第66話 薄葉の人生
六花のイラストUPしました
中央下 萌葱
中央上 桔梗
左下 茜
右下 蒼
左上 夜花子
右上 珊瑚
桔梗の数式魔法「視認阻害」を「魔法の絨毯」に付与すると、周りの風景に溶け込み見えなくなる。
試しに全員で乗り、下から狼牙に確認して貰ったところ、「何も見えない」と返答があった。
「横や上から見られない限り、乗員の姿が見えない。」と結論付けて、桔梗の要望通り通学に使用することを決めた。
また「無限に清水の湧く壺」に「温水化」を付与して風呂に設置、家計の節約に貢献している。
更には「死を遠ざける幸運のお守り」の改良量産化に取り組んでいる。
人が持つ微量の気でも効果が現れるように、皆で知恵を持ち寄っているが、特殊な性質の材料の複製目途が立たず、頓挫しようとしていた。
「これブラックダイヤモンドかなぁ?」
お守りを手にとって、まじまじと見つめる珊瑚。
細長い黒い水晶のような見た目で、光を通すと虹色の光が見える。
「ネットで調べたけど、こんな輝き方はしないみたいよ。」
珊瑚から受け取ったお守りを片手に、ノートパソコンから顔を上げ、浮かぬ顔をする夜花子。
「何かの骨か牙に見えない事もないね。」
夜花子から受け取ったお守りを、指でなぞる蒼。
微妙な曲線を描き、先端が尖っている見た目はそれを連想させる。
「そうするとこの世界のモノじゃないかもね。」
「あたちの魔法で「物質創造」は無理でち。」
「お手上げだな!」
萌葱、桔梗、茜とお守りが手渡された時、お守りが嬉しそうに輝いていた事に誰も気づかない。
じゃんけんの結果、お守りは蒼が所持することに決まった。
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「さてと、着物を出しましょうかねぇ。」
11月の半ばの晴れた日曜日の朝、朝食を食べ終わると薄葉が告げる。
六花はすぐに食器を片付けると、薄葉の指示でテーブルを部屋の隅に移動した。
「こことここの畳を外しておくんなんし。」
畳を持ち上げると、鉄製の扉が現れ皆が驚く。
薄葉は懐から鍵を取り出して、錠前を解錠する。
「開けていいか?!かーちゃん!」
茜がワクワクして薄葉の顔を見上げる。
「ようござりんすよ。ゆっくりと開けておくんなんし。」
右の扉に茜、左の扉に桔梗が手を掛け、ゆっくりと持ち上げる。
ギギギと軋む音を立て開かれた扉の先に石造りの階段が見える。
階段には踊り場があり、その先は見えなかった。
「驚いた。こんな仕掛けがあるなんて初めて知りました。」
狼牙は飛び込んでいきそうな茜を抱きかかえ中を覗き込む。
「前の旦那様もこれを知らのうござりんした。
あちきが嫁入り前に建て替えた時に見つけたそうでありんす。
だから何時からこれがあったのかわかりんせん。」
薄葉は狼牙の腕の中でじたばたする茜の頭を撫でた。
「茜、これを見つけた強欲な大工の親方が中に入り込み、死んだ経緯がありんす。」
じたばたしていた茜の動きがピタリと止まる。
「そういうことがありんしたので、入る前に中の換気を行いんす。
ちょっと着いてきくれんすか。」
薄葉は階段の前でしゃがみ込むと、蹴上を外して中の留め金を外した。
「ちゃんと動けばいいのでありんすが。夜花子、蒼、ここを力一杯踏み込んでおくんなんし。」
2人は言われた通り、踏面を思い切り踏み込んだ。
階段の下でボシュと音を立てて、踏面が沈み込んだ。
「良うござりんした。まだ動きんした。足を離してみておくんなんし。」
足を離すと、踏面がポンと元に戻る。
「これはふいごですか?」
「そうでありんすよ旦那様。地下の空気は屋根の筒から吸い出されて、居間の空気が中に吸い込まれましんす。」
「なるほど。それでどれくらい踏みつつづければいいんですか?」
「そうね、前の時は半刻くらいでありんしたね。」
狼牙はニヤリと笑いながら六花に告げた。
「よし、これから1時間ふいご踏みだ。がんばれよ。」
最初ギャアギャアと騒ぎ立てていたが、今は歌いながら交代でふいごを踏んでいる。
狼牙はシークワーサーで作ったアイスを差し入れして皆を労った。
薄葉を先頭にジャンケンで決めた順番で後に続く六花、そして最後尾はお糸を抱っこした狼牙である。
六花と狼牙はヘルメットにヘッドライトを装備して地下に赴く。
ヘッドライトの光は先頭の薄葉を透過して、地下室の暗闇を照らす。
階段の踊り場を二つ経由して、地下室の地面に着く。
