濃い味のラーメン#3
「ありがとう。ついでに中の火で貰ってきてくれたスープを温めて、沸騰したら昆布も入れておいてくれ」
「入れるだけでいいの?」
「ああ。頼む」
そう言ってから、ジンはチャーシュー作りを開始する。
宿屋の主人から借りてきたフライパンを火に当て、程よく温まったところでドラゴンの脂身を1欠け入れる。
だんだんと油が出てきたところに肉を入れて、しっかりと焼き目を付ける。
肉の焼ける匂いが鼻孔をくすぐる。それは鶏肉のようであるが、何が違うのか緑茶のような香りが立ち、肉が焼ける時の独特の酸っぱい匂いが無い。家畜ではなく野生なのだから、もっと獣臭さが来ると思っていたが焼いただけでも、他の獣とは全く違っていた。
「やっぱりドラゴンの肉は高級食材だな」
いくら美味しくとも凶暴なドラゴンなど相手にしたがる物好きはいない。稀に誰かが倒したドラゴンの肉が流通するくらいで、誰でも気軽に口にできるものではないのだが、これは討伐者たちの特権と言えた。
肉の全面に焼き目を付け終わると、ジンはそこに調味液を入れた。液体の中身は醤油をベースに砂糖と酒を混ぜたものだった。
(醤油は苦労したもんな)
調味液を入れる際に、ジンはしみじみと思った。
異世界に来たばかりのころ、食には相応の苦労をした。口に合わないわけではないのだが、慣れない食事というのは多少のストレスになる。地球の海外であれば、日本の調味料などは一応手に入る。だが、自分がいる場所が地球ではない以上、どうやっても故郷の味は手に入らない。
なので作れる人を探した。
ジンたちが活動拠点としている街の、食品を作っている人に片っ端から声をかけて相談すると、快く試作をしてくれる人に巡り合えた。
その結果、ジンはなじみ深い調味料の醤油を手に入れた。現在の職業は勇者という事もあって、いつ遠方に向かうかわからない立場。そのため、醤油だけはお守り代わりに肌身離さずにもっていたのが功を奏した。
「次はスープか」
調味液に浸った肉は、このまま煮込み続けて味をしみ込ませるので、その間にスープを仕上げる事にする。
かまくらの中に戻ると、女性陣3人はなんと酒盛りを始めていた。
「おい嘘だろ」
受け入れられないといった様子のジンに対し、ミリアたちはアルコールの入ったコップを傾けながら笑っていた。
「でさー。私の事絶対に――あ、おかえりぃ」
「おかえりって。何で酒盛りしてんだよ」
「だってやること無いし」
ねー。とエオンとティエラに振る。
「……やること無いし」
「私は止めたんですが、2人がどうしても、と」
エオンは同調し、ティエラは誤魔化そうとしている。だが、ティエラの顔は明らかに酒で赤くなっているし、何より4人の中で誰よりも酒好きの騎士が酒盛りに乗らないわけがない。
「まぁ別に悪いことしてるわけじゃないんだから、ゆっくり呑んでろ」
ジンは溜息を吐きながら、焚火にかけてある鍋の様子を見る。鶏ガラスープの中には昆布が沈んでいるので、それを取り出して再び外で出る。
「アイツらつまみも食べないで酒飲み始めるとか、ストロングスタイル過ぎんだよ」
呆れながらも3人のために、つまみを作る事にした。
昆布を切って、チャーシューの煮汁を少し入れて和える。この時煮汁を入れ過ぎてはいけない。濃い味の感動はラーメンで味わうべきだ。
「本当はゴマくらい振れれば見た目も良いんだけどな」
手持ちにゴマなど無いために諦める。
「ほら、これ喰って待ってろ」
かまくらの中の3人に差し入れる。
「悪いわね。ドラゴンの肉でも焼こうかって話してたのよ」
「何でもいいけど、ラーメン出来上がる前に寝るなよ?」
ミリアの酒を飲むペースが早くなっているようなので一応釘を刺しておく。
「大丈夫。アンタの異世界料理は美味しいからね。食べるわよ」
そう言いながら昆布を1口食べて酒を煽る。
「ッあー。美味しいわねコレ」
「酒で流し込むなよ。オヤジくさいぞ」
「お酒の席なんだから多少は良いのよ」
昆布のつまみをティエラに渡す。
彼女も昆布を1口食べる。
「これは良いですね。昆布のコリコリ感に微かに感じる甘じょっぱい味付けが何とも」
そう言いながらティエラも酒のコップに口を付ける。
エオンもティエラから昆布を受け取ると同じように1口。
「……おいしい」
