四話 魔王と勇者
初めて見る人間の国は輝いていた。何がって?すべてが。建物、街道、人々の着ている服、どれを取ってみても初めて見るようなものばかりだった。建物は自分の街の二個分や三個分のものまである。白い大理石や、赤いレンガ、見たこともないような石など、その種類は千差万別だ。街道は歩道と馬車の通る車道に分けられている。そもそも馬車という物自体、初めてだったから、「なんだあれ!?」と明らかに場違いな声も出してしまった。楽しそうに歩く人々の服は、おしゃれでかわいらしいものから、かっこよくスタイリッシュなもの。なかにはよくわかんない変な服の人もいた。ファッションはこれからもずっと理解できないだろう。未知の領域に圧倒された俺は、口をあんぐりと開けながら立ちつくしてしまう。
「こっちに来てみてくださいよ、もっと驚きますよ」
シドが手招きしてくれる。ほかの三人もそこにいた。みんな微笑んでいる。なんだか俺が子供みたいだ。まぁ、実際子どもなんだけども。小走りで向かうと、目に入った光景の衝撃がすごすぎて今までで1番、目を見開く。八階もあるだろうかというビルがそびえたっていた。入り口のドアからはひっきりなしに人が出入りしている。中にはシドたちのような冒険者らしき人も何人かいた。
「これは何なんだ?」
「ワールド・アドベンチャー・ビル。オリンド王国にいる冒険者が仕事をもらう場所です」
「ここで新たな仲間を見つけたり、逆にパーティー解散もすることができるんだけど……。今はほとんどが、見つける目的でここにきてるわ」
ロレスがビルの四階を指さしながら言う。確かに出てくる冒険者のほとんどが、パーティーで出てきている。よく見るとなんだかやる気がみなぎった表情だ。殺気にも似た何かを感じる。
「最近強い魔物でもでたの?」
「いや、最近カミラ・ベレッタの城から正体不明の人間が物凄いスピードで、人間の国の方向に飛んできたらしくて……国がそいつに懸賞金をかけたんですよ」
「その額がもうとんでもなくって、だから今冒険者の数があり得ない速度で増えてるらしいよ!」
サンとファズナが交互に説明してくれる。ちなみに俺は聞いているとき、冷や汗が止まらなかった。まさかそこまで大事になるとは……。母さんの影響力でかすぎるだろ。
「へ、へぇー。す、すごいんだね、その魔王」
「ええ、前に姿を現したときは人間の国を3個滅ぼし、魔王を5人殺したとか」
「ほかの魔王とは強さが別格ですからねぇ。彼女とやりあえる人なんて片手で数えるくらいしかいないですよ」
「逆にいるのか?」
「話の続きは中でしない?ちょっと休憩しようよー」
ファズナが疲れた声で声を挟む。確かに無理やり飛ばされたから疲れているだろう。ここは大人しく、ビルへ入ることにした。ガラスの扉を押そうとするとまた、驚かされる。なんと自動で空いたのだ。原理はよくわかんないけど、物凄い技術だということだけはわかる。エントランスにいた女性へ事情を説明する。のはシドに任せて俺たちは隅のテーブルで待っていることにした。少し待っていると、すぐに戻ってきた。
「しばらく待たないといけません。なんでも、他の国の大臣がマルティネスさんに会っているとかなんとか」
「ふーん。ま、時間はあるし、気長に待つとするか」
テーブルには、四人分の飲み物が置かれていた。料金はなく、待っている間は何杯でもお替り自由らしい。試しに一口飲んでみると、うまい!紅茶だろうか。程よい甘さと香りが、上品な味を作り出していた。
「話を戻すけど、カミラ・ベレッタとやりあえる奴なんているのか?」
「ええと、魔王ハデスと魔王テュポン。それと勇者ソフィア。この三人くらいでしょうか」
「全員知らないな。有名なのか?」
「そりゃあもう、知らないほうが珍しいくらいですよ」
やっぱりか。俺はもしかすると世間知らずかもしれない。これからも恥をかかないようにするためにも、ここは教えてもらうことにしよう。
「良ければ一人ずつ教えてくれないか?これから恥をかかないようにするためにな」
「もちろんですよ。じゃあまずは、魔王ハデスから。魔王ハデスは冥界を支配する魔王で、冥王の2つ名を持ってます」
「ああ、冥界は聞いたことがあるよ。死んだときにそこへいくんだろ?」
「ええ、そこでハデスにより記憶を消され、新しい生物として生き返ります。魔王のなかで唯一死者蘇生が認められています」
シドはここまで説明した後、紅茶を一口、口に含む。そしてカップを置き、説明を再開してくれた。
「冥界を支配しているので、この世界に支配領域はありませんが、実質一番支配領域が広いかもしれません」
「見た目は何か特徴あるの?」
「古い文献によると、身長が高く、暗い雰囲気をまとっているだとか。あ、あと見た目ではありませんが、かなりの資産家でもあるらしいですよ。ほかの魔王にたいして、あり得ないくらいの額あげていたらしいです」
「冥界って以外とお金儲けできるもんなのか?それにしても、死者蘇生か……」
「誰か生き返らせたい人がいるんですか?」
気遣うように、顔を覗き込んでくれる。ほかのみんなも、神妙な顔つきだ。あ、なんか雰囲気暗くなった?
