第46話 学園編⑦ 茜、伊賀奥義「影分身」を覚える
「この間のテスト答案を返却する。今回満点が2名いたぞ。
朱殷、珠樹、前へ。」
呼ばれた2人に羨望、驚き、妬み、様々な感情の視線が一斉に集まる。
その中で誰とも違う異質で熱の篭った視線がひとつ。
西園寺は紅潮した蕩けるような表情と、熱く潤んだ瞳を茜に向けている。
茜の動きを西園寺の目が追いかけ、横を通り過ぎる瞬間、茜の手をガシッと握り締め頬ずりをした。
「西園寺離せよ、キモイ。」
茜の一言に教室がどよめきたち、「なんと無礼な!」と叫んで、財前が立ち上がり睨みつけた。
「およしなさい、財前さん!ごめんなさい茜様、おめでとうございます。あまりの喜びについ手が出てしまいました。」
名残り惜しそうに手を離すと、手で顔を覆いウフフと小さく笑い、周りに気づかれないように、ペチャペチャと舌で手のひらを舐めた。
「さて2人に質問したい事がある。珠樹、計算式が書かれていないがどうやって解答を導き出したんだ?」
「問題文を読んでいたら自然と答えが分かりました。」
おおっ、教室内がざわめく。
「君は天才なんだな。次に朱殷、この裏面に書かれた解答法は誰に教わったんだ。正直こんな解答法は初めて見た。」
「・・・?ダメだ思い出せない!珊瑚あの先生何て名前だっけ?!」
「遊川教授?面白い先生だったよね!」
「そう!それだ!」
「遊川?京大の物理博士の遊川教授か?!なるほどな、なるほど。」
数学教師は2人に答案を返して席に戻るように指示するが、茜は西園寺の横を通らず、一列隣を通り席に戻った。
授業が終わると直ぐに西園寺が茜の横に座り込み盛んに話かけてくる。
茜は知らんふりをして、珊瑚の方を向き背を向けると、抱き着いてきて背中に頬ずりを始めた。
「うぜえ!財前どうにかしろよ!」
自分の席に座り、プルプルと震えていた財前が、椅子を鳴らして立ち上がると茜を指さして怒鳴り声を上げた。
「できるものなら、とっくにあなたから引きはがしています!西園寺様から手出しを厳禁されておりますので、私ではできません!」
ガタンと音を立てて座り直すと、シクシクと泣き始める。
始業のチャイムが鳴ると西園寺は大人しく席に戻った。
現文の教師が茜に、「今から職員室に行くように」と伝えると授業が開始される。茜は黙って教室を抜け出し職員室に向かう。
職員室でThe執事といった風貌の好々爺が待ち受けており、茜の顔を見ると恭しく頭を下げた。
「朱殷様、西園寺家筆頭執事の伊賀と申します。」
「爺ちゃん強いな!オレと手合わせしようぜ!」
茜は至近距離から伊賀の顔を覗き込む。
あっという間に領域を侵害された伊賀は驚き目を見開いた。
(油断していたとはいえ、この儂にここ迄近づくとは!)
「御冗談を、私はただの老人です。手合わせなどしたら心臓が停止してしまいます。ご勘弁ください。」
努めて冷静に話をするが、茜は疑いの目を止めなかった。
「まあ、いいや。でなんか用?」
「寿子お嬢様のことでございます。朱殷様がお嬢様に「決闘」で勝利されたと聞いております。いや、勝敗についてとやかく言うつもりはございません。そのお願いがございます。」
「なに?」
「お嬢様のお友達になっていただきたいのです。」
「クラスメイトだよ?」
「いいえ、そのような名ばかりの友ではなく、ソウルメイトでございます。公私分け隔てのない親友、マブダチでございます。」
「爺ちゃん、オレこの学校で親友作るなって言われてるんだ。西園寺だけでなくて、誰とも親友にはなれない、ごめんな!」
「いかん!いかんぞ!朱殷!学生時代の親友は生涯の友となる!そんな悲しいことを言ってはダメだー!」
予想外のところから叫び声が上がり、茜と伊賀は声の主を見る。
机のひとつ向こうで目頭を押さえた多湖が立っていた。
「伊賀殿、失礼いたしました。盗み聞きするつもりはなかったのですが、聞こえてしまい我慢できずに申し訳ございません。」
多湖がノシノシと歩いてきて2人の横に立ち伊賀に頭を下げた。
「いいえ、この場で話をしていれば聞こえてしまうでしょう。仕方のないことです。それに多湖先生はとても生徒の指導に熱心な方だ。できれば先生にも立ち会って話を聞いていただきたい。よろしいかな朱殷様?」
