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10話

 


 リストランテでモーニングセットを食べ終えると徐にユナンが席から立った。釣られて立とうとしたリナリアは手で制される。



「リアは皇太子と戻るなりゆっくりするなり好きにしたらいい。俺はちょっと用事が出来た」

「用事?」

「大した用事じゃない。さっきのリリーシュ家の坊ちゃんがリアに会いに大教会に来ないよう、教皇からリリーシュ公爵に釘を差してもらおうかなって」



 クローバー侯爵家程ではないにしても、リリーシュ公爵家も幅広く慈善活動をしており大教会と関係が良好だ。現在大教会で保護しているリナリアに言い寄って来られても困る。


 教皇の方からリリーシュ公爵にソルトが大教会に足を向けないよう言い付けてもらうのだ。「ただなあ」とユナンは先程のソルトの言葉が本当か胡散臭いと零した。



「どうして?」

「リリーシュ家の坊ちゃんって、確か大公家のご令嬢と婚約間近だって噂なんだけどな」

「そうだったの?」



 大公家の令嬢と言えば生まれつき体が弱く深窓の令嬢と有名でリナリアも夜会で一度か二度挨拶を交わしたくらい。プラチナブロンドに緑の瞳の儚げな美女だったと思い出していると「ああ、それ」と事情を知っているラシュエルが答えた。



「大公家と公爵家は確かに婚約を結ぶ予定だった」

「だったと言うことは……」

「公爵家側が辞退したと聞いた」



 両家にとってもメリットのある婚約だったのに公爵家側が辞退したのはどんな理由だったのか。そろそろ戻るよと、三人分の代金を置いてユナンは大教会に戻って行った。


 残ったリナリアとラシュエルは話の続きをした。



「件の令嬢とソルトの仲はそう悪いようには見えなかったけど理由が知れた。リナリアが私の婚約者候補から外れイデリーナが婚約者になったからだ」

「まさか」

「言ったでしょう。毎回、リナリアとイデリーナ、どちらが皇太子妃になってほしいかと訊かれていたと。昨日といい、ソルトはリナリアに気があるようだ」



 と言われてリナリアも昨日を思い出し反応に困った。そんな目で見ている気配が全くなかったからだ。

 ソルト的には従順で何をしても文句を言わない静かな妻としてリナリアを欲してるだけ。実の父であるヘヴンズゲート侯爵から嫌われているリナリアに離縁を突き付ければ、居場所がない彼女はソルトが何をしても耐えるしかないと考えられているのだとしたら、思わず身震いを起こしてしまった。リナリア? と心配げにラシュエルに見つめられ想像したことを話すと黄金の瞳に微かな怒気が含まれた。



「絶対にそんなことにはならない。ヘヴンズゲートやリリーシュが何を言おうと私の妻になるのは君だリナリア」



 真っ直ぐに見つめられて告げられた言葉を受けて頬に熱が集中する。どうしても原作のラシュエルと今目の前にいるラシュエルの違いが何なのか考えてしまう。自分という転生者がいるせいでバグが起きたのか?


 母が死んだ時リナリアも後を追って死んだ。魂のない肉体に前世死んだ自分が入り込みリナリアとなった。本物のリナリアもラシュエルを愛していた。だが原作の末路を知っていて、且つ、聖女の能力に目覚めたイデリーナには立場も能力も敵わないと知っていたからこそラシュエルとの距離を常に一定に保ち続けた。いつか訪れる別れの悲しみを少しでも小さくしたくて。



「ラシュエルは」

「うん」

「ラシュエルは……私とずっといてくれますか?」


 母が亡くなった時、自分を愛そうとしない父や敵意しか持たない後妻や異母妹が来る屋敷に置いて行った母を恨んだこと。

 皇太子妃にしたいと言いながらも本心ではイデリーナを皇太子妃にしたい父に何時か切り捨てられ、最悪殺されてしまうくらいならラシュエルとの距離を常に一定にし続けいざという時逃げれるようにしていたこと。

 ラシュエルが不治の病と恐れられる魔女の呪いに罹りイデリーナが聖女の能力で癒したと知った時、本当は帝都に戻らずそのまま聖域に過ごすつもりでいたこと。そうすれば婚約を結んだ二人の話が耳に入ることはなく、リナリアは病に苦しむラシュエルを捨てた悪女として帝都で罵られようが静かな聖域で過ごして戻る気はなかったことを初めて話した。



「帝都に戻ったのは何故?」

「ユナンに言われたからです。一度、帝都に行ってラシュエルとイデリーナの婚約が本当かどうか確かめようと。あの時、ラシュエルに会うとは思っていませんでした。噂が事実だと確認をしたらすぐに聖域に戻る予定だったので」

「なら、私は運が良かった、ということか」

「最低だと軽蔑しました?」

「どうして?」

「亡くなった母に悲しみよりも恨みが上回ったこと。ラシュエルの側を何時でも離れられるようにしていたことです」

「そうだな」



 ラシュエルがリナリアの隣に回り、手を掴み立たせると何処かへ歩き出した。リナリアの歩幅に合わせゆっくりと歩くラシュエルの手は決してリナリアの手を離そうとしない。



「理解はしてやれる。私がリナリアの立場だとしてもきっと似たようなことをした。ただ、侯爵夫人も無念だった筈だ。絶対にリナリアを愛そうとしない侯爵がいる場所に君一人を残し逝ってしまって」

「お母様のお墓参りに行く資格がありません……」

「行こう。事が落ち着いたら侯爵夫人の墓参りをしよう。君が幸せでいる方が夫人だって喜ぶ」



 大丈夫だと強く手を握られてしまうとその気になってしまう。リナリアはラシュエルの手を握り返し、そっと腕に頭を寄せた。


「ところで何処へ向かっているのですか?」

「いや? リストランテにいるより、歩いた方がリナリアも話しやすいかなって」



 リナリアを気遣っての徒歩らしく、お礼を述べると頭にキスを贈られた。



 ——仲睦まじく歩く二人の後ろ姿を窺うソルトはそっと物陰から出て来た。



「あんなに仲が良いなんて聞いてない」



 リナリアとラシュエルと言えば、常に一定の距離感を保ち程好い関係というだけで愛し合っているようにはとても見えなかった。リナリアとイデリーナ、どちらも見目が好みでどちらを妻にしたいかとなるとリナリアだったが既に皇太子妃筆頭候補で諦めていた。そんな時にイデリーナが聖女の能力に目覚め、ラシュエルとの婚約が決定された。


 候補から落ちたリナリアをヘヴンズゲート侯爵が碌でもない相手に嫁がせる前にと婚約を打診したのに一向に返事が来ず、苛ついて取り巻きの令嬢を連れて気晴らしにデートをしたらリナリアとラシュエルの仲睦まじい姿を見せつけられた。


 結婚しても女遊びを控える気のないソルトからしたらリナリアは打ってつけの令嬢で。どうラシュエルから引き離すかと考え、思い付いた。


「イデリーナ嬢を使うか」





読んで頂きありがとうございます。



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