エオンがそのまま2口3口と食べている光景を横目に、ジンはスープに再び視線を落とす。
鶏ガラと昆布の出汁が十分に出ているスープに醤油と塩を入れる。
(本当はもっとこだわりたいが、時間がかかるし妥協するしかないよな)
スープ1つにしてもできることは沢山ある。だが今の環境ではこれが精一杯だった。
スプーンで少し味を見ると、鶏ガラと昆布の出汁に加え、醤油との相性も抜群。簡易的ではあるが正に醤油ラーメンのスープだ。
スープが完成すれば後は麺のみ。チャーシューの鍋と入れ替えて麺をゆでる。
麺に関しては、手元に中華麺が無い事を受け入れ、別のもので代用するしかない。幸いにもこの世界にはパスタに近い食文化があり、どこの地域の商店街でも比較的簡単に手に入る。
麺の専門店であれば、太い麺から細い麺までが揃えられており、ラーメンに合う太さもしっかり販売されているので、今回は中太の麺を選んだ。
生麺をたっぷりのお湯の中に入れる。麺が踊るように鍋の中で回っているのを確認し、ゆであがるまでの時間でラーメンの最終調理に取り掛かる。
まずはチャーシューを適度な厚さを保ちつつ切っていく。そして4人分の器の中にスープを入れてからすぐに麺を引き上げる。
極寒の地でのんびりとはしていられない。そんなことをすればスープや麺が冷めてしまう。スピードが何よりも物を言う状況でジンは戦っていた。
スープに麺を入れ、チャーシューを3枚乗せる。ネギや卵などは無く、シンプル過ぎるほどの醤油ラーメン。
それを4つ一気に作ると、かまくらの中に運び込んだ。
「出来たぞ、冷めるし麺が伸びるから早く食べよう」
今まで酒盛りをしていた女性陣たちも、酒を置いてラーメンを受け取る。
「「「いただきます」」」
そして4人が一斉にラーメンを食べ始た。
ジンは箸を使い、3人はフォークを使って麺を口へと運ぶ。
ラーメン用の麺ではないものの、代用はしっかりと出来ている。口触りの良い麺とそれに絡むスープ。噛めば口に広がるのは幸せという名の美味さ。
スープを飲んでみると、鶏ガラの出汁と昆布の出汁を感じつつ醤油の存在がしっかりとまとめている。
チャーシューにしてもそうだ。煮込み時間が短いために、ほどけるような食感ではない。しかし、逆に言えばドラゴンの肉特有のしっかりとした肉感を損なうことなく、噛めば噛むほど旨味がチャーシューのタレに混ざりあい、満足感の高い仕上がりになっている。
そして何より、塩分が身体に染みわたっていく感覚がたまらない。
「これだよ。これが欲しかったんだ」
感動の涙を流しながらジンは麺を啜る。
「このスープはクセになりますね。茶色く濁っているように思えるスープなのに、雑味が無い」
ティエラが酔っているとは思えないほどの的確な感想を述べる。
「……ドラゴン美味しい」
エオンはチャーシューが気に入ったようで、3枚のうちの2枚を消費していた。
そしてミリアもまた、ラーメンに満足しているようだった。
「相変わらず料理が得意よね。前に作ってくれたアレ、何だっけ焼き鳥、だっけ? アレも良かったわよね。お酒に合ってた」
ジンは、結局そこかよ。というツッコミが口から出かかったが、今はラーメンの方が優先順位が高く、スープと共に言葉を飲み込んだ。
ラーメンを食べ終えたころには、4人とも満ち足りた表情を浮かべていた。
「いやー、美味かった。醬油ラーメンくらいなら何とか形になるな」
「久しぶりに満足する食事だったわ。やっぱ塩分って偉大よね」
「そうですね。お酒の後のシメには良いです」
「……大満足」
それぞれの感想でラーメンを称える。
余韻に浸りながらかまくらの中から外の景色を眺めると、チラチラと雪が振り始めていた。
「雪が降り始めてるわね。帰るの面倒くさい」
ミリアが溜息を吐く。
「……じゃあ、今日はかまくらで泊っていくのは?」
エオンがあくびを嚙み殺しながら言う。
「それが良いかもしれませんね。泊るのでしたら、もう少しお酒を飲んでも構いませんよね、ね?」
ティエラが再びコップに酒を注ぎだした。
「その酒癖でよく王家直属の騎士に選抜されたよな」
「禁酒して挑みましたからね。選抜試験が終わればお酒が飲めると思えば楽勝でしたよ」
ジンが呆れティエラが酒を飲む。
暖かいかまくらの中で4人は夜を過ごす。
次の日、ジンは二日酔いたちの面倒を見ることになるのだが、それは別の話。