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13話

 



 リリーシュ公爵邸に到着したラシュエルは外で待っていたソルトに歓迎とは言い難い様子で迎えられた。



「ソルト。今日私が来た理由を聞いているな」

「ああ。ラシュエル、イデリーナ嬢は聖女の力に目覚め、その力で君の病を治療したんだぞ? なのに、何故彼女と婚約しない」

「それについては中で話そう」



 外でする会話じゃないとソルトも解しており、こっちだとラシュエルを邸内に入れた。何度も足を運んだソルトの部屋に入り、二人向かい合ってソファーに腰を下ろした。

 使用人がお茶を運んだのを皮切りにラシュエルは切り出した。



「イデリーナには感謝している。魔女の呪いが完治したのは紛れもなく彼女のお陰だ」

「なら」

「けれどイデリーナやヘヴンゲート家が私になんという嘘を囁き続けたかは知っているか?」

「嘘?」



 もう二度と思い出したくもない嘘の言葉は、病に苦しむラシュエルの心を確実に蝕んだ。

 リナリアはラシュエルを捨て他の男の許へ逃げた、此処へは来ない、ラシュエルは捨てられたんだ、と。


 初めて聞いたのかソルトは愕然とした面持ちをしていた。



「本当なのか?」

「彼等と違って私は嘘は言わない。ヘヴンズゲート家から皇太子妃を輩出したいがために、前侯爵夫人が亡くなった際クローバー侯爵家がリナリアを引取りたいと申しても拒否したくらいだ。ヘヴンズゲート侯爵は簡単に嘘を吐ける男だ。イデリーナも然り」

「病に苦しむお前に嘘の情報を流したイデリーナ嬢を遠ざけたいのは解った。だからと言って、彼女が聖女であり、お前の病を治療した事実に変わりはない。リナリア嬢より、聖女であるイデリーナ嬢が皇太子妃になるべきだ」

「たとえイデリーナが清らかな心の持ち主だったとしても、私が側にいてほしいと願うのはリナリアただ一人だけだ。ソルト、リナリアとの婚約は諦めてくれ」

「……」



 納得がいかないとソルトの顔に出ている。



「お前やリナリア嬢は、いつも一定の距離感を保っていたよな。険悪でなくとも互いを意識していたとはどうも見えなかった」

「私やリナリアとでそれについては話をつけている。お前に言うつもりはない」



 前侯爵夫人が亡くなった時の心情、何時か侯爵に切り捨てられる日が来るくらいならラシュエルとは一定の距離感を保ち続けた事、今まで秘めていた感情をリナリアは明かしてくれた。小さなショックを受けれど自分を信じ、気持ちを明かしてくれて嬉しかった。リナリアの気持ちはラシュエルも十分に解せるものだったから尚更。自分がもし同じ立場であったら、同じではなくても似たようなものは持っただろう。

 味方がいない屋敷に娘を置いて亡くなった夫人の方が余程無念だったに違いない。

 提供された紅茶を一口飲んだラシュエルは即違和感を覚えた。ちょっと前にクローバー侯爵家で飲んだ紅茶と茶葉が違うのは当然でも、ウイスキーの味などしなかった。紅茶とウイスキーの相性は抜群に良いと目の前にいるソルトが愛飲しているのは知っているが、酒に弱いラシュエルは誘われる度に遠慮していた。


 一口飲んだだけでは酔わなくても、酒に弱いと知っておきながら紅茶に仕込まれた意図。ティーカップを乱暴にテーブルへ置き、向かいに座るソルトに非難の視線をやった。あからさまではなくても多少の動揺を見せている辺り態となのは明白。



