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人間なのに、魔物の主!?  作者: いりごま
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   三話 冒険者

オークたちが仲間に加わって、二ヶ月がたとうとしていた。オークたちは力が強く体力もあるから、よく働いてくれる。おかげで村の大きさは少しずつ大きくなっていき、町と呼べるほどの大きさになったと思う。家はきれいな木造建築やレンガを使ったオシャレなものとなり、道は石畳をひいて歩きやすいよう整備をした。他にも町の中心となる大きな建物、ここでは役所と呼ぶことにしよう。農園と畑も作った。栽培しているのは今のところりんごとぶどう、小麦だけ。そんな感じで、生活に役に立つ色々なものを作った。ほかにも作りたいものは山ほどあるが、それは後々作るとしよう。うーん、楽しみ。特にトラブルもなく平和な日々を送っていたある日、狩りから帰ってきたゴブリンたちが何かを担いでいるではないか。ん?よく見るとあれ、人間じゃね?四人ほどが担がれている。それぞれ違う服や防具を着ていた。パーティーというやつかな?

 「なあ、これって人間か?」

 「はい!森で狩りをしていたところ、倒れていたので町に連れてこようかと思って」

 「なるほどな。取りあえず役所のベッドに寝かせておいてやれ」

 「わかりました。このことをゴードンさんにも伝えておきますね」

 「ああ、よろしく頼むよ」

 町が大きくなるにつれて俺はいくつかのルールを決めた。それは人間を襲わないこと、小さなことでも俺かゴードン、もしくはガルムやリーガンに伝えるというものだ。最初の人間を襲わないというものは、本の知識から得たものだ。あとは単純に俺が人間なのもある。人間の国は俺らとは比べ物にならないくらい巨大らしい。下手に反感を買ってしまっては、後々どんなしっぺ返しを食らうかわからいからだ。なかには武力で魔物を退けた国もあるらしい。普通、魔物と人間の間では天と地ほどの力の差がある。力、魔力、攻撃耐性、自然耐性などなど……どれを取ってみても身体能力で勝てるものはないだろう。しかし、人間も負けてばかりではない。頭の良さだけでは、人間のほうがよかった。その頭の良さを使い、人間は国を作ったというわけだ。一人一人の力は弱くても、何人も集まればそれなりに強くなる。こうして魔物の脅威から身を守っているわけだ。だけど人間の中にも魔物に匹敵するほどの強さ、なかには魔王級の強さを誇る人もいるとか。それは英雄、勇者と言われる者たちだ。生まれながらにして強力なスキルを持ち、国や人々を守る。なかには母さんと戦った人もいるそうだ。母さんと戦えるなんてバケモンだな……。正直関わりたくない。まぁ普通に暮らしていけば関わることなんてないだろうけど。そんなことを思いながら道を歩くゴブリンやオークたちに手を振りつつ、役所に行く。俺の家も兼ねているこの役所は、煉瓦で作られたお城風の建物だ。見た目と内装は母さんの城に寄せた。特にこれといった意味はないけど、しいて言うなら落ち着くからかな。扉を開け目の前にある階段を上がって、自分の部屋に歩いて行く。椅子に座り、机の上に置いてある本へと手を伸ばす。城から何冊か読んでいないものをもってきている。今までこの世界に来たことがないから、唯一の情報源だ。今から読むのは「人と宗教」というものだ。宗教がいまいちよくわからないから、読んでみる。半分ほど読み終わって、机の上にぱたんと閉じたとき、ドアをノックする音がした。まるで俺が読み終わるのを待っていたかのようなタイミングだ。

 「どうぞ」

 ガチャリとドアが開き、女性のゴブリンが入ってくる。

 「シリウス様、先ほど人間の皆様がお目覚めになられました。今、応接室でお待ちしております」

 「分かった。すぐにむかうよ」

 「失礼します」

 手を腰の位置で重ね丁寧にお辞儀をした後、くるりと向きを変え部屋を後にする。俺も適当に身だしなみを整えて部屋を後にする。生まれて初めて人間と話す……。そう思うと心臓がドキドキと音を立て始めた。


 応接室のドアの前に立ち、心を落ち着かせるようにふうっと息をはく。閉じていた目を開け、軽くドアをノックする。

 「はっ、はい!」

 中から若い男の人の声が返ってきた。多分、俺が見た担がれていた人だろう。ドアを開き中に入ると、椅子に座った四人が俺を見ている。みんな緊張している表情だ。よかった、緊張しているのは俺だけじゃなかったみたい。テーブルを挟んで俺も椅子に座る。

