二話 出会い
もう何時間飛んでいるだろうか。あたりはすっかり暗くなり、下に見える森からは鳥の鳴き声がかすかに聞こえてくる。人間の町で一夜過ごそうかと思っていたが想像以上に見つけられず、森の上を飛び回っていた。最悪の場合、野宿することも考えなければいけないかもしれない。そう思って、ため息を何回か吐いていると、目の前にぼんやりと明かりが見えた。もしかすると人が住んでいるかもしれないと期待に胸を膨らませながら、飛ぶスピードを速くした。ちなみになぜ空を飛べているかというと、魔力を使えば意外と簡単に飛ぶことができた。案外いける。明かりの少し手前で降りると、あとは徒歩で向かうことにした。さすがにいきなり飛び降りたら、びっくりするだろうしね。住人のことを思いやり、村の門らしき場所から中に入る。しかしまあ門というか柵というか……すこしもろすぎない?木でできてる上にだいぶ腐食が進んできている。押すとぎしっときしむ音がする。やばい。壊しそう。そっと閉じると前に向き直し、ゆっくりと歩く。
「すみませーん。誰かいますかー?一晩泊めて頂けないでしょうか?」
明らかに雰囲気がおかしい。家はレンガなどの頑丈なものではなく、木や草などの原始的なものだ。木で簡単な骨組みを作り、その上から草をかぶせたようなものだった。おまけに生活感が全くない。まさか人ではなく魔物の村かな?そう思っていると、後ろに気配を感じた。素早く後ろにジャンプし身構える。暗くてよく見えないがなにやら武器を持っている。どうみても殺す気満々だ。そっちがその気ならと剣に手をかけようとするが、ふと相手の手に目を向けるとブルブルと震えているではないか。暗闇に目がだいぶ慣れ、相手のことがはっきり見えたとき、その姿に思わずうおっと声を上げてしまう。そこには貧弱そうなゴブリンがおびえた目で俺を見ていた。年は12歳くらいだろうか、服はパンツしか履いていない。肌の色は全身緑色だが、所々あざだったり切り傷などがある。なんと声をかければいいか迷っていると、ゴブリンの方から話しかけてくれた。ただ、声は震え片言で聞き取りずらかった。
「ァ、アナタサマハ、コッ、コノムラ二ナンノゴヨウデショウ」
「ああ、一晩この村に泊めてもらおうかと思いまして……」
「でっでは、私達を殺しに来たのではないのですね!?」
「うっうん、そうだけど……」
そういうとゴブリンの緊張の糸が途切れ、へたへたと座り込んでしまう。
「失礼しました、旅人の方よ。村の案内をいたしましょう」
その言葉を皮切りにわらわらと家らしきものからゴブリン達が出てきた。男に女、爺さんと婆さん、小さい子供もいる。老若男女勢ぞろいだ。来ている服や格好は案内してくれるというゴブリンと大差なく、全員ぼろ雑巾のようなものばかりだった。
「ここが私の家であちらに見える大きなものが村長の家になります」
丁寧に案内してくれているのはさっき俺を襲おうとしてきたゴブリンだ。名前はリーガンというらしい。村にいる数少ない戦士の一人らしい。戦士には見えない体つきなんだけどなぁ。そこで俺は村長の家で話を聞くことにした。さっき言ってた「殺しに来た」という物騒な言葉も気になることだし。案内も終わったところで村長に話を聞いてみることにした。
「初めまして、私はこの村の村長ゴードンと言います。」
そういいながらゴードンは地べたに座りながら深くお辞儀をする。見た目はお爺さんだった。見るからによぼよぼで、杖にしがみつきながらなんとか立って居られるような感じだ。荷物を適当に置き、村長の目の前に座る。初めてこの村の家に入ったが、正直言ってひどい状況だ。改めて見渡すと、色々わかったことがある。骨組みとなっている木は今にも折れそうなくらいボロボロだ。屋根の代わりとなっている草はかなり薄く、ほとんど意味を持っていない。
「こちらこそ初めまして、シリウスと言います」
