サウナ#2
「却下です」
無常にも突き返される書類。
「なんでですか。書類に不備など無いですし、休息は権利ですよ」
ジンが目の前の女性に喰ってかかった。
ここは王都セイト。その執務室だった。ジンたちを雇い、庇護を与えているのは国であり、依頼を与えているのも国だった。そして、休暇届を却下したのも国だった。
「確かに休息というのは必要です。私も週休2日制ですので」
「なら」
「しかし、あなた達はこの国の最高戦力。あなた達が休暇でこの国にいないときに、魔王や手下が現われた場合、どうしますか?」
怒っているとも取れる目つきの鋭さ。気の弱い人間なら、その目で睨まれれば竦んでしまうかもしれない。
ジンは、アンタらがどうにかしてくれ。という言葉を飲み込んで執務官に詰め寄る。
「過酷な労働を長期間続けるとどうなるかご存じですか?」
「? 心身に悪影響を及ぼすことは理解しています。ですから、休暇を認めていないのではなく、あなた達にはこの国で休暇を過ごしてほしいとお願いしているのです」
一歩も引く気配がないので、ジンはブラック企業の辛さを語ることにした。
「休暇を楽しむ事も奪われ、仕事のためだけに生きている日々がもたらすのは、無です。貴女は休みに何をしますか? 友人たちと食事や買物を楽しみ、明日の英気を養うでしょう。一方の我々は心をすり減らして、死ぬまで国だけを守れば良いんですね?」
ジンが多趣味な理由、それは自身が勤めていた会社がブラック企業だった事にある。日々を忙殺される中で、唯一の楽しみはキャンプ雑誌や旅行雑誌を眺める事だった。
現実逃避の手段だったが、体調を崩し死ぬ寸前で会社を退職したのをきっかけに、1年ほどを趣味に費やした。
その時の充実した気持ちと、趣味を継続するために働こうという好循環。ほどほどに働いて、しっかりと休む。それがジンの持論だ。
「確かに、言わんとしていることは理解できます。しかし、立場というものがあるのも事実です」
議論はへ抗戦を辿り、決着は付かないまま時間だけが過ぎていく。
しばしの間2人で見つめ合い、ジンは口を開く。
「わかりました」
「わかってもらえましたか」
明らかに安どの表情を見せる執務官。
「国王に直談判させてもらいます」
「!? わかってませんよッ!! 国王様はお忙しい身です。例え貴方でも直談判なんて許されません」
その言葉は疑わしい。
(あの呑気なオッサンが忙しそうにしてる所なんて見た事ないぞ?)
ジンの考えていることを見透かしているかのように、執務官は釘を刺してくる。
「国王様に直談判などすれば、永遠に休暇申請を拒否しますからね」
「……それなら俺にも考えがあります」
それは男の戦いの始まりを意味していた。
その日の夜、4人はリビングに集合していた。いつもであれば夕食後のゆったりとした時間が流れているはずだが、誰にも笑顔は無いままテーブルを囲んでいた。
「それで、次の手は考えてるの?」
ミリアがジンに聞く。
「いや、全くない」
執務官には考えがあると言ったものの、その実いいアイデアなどは思いついていなかった。だからこその会議と言えた。
「執務官はリンデさんですよね? 何度か話したことがありますが、彼女は仕事に真面目で実直ですから、融通は利かないかもしれませんね」
ティエラの所属は王家直属の騎士。いわゆる出向扱いでジンたちのパーティーに席を置いているので、そのあたりの事情に詳しい。
「……それ、堅物って言わない?」
物は言いようだよ、とエオン。
「真面目でも堅物でも同じことさ。彼女を説得できなければ、温泉もサウナも無いって事だ」
ジンが言うと、皆は口を引き結んだ。なにか解決策を見出さなければいけない。
「簡単なのは賄賂よね」
「ミリアお前。とんでもない発言したな」
公務員に賄賂は聞かない話ではないものの、真面目な執務官相手に賄賂は下手をすれば警察沙汰だ。そうなれば温泉どころか、牢屋に直行だった。
「賄賂って言ってもお金じゃなくて、ちょっと豪華なお土産くらいよ」
「……美容品とか、お菓子とか?」
「たしかユナさんの宿でも、硫黄を使った美容品が置いてあったな」
「どれも釣れないでしょうね。完全に仕事と私事を分けるタイプですから」
多少でも彼女の人となりりを知っているティエラに却下されると、成功の確率は低そうに思える。
「何か仕事と結びつけるのはどうかしら」
「確かに。仕事で行くとなれば、止められないかもな」
ミリアとジンが頷く。
しかし、すぐさまティエラが口を開く。
「否定ばかりで申し訳ないのですが、仕事で行けば報告書の提出が義務になります。その報告書の確認はリンデさんです。架空の仕事で彼女を納得させることができる報告書を提出できますか?」
無理だった。勇者だなんだの言われているが、結局はサラリーマンと変わらない。地方での仕事となれば、最終的には報告書の提出が必要で、しかも厳しいチェックが入る。基準に達していなければ何度でも再提出を言い渡される。
「……報告書は、嫌」
報告書の枚数が少ないという理由で、毎回のように再提出を食らっているエオンが嘆きの声をあげる。
物でも釣れないし、仕事とも言えない。本当に休暇として申請をしなければならないらしい。
「なぁ、何かヒントになりそうな事は思いつかないか? どんな小さなことでも良い。あの人が好きそうなこと、喜びそうなこと」
ジンはティエラに向けて促す。こういう場合は黙ってはいけない、何でも良いから会話をし続けることが解決に結びつきやすいことを彼は前世で学んでいた。
「もしかすれば、という事なら1つあります」
「ほぅ、それは?」
「誰にも言わないでくださいよ? 少なくとも私から聞いたという事は伏せてください。……彼女、実は悩みがあるらしく、何というか」
ティエラは少し迷いながら、一呼吸挟む。
「実は、恋人が出来ないことを悩んでいるようなんです」
ティエラ曰く、仕事仕事の毎日と自分の愛嬌の無さ、そして目つきの悪さが原因で恋人が出来ないことに悩んでいるらしかった。
(確かに、睨まれてる感じはあったかもな)
彼女にしてみれば、普通に目を合わせているだけなのだろうが、どうにも迫力が勝っていた。
「なるほどね、確かに悩みだわ」
ミリアが唸るとティエラも頷いた。
「本人も出会いの場を探しているようなのですが、これと言った収穫もないようで」
2人でうーん、と唸っているのは同じ女性として見過ごせない内容からなのだろう。一方で、恋愛などには興味の無さから、エオンは自分の尻尾を撫で始めている。
「恋愛と出会いの場、か」
ジンは少し考え、あることを思いつく。
「出会いの場を提供できるかもしれない」
その案の内容を聞いたミリアとティエラは興味深そうに肯定した。
「そんなものが有るなんて、やっぱり異世界って凄いのね」
「リンデさんには私から話します。その方が信用してもらえるでしょう」
その数日後。
「……申請を、許可します」
「ありがとうございます。お土産は買ってきますよ」
ジンの休暇申請書に判を押すリンデ。
「あの、お土産などどうでも良いので、例の話しは実行していただけるんですよね?」
声を殺しながら彼女は尋ねる。
「勿論。俺たちが休暇から帰ってきたらスグにでも」
同じように声を殺しながら応える。
これで堂々と遊びに行ける事に喚起しながら家に帰ると、既に3人は旅行の準備をしていた。
「遅いわよ。移動の足は手配しておいたから、準備が出来次第行くわよ」
こうして4人の休暇が始まった。