 「初めまして、この町の主を勤めているシリウスといいます」

 「初めまして、俺は、じゃなくて私はこのパーティーのリーダーを務めいる、シドと言います」

 右端に座っていた男がリーダーのようだ。役職は剣士かな?背中に剣を背負ってるのと鎧を着ていることから見ても、間違いなさそう。金髪の髪は短く切られ、優しそうな笑みを浮かべてくれる。

 「サンと言います。以後お見知りおきを」

 この男は……盗賊か。ナイフを腰に付け、服はシドとは違う身軽そうな服だ。髪形はシドに似ているけど、色は茶髪だ。こっちも微笑んでくれる。

 「ファズナです!魔法使いだよ!よろしくね!」

 大きなくりくりとした目に、つやのあるきれいな金髪。うん、めちゃくちゃ可愛い。満面の笑みで自己紹介をしてくれた。仲良くなれそう。

 「ロレスだ。よろしくな」

 黒髪ロングの気の強そうな人だろ。ファズナとは違うタイプの美人。雰囲気がどことなくメリッサに似ていて、少し懐かしい気持ちになる。今頃何をしているだろうか?

 「森で倒れていた俺たちを助けて下さりありがとうございます!シリウスさんが助けてくれなかったら間違いなく俺たち死んでましたよ!」

 シドが明るい声で話し始める。その横でむすっとした顔をしながら、ファズナも話し始めた。

 「誰のせいで死にかけたと思ってるのよ?まったく……」

 「そ、それを言うなら道に迷ったサンのせいだろ」

 名前を出されたサンは怒った顔で反論する。

 「俺は悪くないですよ。だったら地図を間違えたロレスが悪いと思いますよ」

 「ちょっと、なんであたしの名前が出てくるのさ」

 このままこいつらの好き勝手に喋らしたら日が暮れそうだ。軽く咳ばらいをして、場を収める。

 「それで、なんで倒れていたの?」

 さっきまで会話をしていたシドに変わって、今度はロレスが話を進めてくれる。

 「マルティネスさんにこの町の調査を依頼されたからさ」

 「マルティネスさん?」

 聞いたこともないなまえがでてきて、思わず首をかしげる。そんな俺を見て四人は目を大きく見開いた。何か変なことでもしただろうか。

 「え!?あのマルティネスさんを知らないの?」

 机に手を叩きつけ、驚いた様子でファズナが立ち上がる。あまりにも大きな声にびっくりしながら体をのけぞらせると、ファズナは申し訳なさそうにしながら椅子に座りなおす。感情が豊かな子だ。きっと普段からこんな感じだろう。