軽く自己紹介を済ませたところでリーガンが、コップに入った水を持ってくる。
「すみません……今客人に出せるものはこれくらいしかなくて……」
「お気になさらないでください。それよりもなぜ、この村はこんなに暗いのですか?」
「それは……」
聞いたところによると以前からこの森、ピースフォレストでは魔物同士の覇権争いが続いていたらしい。ゴブリンはそれに太刀打ちできるほどの力を持っていない為、森の端っこでひっそりと暮らしていたそうだ。こうして平和に暮らしていたある日、近くに住むほかのゴブリンが何やら必死の形相でこの村に走ってきた。何とか落ち着かせ話を聞くと隣村が遂に覇権争いに巻き込まれてしまい、村人が皆殺しにされたそうだ。おそらく自分たちの支配する領土を増やす目的だろう。急いで柵や武器を作り敵襲に備えていたところ、何も知らない俺が吞気にこの村へとずかずか入ってきたということだ。森の名前にピースって入ってるのに全然平和のかけらすらないじゃねえか。思わず突っ込みそうになるがここはぐっと我慢。
「それで、その敵襲とはいつ頃来るの?」
敬語は使わなくていいといわれたので、遠慮なくため口を使う。魔物の世界では強き者が絶対。俺の強さを認めてくれたようだ。
「はい。恐らく明日の夜、月が一番高く上がる頃かと思われます。」
「明日か……それで、リーガンや村長は戦うのか?」
そういうとリーガンと村長はぐっとこぶしを握り締め、まっすぐこちらを見て言った。その表情は強い決意がにじみ出ていた。
「もちろんです、あいつらは……我らの仲間を皆殺しにしたのです。こそこそと逃げ回っては死んでいった仲間たちに顔向けできません!」
言い終わった後、より一層強く手を握り締める。その言葉に迷いのかけらは一切感じられなかった。それはそのはずだ。殺された者の中には家族や友人、恋人といったかけがえのないものがいただろう。理不尽な戦争に巻き込まれ、無差別に命を奪われる。数日前までは息をし、食事をしながら楽しく話をすることができた。それも今ではただの肉の塊とかしてしまう。ただの物だ。何の価値もない。彼らは別れを告げる間もなく殺されてしまった。死体に別れを告げても相手には届くはずもない。あるとすればそれではただの自己満足だ。果たしてそれは本当の別れと言えるのだろうか?それならばと勝てぬとわかっても、勝負を挑み同属の無念を晴らそうとしているのだろう。それはただ命を投げ捨てるだけで、何の慰めにもならない。だけど俺はそんな偉そうなことが言えるはずもなく、ただただ押し黙ってしまった。先に沈黙を破ったのは村長の方だった。
「あなた様に1つ、お願いがございます。聞いてもらえませんでしょうか?」
「……聞こうか」
この状況で頼まれることはただ一つしかない。俺は黙ってその願いに耳を傾ける。
「あすこの村を襲撃してくるオークの連中を、駆逐しては頂けませんか?お願いします!我らが持っている全てをあなた様に捧げます!」
そう言うと村長は床に額をこすりつけ、土下座の姿勢をとる。驚いているとリーガンも続いた。
「どうか、どうかお願い申し上げます!力あるあなた様なら、オークの連中を殺すのも簡単でしょう。どうか、どうか我らゴブリン族に力添えをお願い致します!」
不謹慎かもしれないけどこの時俺は嬉しかった。人に頼られることなく、頼ることしかできなかった自分にとって、頼み事は人生初の体験だった。そんな俺にとって、「お願いします」なんて言っちゃいけないよ。気づいたら俺は考えるよりも先に言葉を発していた。
「もちろん、その役目引き受けた!安心するがいい!」
そういうなりゴブリンの村は歓声に包みこまれた。どうやら家の外で盗み聞きをしていたらしい。まったく、困ったやつらだ。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「われらの忠誠はあなた様に捧げます!」
