第43話 学園編④ お嬢さま方の部活動を見学する
「花園さん、杜若さん、初めまして。私、伊集院 侑加と申します。2-Fの委員長を務めさせていただいております。今後ともよろしくお願いします。」
伊集院の突然の挨拶に萌葱と桔梗が席を立ち、ペコリと頭を下げる。
細い眉、切れ長で一重まぶたの目、通った鼻筋、薄い唇、血管が透けて見えそうな白く薄い肌。
前髪長めのノンレイヤーロングの黒髪は、赤いリボンで一つにまとめられ、背中で切り揃えられている。
背丈は萌葱と変わらないが、華奢な首筋は無駄な贅肉がないスリムな肢体を容易に想像させる。
一見巫女を連想させる純和風の美人だった。
「こちらこそよろしくお願いします。」
「侑加ちゃん。わたち、おバカなの。でも仲良くちてね。」
萌葱に続いて挨拶をした桔梗がニパッと無垢な笑顔を向けると、伊集院の眼つきが一瞬、猛禽類の目となったのを萌葱は見逃さない。
伊集院はすぐに目を糸のように細め、桔梗の手を取りギュッと握った。
「はい、桔梗ちゃん。仲良くしましょうね。」
子供をあやすように答えると、握った手を頬ずりし始めた。
「えっ?伊集院さん?」
「花園さん、私と桔梗ちゃんはお友達になりましたの。これは友情の証のスキンシップです。ね!桔梗ちゃん!」
「そだね、侑加ちゃん!あたちと侑加ちゃんは友達!」
伊集院はキャーと叫ぶと桔梗に抱きついて、首筋の顔を埋めた。
「桔梗ちゃん、いい匂い。ずっと嗅いでいたいわ。ふよふよした体もとてもいい抱きごごち。どんな味がするのかしら?」
桔梗の耳元で囁くと、首筋を甘噛みして舌をチロチロとさせた。
「キャハハ!くすぐったいよ侑加ちゃん!」
手足をバタつかせる桔梗を見て、萌葱が伊集院を引きはがそうとする。
「伊集院さん、そのちょっと過激すぎるような気がします。」
伊集院の肩を持ち、力を入れるが離れない。
(思ったより力が強いのかな?)
再度、力を入れようとした時、始業のチャイムが鳴り、伊集院が桔梗から自ら離れる。萌葱に振り向いた顔が紅潮し、唇が紅を指したように赤く見えたが、すぐに元通りの顔色になった。
「花園さん、ごめんなさい。あまりに桔梗さんが可愛いので夢中になってしまいました。桔梗ちゃん、今日のお昼は私と一緒に食べましょう!たくさん御馳走してあげる!」
「うん!わかった!」
名残り惜しそうに手を離すと自分の席に戻っていく。
桔梗の首筋のキスマークを見て、絆創膏を貼り付ける萌葱だった。
放課後、部活動を行うか、帰宅部にするかを話し合っている夜花子と蒼の元に、2人の生徒が訪れた。
「濡羽 夜花子さん、金青 蒼さん、あなた方演劇に興味ないかしら?私は演劇部部長の綾小路 理恵子です。」
男のように短く切った髪と太い眉が特徴の男顔美人である。
身長は170cm近くあるだろうか、背丈は蒼とさほど変わりないが、体つきのメリハリに大きな違いがある。
蒼は綾小路の体つきを見て心で舌打ちをした。
「二人とも背が高いし綺麗な男顔をしている。絶対に舞台映えすると思うんだ。今年のMr.ミスカトニックも夢じゃない!あっ失礼!私は京極 恵三子、副部長です。」
身長は茜とどっこいだが、肉付きがよいぽっちゃり体形である。
目は大きいが鼻が低く、おちょぼ口、額と頬にニキビが見える。
赤ブチの丸メガネを掛け、天然パーマの髪を無造作に二つに束ねていた。
「ちなみに去年のMr.は利恵子なんだ。すごいでしょ!」
友達の栄誉を嬉しげに語る姿に少し好感度が上がった。
「そういう恵三子は実力試験学年1位じゃないか!そちらの方がよほど凄いと思わないか?!」
表情で友達の偉業の凄さを語る姿に好感度が上がった。
「ちょっとお時間をください。」
夜花子は凸凹コンビに伝えると蒼と手を引き少し離れた。
「悪い奴らではなさそう。なるべく早いうちに学園内で繋がりを持ったほうが、情報収集が楽よね。」
蒼に耳打ちすると、凸凹コンビをチラ見する夜花子。
「2人とも有名人だし、色んな情報の入手が期待できるね。でも演劇部かぁ。小学校の学芸会以来だわ。」
「あの時は蒼は木で、私は雑草だったわね。セリフ無、顔だけ覗いてるってなんて罰ゲームと思ったわよ。」
2人は思い出し笑いをこらえた。
「綾小路さん、京極さん、部活動を見学させてください。入部するかはそれを見て決めようと思います。」
「濡羽さん、よい判断です。では部室に案内いたします。」
綾小路は親指を立てると、先立って文化部フロアに向かい歩き始めた。
放課後、萌葱と桔梗は伊集院に手を引かれ茶道部を訪れる。