「いや、そういうわけではないんだけどさ、知り合いがその方法を探っていたから」
「ああ、それはやめておいたほうがいいですよ。死者蘇生は魔王ハデスの特権。他の人がやると、問答無用で死刑ですよ」
「魔物がやるとどうなんの?」
魔物は法律なんてないはず。そういうところでは、ある意味魔物は無敵なのかもしれない。
「魔王ハデスの部下が殺しに来るそうです。その部下も桁違いの強さだとか」
「だろうな。死者蘇生なんて、何が起こるかわかったもんじゃないもんな」
「では、次は私の番ですね」
サンは少し身を乗り出してから、顔いっぱいに笑みを浮かべる。もしかしてサンは説明することが好きなのか?
「じゃあ次は、魔王テュポンについて説明します。魔王テュポンは暴君の2つ名を持っていて、支配領域が一番多い魔王ですね。強さも破格で、カミラ・ベレッタと何度かやりあったとか」
「それで結果は?」
母さんとやりあって無事ですとは思えない。しかし、相手も2つ名を持つ魔王。母さんが負けるとは思わないけど、圧勝というわけにはいかない。
「それはもうひどいものだったらしいですよ。今までで3回戦ったらしいですけど、その3回の戦いで滅んだ国は、10個以上にも上るのだとか。全部決着はつかず、引き分けだそうですよ」
「10個って……気の毒だな……」
母さんとやりあえるなんて……もし関わることがあっても、逆らわないようにしよう。
「ええ、そのためほかの魔王も私たち人間のことがかわいそうになったのか、魔王同士のもめごとは、裁判で決めるようになったらしいですよ」
「裁判?」
そんなのは初耳だ。てか魔王に裁判ができるとは思えないんだけどなぁ……。特に母さんとか、気に入らないことがあれば「皆殺しじゃ!」とかいってそうだけども……。
「はい、世界の中心にある世界樹の裁判所、フェイドという場所で多数決によって決められます。といっても、この呼び方は人間が勝手に決めたものなんですけどね」
苦笑いをしながら、サンは肩を竦める。フェイド。この名前には聞き覚えがあった。昔、まだ俺が1歳くらいだっただろうか。ようやく言葉がわかりかけてきたころ、母さんが疲れ切ったようすで「フェイドに行くのはもう嫌じゃ!」と嘆いていたのをなぜか覚えている。たしかその後、ハイハイをして母さんにすり寄ったんだっけ。
「そのフェイドで、どんなことを裁判するの?支配領域のこととか?」
「それもありますが、一番は新たに魔王を名乗った者への処置についてだそうです」
「魔王を名乗った者?」
「強くなった魔物が調子に乗ってから魔王を名乗ることがあるらしいんですが、そいつを呼び出して魔王にふさわしいか見極めるそうです」
「なるほど。魔王の威厳を保つためか」
やたらめったら魔王が増えたら、世界は魔王だらけになってしまう。そうなってしまうと威厳なんてあったものじゃない。人間になめられてしまうだろう。そうなることを防ぐためにも、魔王に相応しい強さがあるかどうかを確かめるのだろう。もしかすると、母さんが嫌と言っていたのは戦ったからかもしれない。
「他にも、気に入らないことがあったらそれをどうするか多数決で決めるそうですよ。魔王は全員合わせると9人いますからね」
「なるほどな、色々納得したよ」
時計を見ると20分ほど経過していた。ちなみにファズナは爆睡している。さっきから「もう食べられないよ……」と訳の分からない事を言っている。エントランスにも人が増えてきている。まだまだ時間はかかりそうだ。
「んじゃあ、次は私の番だな。説明したくてうずうずしていたよ」