満面の笑みで何度も言われる。やめて、俺そういうのは初めてで恥ずかしいから。その夜村はお祭り騒ぎだった。突如として現れた救世主によってもたらされた、生きる希望の宴だ。ゴブリンたちは何か月ぶりに笑ったのだろう。何か月ぶりにはしゃいだのだろう。何か月ぶりに冗談を言ったのだろう。何か月ぶりにしっかりと寝ることができたのだろう。今まで過ごしてきた俺の当たり前は、立場が違えば夢のようなものなのだろう。なら俺ができることは、俺の当たり前へみんなで分かち合うことだ。やがて村に朝日が昇ってきた。それはゴブリンたちにとって、希望の朝となるのであった。
「よおし、みんな集まったな?」
「はい、けがをしているものや病気を患っている者以外、全員呼び出しました!」
俺は朝早くから村の中心にゴブリンたちを集めて集会を行っていた。今日の夜に起こる、生死を占う決戦のためだ。改めて集まった者たちをじっくり観察してみる。細い腕にやせ細った体つき。うん、どう考えて正攻法は無理だな。こんな状態でオークどもと正面から戦っても間違いなく殺されてしまう。となると勝つための方法はやっぱり……。
「よし、ではみんなよく聞くんだぞ。オークに勝つたった1つの方法だ……」
「それはいったい……?」
ゴブリンたちの視線が俺へと集まる。何人か唾を飲み込む音が聞こえた。
「それはだな……ずばり、俺一人でオークを倒すということだ!お前たちは後ろで弓矢でも使って援護射撃を撃ってくれればいい」
途端にざわざわと騒がしくなる。無理もない。俺の実力がはっきりと分かってないから、本当に勝てるのかが不安なのだろう。村長が恐る恐る尋ねてくる。
「あ、あの、シリウス様?」
「なんだね?ゴードン君」
「お言葉ですが……さすがにおひとりで出陣は危険すぎる気がします……確かに我らは貧弱ですが、何人か動ける者はいますのでその者どもをお使いになられてはいかかでしょう?」
「安心しろ。手加減はしないし、油断もしない。それにお前たちに怪我でもされたら困るしな」
不安げだった顔が一気に晴れ、代わりにキラキラ輝く目を向けられる。
「おお、我らの身を案じてくださるとは……感激で胸がいっぱいです!」
「はは……それはどうも」
このゴブリン達、めちゃくちゃ俺を慕ってくれるんだよなぁ……。嬉しいんだけど、大げさすぎないか……?まあいい。今は話を進めることが最重要だ。軽く咳ばらいをし、落ち着かせる。
「では作戦を話す。やることは3つだ」
俺はピンと三本指を立てる。
「3つ、ですか?」
「ああ、まず1つ目は柵を作り直すことだな。正直言っていままのままではオークはおろか、イノシシでも簡単に壊されてしまう。そんなんじゃ、あってもないのと同じだからな。次に2つ目、落とし穴を作ることだ。いわゆる罠だな。オークは力こそ強いけど知能指数は低い。簡単な落とし穴で落ちるだろう。最後に3つ目、弓矢と矢をできる限り多く作ることだ。どうして作るかは言わなくてもわかるな?俺の援護射撃の為だ。多くて損はないからできるだけ多く作ってくれ。理想はそうだな……弓矢を100個、矢を500本くらいだな。ここまで一気に話したけど、何か質問とか、分からないことはあるか?お前たちの運命を決めるからな。遠慮はだめだぞ」
ここまで一気に言ったから少し疲れた。だがしかし、休む間もなく何人かの手が上がる。
「はい!」
「どうぞ!リーガン君!」
名前を呼んだだけなのに嬉しそうな顔をするな。こらこら、周りもうらやましがるんじゃない。
「なぜ、オークは知能指数が低いことを知っているのですか?」
意外とゴブリンたちは魔物について詳しくないらしい。魔物同士だからわかると思っていた俺は少しびっくりする。魔物と人間のジェネレーションギャップだな。今のうまくない?