地面は石畳で乾いており、薄っすらと塵が積もっていた。
左を見ると倉庫のように木箱が積まれ奥に伸びている。
天井の高さは2mで幅が3m、奥行きが10m位である。
木箱は地面より10cm程高い石の上に綺麗に積まれていた。
「これは全て桐の箱で、中にはわちきが花魁の時に着ていた着物が納められてやす。
簪やら帯、下駄、装飾品、あっ!そう言えばヘソクリもあったような気がしんす。
どこにしまいんしたでありんしょうか。」
なにやら薄葉がソワソワとし始めた。
「お母さん!とりあえず木箱を全部上に持ち出そう!」
萌葱の提案に薄葉は真顔でコクコクと頷く。
六花は身体強化を発動させ、木箱30箱を居間に全て運び出した。
「では、開けます。」
ひと箱目の蓋を持った萌葱の声が若干震えている。
着物の寿命は100年ほどと言われている。
薄葉の着物は最高級の絹や綿である。
既に耐用年数を遥に超えている。
果たして着れる着物が1着でも残っているのか。
「やああ!」
萌葱の気合の籠った声と共に蓋が開けられる。
中には着物を包んだ「たとう紙」が見える。
萌葱は「たとう紙」を手に取り、そっと持ち上げ畳の上に置く。
薄葉と目が合い、真剣な眼差しで力強く頷くと頷き返す。
薄葉の細く白い指が留め糸を解き、静かに「たとう紙」を開いた。
「おおっ!」
その場に居た全員が感嘆の声を上げた。
着物は金糸、銀糸の輝きを損なわずに残っている。
萌葱は着物を手に取り、立ち上がると袖を通した。
「ああっ!」
皆が落胆の声を上げた。
着物は縫い目の部分から解けてバラバラになってしまった。
「縫い糸が限界だったみたい。生地は綺麗だから縫い直せばいけるんじゃない。」
蒼は生地を拾い上げ縫い目を確認してうんと頷いた。
「着物は手縫いが基本だから大変でありんすよ。」
「母さん、任せてください。裁縫なら全員得意なんです!」
萌葱が立ち上がり宣言すると、六花全員が立ち上がり、円陣を組むと手を重ね合わせた。
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「ほう、みんな針仕事が上手でありんすね。感心感心。」
薄葉は針仕事を見て、手際の良さを褒めて回る。
任せて問題無いと判断すると、残りの木箱を開けて中身を確認し始めた。
「凄いな、帯、かんざし、下駄。
どれも今じゃ重要文化財級じゃないのか?
素人目に見ても、伝わるものがある。」
薄葉は木箱からものを取り出すと、サラシの上に丁寧に並べ、それらを見た狼牙が感嘆の声を上げた。
「花魁ともなれば、半端な品を身に着けるわけにはいきんせん。
当代一の職人に大金払って、こさえて貰ったものばかりでありんす。」
当時を思い出したのか、目を潤ませ感慨深げに息を漏らす。
木箱の中に西陣織の風呂敷を見つけると雰囲気が一変した。
「旦那様!これ!この風呂敷包を取り出しておくんなんし!早う!」
興奮して声を上げる薄葉に、六花達も興味を引かれ集まってきた。
「おっと、かなり重いぞ。」
風呂敷包を取り出し畳に置くと、押しのけるように薄葉が来て包を解く。縦40cm、横15cm、深さ13cmの重厚な木箱が現れた。
「この中にわちきの人生の証が入ってやす。
またお目にかかる日が来ようとは、思ってもいのうござりんした。」
特殊な錠前のようで、カチャカチャと取っ手を動かす。
やがてカチンと音を立てて錠前が外され、ゆっくり蓋を上げる。
中には和紙で帯封された小判が綺麗に並べられていた。
「すっげー!かーちゃんこれ小判ってやつか!」
「はい、そうでありんすよ。持ってみんすか?」
「うん!」
目をランランとさせる茜に帯封小判を手渡すと、他の全員にも手渡した。
「これが、お母さんの人生の証、なんかとても重く感じる。」
受け取った夜花子がしみじみと語る。
「ふふ、金子もそうでありんすけど、わちきにとっては、こちらのほうが大切な証なのでありんすよ。」
薄葉は書付を開いて皆に見せた。
「これは、わちきが見受けされた時の証文なのでありんす。
わちきを人と認めてくれた前の旦那様との大切な証。
普通の人として生きていくことが許された証文なのでありんす。」
壮絶な薄葉の人生を垣間見た気分になり、落ち込む六花と狼牙。
薄葉は書付を畳むと、胸にしまい込んだ。
「ありゃ、場をシラケさせちゃいんしたね。
わちきの事で気落ちしねえでおくんなんし。