ロレスが身を乗り出してきた。シドは新しい紅茶を貰いに行っている。もう5杯目だ。色々な味があるらしく、飲み比べをしているんだろうか。それとも、継いでくれるお姉さんが美人だからかもしれない。俺は後者だと思う。なぜなら毎回もらいに行くのに、何分もかかっているからね。
「勇者ソフィアについてだな。彼女はドレッド共和国出身の、伝説的な勇者だ。歴代最強の勇者ともいわれているな。髪は長く、つやがあってかなりの美人だそうよ。けれども仮面をつけていて、素顔を見たことのある人はごく一部らしい」
「1回でもいいから、素顔を見てみたいものだなぁ」
紅茶をついできたシドが座りながら言う。今度は黄色に近いオレンジ色のものだ。香りは……レモンっぽいものみたいだな。美味しそうだし、後で俺も飲んでみることにしよう。
「しかしなんで仮面をつけているんだろうな。視界が悪くなりそうなのに」
「確かにな。今時仮面なんて珍しいもんな。一昔前の盗賊みたいだし」
「私も憧れていた時期がありましたもんね」
サンが懐かしむように目を細める。真面目そうな見た目とは裏腹に、かっこつけたがる部分はしかっりと持っているようだ。よかった、お前も男だったんだな。
「あったあった。結局視界が悪くなるって理由で、辞めたんだったよな」
「あんなの付けていたら常に魔力感知を発動させなければいけませんからね。魔力がすぐに底をついちゃいますよ」
「確かに、人間にとって魔力感知はかなりの負担だからな。いくら魔力があってもきついだろ」
人間に限らず、魔物も目に見えないものを見ようとしたとき、魔力感知というものを使う。これは全身から魔力を放出し、相手や物の形をとらえるという技だ。取得難易度的にはそこまで高くはないが、持続させるとなると話は変わってくる。当たり前だけど、常に魔力を放出するということは、一定数魔力が減り続けるということ。魔物は魔力の大きさは人間とは別格なため、そこまで負担にはならない。しかし、人間はいくら強くても、魔力が増える量には限界がある。ゆえに魔物と人間では負担のかかり方が比ではない。もし、勇者ソフィアがずっと魔力感知を発動していたら、人間ではあり得ない大きさの魔力を持っていることになる。歴代最強の勇者と言われるくらいだ。魔力の大きさが桁外れということは間違いなさそうだ。しかしずっとできるなんて……。自慢じゃないけど、俺も魔力の大きさには自信があった。それでも、せいぜい2時間が限界だろう。それ以上続けようとしたら、死んでしまう。恐ろしい人だ。
「それで、話を戻すけど、このソフィアっていう勇者。どのくらい強いの?」
「えっと……たしかこの五年間で8体の強力な魔物討伐。名前は忘れちゃったよ。それと、2人の魔王を殺したとか」
「その魔王って、ただ名乗っていたやつ?それともほかの魔王に認められていたやつ?」
「フェイドで認められていた魔王よ。それもかなり気に入られていたんだとか」
おいおいまじかよ。人間なのか本当に。
「そんだけ強いなら、実は魔王でした!とか言われても納得しそうだよ」
紅茶を一気に飲み干しながら呟く。俺も同感だ。そんだけ強いなら、人間と考えられない。
「もしそうだったら、教会が許しちゃくれないでしょうね」
「そうね。あの絶対魔王許さない集団が見過ごすはずはないもの」
「さっきからなんの事を話しているんだよ」
勝手に話が進んでいるので、思わず止めてしまう。
「そっか。あなたはこの世界について疎いんだったね。教会っていうのは西側の国で信仰されているホサナ教のことよ」
「ホサナ教?なんだそれ?」
初耳だ。本にも出てこなかったぞそんなこと。
「魔物と魔王の殲滅を掲げる宗教よ。魔物を殺すことにかなり力を入れていて、勇者に匹敵するくらいの強さを持ってる人もいるとか」
ロレスが立ち上がり、何かを貰いに受付へと歩いて行った。言葉をつなぐように、シドが説明する。