「俺の実家に本がたくさんあってな。そこに載ってる魔物の特徴は大体覚えているよ」
「すごい!ちなみにですが、実家ってどこにあるのでしょうか?」
「ああ、それはカミ……いや遠くの田舎町だよ」
危ない危ない。あとちょっとで口を滑らすところだったぞ。旅を始めてたった一日で約束を破るところだった。これからは気を付けないとね。
「他に何かある人は?」
誰も手を挙げなかったのでなしとみなしていいだろう。では、早速準備にとりかかるとしますかね。
「じゃあ役割を割り振るぞ。若い男のゴブリンは木を多く伐採してきてほしい。女性のみんなは弓矢と矢の製作を頼む。子供はそうだな……柵の強度を強くするために、ひもで縛ってくれるか?」
「はい!」
「了解です!」
「頑張ります!」
気持ちの良い挨拶を返してくれる。いいことだ。やっぱり返事は大切だからな。返事に対して厳しかったヴォルドのことを、思い出す。
「では、解散!各自頑張れよ!」
「はい!」
ぞろぞろとやる気に満ちた顔つきで行動を始めようと、ゴブリンたちは指示した場所へと向かっていった。さて、俺は落とし穴を作るのでも手伝うとしますかね。こうして対オーク戦に向けての準備が着々と勧められた。みんな想像以上に働いてくれている。作業を続けること早8時間が過ぎ去っていった。矢のように時間が進むとはまさにこのことだろう。最初は見るも無残だった柵は見違えるほど綺麗に、そして頑丈になっていた。ちょっとやそっとでは壊れないだろう。これなら安心だ。頼んでおいた弓矢と矢も、完成している。どれを取ってみても綺麗でよくしなる。威力も申し分ない。女性陣は手先が器用らしく、余った糸で俺に服を織ってくれた。着てみるとその肌触りのよさに驚く。サラサラだけど、よく伸びる。見た目も光沢感がありかっこいい。うん、めちゃくちゃ気に入ったぞこれ。しばらくこれ着よ。聞くと村の唯一の高級品、シルクで織ってくれたみたいだ。ありがたい話だ。さて、あとは落とし穴の上に土をかぶせ、わからなくすれば終わりだ。
「よいしょっと、ふう、これで全部終わったな。みんなよく頑張ってたよ、ありがとう」
「ありがたきお言葉です」
「それじゃ、オークたちが攻めてくる深夜まで待つとしますかね。あ、みんな寝ておくんだぞ。疲れをしっかりとってくれ」
「はい!」
またぞろぞろと家に戻っていく。俺は起きて見張りをすることにした。新しく作ってもらった高台から森を見渡す。夕日はきれいな真紅に染まり、森を明るく照らしていた。その様子はまるで殺されたゴブリンの血を表しているようだった。そして日は沈み、白い月が空高く浮ぶ。月明かりが俺を冷たく照らしていた。月は好きだ。見ていると心が浄化されていく気がする。しばらく月を見つめていると、ある考えが頭をよぎる。この月はゴブリンたちにとっては絶望の象徴かもしれない、と。身内を殺された夜。次は自分たちだと怯えながら眠った夜。なら俺が月は綺麗だと教えてあげたい。夜の空気は澄んでいるとも。俺はそう心に決めた。それに呼応するかのように遠くで地鳴りが聞こえてくる。オークたちが動き出したようだ。いよいよ決戦の時。俺は落ち着かせるようふうと大きく息を吐き、高台を飛び降りた。ストンと着地すると、ゴブリンたちを起こしに回る。起きてきたゴブリンたちはみんな、緊張した面持ちだった。
「みんな、ついに決戦の時だ。援護射撃をするだけでいい。後は俺に任せてくれ」
「はい!」
俺が頷くと、みんなも頷き返してくれる。オークの足音はすぐそこまで迫ってきていた。
