変わらぬ日々を壊したのは
八雲の一日は、刀の手入れから始まる。ヘラヘラした外見とは裏腹に、勤勉かつ真面目な性格なのだ。
どこの組織にも属さない一匹狼を快く思わないものは多い。命を狙われることもたびたびある中で、今日までこの男がこうして生き残ってきたのには、ひとえにその勤勉さゆえだった。
弘法筆を選ばずなんていうが自身の生死を託す仕事道具の手入れもままならないものは死ぬ。
鼻歌混じりに気の済むまで刀の手入れに勤しむ。一通り終え、美しい輝きを満足げに眺めると、刀を鞘に丁寧に納め、片手に携えて立ち上がった。小屋の扉を開けると冷たい冬の空気が流れ込んでくる。
「うー、寒っ。」
寒さに身を縮こめながら外に出る。深い山の中にあるこの小屋を八雲は気に入っている。
小屋の周りはやや開けていて小さな広場のようになっているが、少し小屋から離れると一気に景色が変わる。危険な箇所も多いため、普段ここに住む八雲さえ夜には出歩かない。
そういった地形条件もあり、ここまで八雲を訪ねるものはほとんどいない。追ってくるものも。
小屋の周りで日課の素振りをするつもりだったが、外に出た瞬間に何かがいつもと違うことに気づいた。辺りを見渡して違和感の正体を探る。
いた。広場北側のひときわ背の高い木の上だ。そこだけ葉の揺れ方が微妙に違う。
八雲が気づいたことに向こうも気づいたのか、木から飛び降りざまにうちかかってきた。
「おっと、危ねえなあ。」
襲いかかってきた刃を鞘で受け止める。刀を抜く暇はなかった。続いて繰り出されたもう一撃を地面を蹴り後方に飛び退ってかわす。
十分に距離をとってから、相手を観察する。全身黒のシンプルで動きやすそうな服に身を包み、長い髪を後ろで結んでいる女だ。手には細身の刀。
ふむ、よく手入れされたいい作りの刀ですな。
そんなことを考えつつ、ひとまずこの状況なら誰もが発するであろう問いを口にする。
「えっと、どちら様?」
女はこちらを伺っているが口を開く気配はない。まあそうだよな、そこで素直に答えてくれるような人はいきなり斬りかかってきたりはしない。
刀を抜き、鞘を後方に投げる。その鞘が地面にあたって立てた乾いた音を合図に両者は再び動きだした。
幾度か打ち合うがなかなか決着がつかない。実力は八雲の方が上だが、やたらと小回りのきいた動きをするので戦いづらくて仕方ない。それでもしばらく打ち合っていれば隙も出てくる。女が足をもつれさせ体勢を崩した。
「もらった!」
すかさず渾身の力で刀を振り下ろす。女の手から刀が弾け飛んだ。立ち尽くした女のみぞおちに思いっきり刀の柄を叩き込むと、あっけなく崩れ落ちた。