「その教会が、ソフィアを雇って手に負えないような魔物や魔王を討伐させているんです。何回か2つ名持の魔王の討伐も依頼したらしいですよ」
「結果は?」
「それが思いのほかいい線いったらしく、魔王ハデスに傷を負わせたとか。しかし、それ以上の攻撃を受けたため、先にほかの魔王を殺すように方向転換したそうです」
うーん。えげつないな。勝てなかったとは言え、2つ名持に傷を負わせるとは……。
「ほら、これがホサナ教の概要だよ」
ロレスが一枚の紙を手渡してくれた。そこには『魔物の脅威からあなたを守ります!』と大きな見出しが踊っており、下には教会の概要が長々と書かれている。軽く目を通すと、気になる文章を見つけた。『お布施など、お金は一切いりません。欲しいのはあなたの信仰心のみです』
「お布施を取らないなんて随分と太っ腹だな。どうやって経営してるんだ?」
「西側諸国がお金を出し合っているそうですよ。教会はかなりの軍事力を持っているので、庇護下に加わりたいのでしょう」
なるほど。どうやら本当に人々の安全を願っているようだ。最初は怪しいと疑ってしまったのを、心の中で謝る。
「お待たせいたしました。シド様御一行ですね?マルティネス様がお待ちしております」
受付にいた女性が、丁寧な物腰で伝えに来てくれた。時計を見ると、来た時から1時間も経過している。ずっと寝ていたいファズナを起こすが、なかなか起きてくれない。仕方なく、ロレスが手の甲にデコピンをすると「ひゃん!?」と間の抜けた声を上げながら飛び起きた。
「ほら、行くぞ」
「ふぁーい」
ファズナがあくびを嚙み殺しながら歩き始めた。俺もそれに続く。途中誰かに見られた気もするけど、気のせいだろう。前にもあった気がするけど……。
「どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
ドアを軽くノックすると中から「はい」と声が返ってくる。想像していた声よりもだいぶ若かった。部屋に入ると、机の上何かを書いている男がいた。年齢は40歳代だろうか。それにしては随分と若々しく見える。髪は短髪で頬の部分には大きな切り傷が2つ、ばってんの形に付いている。体は引き締まっていて、筋肉がそれなりにあるのが分かった。てっきり貴族のような小太りの男が出てくると思っていたから、驚いてしまった。やばい、初対面なのに失礼な態度をとってしまった。幸い、気づかれることなく男はシドに声を掛ける。
「随分と早かったじゃないか。調査のほうはどうだったか?」
「ばっちりですよ、その町の主さんに会えましたから」
「それで?どんな奴だった?」
相変わらず男は紙から目を上げない。一体何を書いているんだ?よく見ようと背伸びする。
「とてもいい人でしたよ。対応も親切で、優しかったですし」
「他には?」
「あとは本人に聞いたほうがいいかと」
急に話題に出され、ビクッと体が反応する。同じタイミングで、男も紙から勢いよく頭を上げる。目を丸くし、驚いた様子で見つめてくる。
「は、初めまして、町の主のシリウスと言います」
机の前まで歩いて浅くお辞儀をする。その後、ぎこちない笑みを浮かべることもした。ちなみにめちゃくちゃ緊張している。
「こちらこそ初めまして、この国の情報収集係をやっております、マルティネスと申します。以後お見知りおきください」
慣れた様子で挨拶すると、手を差し伸べてくれる。少し戸惑ってしまったけれど、握手を求めているのだと気付き慌ててその手を握る。この人がマルティネスさんか。第一印象はかなり好印象だ。魔物の主だから警戒されるかと思ったけど、その心配は必要なかったらしい。