柵の外で待っていると、ずんずんと重い足音を響かせながらオークたちが真っ直ぐ村へとやって来る。豚のような顔と太った体。茶色の毛。感情のない目。うん、間違いなくオークだ。しっかしみんな同じような顔つきだなぁ……。誰が誰だか分からんならない?数はざっと50といったところだ。少なくもなく、多くもなくといったところだろうか。正直外の世界が初めてだから、よくわからん。オークたちは完全武装の状態だ。鉄の鎧を身にまとい、手には槍や剣、斧が光っている。先頭には一際大きなオークがいた。恐らくは族長だろう。
「や、待っていたよ」
声を掛けると族長が手を挙げる。合図と同時にオークたちがピタリと足を止める。この行動に俺は違和感を感じた。普通、オークは統率ができないような荒っぽい連中のはずだ。同士討ちで村が滅ぶことなんて、ざらにある。おまけに着ている鎧。どう考えてもオーラたちは作れないはずだ。バックの存在がいるのか?まぁそんなことはどうだっていい。今はこのオークどもを殲滅させることだけを考えるとしよう。
「お前は何者だ?どうみてもゴブリンではないが」
さっき聞いた地鳴りみたいな、低くよく聞こえる声だった。
「ご名答。俺はこのゴブリンたちに君たちを殺すことを頼まれてね。ここにいるってわけさ」
「はっはっはっ!笑わせるなよ。たかが人間風情が俺様たちオークを殺せるとでも言うのか?しかもこの数を?」
「笑わせるつもりはないけど、そのまさかだよ」
「フン、バカもここまでくるとかわいそうだな。行け!お前たち!」
「うおおおおお!」
雄たけびを上げながら村へと突進してくる。うわ、すご。だけどまったく怖くない。なぜなら……。
「うわああああ!!!」
「なんだこれ!?」
「地面が割れていくぞ!!」
そう、落とし穴を作ったからね。しかしまあよく落ちてくれるなぁ。落とし穴には木で作った槍がある。落ちたら串刺しだ。
「気を付けろ!落とし穴だ!地面をよく見ろ!冷静に見れば簡単に見分けがつくぞ!」
あの族長なかなか手ごわいな。オークにしては冷静で、知能指数も高そうだ。もしかして進化してハイオークになってるか?
「人間らしい小癪な罠じゃないか。通用しなくて残念だったな」
「オークにしては随分と頭がいいみたいだけど、もしかして進化してる?」
「フン、冥土の土産に教えてやろう。俺様はある魔人様と血の盟約をかわし、ハイオークへと進化している。ゆえに貴様に負けることなど有り得ない!せいぜい絶望するがいい!」
そう言い終わった後、馬鹿でかい声で笑い始める。後ろではゴブリンたちがおびえた声を出して縮こまっていた。おしゃべりなオーク。今すぐ首を切り落としたい衝動に駆られるが、まだ情報が引き出せそうだから踏みとどまっておこう。えらいな~、俺。あいつは2つ気になることを言った。1つは「魔人様」と「血の盟約」だ。魔物が進化するときは二パターン存在する。スキルが一定以上の強さになることと、自分よりも強い魔物と血の盟約をかわすことだ。血の盟約とは簡単に説明すると、魂の強化だ。魔物は魂が強化されると、保有スキルが大幅に上昇する。進化する前と後では天と地ほどの差がある。この世界で進化を果たしている多くの魔物は血の盟約によるものだと、子供の頃母さんに教えられたのを覚えている。ちなみに母さんは誰ともかわしておらず、自力で進化したらしい。これは非常にまれなことだ。話を戻すと、オークは誰かの支配下に加わったことを意味する。その主は恐らく「魔人様」だろう。どこかの魔王に属する者なのか。それともただの野良魔人なのか。どちらにせよ危険なことには変わりない。ここはもう少し探っておくことにしよう。族長とはあんま話したくないんだよなぁ……。いちいち俺をなめ腐った発言してくるし。