「別にいいけどよ。あと朱殷は止めてくれよ。茜でいいよ、先生も茜ってよんでくれよ。その方がお尻がムズムズしなくていい。」
「かしこまりました、茜様。」
「様もいらない。呼び捨てでいい。」
「では、茜。これでよろしいかな?」
「いいよ!」
伊賀は自分自身が茜と本音を言い合える仲になるほうが近道と判断する。
三人は談話室に移り話を続けることにした。
「実はお嬢様ですが、茜を大層お慕いしているのです。何でも「女でありながら、女に至高の悦びを与えてくれた」と。私共ではお嬢様の申されていることが何が何やらの状態でございまして、主治医もお手上げでございます。茜はお嬢様に何をされたのでしょうか?」
茜は頭をひねり、うーんと唸りながら考える。
「しゅ、じゃない茜の気功が原因ではないのか?」
あっ!と顔を輝かせると「それだ!」と叫んだ。
「萌葱の悪戯技なんだけど、子宮を気で揺さぶって、ポルチオイキっていうのをさせるんだよ!チンコでかい男でないと難しいらしい。」
「それを茜がお嬢様にやってみせたという訳ですな。体に害はないのですかな?」
「わかんね!でもよオレ、ポルチオイキしてるから大丈夫なんじゃね!」
「茜は性交経験があるのか?!」
多湖は驚きのあまり腰を浮かせた。
「あっ!いけね!2人とも内緒な!」
「個人情報を漏洩するわけにいかんからな。しかし、相手は誰だ?場合によっては青少年保護条例に抵触するぞ。」
「秘密!でもよ将来のオレの旦那様だぞ。オレは旦那様の子供をそうだな、10人は産むぞ!だから聞かなかったことにしてくれ!」
ニシシと子供のように笑う茜を見て、多湖の胸中は複雑になった。
「特に健康上の悪影響が出るわけでは無さそうですね。それで話をお嬢様に戻しますが、現在たいへん心が不安定になっております。
俗に言う「メンヘラ」でございます。常に茜の所在を気になされ、目につかない場所で、他の女性と仲良くされていないかと気にされております。
「決闘」直後などは過呼吸を起こすありさまでした。
精神科医が言うには、今まで重圧で押し込められていた感情の蓋が壊れてしまい、制御ができなくなっているのだろうと申しております。」
「んで、オレにどうしろと?」
「そこで親友になってもらい、お嬢さまの心に安心と平穏を与えて欲しいのです。」
「えーめんどくせーよ!」
「そこを何とか!学園にいる間だけでも構いません!家に帰れば医者と投薬で精神の安定を図ります!どうか儂を助けると思って!よろしくお願いします!茜!」
伊賀は茜が言葉と裏腹で心優しく、面倒見が良いことを見抜いている。
その茜の性分を利用してでも、寿子の心を治療したいと考えた。
「しょーがねーな、学園にいる間だけだぞ。卒業したら親友やめるからな。それとオレからも条件がある。爺ちゃんの必殺技を見せてくれ!強いんだろ!オレ必殺技が欲しいんだよ!」
伊賀は茜になら伊賀流忍術奥義を見せても構わないと決断した。
「分かりました。そのかわりにお嬢様の親友、しっかり頼みましたぞ。」
「おう!任せておけ!」
伊賀の差し出した手をしっかりと握る。
その時、テーブルに置かれていた多湖のスマホに着信が入り、待ち受け画面が表示される。
多湖と同年代の女性が仲睦まじく一緒に写された写メであった。
「先生、その女の人、恋人か?」
「ああ、見られたか。フィアンセだ。誰にも言うなよ。」
「言わねーよ!先生にはオレの秘密知られたからな!」
秘密を知った同士、口外無用の協定が結ばれた。
茜、伊賀、多湖の3人のみの道場で、伊賀の奥義披露が始まった。
「実際に技を受けた方が覚えも早いでしょう。」
伊賀の提案で茜が技を受ける事になる。
伊賀と対峙した瞬間、雰囲気が変わり殺気が四方に放たれる。
茜の心は久しぶりに向けられた殺気に心踊った。
「奥義の名は「影分身」、では参ります。」
殺気が霧散すると気配が消失する。
茜は気配を感じ取ろうとして本能的に目を閉じ、知覚範囲を広げようとしたが中断した。
(やべえ、やべえ!危うく迎撃するところだった!)
そう思っているところに伊賀の体が3つに分身して、猛スピードで近づいてくる。
(足のステップ、間合いの詰め方、気配の出し方、いただき!)