今は幽霊でありんすけどとても幸せなんでありんすよ。」
そう言うと大きく腕を広げる。
六花は誘われるように薄葉の腕の中に包まれた。
目録を作り、木箱に張り付け整理を終えると一度地下に戻す。
時刻は丁度昼時になっていた。
「今日は海老と魚の煮天丼だ。みんなこっちで食べなさい。」
狼牙は調理台に飯を持ったどんぶりを並べ、煮汁に浸した作り置きの天ぷらを乗せると、すまし汁を用意した。
「これで海老と魚は終了だ。よく味わって食べなさい。」
黙って頷くとカッカッカッと天丼をかき込み、直ぐに針仕事を再開する。
狼牙は薄葉と顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
六花は今日の予定を全てキャンセルして、針仕事に打ち込む事に決めた。
薄葉も加わり、今迄聞けなかったことを質問しながら作業を進めた。
「お母さんの姿が見えない時はどこにいるんですか?」
「この家の幽世にいましんす。
あの世とこの世の狭間にもう一軒、同じ家があると思ってくれればようござりんすよ、萌葱。」
この家の幽霊が居て、そこに別荘?本宅?があると理解した。
「お母さんが業界入りした年齢、デビューした年齢、引退した年齢を教えて。」
「珊瑚、業界入りとは遊郭で働きだした年のことでありんすよね。
わちきは遊女の子として生まれ6才で禿になり、15才で新造、これがデビューでありんしょう。
実際に床入りしたのは16才で、呼び出しになったのは18才。
以後、29才で見受けされる迄、位は下がりんせんでありんした。」
少し得意気に話す仕草を可愛いと珊瑚は思った。
「前の旦那さんが亡くなったのは何歳ですか?」
「前の旦那様は55才であの世に行きんした。
腹の上でポックリと、幸せそうな笑顔でありんしたよ。
わちきはね、蒼。
旦那様の幸せな顔を見てとても嬉しゅうなりんした。
愛する男の最期を自分の胎の中で迎えさせた事をでありんす。」
キリッと誇りに満ちた、それでいて優しい笑顔の薄葉を見習いたいと心から願う蒼だった。
「お母ちゃんは何才でちんだんでちゅか?
何でユーレイになっちゃったんでちか?」
「わちきがおさらばしたのは45才でありんすよ。
この姿が死んだ時のままの姿でありんす。
当時の寿命が50才くらいだから、まあ少し若死にでありんした。
おさらばする寸前に酷い頭痛がしたから、頭の血管が切れたのでありんしょうね。
酒に溺れた生活だから仕方ありんせんでしょう。
あの日は何を思ったのか、数十年ぶりに花魁の装束で酒を飲んでやした。
きっと虫のしらせで、綺麗な姿のままでおさらばしたかいんしたと思いんす。
幽霊になった理由はわかりんせん。
ただ、子供が欲しゅうござりんしたと未練はありんすね。」
「お母ちゃん!きっと赤ちゃんできましゅ!
でも、あたち達がいる間はジョーブツしちゃイヤでちゅ!」
桔梗は薄葉の背中を抱きしめ、頬に顔を擦り付ける。
薄葉は桔梗の頭を優しく撫でつけた。
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日が傾き、照明の灯りが手元を照らす頃、皆は密かに撮影する木荒の姿に気がついた。
「木荒さん!何時からそこに!」
蒼が飛び上がるように立ち上がる。
木荒はあちゃーとした表情を作ると、頭を掻いて経緯を説明した。
「今日、久しぶりに全員参加で、チームAとレッスンすると聞いて行ってみると、キャンセルされているじゃないか。
キャンセル理由が着物の縫い直しと聞いてね。これは面白い写真が撮れるとピン!ときてね。案の定イイ写真が撮れたよ!みんなありがとう!」
ニコニコ顔で六花に礼を述べると、狼牙に挨拶をして帰っていった。
「以蔵さん、この写真とても素敵!」
木荒の膝に乗った指差が、パソコンに映し出された六花達を見て、興奮した声を上げる。
「この子達は何を撮っても絵になる。写真家泣かせだよ。」
どれを写真集に載せるか、2人にとって非常に悩みの種であった。
「凄い着物ね。とても派手だけどとても綺麗。」
「学園祭の催しで着るみたいだ。是非とも撮りに行かないとね。」
「わあ!私も見にいきたいわ!珊瑚にお願いしなくちゃ!」
「なら僕の分もお願いしていいかい?莉乃。」
「もう、そんなの当たり前じゃないですか。」
膝の上でクルリと向きを変えて、対面すると口付けを交わす。
木荒は指差を抱きかかえると、事務所の奥へ消えていった。