「それで?その魔人様とやらの正体を教えてくれないかな?」
「なぜ今から死ぬ人間に教えないといけない?楽しいおしゃべりの時間は終わりだ。行けお前たち!あの男を血祭りにあげろ!」
何体かのオーラがとびかかってくる。後ろに引きながら、ゴブリンたちに指示を飛ばす。
「援護射撃だ!撃って撃って撃ちまくれ!」
無数のびんっという音ともに、何本もの矢がオークへと降り注ぐ。上から降ってくる予想外のものに頭の悪いオークは呆然とすることしか出来ず、次々と頭が血だらけになっていく。自分でやれといったんだけど、ちょっとグロいなこれ。子供たちには見せられないよ。
「さあ、次はどうする?」
「おのれ、小癪な人間がぁぁぁぁぁ!」
ついにあの族長が動いた。俺の元へと真っ直ぐ走ってきた。降ってくる矢の雨は、よけるか斧ではじき返している。見た目に似合わず随分と素早い動きをする。目の前まで来ると、頭をかちわるかのように、大きく斧で切りかかってくる。予備動作が多い。すぐにかわすと、横腹に剣を叩きつける。鞘に入った状態だから、切れはしない。
「ぐふぅ!?」
痛みで体勢を崩すもすぐに体勢を元に戻し、今度は体をめがけてきた。進化しただけあって、なかなか強いじゃん。ジャンプしてかわし、お返しにみぞおちへ胴回し蹴りをお見舞いする。ぼきっという不快な音ともに族長から「かはっ」と声が漏れる。何本か骨が折れただろう。強烈な衝撃になすすべもなく、後ろに大きく飛ばされていく。さっきはすぐに立ち上がったけど、今回は無理そうだ。お腹を押さえながら、痛みで喘いでいる。チェックメイトだ。俺はゆっくりと族長へと歩いて行く。他のオークは怯えた様子で、呆然と見つめるだけだった。
「最後にもう一度だけ聞く。魔人様とは誰のことだ?教えてくれれば楽に殺してやろう」
血を吐きながら体を上下させる族長を見下ろす。そっと剣を首に当てる。もちろん鞘は抜いた状態だ。冷たい剣が首に当たると、ビクッと体を震わせる。顔をゆっくりとあげ、俺を睨んできた。
「誰が……誰が教えるものか……」
「そうか。残念だ」
俺は容赦なく剣を振り下ろす。ザンッという音ともに族長の首が切り落とされる。目は白目をむいていた。首を持つと、固まっているオークどもへ投げつける。ゴロゴロと血をまき散らしながら、転がっていく。
「お前たちに選択肢をやろう!このまま俺に服従を誓うか、死か!」
無言が続く。聞こえるのは鳥の鳴き声だけだった。このままじゃ埒が明かないな。仕方ない、殺すとしよう。そう思ってもう一度刀を振り上げた瞬間、オークたちが全員跪き始めた。
「我らのオーク、あなた様に忠誠を誓います!」
「……え?」
いや、ちょ、そこは全員で特攻してくると思うじゃん!まぁ……無駄に殺さなくて済むのはいいかも。
「えっとまぁ、いい?ゴードンさん」
「もちろんでございます!我らの思いはシリウス様の思い!気になさらないでくだされ」
ほかのゴブリンたちもうんうんと頷ずいている。想像以上に俺になついてくれた。いやー、嬉しい限りだ。
「これって……僕たちは助かったのですか?」
リーガンが恐る恐る聞いてくる。
「ああ、少し予想外のこともあったけどね」
わぁぁぁぁと歓声が上がる。ゴブリンたちは互いを抱き合い、喜んだ。俺に抱き着いてくる奴もいる。
「じゃあ取りあえずお前たちも中に入れよ。もう敵同士じゃないんだからさ」
ずっとひざまずいているオークたちに声を掛ける。驚いた表情で俺を見上げていた。なにか変なこと言っちゃったかな?