 「あ、ごめんね?驚かしちゃって……でもマルティネスさんを知らないなんて、本当に珍しいことなんだよ」

 「え、そうなの!?」

 この世界については本である程度は知っていたつもりだったんだけど……。まだまだ勉強不足なんだなと思い知らされた。

 「マルティネスさんは、オリンド王国の情報収集係の部長のことです。何か国の周りに変なことがないか、定期的に調査団を派遣しているんですよ」

 分かりやすくサンが説明をしてくれる。それに続いてシドが補足説明をしてくれた。

 「今回の調査対象はシリウスさんの町だったのです。それで俺たちパーティーが、この町を調査して危険かどうかを判断しろと言われたというわけです」

 「ああ、だけどあいにく途中で魔物に襲われるわ、道に迷うわ、挙句の果てには変なキノコを食っちまってあんな風に倒れてたっていうわけだよ」

 疲れたようにロレスが首を振りながら言葉を繋ぐ。今まで苦労を思い出したのか、ため息が出てきた。

 「でもこうして町にこれたんだ。結果オーライだな」

 「本当ならもっと早くこれたんですけどね……」

 サンがボソッと呟く。途端にシドが言い返そうとしたので、慌てて話題を振る。

 「それで、お前たちはこれからどうするつもりだ?」

 「取りあえずこの町を一周回って見てから国に戻ろうかと」

 笑いながら頭をかきながら、シドが言う。よく見ると四人の防具や服はボロボロで、体中傷だらけだ。

 「なあ、お前ら。俺の頼みを聞いてくれないか?」

 「頼み……ですか?」

 ファズナが不思議そうに首をかしげる。

 「うん。お前たちの服とかボロボロだろ?だから俺が代わりに新しい服とか色んな物をあげようかなって」

 「ほっ、本当!?」

 「ああ、その代わりにそのオリンド王国へ案内してほしいんだ。ずっと人間の国に行ってみたかったし」

 「もちろん!お安い御用です!でも……国に行ってきたいって今までどこで育ったんですか?シリウスさんって、まさか魔物なの?」

 「いや、魔物ではないよ」

 「じゃあ、どこで生まれたの?」

 ぐいぐい聞いてくるな……。下手にごまかしてもばれそうだし、ここは本当の場所だけ教えておくか。

 「北のほうだよ。そこで育ったんだ」

 「北のほうって……ほぼ何もないような場所じゃない。よく生きてこれたわね……」

 ロレスが同情してくれた。うそを言ってしまっているのは心苦しいけど、ここは約束のほうが大切だから黙っておく。これで終わるかと思いきや、とんでもない爆弾をサンが投下してきた。

 「北といえば……魔王カミラ・ベレッタがいますね。破壊の女帝の2つ名を持つ、世界で最も危険な魔王の一人ですね」

 ギクッと体をのけぞらせてしまう。頼む、今のがばれませんように!祈りが通じたのか、シドが何も気づかない様子で会話を続ける。

 「確かに。魔王の中でも別格だからなぁ。支配領域も一番大きいんじゃないか?」

 「文献によれば、もう何万年も魔王の座についていますもんね」

 ファズナは相変わらずニコニコ顔だ。この人は常に表情があるな……。

 「よくそんなところで暮らせることができましたね……」

 「あはは、まあね」

 これ以上会話を続けるとこのままばれてしまいそうなので、取りあえず服を作ってやることにした。町の呉服屋に連れていく。ちなみにこの町はまだ、人間の町で使われているような通貨は使われていないため、俺のおごりとなった。

 「じゃ、ここでゆっくり選んでくれ」

 綺麗な服を目の前に、圧倒されている四人から後にしようとすると、ファズナからグイっと袖をつかまれる。

 「シリウスさんにどれが似合っているか、教えてもらおっかな!」

 「え!?お、俺が!?」

 今まで服なんて特に気にしたこともない俺にとって、服の良し悪しなんてわかるはずもなかった。でも、せっかく頼まれているんだし……断るのは失礼かな?オドオドしている俺に、更なる追い打ちがくる。

 「む、それはいいな。私も見てもらうことにしよう」

 ロレスまで乗り気になってしまった。こうなってしまってはもう後に引けない。仕方なく、俺は二人の服をみることにした。ちなみに、男たちのほうはもう服を決めていた。このまま待たせるのは申し訳ない。リーガンに町を案内させるとしよう。

 「じゃあ、早速試着してくるね!」

 「どれが似合ってたか、教えてくれよ」

 そう言った二人の手には、何十着もの服があった。え?これ全部着る気なの?啞然とする俺を置き去りに、試着室のカーテンが音を立ててしまっていく。俺はため息をつくのを、我慢できなかった。何とかもってくれよ!俺の体力!


 結局手に持っていた服にプラスで20着、合計40着くらい見た気がする。そんなに服のレパートリーがあったことに感動した。途中居眠りしそうになったけど、なんとか全部見ることができた。何着かは似合うやつがあったので「似合ってるよ」とか「可愛いね」と言うと、ビックリするほど二人の反応は正反対だった。ファズナは「ありがとう!」とか「えへへ、そうかな?」と素直に喜んでいたのに対して、ロレスは「う、うるさい!」だの「恥ずかしいだろ!」と俺にツンツンした反応だった。だからといって反応せずにいると、「なんとか言えよ!」などと言ってくる。なんでそうなるんだよ。多分、俺にはこの理由が一生分からない。そんなこんなでなんとか耐えきった俺は、もう一度四人を集めた。今日泊まってもらうホテルに案内するためだ。ちなみにシドとサンはお昼を食べ過ぎて、しばらく動けなかったらしい。まったく……腹八分目にしておけばいいものを……。

