第75話 学園編㉘ 学園祭狂騒曲 1日目 その8
盛んに手を振って呼び込みをしていた遊女を中年男が指名する。
男はほんの少し話をすると直ぐに奥座敷に2人で入っていった。
(あの人本当に独身かしら?)
うずくまりながらもチラリと見た男は独身には見えず、父親と同じような雰囲気を波多野 正美は感じた。
(でもパパ活になっても太パパよね。)
正美自身お金はいくらでも欲しいが、体や自尊心を売るほどではない。
(でも綺麗で抜群のスタイル、コミュニケーション力があれば、私もパパ活してたかな・・・)
自己肯定感が下がりっぱなしの感情が負のスパイラルに陥っていた。
「あんたそんな隅っこで縮まってどうしたんだ?腹でも痛いのか?」
格子の向こうから男の声が聞こえる。
正美は顔を上げて声の主を見た。
「うえぇ・・・」
一目見て嫌悪感が湧き上がり思わず感情が声に出てしまう。
金髪でボサボサの長髪、鼻と唇にピアス、顔の半面にはタトゥーがあり、いかにも軽薄で普通ではないチンピラであった。
(なんでこんな人がここにいるの?場違いも甚だしくない?)
嫌悪感丸出しの正美の表情を読み取った男は、何を思ったのか玄関でやり手を呼び、正美を指名した。
「ハイハイ、波美ですね。直ぐにお通しできますので少々お待ちください。」
生糸の声が聞こえた波美こと正美は、ギョッとして立ち上がった。
「波美ちゃん指名よ、よかったわね。
このまま時間迄誰の相手をすることなく終了するんじゃないかってヒヤヒヤしてたの。」
「ちょっと待ってください!私は嫌ですよ、あんなチンピラ!
断ってください!」
大声が出てしまい失敗したと後悔する。
生糸は表情を変えることなく、正美に近づくと耳元で囁いた。
「それはできないわ。ここは女が春をひさぐ場所よ。
指名されたら原則お断りはできないの。
見た目で判断するのではなく、お話しをしてみる事をお勧めします。
それと見た目はともかく、ここに居る男達はあなたのお父様より権力を持っている事を忘れてはダメよ。」
なかば脅迫と思われる説明に冷や汗が背中を流れ落ちた。
「波美だったか?よろしく頼むよ。」
俯き正座する波美の前に男がドカッと腰を下ろすと、直ぐに料理の載せた御膳が運ばれてきた。
「何だ随分と豪華だな、江戸時代の料理を再現だったか。」
マグロ漬けの寿司、鰻の蒲焼き、八杯豆腐、昆布あぶらげ、金平牛蒡、煮豆、ひじき白和え、切り干し煮付けが一口サイズで盛られていた。
「うん、美味いな。」
男は早速料理に手を付け舌鼓を打った。
「どうした?アンタは食べないのか?
結構美味いぞ、腕の良い料理人が作ったに違いない。
高級料亭でも中々この味とは出会えないぞ。」
正美は先ほどから男の食べ方を観察していた。
(なんて綺麗な食べ方、箸の先端しか使っていない。
お父様が品は食べ方に出ると言ってた。
この人本当は育ちの良い人なのかしら。)
ちらりと男の顔を見るとニヤリと笑い返される。
男の優し気な目元と不敵に上がる口角に胸がトクンと跳ねた。
(あっ!この人素敵かも!)
そう思うと心臓の鼓動が速くなり顔が上気してくる。
正美は心情を悟られたくない一心で料理に手を着けた。
「?!」
初めて見た八杯豆腐を頬張ると和食の旨味が口いっぱいに広がる。
(美味しい!お豆腐の煮ものなのに何!お口が幸せ!)
そうなると箸は止まることを知らず、次々と料理を口に運ぶ。
(いけない早食いになっちゃう!良くお口で味合わないと!
でも、だめえ!次の料理も味わいたい!)
いつもより早く口を動かし咀嚼するとングッと飲み込み、10分ほどで全てを平らげてしまった。
「ずいぶんと食いしん坊さんだな。」
声を掛けられハッと我に返り男を見ると、手酌で酒を楽しみながら正美を見ていた。
「あ、あの!ごめんなさい!お料理が美味しくてつい・・・」
「謝る事はないよ、本当に美味しいものを食べれば人間なんてそんなものさ、それにあんたはJKだろ年相応で可愛らしいもんだ。」
可愛いと言われ先ほどの感情が大きくぶり返すと、体中がカッカッと火照り、胸から下が大汗をかく。
喉がカラカラになり、思わずお銚子を手に取りおちょこに注ぐと、グイッと一気に飲み干した。
「なんだ、照れてるのか?耳が真っ赤だぞ。」
白粉を塗っていない耳を急いで隠すが、時すでに遅しであった。
「本当に年相応で可愛いな、気に入った!
俺の名前は財前 康稔、君の本当の名前を教えてくれるかな?」
真剣な眼差しで見つめられ、抗う気持ちは霧散した。
「波多野 正美です。」
「ふむ、財閥系ではないな君は1人娘か?」
「弟が1人います。」
「ならば跡取りでも無しか、最後に君は処女か?」
「・・・はい。」
「思った通りだ、正美さん俺と付き合ってください。」
康稔は居ずまいを正すと、土下座をして付き合いを申し出た。
(私、どうしちゃったんだろ。
なんか頭がポワポワする。
なにも考えられない。
はいって言えばいいのかな?