「どうぞお座りください。飲み物をすぐに持ってこさせますので」
促されるままに、机の向かい側にあったソファーへ座る。程よい反発感と柔らかさに思わず声を上げそうになるが、なんとか我慢する。子供っぽいと思われるからね。18歳は立派な大人。威厳ある態度でいなければ。シドたちが隣に座り、マルティネスさんが反対側に腰かけるとそれを待っていたかのようなタイミングで、女の人が入ってきた。秘書だろうか?お盆には6つのカップが湯気を出していた。テーブルに置くと、お辞儀をしてから後にする。先に口を開いたのはマルティネスさんの方だった。一口飲むと目を合わせながら話しかけてくる。
「まさかご本人から来て下さるとは、びっくりしましたよ」
「すみません、僕のほうからシドに頼んだので」
「ええ、森で倒れていたところを助けてくれたので、そのお礼に案内したんですよ」
シドがカップに角砂糖を入れながら言う。入れすぎなんじゃないか?それ。
「そうそう!この服も貰ったんだぁ!」
ファズナが嬉しそうに来ている服を見せていた。マルティネスさんが興味を持った様子で、服に触れる。途端に大きく目を見開き、大きな声をだす。
「これはすごい!肌触りもよく、ツヤもある。一体何で作られているのですか?」
「森にいるビュアースパイダーの糸で作っています。森にたくさんいるので」
「あの希少な蜘蛛がですか!?驚いた……こっちではビュアースパイダーで作られた服なんて、一着3万円は下りませんよ……」
まさかそんなに高いとは……。うちでは皆着ているのに……。マルティネスさんは少し羨ましそうにファズナの服から手を離した。
「すみません。それで、何か私に用があるのですか?観光……ではないようですし」
「ああ、単刀直入に言うと人間の国と国交を結びたくて、それでシドたちに無理やり頼んで来たんです」
「なるほど、しかしそれを決めるにはまだまだ判断を決める要素が少なすぎるので……」
思った通りの反応だ。いきなり国交を結べと言われれて、はいわかりましたと結んでくれる国なんて存在するわけがない。そんなのがまかり通ったら、大変なことになる。しかし、活路はある。さっきファズナの服を触ったとき、一瞬だけ目の色が変わった。町に来て産業を見たら、貿易がしたいと思うかもしれない。
「もちろんタダでというわけではありません。そこで提案なのですが、1回僕たちの町に来ていただけませんか?」
「シリウス殿の町に……ですか?」
「はい、それでどうするかを決めて頂ければと」
マルティネスは顎に手を当て、考え込んでいる。俺が信用できるか、否か見極めているのだろう。それに気づいたのか、シドたちが助けてくれる。
「この人は信用できますよ!なんせ命の恩人ですから!」
「うん!こんないい服もくれたしね!」
「ええ、魔物も邪悪ではなかったですよ」
「みんな優しかったもんな」
シドたちのお陰……なのかは分からないが、マルティネスは考える仕草をやめ、まっすぐと笑みを浮かべながら俺を見る。どうやら考えはまとまったようだ。
「分かりました。シドたちが言うなら大丈夫でしょう。ぜひ、行かせてください」
「もちろんですよ」
答えを聞くなり、何故かシドたちが嬉しそうに歓声を上げる。
「なんでお前らが喜んでるんだよ」
「え?俺たちも行くにきまってるからじゃないですか」
「また来るのかよ!?」
こいつら……。味を占めてないか?
「お前たち、仕事はいいのか?」
半場ば呆れながらマルティネスが言う。大丈夫なのか?本当に。
「大丈夫ですよ!また詰め込めばいいので」
「今は楽しみたいからな」
サンとロレスが口をそろえる。あのなぁ……こんな風に計画性がないから、森で倒れたんじゃないのか?