 「じゃあ、ついてきてくれ」

 「先に聞いておくけど、ちゃんとしたホテルなのよね?」

 「ホテル、っていうよりかは旅館のほうがちかいかもな」

 「なにか違いでもあるのでしょうか?」

 サンが興味深そうに聞いてくる。

 「単純に大きさだな。ホテルと呼ぶにはまだまだ小さすぎる。それに部屋も少ないからな」

 「それを聞いて安心したわ」

 ロレスが意味深な発言をする。そんな含みを持たせたことを言われて、気にならないほうが難しい。

 「じゃあロレスは一体何を想像してたんだよ」

 「ラブホ」

 あまりにもストレートすぎる物言いに思わず吹き出してしまう。まったく、この人は何を言い出すんだよ。シドとサンは顔が一気に赤くなり、ファズナはのほほんとしている。

 「なんでそんなこと想像したんだよ」

 「だってあなた、試着中ずっと褒めてくれたじゃない。よく褒める男には注意しなさいって、親に言われたのよ」

 「お前なぁ、俺がそんなことする人に見えるか?」

 「そうね。あなたにそんな度胸があるとは思えないものね」

 「確かにシリウスさんは無暗に襲わなさそうですもんね!」

 ファズナはラブホという言葉の意味を知っているのか、それともわからないのか、謎のフォローをしてくれた。こいつら……仲良くなったからって失礼だぞ……。このままの雰囲気で話しながら五分ほど歩き、目的地に到着する。二階建ての木造建築だ。見た目は大きな家みたいで、特に特徴はない。いや、これから作っていくから、今はまだないことにしておこう。中に入り、受付に事情を説明して四人をそれぞれの部屋へと連れていく。もちろん一人一部屋だ。客人なので一番いい部屋にしておいた。もちろん、これも俺が払う。

 「じゃ、ゆっくりくつろいでくれ」

 「ありがとうございます!」

 扉が閉まるのを待ってから、旅館を後にする。適当に町の様子を見た後、役職へ行くことにした。会議室にはすでに、リーガン、ゴードン、ガルム、それと何人かのオークとゴブリンがいた。俺が入ってくると、立ち上がりお辞儀をしてくれる。俺が椅子に座るの待ってから、みんなも座った。何だか王様になった気分だ。けどこの町の主なわけだし……あながち間違いではないかも。

 「みんな、急に呼び出してしまってごめんな。どうしても話しておきたいことがあって」

 「あの冒険者のことですか?」

 「ああ、お前たちからみてあいつらはどう見える?」

 考えるような仕草をした後、リーガンが口を開く。

 「とても好印象です。無暗に私達魔物を襲ったりしませんでした」

 「はい。私も同意見です。彼らは礼儀正しい」

 ガルムも同意見のようだ。ほかのゴブリンもそうだとばかりにうなずいている。

 「しかし……あのマルティネスさんがどう動くかが不安ですな」

 ゴードンが俺の気にしていたことを口にする。さすがはゴブリンの族長。話が早くて助かるよ。

 「そう、問題は人間の国に俺たちの町をどうとらえるかなんだよなぁ」

 「と言いますと?」

 「人間にとっては魔物は脅威でしかない。そんな奴らが町を作っているとなると」

 「彼らは恐怖心をいだく、そういうことですか?」

 リーガンもなかなか察しがいい。将来有望だな。

 「ああ、しかもそれなりに発達してるんだ。いつ攻められるかとヒヤヒヤしているかもしれないしな」

 「もしかすると彼らから攻めてくるかもとお考えですか?」

 「殺されるなら殺してやる、の精神でな。俺たちは魔物だし、大義名分は十分だ。国民からの理解も得やすいだろうしな」

 「ではあの冒険者はスパイだと?」

 ガルムがショックを受けたように言う。ガルムは彼らのことが好きらしい。

 「いや、あいつらは本当に調査しに来ただけだと思う。できるだけ情報を集めて来いって言われたんだろうな。町の隅々まで観察してたみたいだし。ただその情報を、どう受け取るかが今回の重要なところだ」

