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濃い味のラーメン#1

楽しんでいただければ幸いです

 太陽の光も届かない程の厚い雲のせいで、午前中だというのに薄暗い雪と氷に閉ざされた雪原。本来であれば誰も近づかないような場所だが、今は激闘が繰り広げられていた。


「そっち行ったぞ!!」


 男がえる。目線の先には背を向けて逃げる巨大なドラゴンと、その更に先で待ち構えている仲間の姿があった。


「私がトドメをさせば終わりね」


 杖を持った女が笑顔と共に呪文を唱える。その間にも手負いのドラゴンは女に向かって踏み潰さんばかりに疾走している。


 ドラゴンとの距離が100メートルを切った辺りで、呪文の終了と同時に天から雷が降り注ぎ、ドラゴン直撃した。


 その雷の1つが心臓に直撃したようで、その巨体は走るのを止めて絶命した。


「さすがだな」


 男はドラゴンの巨体を眺めながら呟く。


「その流石っていうのは私に向けられた言葉なのかしら? それともスノードラゴンのことをほめてるの?」


 そう問われると、男は苦笑いを浮かべながら両方だよ、と答えた。


「それにしても、伝説の悪龍を討伐するなんて無茶な依頼だと思ったけど、案外何とかなったな」

 男は話題を切り替えに走った。


「まぁ、私たちのパーティーならできると踏んでの依頼でしょ。なんと言っても勇者ジン様と御一行ごいっこうなんだから」


「勇者と言われてるからって、なに頼んでも良い訳じゃないだろうに」


 男は勇者として日本から召喚された元社会人の陣川忠じんかわただし28歳。最初は戸惑とまどいもあったが1年も経つうちにすっかりと世界に慣れ、子の異世界ではジンと名乗り3人の仲間も集め、冒険と活躍を繰り広げていた。


「誰も成しえなかった事をやれる力を持つのが勇者の資質と宿命よ」


 魔法を使わせれば右に出る者は無いと言われるほどの天才魔導士のミリアが言う。


「そうかもしれないけど、戦う方の身にもなってほしいって話だよ」


「それには一理あるわね」


 などと話していると、遠くから2人に近寄ってくる陰が2つ。


「……寒い、冬眠しそう」


 そう言うのは頭から猫耳を生やした獣人のエオン。彼女は弓使いとしてこのパーティーに属している。


「何言ってるんですか。猫は冬眠なんかしませんよ」


 エオンにツッコミを入れているのは女騎士のティエラ。


「……相変わらず頭固い」


「頭固いとは何ですか。私は至って普通のことを言って――」


「ほら二人とも、ケンカしてんじゃないわよ」


「さすがに冬眠はしないが、エオン言う通り寒い事には変わりないんだから、早く帰ろう」


 ジンとミリアに諭されて、4人は近くの街に戻った。


 街には宿屋があり、豪勢とは言えないまでも1人1部屋でくつろげるようにしていた。


「国王には明日報告するとして、今日はもう風呂入って寝よう」


 ジンは自室のベッドで寝ころびながら休憩する。


「でもその前に飯か」


 自分でも、あからさまに嫌そうな声が出てしまったことに苦笑が漏れる。


 寒冷地ならではの食事情として肉がメインだった。野菜はたいして育たないので、肉を焼くか煮るかなのだが、この宿に1週間ほど滞在して分かったのは、店主のこだわりなのか塩やスパイスをたいして使わないのだ。物流はしっかりしているので、調味料が無いことはないと思うのだが、薄味が基本の料理であるために、お世辞にも美味しいとは言えないものが多い。


 若干の憂鬱ゆううつさを噛みしめていると、ドアがノックと同時に開かれる。


「もうすぐ夕飯らしいわよ」


 ミリアが決して嬉しくはない報告をもたらしてくれた。


「分かった。すぐ行くよ」


 部屋を出て階下に降りると、食事の用意はされておりティエラとエオンは既に席についていた。


「全員揃ったし、頂きましょう」


 ティエラの言葉を皮切りに4人の食事が始まった。


 テーブルの上には、少量の塩と香草で煮込まれたブロック肉と、細かく刻んだ薄味の野菜のスープ。それにパンというメニューだった。


 食材本来の味を楽しめると言えば聞こえはいいが、やはり味が無い。特に今日はスノードラゴン討伐という疲労から塩分が欲しかった。


 普段なら賑やかな食事だが、どことなくみんな口数が少ない。


「さっき聞いたのですが」


 とティエラが口を開いた。


「ここの店主はライテ教の信徒らしいです」


 その言葉に、全員が納得した。


 ライテ教とは、健康をなによりも愛し、不健康をなによりも憎む教えを旨とする宗教だった。


「そうか、それでか」


「この薄味の料理は、野菜が取れにくいのを補うための寒冷地仕様の味付けだったのね」


「……塩が欲しい」


 口に出さなかっただけで、思っていたことは同じだったらしく、同時に溜息が漏れる。


 その暗い食卓に、店主が現れた。


「皆様、どうでしょうか私が丹精たんせい込めて作った料理のお味は」


 ニコニコと人の好さそうな笑みを浮かべている。


「「「「美味しいです」」」」


 それ以外の感想が出てこない。決して不味くは無いのだ、ただ塩が欲しいのみ。


「そうですか、それは良かった。最近は食材に調味液をドバドバとかけてしまう不健康な人が多いですからね。私たちは気に病んでいたんです」


 ジンたちは曖昧な表情をするしかなかった。不健康と言われても濃い味が欲しい。


「皆様に満足してもらえたようで、私も大変嬉しく思います」


 慇懃に頭を下げて、店主は厨房へと戻っていった。


 しばしの無言。誰もがスプーンとフォークを動かしていたのだが、ジンが耐えられなくなった。


「なぁ。……味の濃いもの食いたくないか?」

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