茜は「影分身」の出し方を分析し、更に独自の動きを追加するに至る。
伊賀は無抵抗に立ち尽くす茜の喉元に、手刀を寸止めすると息を吐いた。
「いかがでしたか?茜。」
「うん!面白い!ちょっと遅いけど、新技のヒントになった!」
「ほう、それはよかったです。」
「ちょっと試していいか!」
「是非ともお願いします。」
茜はバク転しながら10m程距離を取る。
その場でトントンとステップを取り、徐々にスピードを上げていくと、9つに分身した。
「?!」
伊賀の最盛期の分身が5つに比べ、2倍近い分身量に髪が逆立った。
(何という身体能力!しかもまだ余裕を残しているだと!)
茜は「いくよー!」と叫ぶと、宙に飛びあがり気弾を放つ。
伊賀は目に見えないが、確かな力の放出を感じ動けずにいる。
周りの床にドンドンと力の着弾音が聞こえたかと思うと、9人の茜が人体の急所を寸分たがわず寸止めしていた。
圧勝であった。
もし、回避行動を取っていたら、目に見えない力で叩きのめされたであろうことを理解した。
乾いた笑いしか出ない。
9人の茜がニコニコ笑っているのが見える。
伊賀はにっこりと笑って「参りました」と告げた。
不思議と悔しさはなかった。
それよりも喜びと安堵が上回っていた。
(ああ、儂は伊賀の忍術を絶やすことなく引き継いだ。偶然かもしれんがそれでもいい。)
「確かに継承しましたぞ。」
その後、伊賀は寿子と西園寺家を頼むと告げ茜の手を握る。
「爺ちゃん!西園寺家って何だよ!」
伊賀は「いずれ時が来れば分かる」と言い残し道場を後にした。
「先生!爺ちゃん訳わかんないこと言ってたぞ!」
多湖は放心して立ち尽くしていたが、茜の一言で正気に戻った。
「茜、お前は凄いな。長いこと教師をしてきたが、お前のような生徒は初めてだよ。茜、剣道部に入って日本一を目指さないか?茜ならなれるぞ、先生が保証してもいい。学園内にいる限り、西園寺から離れられないんだ。暇つぶしでもいい、剣道をやってみないか?日本一だぞ?いや世界一だな!地球一でもいいかもしれん!」
「地球一かぁ。面白いかもしんないな!」
「そうだ!面白いぞ!」
「わかった!剣道部に入部する!」
2人は一頻り「わはは!」と笑い合いあうと、ガシッと握手を交わした。
多湖と別れて尿意を催した茜はトイレに向かう。
男子トイレの前に差しかかろうとした時、飛び出してきた女と接触しそうになり、すれすれに避ける。
茜は女から発する独特な匂いを嗅いだ。
「あんた、ここ男子トイレだよな?」
女は真っ青になり、顔を隠して走り去っていった。
茜は追いかけることなく、女子トイレに駆け込んだ時、男子トイレから2人の男の声が聞こえてきた。
「ちっ、1発しかできなかったぜ!」
「焦るな焦るな。どうせ今晩、呼び出せばいい事だ。」
「そうだな、嫌がったって結局来るもんな。あの淫乱ビッチ。」
2人の男の笑い声が遠ざかっていく。
茜は便座に座り、ショーと勢いよく放尿しながら、女の顔を思い出そうとしていた。
(すげえ最近見た記憶があるんだよな。あとあの匂い、精液だよな。)
トイレを流し、必死に思い出そうして、考えながら廊下を歩いていると、多湖が職員室から出てエレベーターホールに向かうのが見えた。
「思い出した!先生のフィアンセだ!ここの先生だったのか!」
茜は駆け出し、多湖の後を追いかけエレベーターに飛び込んだ。
「危ないぞ茜!」
「先生のフィアンセってここの先生だよな?」
ボタンを押そうとした多湖の手が止まり、ギギギと茜に首を向けた。
「どうしてそれを?」
「さっき偶然すれ違ったんだ!どっかで見た女だなと思ってな!」
多湖の目が宙を泳ぐのを見て、ビンゴだと確信した。
「バレたなら仕方ないな。3年で数学を教えている矢吹先生だ。本来なら3年になる迄接点がないから、バレないと思ったんだがな。案外するどいんだな茜は。」
多湖が2学年フロアのボタンを押すと、エレベーターが動き出し、すぐに到着した。
「茜、次の授業にあまり遅れないようにしろ。また放課後にな。」
多湖が降りると1学年フロアにエレベーターが動き出す。
茜は神妙な顔つきで1-Fに向かった。