 「では、一度手紙を送るのはどうでしょうか?我々は無害だと」

 眼鏡をかけた頭のよさそうなゴブリンが案を出してくれた。なかなかいいセンスだ。見た目通りだ。

 「いい考えだけど、魔物からの手紙なんて読んでくれるか怪しいよな」

 「こちらから使者を送るのはどうでしょう?」

 「それは近々やるつもりだよ。ただ、その前に1回しておきたいことがあるんだよ」

 「しておきたいこと……ですか?」

 「ああ、一度俺が国に行ってみようかなって。そこでそのマルティネスさんに説明しようと思ってな」

 「それは少し危険だと思います。下手したら捕まるかもしれないですよ?」

 眼鏡をかけた奴とは別の女性ゴブリンが心配そうな顔で言った。ほかのみんなも不安げだ。

 「安心しろって。あいつらに交渉してもらうからさ。それに、俺は人間だからそこまで警戒はされないと思うし」

 「しかし……」

 「大丈夫だって。もしものことがあれば全速力で逃げればいいだけだし。最悪の場合は助けを呼ぶことにするよ」

 「なにか後ろ盾でもあるんですか?」

 「まあね。そんな感じで俺は明日からあいつらとオリンド王国に行くことにする。留守を頼んでもいいか?」

 「もちろんでございます!我々にお任せください!」

 ゴードンが勢いよく立ち上がり、両手でこぶしを作る。やる気満々といったところだろうか。しかしゴードンのやつ……最近ごつくなってないか?若返ったのが嬉しくて、最近はガルムと一緒に筋トレをしているらしい。まったく……頼むからリーガンは誘うなよ。俺の中のイメージが崩れちゃうからな。

 「じゃあ、明日からよろしくな」

 「はい!」

 こうやって会議は問題なく終わることができた。明日はついに念願の人間の国に行きことができる。考えただけでにやけるのが止められない。あぁ、早く明日になってくれ!


 そしてついに、その日が来た。昨日は楽しみすぎて全く寝られなかった……。寝不足で少し頭がボーっとしているけど、そんなことはどうでもいい。朝起きると、身支度を速攻ですませすぐに待ち合わせの場所へと走っていく。ちなみに服は呉服屋の店員さんに見繕ってもらった。一応マルティネスさんに会うつもりだし、初めての外交になる可能性が高い。そんな時にクソダサい服を着て行っても第一印象は最悪だろう。それだけは絶対に避けたい。だけど今は緊張よりも嬉しい気持ちのほうが強い。この世界でやりたかったことが1つ叶うのだから。期待に胸を躍らせながら、シドたちを待っていると約束の時間五分前に来た。みんな昨日と変わらない格好だ。

 「すみません。待たせてしまって」

 「いいよいいよ。俺も今来たところだし」

 ロレスが小馬鹿にするように、クスッと笑う。

 「噓つき。五分以上前から待っていたくせに」

 「う、うるさいなぁ」

 「じゃあ、出発しましょうよ!」

 ファズナはいつも通りの笑顔と声だ。違うところといえば、少しだけ化粧をしていることだけだろうか。よく見るとロレスも同じように、薄く化粧をしていた。

 「行ってくるよ。留守をよろしくな」

 「はい!お任せください!」

 「くれぐれも気を付けてください!」

 リーガンやゴードン、ガルムたちに見送られながら、町を後にする。先頭をシドにして、俺たちは歩き始めた。オリンド王国までの道のりはわからないから、シドに任せる。しばらく森を無言で歩き続ける。最初に口を開いたのは、サンだった。

 「シリウスさんにとっては、初めての人間の国ですね」

 「ああ、いつか行ってみたいなとは思っていたんだけどやっと行けるよ」

 俺も全く知らないままではまずいと思い、城から持ってきていた本を昨日のうちに読んでおいた。オリンド王国。人口は50万人ほどの大きな国だ。おもな産業はガラス細工などの加工品やアクセサリー、宝石などといった芸術的なものが多かった。地理的には森を抜けてからある平野を歩いたところにある。面積はそれなりに大きかった気がする。国の方針を一言で表すと「鏡のように接する」だ。友好的な者には手を差し伸べ、敵対する者には容赦をしないらしい。今までいくつかの国を滅ぼしたこともあるのだとか。と言うことは、軍事力はそれなりにあるというわけだ。是非とも友好関係を築きたいものだ。そうしないとどんな目にあうことか。それ以外にも気になることがあるから、聞いてみることにしよう。しっかしこの森はでかいな。もうかなり歩いているはずだけどなぁ。

 「オリンド王国って雰囲気的にはどんな感じだ?」

 「うーん……比較的オープンな感じだと思いますよ。観光地も多いので、観光客が多いですね」

 サンが息を切らしながら言う。それに続いてロレスも補足してくれた。サン以上にきつそうだ。こいつら大丈夫か。

 「ああ、それと周りにはいくつかの魔王の支配領域があるから、諜報能力は高いらしいぞ。他の国と比べてもトップレベルらしい」

 「魔王と不可侵条約を結んでいるので、安心ですよ!」

 ファズナだけがほかのメンバーと違って唯一元気だ。すげぇな。シドは死にそうな顔で歩いている。話しながら歩くこと10分間。ようやく森を抜けることができた。目の前には野原が見えなくなるまで続いている。まさかとは思うけど、まだ歩くのか……?