「はぁ、まったく……それでは、三日後に伺ってもよろしいですか?」
「大丈夫ですよ。じゃあ俺は観光しておきますよ。お前ら案内してくれるか?」
「もちろんですよ!ここの近くに美味しいレストランがあるので行きましょう!」
「久しぶりだな、あそこに行くの」
ロレスが目を閉じて、感傷に浸っている。どれだけ美味しいのだろうか。とても楽しみだ。この後軽い打ち合わせをすませ、俺たちはビルを後にした。
夜になると、昼間とは変わった雰囲気に包まれる。街頭には暖かい光がともり、家族連れや仕事終わりの大人、満身創痍の冒険者など町を歩く人は様々だ。俺たちはおすすめされたレストランに来ている。中は人でごった返していて、笑い声や会話で溢れている。酔いつぶれたのか、机に突っ伏して寝ている人もいた。飲み物を頼もうとするが、ふとあることが気になった。
「この国ってお酒の年齢制限とかあるのか?」
「うーんと、たしか16歳以上だったら飲めた気がするよ!」
ファズナが木のジョッキを豪快に飲み干す。見た目に似合わず、なかなかの酒好きだ。ロレスは優雅にワイングラスを傾け、サンとシドはウイスキーを美味しそうに飲んでいた。
「じゃあ、俺も何か飲もうかな」
「シリウスは今何歳なんだ?」
「18だよ。ちなみにお前らは?」
18と答えた途端、一気にお酒を噴き出してきた。しかも全部俺にかかるよう。おい、どうしてくれるんだよ。
顔がビショビショになったじゃん。
「わっごめん」
慌ててロレスがタオルを手渡してくれる。他は目を丸くしたまま、固まってしまっている。
「噓……私よりも年下なんて」
「てっきり20歳かと思ってました」
「若いのに町を作るなんて……凄いな」
まったく、失礼な奴らだ。まぁ、確かに普通は町を作ろう!とか考えないだろうし。
「益々シリウスさんの正体がわからなくなってきましたよ……いったい何者なんですか?」
「それは……まぁ……いつか分かるよ」
騙しているみたいで心苦しいけど、約束なので適当にはぐらかす。しかし、ごまかすのもこれで2回目。流石に納得してくれるはずもなく、質問を続けてきた。
「いつかっていつですよ」
「そうだな……町が国と呼べるくらいの大きさになった時……かなぁ」
「あれ、だったら意外と早くわかりそうね」
「そうだなぁ、人間の国が俺たちを国と認めてくれるかが問題だけど」
シドたちのおかけでマルティネスには好印象を与えられた、と思う。しかし、他の国は別。観光しながら他の国について聞いてみた事を思い出す。人間の国にはホサナ教を国教と定めている国もあるらしい。そんな国が俺たちの存在を認めてくれるとは思えない。むしろ殺しに来るだろう。そんなことをされたら嫌だから、母さんの息子であることをカミングアウトするつもりだ。そうすれば下手に手を出してこないはず。なんだか虎の威を借りる狐みたいでみっともないけど、町のみんなの命には変えられない。ま、もしそのくらいの規模になったらの話なんだけどね。
「間違いなく神国ホサナは許さないでしょうね。聖騎士を派遣しそうです」
ちょうど頼んだビールが机の上に置かれる。一番最初に飲むものを迷っていたらファズナが「おいしいよぉ」と、酔っぱらいながら勧めてきた。ここで断ると酔っぱらいの琴線に触れそうだったので、大人しく頼んだ、というわけだ。初めて飲むアルコール。期待と不安が入り混じった気持ちで、恐る恐る口にジョッキを運ぶ。一口飲むとアルコールが喉を焼き、苦い味が口いっぱいに広がった。俺にはまだ早かったようだ。ゆっくりとジョッキを置き、いつの間にかテーブルに並べられていた料理へと手を伸ばす。どれを食べても美味しかった。料理の味ももちろんだけど、人と食べるからかいつも以上に美味しく感じた。シドのおごりということもあって、料理だけじゃなく色んなお酒も試してみた。一番気に入ったのは赤ワインだった。ロレスと一緒にいくつものワインを飲み比べる。ちなみに余談だが、俺は酔っぱらいサンに担がれてホテルに行った。次は自分がどのくらい飲めるかを把握しておかねば。次の日目覚めたとき、尋常じゃないくらいの頭痛と吐き気に襲われた。何か変なものを食べてしまったのかと焦っていると、ロレスが「二日酔いよ」と頭を抱えながら教えてくれた。そうして二日目は一歩も部屋から出ず、二人で交互にトイレへ行き吐いていた。ある意味貴重な経験をした、のかもしれない。