サウナ#3
「…………寒い」
「上着ありますよ。羽織りますか?」
凍えそうになっているエオン上着をかけてやるティエラ。
彼らは予定どおり旅館に向けて出発していた。通常であれば陸路を使って1週間。しかし今回は2時間で目的地に着ける予定になっている。
その理由はいたってシンプル。陸路ではなく空路、そしてドラゴンを使っての移動による時間の短縮だった。
ドラゴンというのは、一応人間に懐くものがごく少数だけ存在した。全長20メートルを超える巨体に人を乗せ飛行すれば、それだけで最速で目的地に到着できる。
「2時間、暇だな」
飛行機などとは違って、屋根や壁のない吹き曝しの状態に椅子だけ設置されている故にカードゲームや、御馴染みの酒盛りはできない。
ただジッと景色を眺めたり、眠ったりで時間を潰すしかないのだが、風が強くて眠りづらい。ないので、真っ直ぐ前を向いて時間が過ぎるのを待つのみだった。
そして本当に何もする事が無いまま2時間、景色だけは大分変わった。周りは火山に囲まれて気温も上がっている。
「そろそろ着きますよ」
ドラゴンの操縦士がジンたちに声をかける。
ドラゴンはどんどんと高度を落していき、最終的に開けた岩場に着陸した。
「やっと着いた」
「陸路よりはマシでしたけど長旅でしたね」
「エオン、着いたよ」
「……着いた? ……暖かい」
寒さに震えながら包まっていたエオンは、気温が上がっていることに安堵のひゅじょうを見せた。
全員がドラゴンの背中から降りると、操縦士の合図で再び巨体が飛び立っていった。
その風圧を感じながら見送り、4人は目的の宿屋に向かった。
そこは温泉地として有名であるがゆえに人の往来も上々、観光地としても申し分ない。
目抜き通りには多くの露店が並び、土産物や食べ物を売りまくっている。そこを通り抜けると今度は静けさが全体を包む。基本的に宿しか見当たらなくなり、賑わいより静寂で居心地のよさを追及していると言えた。
そして迷うことなく、1件の宿の暖簾をくぐった。
「ごめんくださーい」
ジンが声を張ると、奥からパタパタと足音を響かせながら人が現われる。
「いらっしゃいませー。宿泊のお客様で――あッ」
客の姿を確認すると、喜びの表情を見せた。
「いらっしゃいー。早速来てくれたんですねぇ」
のんびりとした口調の女性が出迎えてくれた。
「ご無沙汰してます。ユナさん。サウナが楽しみで来ちゃいましたよ」
「フフフ。貴方のおかげで、サウナは好調ですよぉ」
その笑顔は客が喜んでくれることに対しての喜び半分、儲かっている事への喜び半分といった具合の笑顔だった。
(相変わらず、商売のことになると悪い顔するな)
ジンは心の中で呟く。
「ささ、立ち話もなんですし皆さんはお得意様ですから、良いお部屋をご案内しますよぉ」
マルを先頭に宿の中を歩く。その間にも泊り客と思しき人たちとすれ違う頻度は高く、宿の人気ぶりが窺えた。
「ねぇジン。私たちそのサウナっていうのが何か聞いてないんだけど、どんなものなの?」
ミリアが尋ねると、彼は少し難しい顔をした。
「サウナを口で悦明するのは難しいんだよな。風呂と違ってお湯に浸かるわけじゃなくて、蒸気の籠った室内でジッとしてるんだ。それで汗を流す」
「それホント?」
疑わしそうなミリア。
「汗をかくだけですか? それなら運動した後にお風呂に入れば良いのでは?」
ティエラもよくわかっていないらしい。
「……ジャングルみたいな?」
エオンもわかっていない。
「ワタシも最初聞いた時は、どういうことかと思いましたがぁ、経験してみれば気持ちよさは分かってもらえるはずですぅ」
そんな説明を受けながら部屋の前に着く。
家族用や大人数で泊れる大部屋などもあるらしいが、彼らに用意されたのは1人1部屋の個室だった。
「一応、若い男女様ですから気を使いましたぁ。お風呂とサウナは入り放題ですので、いつでもどうぞ~」
そういってユナは去っていった。
ジンたちは荷物を置いたところで、4人は1つの部屋に集まった。
「で、サウナって何?」
やはり気になっていたのはミリアだった。先ほどは曖昧な感じで終わってしまったので、なるべく丁寧に説明する。
「サウナっていうのは、いわゆるリフレッシュ方法の1つなんだ。運動とは違う汗のかき方で、高温の湯気の中で汗をかき、火照った水風呂で身体を冷やす。というのを繰り返すことで心身の疲れを取るんだよ」
「ふーん。それがジンのいた異世界で流行ってるの?」
「あぁ、日本でも人気だよ。ただこればっかりは、実際に体験しないと気持ちよさは理解できないさ。しっかり作法も教えるから体験してみなよ」
ジンにそう言われ、ミリア、ティエラ、エオンの3人は実際にサウナを体験してみることに決めたのだった。
部屋を後にした4人は、着替えをもって浴場へと向かった。
「サウナの作法はさっき教えた通りだ。じゃあな」
そう言い残し、ジンは男湯に消えた。
残された女性3人は、一瞬だけお互いに視線を向け、意を決して女湯の暖簾をくぐった。