 「な、なぁ、まさかとは思うけど、まだ歩くのか?」

 「ええ、まだ中間地点にも到着していませんよ……」

 シドが絶望した様子で呟く。そりゃあ、森で倒れていたわけだ……。こいつらに同情するよ。このままのペースで行ったらあと三日くらいかかりそうだし……仕方ない、ここは最終手段を使うとしようか。

 「おいお前ら、俺に乗れ。このままじゃいつまでたってもたどり着く気がしないからな」

 「乗ってからどうするんですか?」

 「飛んでいくんだよ」

 「とっ、飛んでいく!?」

 四人が一斉に大声を出す。なんだよお前ら。元気じゃん。

 「そう。だから適当にどこかつかんでくれ」

 「でも……大丈夫ですか?」

 「大丈夫だから。ほら、早く」

 「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 ん?待てよ?これ四人もつかむ場所なくないか?どうしようかと迷っていたところ1つの案が思い浮かんだ。これが名案となるか、迷案となるかは結果次第だ。今はこれしかないから、強引にでも押し切ろう。

 「やっぱりみんなこっちに来てくれ。全員まとめて運ぶことにするよ」

 「ここですか?」

 「そう、そこで固まってくれ」

 素直に四人が固まってくれた。申し訳ないけど、俺は早く行きたいんだよ!

 心苦しさを感じながら、魔法でリングのようなものを作り、動けないようにする。

 「な、何するんですかいきなり!」

 「ごめんな、少しの辛抱だから」

 そういってから俺は四人を担ぎ上げ、猛スピードで飛んでいく。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 四人の絶叫が聞こえてくる気もするけど、気のせいだろう。更に俺はスピードを上げていく。下にいた動物たちが驚いたように見上げていた。久しぶりに味わう快感は格別で、思わず笑みを浮かべてしまう。反対に四人は青い顔をしていた。こうして四人の体験する初の飛行体験は、最悪のものとなった。

 「し、死ぬかと思った……」

 「そ、そうですね……」

 「あー、気持ち悪い……」

 「三途の川が見えそうでした……」

 オリンド王国の少し手前で、おろした途端倒れてしまった。急いで回復魔法をかけてやると体調は戻ったけど、なかなかきつそうだ。

 「ごめんって、でもほら、すぐ着いたから結果オーライじゃん!」

 「そういうわけじゃないんだけど……そういうことにしておくわ」

 ロレスが呆れかえった声を出す。俺は苦笑いをするしかなかった。ファズナは髪を整え、シドは防具の位置を調整している。サンは荷物がなくなっていないか、確認をしていた。それぞれの確認が済んだ後、いよいよオリンド王国へと歩き始める。門の前には二人の門番らしき人が立っていた。鎧を着て、手には長いやりが握られている。門番の後ろには長蛇の列が伸びていた。観光客らしき人もいれば、シドたちのように冒険者のような人など、見ているだけでいろいろな妄想ができる。俺たちは大人しく列の最後尾に並ぶ。目の前にいた小太りの男が何やら大切そうに紙を取り出した。覗き見てみると「入国許可証」と書いてあるではないか。

 「俺、入国許可証とか持ってないけど入れるのか?」

 「大丈夫ですよ。誰か一人でも持っていれば入れるので」

 そういいながらサンが同じような紙を見せてくれた。名前の欄に慌てて付け足したような俺の名前がある。

 門番に許可証を見せ、中に入ろうとすると「お待ちください」と止められる。素直に止まると何やら剣に魔法をかけられた。試しに引き抜こうとすると、鞘と剣がくっついたようになっていた。多分、接合魔法だろう。鞘と剣の部分をくっつけるようにして、国の中でトラブルが起きないようにするための警備だ。しかしこれ……簡単に取れるけどいいのか?

 「何してるんですか?」

 「早く行きましょうよ!」

 シドとファズナが手を振りながらどこにいるかを教えてくれる。俺は小走りで追いつくと一緒に足を進める。行きたくてたまらなかった人間の国。ついにその願いが叶うのだ。俺は目を輝かせながら、大きく足をオリンド王国へと踏み込んで行った。

 

 

 

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