「我々を、村に入れてくださると……?」
「当たり前だろ。そんなところで野宿なんかされても、こっちが困るよ」
「ありがとうございます!ありがとうございます!我らオーク、一生の忠誠を誓います!」
今度はオークたちから歓声が上がった。よく見るとみんな傷だらけだ。オークにしてはやせ細っている気がする。詳しく話を聞く必要がありそうだ。
「ゴードンもいいかな?仇とかあるかもしれないけど……」
「構いません。助かること可能性すら無かった我らを救ってくださいました。この村に文句を言う者など、一人もいません!」
よかった。これでなんとか丸く収まりそうだ。オークたちのことはゴードンたちの任せ、俺は周りを軽く見てくることにした。族長が最後の最後まで明かさなかった魔人様がみているかもしれないからだ。血の盟約を交わすほどだ。相当気に入っていたに違いない。しばらく森を飛んでみたが見つけることはできなかった。いや、隠れていたのを見つけきれなかっただけかもしれない。少し不安だけど今はゴブリンたちの無事と、新しい仲間との出会いを喜ぶことにしよう。村へと帰っていくときに、後ろの方で物音がした気もするけど……。動物だろう。そこまで気にする必要はなさそうだ。
(あの人間め……私の計画を邪魔しやがって……まあいい、オークどもには期待などしていなかったからな。まだ計画は始まったばかりだ。そう気にすることもないだろう。しかしあの人間……かなり強いな……もしものことがあるかもしれん、一応あの方に報告しておくとしよう)
心の中で呟いた後、飛び去っていく。着ていたマントが風になびていた。この時からゆっくりと、しかし確実にある者の陰謀によって世界は蝕まれていった。それはまるで、人々を不安にさせる夜のように。
翌朝、みんなを広場へと集める。俺がいない間に随分と仲良くなったらしい。オーラもゴブリンも仲睦まじい様子だ。その様子を見てほっと息をはく。仲がいいのは何よりだ。内心殺しあってるんじゃないかとひやひやしていたもん。
「さて、だいぶ人数が増えたな。この村が少し狭くなってきたから、ここは大きく改装といきますか!」
「うぉおぉぉぉ!」
みんなやる気満々だな……。
「まずは面積を大きくしないとな。オークには木を切ってもらおうと思う。お願いしてもいいか?」
「もちろんでございます、シリウス様!」
「じゃあ、頼むぞ。ゴブリンには切ってきた木を使って柵と家を作ってほしい。家の設計図は俺が書いておいたから、その通りに作ってくれ」
「わかりました!シリウス様!」
「よし、それじゃあ解散!頑張れよ!」
や雨期に満ちた表情でみんなが作業に入った。俺も手伝おうかと思ったけどそれよりも気になることが山ほどあるから、一旦話を聞いてみることにした。ゴードンとリーガン、そしてオークの代表ガルムを呼び出し、ゴードンの家に向かう。
「それで、早速聞いてもいいかな?」
「なんでもお聞きくださいシリウス様」
このガルムというやつ、なかなか礼儀正しい。昨日の族長とは大違いだ。こんな礼儀正しいなら、村を襲ったりしなさそうなのに……。そこは聞いてみればわかるだろう。
「君たちはなんでゴブリンの村を襲ったんだ?」
「それは……俺たちオークの村が襲撃され、住む場所を失ったからです。」
これは予想外。隣に座っているゴードンたちも驚いた様子だ。
「襲われたのですか!?いったい誰から……」
「黒いマントを身にまとった、魔人でした。顔はマスクのようなものを付けていました」
「ちょっと待って、その魔人と族長がいった魔人様は同一人物か?」
