サウナ#5
夜も明けきらない時刻、ジンは何とか根性で起き上がった。
「そんな飲むつもりじゃなかったけど、結局付き合わされたな」
眉間にしわを寄せて呻く。
彼がこの時間に起きたのには理由がある。
「さぁ行くか、朝風呂」
旅館の朝は布団で過ごすのではなく、風呂で朝日を眺めるのが習慣になっていた。
脱衣所で素早く服を脱ぎ去り浴場へと足を踏み入れた。早朝という事もあり、利用客のほぼいない貸し切り状態にテンションがあがる。
子供ならばはしゃいでいただろうが、落ち着いてまずは身体を洗う。そしてゆっくりろ温泉に肩まで浸かると、自然に声が漏れた。
(こういうのってオヤジだよなぁ)
感慨深く思いながら暫く温泉で温まる。
「そろそろか」
ジンはザパリと湯から出ると、サウナへと向かった。
温泉にはあまり人はいなかったが、サウナの人気は確かなようで、10人程度が汗を流していた。
開いている場所に腰を掛け、目をつぶる。
熱気を肌で感じながら、むやみに動かずただジッとサウナを楽しむ。早朝という人気のない時間だからか、もしくは偶然か。今サウナに入っている全員がサウナに慣れているようだった。
その証拠に、早朝なのでロウリュは従業員ではなく、自分たちで行うセルフロウリュなのだが、熱気が下がってくると一人の男性が立ち上がり、
「ロウリュ失礼します」
と言ってサウナストーンに水をかけた。誰が指揮を執っているわけでもなく、命令されているわけでもない。全て自発的に行われているこのセルフロウリュ。
サウナは短時間での入れ替わりが基本の回転率の高い場所。故に、誰かがやってくれるだろうという考えでは温度の維持が難しいために、自発的なセルフロウリュが生まれるのは当然と言えた。
蒸気を身体に浴びながら、にじみ出る汗をタオルで拭う。
多くの人がいるにもかかわらず、誰一人として言葉を発しない静寂の空間。
そして5分が経過したところでサウナ室から出る。
お湯で汗を流してから水風呂に浸かる。熱くなった頭を冷やすために水風呂に潜りたい気持ちを抑え、3分間を過ごす。
最後に外気浴。まだ明けきっていない、夜と朝の中間の空をデッキチェアで眺める。
十分に休憩してから再びサウナ室に戻る。
すると、気温の変化に気付いた。自分が扉を開けた事で、確実に温度が下がったように思えた。
(さっきまでは90度くらいだったよな)
数多くのサウナを経験してきたジンにとって、温度計などなくとも肌の感覚で何となく温度が分かるようになっていた。
その感覚では今の室温は80度前後、もう1押し温度が高くてもいいと言える。
そう判断したジンは、サウナストーンに近づき、
「ロウリュ失礼します」
その声に対し否定は無かった。誰しもが無言で頭を下げロウリュに感謝を示した。
それを確認してから彼はサウナストーンに水をかけると、幾度となく見た白い蒸気がサウナ室を満たした。
サウナ然とした温度に戻ったところで2度目の汗を流す。
そして2度目の水風呂の後、外気浴をデッキチェアで過ごしていると朝日が昇り始めた。夜から朝へと変わり太陽の光が全身を包む。
普段とは違う状況で向かえる朝は、たまらない解放感を与えてくれる。
そのままでは寝てしまう程の幸福だが、ここで寝てしまえば風邪は確実。なのでその前に身体を温めて浴場を出ることにする。
浴場から部屋に戻る廊下でジンは後ろから声をかけられた。
そちらを振り向くと、そこには女将が立っていて、笑顔を向けていた。
「どうですかぁ、サウナの方は」
「最高でしたよ。俺の話しだけでよく再現できましたね」
「そりゃあもう。おかげでこのあたりの旅館でウチに適う宿はないですよぉ」
悪い笑みを浮かべる女将。
「また休みが取れたらお邪魔しますよ」
「お待ちしてますよぉ。こうなったら、勇者の御用達旅館って名乗れますね」
どこまでも商売が美味い女将と別れて部屋に戻る。
そして4人で朝食を取り、お土産を買って荷物をまとめる。
「1泊だけだったけど、しっかり休めたわね」
「何もしないで温泉だけ浸かってたからな」
ジンとミリア手配をしたドラゴンが来るまでの間の雑談に興じていた。
「これを機に王都の方でもサウナが流行るかもね」
「サウナ室を作るのにしても、金も時間も労力もかかるからな。普通の宿屋じゃ無理かもな」
「そうねぇ。なら私たちの家に作る?」
「ミリアもすっかりサウナにハマったみたいで嬉しいよ」
そんなん話をしてるうちに、お土産を買い終わったティエラとエオンも合流した。
「……良いのあった」
弟たちへのお土産を大量に買い込んだエオン。
「次に来れるのはいつか分かりませんからね」
自分用の酒を大量に買い込んだティエラ。
それぞれが満足する形で、4人の休暇は終了した。
数日後。
「それじゃ、始めましょうか」
ジンは全員が集まった事を確認して仕切り始めた。
場所は王都でも有名な料理店。あらかじめ予約をし、男女が同じ数になるように調整して今日を迎えていた。
「まずは自己紹介から行きましょう」
そう言って順番に振り、名前や趣味などを言わせていく。
「リンデといいます。仕事は執務官をしています」
その言葉に男性陣からは歓声があがった。
「執務官ってエリートじゃないですか」
「男性が放っておかないでしょう」
「い、いえ。そんな」
微かに照れながらリンデは否定する。
そう。現在は合コンの真っ最中だった。
休暇申請を通す代わりに彼女に持ちかけたのほ合コンのお誘い。日本では御馴染みの光景だが、この世界には合コンは存在していなかった。
独身の男女を揃え、一緒に食事をしながら会話をすることで、恋人を得るチャンスを作る。男女ともに目的が一緒なのだから確立は遥かに高い。
ジンが男性側の面子を揃え、ティエラが女性側の面子を揃えた。
あらゆるコネを使い、男性側は王に仕える執事や兵士などを集め、女性側はリンデを含めた執務官や王女の家庭教師などを集めた。
慣れない合コンだったが、事前にジンが男性陣に話しを盛り上げるコツや、女性に対して気を遣えというレクチャーを施していたため、思った以上に場は盛り上がった。
「それにしても、ジンの世界には面白いものが尽きないですね」
合コンの見届け人として参加していたティエラは呟く。
「俺自身は合コンなんて、学生のころに数合わせで参加したくらいだったけど、その知識が役に立ってよかったよ」
芸は身を助けるというが、本当に何が役に立つか判らないなと、心中で思うジンだった。
そして、この合コンがきっかけで、一大合コンブームが到来するのだが、それはまた別の話。