18話
今日はリナリアに見せたい物があると言ってラシュエルがやって来たのは昼。丁度昼食を摂る時間帯。聖域に行ってからの二日間は多忙を極め大教会に来る時間が取れなかったらしく、今日は隙間時間を見つけリナリアに会いに来た。いつもの如く、変装魔法を使って街のリストランテで昼食をとなり、タイミングよく席があった為二人は座った。
「私に見せたい物とは?」
「これだよ」
給仕にランチセットを注文後、テーブルに封が切られていない手紙がいくつも並べられた。
「これって……」
リナリアには見覚えがあった。
あって当然だ。全てリナリアがラシュエルに送った手紙なのだから。
「私が『魔女の呪い』に苦しんでいた時、君が送ってくれた手紙だ。やはりヘヴンズゲート侯爵が握っていた」
「てっきり、とっくの昔に処分したものだとばかり……」
「ああ、私も」
しかし綺麗に残されていた。回収をしたラシュエルの部下曰く、侯爵は破棄するよう指示したそうだが任された侍女はこれをイデリーナが書いたことにして細工をしようと思い付いたらしい。が、リナリアは聖域に行ってしまい、イデリーナは聖女の能力に目覚めラシュエルの病を完治させてしまったので不要だとし、廃棄もせず存在を忘れ去った。
見つけられたのはヘヴンズゲート侯爵に仕える者達を一人ずつ聴取した甲斐あってのもの。
更に、これも、とラシュエルは別の手紙の束を出した。
「これは私がリナリアに送った手紙。これはイデリーナが隠し持っていた」
「イデリーナが?」
「リナリアに送られた手紙でも、私が書いたのならと侍女を使って回収させていたそうだ」
呆れて物も言えないとは正にこのこと。
テーブルに並べられたリナリアからの手紙を綺麗に一纏めにしたラシュエルはそのまま懐に仕舞った。リナリアとしてはもう必要ないからと回収したかったのだが。
「どうして? リナリアが私の為に送ってくれたんだ、大事に置いていたい」
あまりに手紙を嬉しげに見つめられてしまうと返してほしいと言えない。
ラシュエルが送った手紙を自分の方へ引き寄せる。病に苦しんでいる最中にも関わらず書いてくれた手紙。達筆な字を書くのに、宛先の文字は歪でインクも滲んでしまっている。
必死で書いた手紙の返事が来なければ、信頼の篤い人であっても不安と疑心が募るのは当然。
——原作のラシュエルがリナリアを信じられなくなるのは道理って訳ね……
側で支え続けたイデリーナに心変わりした彼を非難するのも難しい。
——今は原作と展開が違うとは言え、リナリアの末路だけがどうしても分からない。
自分が目指すのは平凡な結末。バッドエンドではなくてもメリバは嫌だ。
「クローバー侯爵夫妻の養子になる話は進んでいるそうだな」
「私が今までお父様達から受けていた仕打ちを教皇様がクローバー侯爵様達に話したので予定より早くなりそうです」
「聖域に拒絶されてもイデリーナは聖女の能力を失ったわけではなかったのだな」
「はい……教皇様もユナンも驚いていましたね」
結界に触れた直後に吹き飛ばされ、盛大に拒絶されたイデリーナに最早聖女の能力は残っていないと本人も悟った。のだが、大教会に戻った際、試しに検査をするとかなり微量だが残っていた。結果を見た教皇は腰を抜かし、文句を言いながらユナンが支えていたのを思い出す。
「元々の予定通り、イデリーナを修道院へ送る手配も今している最中です。ただ、仮に修道院に行ったとしてもイデリーナが聖女の能力を取り戻せるかは希望薄だとか」
「そうだろうな。教皇も聖域にあそこまで拒絶されるとは予想していなかった。寧ろ、聖女の能力が未だ残っていたことが信じられない」
イデリーナが父の娘ではない可能性が浮上している。この件については親子鑑定で明らかとなる。
「お父様はする方向で、義母は反対して二人は毎日喧嘩をしていると様子を見に行っている神官様が仰っていました……本当にイデリーナがお父様の子ではなかったら、清々すると思う自分がいて吃驚してしまって」
「散々君を蔑ろにしてイデリーナばかりを溺愛してきたんだ。それがイデリーナが実子ではなかったなら、因果が回ってきただけだ。リナリアがどう思うと君が悪いとは思わない」
検査実施日は聞かされていないが恐らくそう遅くはない。二人の注文したランチセットが運ばれた。熱々のグラタンとサラダ、スープが並べられ、早速頂きましょうとスプーンを持った。
リナリアがグラタンをスプーンで掬った際、一羽の白い鳩がテーブルに降りた。
「身体に大教会の印が刻まれているな……伝言鳩だろう」とラシュエル。鳩に触れると託された伝言が魔法陣に表示されるらしく、早速鳩に触れた。
展開された魔法陣に表示された文字には、現在イデリーナが大教会で拘束されている旨が書かれていた。
「どうしてイデリーナが」
「続きを見てみよう」
更に読んでいくと、突然現れたかと思うとリナリアに会わせろと喚き、騒ぎを聞き駆け付けたユナンを見るなり魔法攻撃で危害を加えようとした。荒事には慣れているらしいユナンや周りの神官達にあっという間に拘束され、現在尋問部屋にいる。
イデリーナとて聖女の能力の消滅は免れたい筈なのに、何故暴挙に出たのか。経緯を知りたく、昼食が終わり次第戻ってほしいと最後にあった。
「私も知りたい。ラ……エル、ごめんなさい、昼食が終わったらすぐに戻ります」
「私も行く。大教会内だから危険はないと考えたいが万が一がある。それに私もイデリーナの行動の理由を知りたい」
伝言を預かった鳩にお礼として魔力を分け与え空へ飛ばした。
折角の楽しいランチが、と残念に感じながらも、理由が理由だけに仕方ない。
読んでいただきありがとうございます。