「どういうつもりだソルト」

「酒に弱いんじゃなかったのか」

「一口飲んだくらいでどうもならない。それより、私が酒に弱いと知っていながら紅茶に仕込んだ理由を聞かせてもらおう」

「……」



 よくよく思い出すと酒に誘われると弱いからという理由で断り、ソルトの前で飲んだことがなかった。

 ソルトもそれを思い出したらしく顔を顰めた。

 厳しい口調でソルトを呼んだ時——突然部屋の扉が開かれた。二人同時に振り向くとイデリーナが立っていた。



「ラシュエル様! 私が…………え?」



 勢いよく登場したものの、何故かポカンとするイデリーナ。

「あ……」と零したソルトやイデリーナの様子から大体の事情を察したラシュエルは深い溜め息を吐き、ソファーから立ち上がった。



「大方の理由は察した。酒を盛られた私をイデリーナが介抱すると称して既成事実でも作らせようとしたんだろ」

「ち、ちが……あ」



 否定しようとした矢先、咄嗟に口を手で塞いだイデリーナ。ただでさえ嘘偽りに塗れ、聖女の能力を失いかけているのに更なる嘘偽りを口にすれば減少の一途を辿るのみ。

 顔を青褪めさせ、冷や汗を流すイデリーナを冷めた金色で一瞥するなりソルトへ視線を変えた。



「次期皇太子妃はリナリア以外認めない。イデリーナが聖女の能力に目覚めようとだ」

「皇太子のくせに、国よりも個人の意で伴侶を選ぶと?」

「ああ。ずっとリナリアが皇太子妃になるのだと思っていた。聖女の能力が貴重なのは認める。私の為に一人聖域に行き黄金の“祈りの花”を咲かせたリナリアと皇太子妃の地位欲しさに私に嘘偽りを囁いたイデリーナ、どちらが皇太子妃に相応しいかお前でも分かる筈だ」

「……」

「ソルト。従順な女性を妻にしたいならリナリア以外を探せ。リリーシュ公爵夫人という座にしか興味のない令嬢なら、探せばいくらでもいるだろう」



 ラシュエルの言葉に何も反論せず、黙り俯いたソルト。

「ラシュエル様っ」とイデリーナに触れられる前に避け、部屋を出て行く気でいたラシュエルだがソルトの声に足を止めた。



「大公家の令嬢と婚約予定だったのをリナリア嬢が皇太子妃候補から外れたと聞いてすぐに無かったことにしてもらった」

「そうまでしてリナリアに拘るのは、結婚後も女性関係を改める気がないからか? 大公令嬢もお前と婚約せずに済んで助かったな」



 何かをソルトが言い掛けるも聞く気のないラシュエルは部屋を出た。

 エントランスホールまで来ると「ラシュエル様!」と追い掛けて来たイデリーナが呼ぶ。歩みを止める気のないラシュエルは声を右から左へ聞き流し外へ出た。「待って!」と手を掴まれると強く振り払った。背後にいたイデリーナはショックを隠せない様子で呆然と立ち尽くす。



「気安く触らないでくれ」

「わ……私は聖女なんですよ……?」

「聖女であろうとなかろうと、私利私欲の為にリナリアを陥れた君やヘヴンズゲート侯爵家を私は許さない」

「でも、でも! ラシュエル様の病を癒したのは私です! ラシュエル様を治したい一心で」

「なら、何故今は聖女の能力が使えないんだ」

「それは……」



 ラシュエルに問われ、答えを持たないイデリーナは口を閉ざした。



「ソルトは美しい女性を側に置くのが好きだ。リリーシュ公爵夫人には君がなればいい」

「そんな……! ずっと……ずっとラシュエル様をお慕いしていたのにっ……あんまりです」

「あんまりなのは君達の方だ。私やリナリアに何をしたかもう忘れたか?」



 これ以上の言葉は時間の無駄。イデリーナを見ず、歩を進めたラシュエルは待機させていた馬車に乗り込み、御者に出すよう命じた。外から車体を叩くイデリーナを気にする御者に「構わない。出してくれ」と告げ、馬車を動かせた。



「ラシュエル様お願いです……! ラシュエル様あぁ……!!」



 イデリーナの悲鳴が聞こえようとラシュエルの心は微動だにもしなかった。

 


 

読んでいただきありがとうございます。



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