もし同一人物だとしたら訳が分からない。
「いえ、声が違ったのでちがうかと。……しかし、同じ主を持つとは言っていました」
「同じ主?」
「はい、確か……仲間の一人が勘違いでお前たちの村を襲ってしまった。お詫びに私と血の盟約を交わさないか、と言っていたと思います」
分かりやすい自作自演だな。でもなんで?わざわざ村を滅ぼして血の盟約をかわす意味が分からない。
「その主が誰かはわかるか?」
「いえ、知りません……申し訳ございません……お役に立てなくて……」
ガルムは申し訳なさそうにうつむく。魔人もそう簡単に正体は明かさないか……。なかなかめんどくさそうな事案だなこれ。これからどうしたものか……。しばらく考え込んでいると、リーガンが口を開いた。
「もしかして、領土拡大を狙ってのことかもしれません。この森は多くの魔王の境目に接しています。もしかするとそのうちの魔王がかかわっているのかもしれません」
「いや、領土拡大という可能性は低いと思う。オークを圧倒できるほどの魔人が二人もいるのに、皆殺しにしなかったのは不自然だ。でも魔王が絡んでいるのには賛成だ。なにか陰謀めいたものを感じるよ」
母さんに魔王のことを聞こうとも考えたけどやめた。まだ魔王がかかわっているとは限らない。
「お前たちが着ていた防具とか武器もその魔人からもらったのか?」
「はい。プレゼントだといわれました」
プレゼントねぇ……。魔物を殺させようとして何がプレゼントなんだ。そのあともいくつか質問をしたけど、目ぼしい情報は得られなかった。今はそこまで残念がる必要はない。族長は俺が殺してしまったし、いつか嫌でもあの魔人と関わることになるだろう。でも、できれば魔王とはかかわりたくないものだ。関わるとしても、平和なほうがいい。
「よし、じゃあ俺たちも血の盟約をかわすか!」
「い、いいのですか!?」
「よろしいのですか!?」
「まさか我々とかわしてくださると!?」
慌てた様子で三人は立ち上がり、口々に驚きを口にする。そんなに驚くことかな?
「うん、別にいいけど……」
「で、では村のみんなを集めてきます!」
「私もよんできましょう!」
こうして村の広場にみんなが集まってきた。そわそわした様子で俺を見つめている。
「じゃ、パパっとかわしますかね」
やり方はいたって簡単。お互いの血を一滴ずつ、同じ場所に垂らすだけだ。そうすると両者に主従関係が生まれるというわけだ。どっちが上になるのかは、垂らしかたで決まる。下にかけたほうが部下、上に垂らしたほうが主となる。もちろんだけど、血の盟約は双方の合意がないと成り立たない。一方が無理やり垂らしても、効果はないというわけだ。今回はオーク、ゴブリンともに望んでいるから大丈夫だろう。
「じゃあ早速血を垂らしてくれ」
ゴードンとガルムはナイフで手首のあたりを軽く切る。赤い血が地面にぽたりと垂れた。次は俺の番だ。2つの血の上に、俺の血をたらす。触れた瞬間、オークとゴブリンたちが光りだす。無事に血の盟約がかわされ、種の進化が果たされたというわけだ。ゴブリンはハイゴブリンに、オークはハイオークへと進化していった。オーラは元々魔人と血の盟約を交わしていたが、上書きされたようだ。あれー?なんか見た目変わった?リーガンは少年から青年に。ガルムはより一層ごつくなった気がする。ゴードンに関しては若返っているし……。まさかこんなにも盟約に効果があったとは……。羨ましい。こうして俺は魔物の主となった。これからももっと仲間を増やしていきたいものだ。