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8話

 

 


 勢いで部屋に入り、驚くユナンに目もくれず、涙目で一驚して自分を見上げるイデリーナの前に立ち腕を振り上げ——そのまま頬に振り下ろした。乾いた音が部屋に響く。呆然とするイデリーナだったが頬に走った痛みで我に返り、大粒の涙を流しながら頬に手を当てリナリアを睨み上げた。



「なんですかいきなり! 入って来るなり人の顔を叩くなんて!!」

「貴女があんまりにも恥ずかしいことを他人の前でペラペラと話すから我慢が出来なかったの」

「なっ!」

「卑しい愛人の娘? 事実よ」

「あんまりなのはお姉様ではないですか! 大体、お姉様の母親のせいでお母様はお父様と引き裂かれたのですよ!」



 はあ、と溜め息を吐いたリナリアは淡々と事実を述べた。

 まず、侯爵家の跡継ぎであった父とクローバー侯爵家の令嬢であった母の結婚を決めたのは先代ヘヴンズゲート侯爵、つまり祖父であると。

 後妻との結婚を認められなかったのは没落した男爵家の令嬢で、後妻本人に秀でた才能もなければ他家にヘヴンズゲート家にとって有益となる貴族もいなかった為に二人の結婚が認められなかった。



「貴女も貴女の母親もお父様も、私のお母様のせいで引き裂かれたと言うけれど。お母様との結婚を命じたお祖父様に何も言わないの?」

「お、お姉様の母親の家がお父様と結婚させるよう圧力を掛けたからとお父様が……!」

「クローバー侯爵家はそんな真似していないわ。寧ろ、お祖父様がお母様をお父様と結婚させたいが為にかなりしつこかったと聞いた。イデリーナ、貴女達が恨むべきは私のお母様ではなく、お祖父様ではなくて? 更に言うとお父様も入れるべきね」

「何を」

「貴女達母娘を日陰者にしたのは紛れもなくお父様よ。お父様がお祖父様を説得させられていたら? 貴女の母親がお父様と揃ってお祖父様に認められていたら、貴女は最初から侯爵夫妻の娘としていられたと思わない?」

「……」



 愛人の子だと馬鹿にされるのも、贅沢な生活を送れなかったのも、ひっそりとしか父と触れ合えなかったのも、全てリナリアとリナリアの母のせいにしてきたイデリーナと後妻。

 だが、そもそもの原因である祖父を父が説得出来ていたら? 嘆いて恨み言ばかり言うだけで特に努力もしなかった後妻が認められるように努力していたら? きっと結果は変わっていた。


 未だ涙は流れているがイデリーナも思うところはあるのか、先程のように声を上げず黙った。



「聖域で過ごしてちょっとは自信がついた?」とユナンに揶揄われるもその声色にはリナリアを案じるものが含まれている。



「そんなところかしら。イデリーナ、貴女も周囲に認められたいなら少しは努力しなさい。お父様に与えられるがまま贅沢をしているだけだと、いつまで経っても平民から貴族になった愛人の子としてしか周りは認めない。聖女の能力に目覚めたのなら、尚更」

「……」



 イデリーナは何も言わず、黙ってリナリアの言葉を聞き続けた。

 さすがに言い過ぎたかと反省していると肩に手が置かれた。誰かと振り向く前に「リナリア」とラシュエルがやって来た。



「あ……お見苦しいところをお見せしました……」

「いや。意外ではあったけど、誰かが言うべき事を君が言っただけだ」



 ラシュエルの黄金の瞳がイデリーナに向けられた。



「イデリーナ」

「っ」



 名前を呼ばれたイデリーナはビクッと身体を震わせ、恐る恐る顔を上げた。



「私の病を治療してくれたことについては感謝する。だが、リナリアを陥れる行為だけは見過ごせない」

「ら、ラシュエル様っ」

「君やヘヴンゲート夫妻がリナリアを嫌っているのはよく分かった。後に分かる事だがリナリアはクローバー侯爵家の養女となる」

「そんな! ラシュエル様にお会い出来なくなってしまうではありませんか……!」



 ラシュエルは溜め息を吐きそうになるのを堪え、ヘヴンゲート家に来ていたのはリナリアに会いに来ていたのであってイデリーナに会いたい気持ちは微塵もないと言い切った。ショックを受け、俯いたイデリーナは体を小刻みに震わせ、透明な雫を幾つも零した。


