて美味しそうにコルネットを味わうリナリアを間近で正面から眺められる幸福が、病に苦しんでいる最中ヘヴンズゲート家の面々から囁き続けられた言葉によって蓄積した憎しみを消していく。
平常なら嘘だと分かり切っていても、心身ともに弱っている状態で注がれた言葉は毒となってラシュエルの精神を蝕み心を黒く染めた。
こうしてリナリアといられるなら何でもいい。
リナリアが側にいるならそれでいい。
聖域を管理する神官が気に食わないが祈りの花を求めてやって来た自分にとても親切にしてくれたからとリナリアは信頼している。それならラシュエルがどうこう言う理由がない。
ないが親し気にリナリアをリアと呼ぶのが気に食わない。
「リリ」
どれもこれもリナリアが側にいるのなら、些細な事だと放っておけばいいと納得させた。
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