男の人に土下座でお願いされるなんて初めてで怖い。
でも断ったらダメだよね。)
グラングランする体を何とか支えているが限界が近いと感じる。
「・・・不束者ですが・・・よろしくお願いします。」
それだけ言うと意識を失った。
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「正美、起きて正美。」
「うーん・・・」
「正美、私が分かる?」
「うん、萌葱ちゃん・・・萌葱ちゃん!」
「よかった、意識はしっかりしてるみたいね。」
「萌葱ちゃんどうして!」
「落ち着いて正美、痛いところはない?」
「うん、大丈夫。どうしてここに?」
「正美がここに来ているって聞いてね。」
「萌葱ちゃん、ごめんなさい!
私あんな酷い事言ってしまって会うのが怖かったの!」
「謝るのは私だよ、正美を連れ出して怖い目に会わせてごめんなさい。
その後も酷い目に会わせてごめんなさい。」
萌葱は正美の手を握ると涙をポタポタと流す。
正美も辛い記憶が蘇り涙を零した。
「許して貰えるとは思っていない、でもどうしても謝りたかった。
私達は新年度になったら学園を去るわ。
だからもう少し辛抱してね。
これからはまた平穏な日常が始まるから。
それじゃ私は行くね。
恋人さんが心配して待ってるから慰めてもらいなよ。
じゃあね、正美。」
「待って、萌葱ちゃん!学園を退学するの?!なんで!」
立ち去ろうとする萌葱の手を掴んで離さない。
「それは事情があって話せないのごめんね。」
「イヤッ!辞めないで!折角お話できて仲直りできたでしょ!
一緒に卒業しようよ!もっと萌葱と仲良くなりたい!
もっといっぱいお話がしたい!」
萌葱は唇を噛みしめ、意を決して語った。
「私は正美とは住む世界が違うの。
正美の知らない怖くて恐ろしいものを相手に戦うのが私の役目。
死と背中合わせの修羅の世界で私は生きている。
だから正美では無理なの、あのビルのペントハウスの出来事を覚えているでしょう、あんなことが日常茶飯事なのよ。
だから私のことは忘れて平穏な世界で生きて。
私がその平穏を守るから。」
涙の乾いた瞳の奥に決意と信念の炎が揺れている。
それを見た正美は生きる世界が違うということを理解した。
「分かったよ萌葱、でも私達、友達だよね。
会えなくてもずっと友達だよね。」
萌葱は言葉を発することなくただ頷いた。
「萌葱が世界を守ってくれるなら、私も萌葱のためになにかしたい。
なにかない?」
「・・・そうね、私の夢を叶えて欲しいかな。」
「分かった、叶えるよ教えて。」
「私の夢はね、生涯ただひとりの男と添い遂げること。
結婚するまで処女を守って初夜を迎えるの。
決して他の男に心を許さず浮つかない。
昼は善き妻として子供を育て、夜は娼婦となり、夫の心をいつまでも惹きつけるための努力を惜しまないの。
夫を信じ、自分を信じてもらうために懸命に尽くし尽くされるの。
最後に看取る時に「貞淑で立派な内助の功」だと褒めて貰うのよ。
私の代わりに正美に実践してほしい。
簡単でしょう、夫唯一人を愛し尽くせばいいだけなんだから。」
正美は自分の結婚感を言葉に出されたようで驚き、そして力強く頷いた。
「任せて萌葱!私が必ず萌葱の夢を叶えてあげる!
絶対に叶えるから!」
「お願いね、正美。じゃあ元気でね!」
そっと手を離すと振り返らずに萌葱は病室を出て行く。
残された正美は毛布に被さり大声で泣き出した。
「悪いが話は全部聞かせて貰ったよ。」
「という事なので正美を大切にしてあげてください。」
「勿論努力はするさ絶対とは言えないけどね。
俺は財前 康稔、財前財閥の筆頭の長男だ。
康子がいつも世話になっている六花の萌葱さん。」
「あら、話しが早くていいわね、ところで何で正美なんですか?
返答次第では康子の兄といえども、ただでは置きませんよ。」
軽く殺気を飛ばしてみるも、ほんの少し目の動きが変わっただけで平然としている。
(見かけより胆力があるみたい。)
萌葱は少し見方を変えることにした。
「怖いな、だが安心してくれ。一目惚れだ。
容姿や仕草、結婚観も俺の好みだ。
気取らず旨い物を美味しそうに食べる姿も好感度大だ。
それに六花と繋がりができるというメリットもある。
君らはかなりの有名人なんだぜ。
俺にとっては親父を説き伏せるのに好条件だ。
どうだい納得できたかな?」
「理想ばかり並べたてるのならばナシですが、ちゃんと現実と自分の利益を考えているのですね、納得しました。」
「よしっ!おっかない友達からのOKも出たし本格的に攻めるぞ。」
康稔が手を差し伸べ握手を求めると萌葱はそれに応じた。
「ところで顔のタトゥーとピアスは本物ですか?」
「フェイクだよ、ただのシールさ。
ピアスも張り付けているだけで穴を開けていない。
これをしてると大抵の女は寄ってこない。
便利なもんだよ。」
萌葱はおどけた康稔の態度にクスリと笑みを溢した。
「萌葱ちゃん急いで!」
萌葱が大見世に戻るとお色直しが始まっている。
茜音に急かされて鏡台の前に座ると、石橋 小春が白粉を持ってやって来た。
「あら、目が腫れぼったいわね泣いてたの?」
「へへ、でもすっきりしました。」
「それは結構。じゃあ始めるわよ。」
メイクを始める小春は、泣きはらした目を目立たなくするために集中して作業に没頭した。
「さあこれでどうかしら!」
鏡に映る萌葱はどことなく、いつもより大人びて見えた。
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1日目終了の大太鼓がテント内に響き渡る。
宴席は最後に客と六花、大夫令嬢、忘八頭領、四具祖の全員記念撮影という名の連判状を以て終了した。