 同情してやれる情すら残っていない。目の前で泣いているのが父であろう後妻であろうが同じで。



「教皇様。ヘヴンズゲート侯爵夫妻がイデリーナ様をお迎えに来られました」



 迎えの報せを神官が伝えに来るも、夫妻で来るとはと予想外であるが教皇は丁度いいと髭を撫でる。イデリーナに立つよう促し、のろのろと立ったイデリーナは教皇の後を付いて行った。



「私達も行きますか?」とリナリア。

「リナリアが行くと侯爵達は騒ぎそうだな……また隠れて様子を見て見よう」



 ラシュエルの提案を飲み、教皇とイデリーナの少し後で向かった。


 正面入り口の扉を背後に、侯爵夫妻が沈んでいるイデリーナを慰めていた。特に後妻はイデリーナの頬が赤いことを指摘した。



「教皇様! 何故イデリーナの頬が赤くなっているのですか!」

「ほ! お主はわしを教皇と知っているのか。お主の娘はわしを教皇と知らんかったのに!」

「な、なっ」



 面白おかしくイデリーナの失態を指摘した教皇に夫妻は顔を赤く染めるが、イデリーナを守る様に二人で抱き締めた。

 独特な笑いを発する教皇リドルの瞳は冷え切っていた。



「さて、少しわしと話そうか。お前達のせいで大教会も帝国も痛い目に遭いそうだからの」

「どういう意味ですか」

「侯爵、お主本気で言っているのか? 今回の一件でクローバー侯爵家がどれだけ怒り狂っているか。リナリア嬢を陰ながら見守っていたのは、皇太子殿下と関係が良好で皇太子妃になるリナリア嬢をお主でも切り捨てられないと思っていたからこそ。自分の娘が聖女の能力に目覚めた途端、皇太子殿下の為に聖域へ向かったとも言わず、嘘偽りでリナリア嬢を陥れ、更にその娘を皇太子妃にしようと企んだお主等に怒るクローバー侯爵家を抑えるのにわしがどれほど苦労しているか」



 少し離れた場所から様子を見ているリナリアにユナンが「そこに皇帝の件も追加でクローバー侯爵家が怒髪天を衝いたのさ」と補足。交流を控えていたのもヘヴンズゲート侯爵やその後妻の目があり、自分達の目の届かないところでリナリアが酷い目に遭ったら大変だと表立って何も出来なかった。せめてお金には困らせたくないからと毎月多額の金額をリナリア宛に振り込んでいたと教皇の言葉から出ると、リナリアは咄嗟に自分の手で口を塞いだ。



「リナリア?」

「初耳で……。私のドレス代や装飾品は全てヘヴンズゲート家から出ている感謝しろと毎回くどいくらい言われていたので……」

「そうなると侯爵は横領の罪に問えそうだな。振り込んでいたという事は、正式な記録が残る。明日にでも記録を取り寄せるようにしておく」

「ありがとうございます、ラシュエル。なら……そのお金はどこに……」

「ふむ……」



 リナリア達の目は後妻やイデリーナが身に着けている装飾品やドレスにいった。侯爵家は貧乏でなければ特別裕福とは聞かないのに、頻繁に商人を呼び付けては最新のドレス等を購入していた。イデリーナはリナリアでは買ってもらえない高級ドレスを毎回見せびらかしに来る程。



「お義母様達が使い込んでいそうね……」

「立派な横領だ」

「お父様がどう話していたか知りませんが、仮にクローバー家からの支援金と話してもヘヴンズゲート侯爵夫人や令嬢になったのだから使って当たり前だと思っていそうだわ」



 頭が痛いとはこのことか。ユナンがぽつりと「そんな強欲な娘が聖女の能力に目覚められたのが謎過ぎるんだけど」と零すのでリナリアやラシュエルも同意したくなった。



「ま、後日にある呼び出しまで震えて待つんじゃの」

「お待ちください! イデリーナの頬が赤い理由を聞いておりません!」

「どうでもいいわい。お前達、ヘヴンズゲート侯爵家御一行のお帰りだ。丁重にお見送りしろ」



 神官達に未だ喚く夫妻と黙ったままのイデリーナを任せ、扉を閉めた教皇は隠れているリナリア達に出て来るよう告げた。



「屋敷には戻らんことだな。大事な物があるなら、ユナンに取りに行かせるが?」

「い、いえ。大丈夫です」



 誰にも見つからない場所に置いてあるので取られる心配はない。




 

読んで頂きありがとうございます。



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