部室入口の戸が開かれると、中に小さな庵と庭園が現れた。
「え!ここ室内ですよね!」
「すごいよ!おうちの中におうちがある!」
2人の驚いた顔に満足したのか上機嫌で部室の説明を始めた。
「この庵は当家所縁の師範をお呼びする為に、特別にお父様に作っていただきました。」
伊集院が胸を張り、誇らしげに話す。
2人はホヘーと感心しながら庵と庭を見まわした。
「ささ、お二人とも先生と部長がお待ちです。こちらへどうぞ。」
躙口を潜り、8畳の和室に入ると和服を着た老人と20名を数える生徒が正座をしていた。
「先生、部長、見学者を連れて参りました。」
師範は紹介された萌葱と桔梗を見るとニコリと笑い、「楽にしてください」と一声かける。
伊集院は「恐れ入ります」と返して、2人を壁際に座らせ、「無理に正座しなくていいよ」と耳打ちして、正客の席に腰を下ろした。
師範の説教が始まり、皆が耳を傾ける。
難しい言い回しであったが要約すると、「型から入る」を良しとし「守破離」を学び、「一期一会」の精神で客人をもてなすと言っていたと、後ほど伊集院から聞かされた。
「あ”ー、お茶苦いけど胃がスッとするよー」
昼食時、次から次へとオーダーする伊集院のご馳走を、片っ端から平らげた桔梗のお腹は、パンパンに膨れ上がっていた。
おいちいおいちいと漏らす桔梗の食べっぷりを、うっとりの眺める伊集院の表情に、病的な何かを感じるも止める事ができない萌葱。
何度か桔梗に自重を促すが、五つ星級の料理を残すことなど桔梗にはできなかった。
挙句に狼牙の弁当も残さず食べた桔梗に、ある種の敬意を払わずにいられなくなった。
「入部については保護者と相談してから返答します。」
部長にそう伝えると、桔梗にしがみ付きクンカクンカしている伊集院を引き剥がす。
部長はかなり困惑した目で伊集院を見ている。
萌葱は桔梗を引っ張り部室を後にした。
「桔梗、伊集院さんと距離を取ったほうがよくない?」
「えーなんで?侑加ちゃん好きだからイヤ!」
珍しく桔梗が萌葱に反抗的な態度を取った。
「桔梗がそう言うならもう口出ししないけどさ。何かあったら必ず相談するんだよ。」
「うん!分かった!」
そう言うと萌葱にぎゅっと抱きついた。
「ねえねえ聞いた!道場で編入してきた1年が、西園寺様に酷い辱めを与えたんですって!」
「それに多湖先生にも暴力を振るったという話よ!」
「西園寺様に何かしようとする怖いモノ知らずが、この学園にいるなんて怖い話よね。」
「西園寺様に何かしたなんてお父様に知れたら、絶縁されてしまうわ!」
3人の生徒が話しながらエレベーターに乗り込んで行く。
萌葱と桔梗は顔を見合わせて頷いた。
「茜ちゃんと珊瑚ちゃんだよね。」
「間違いないね、何をしているんだか。」
スマホを回収してグループLINEでやり取りをすると、神田から走ることになる。萌葱としても少々運動不足だったので、カロリー消費は思うところであった。
神田駅で降りて地上に出る。
都会ならではの喧騒に少し心が躍る。
(何か面白い事が起きないかな?)
頭の中で面白い事が起こることを期待して走り出した。
演劇部の部室に到着する。
中に入るととんでもない量のキラキラした衣装が出迎えた。
「凄い量の衣装ですね?何着あるんですか?」
「んー!1000着超えてから数えてないや。」
蒼の問いにあっけらかんと京極が答えた。
「あの、他に部員はいないのですか?」
「うん!演劇部は私と恵三子の二人だけだ。ちなみに部ではなく、演劇同好会なのだがな!」
夜花子は綾小路の返答を聞いて唖然とした。
「えっと、2人で演劇をしているのですか?」
「いいえ、私が舞台に立つわけないじゃないですか。利恵子の歌って踊ってのワンマンショーです。私はマネジメントと舞台裏担当です。
だから2人に入部してもらえれば演劇ができるのですよ!
今ならレギュラー間違いなし!」
興奮しながら鼻息荒く、にじり寄る京極から後退する蒼。
「ねえ、濡羽さん、金青さん、私達と一緒にこの学園の生徒の心を牛耳りましょう!私達の美貌と恵三子の頭脳があれば容易いことよ!」
綾小路も加わり、ハアハアしながら迫ってくる。
「ちょっと落ち着いてください!作戦ターイム!」
夜花子は叫ぶと蒼の手を取って2人から離れた。
「どうするよ、あの2人と一緒だと目立ちすぎないかな?」
「夜花子、私入部してもいいと思ってる。」
「どうして?」
「だってあの衣装の数見てよ!私あれを見て創作意欲が溢れだして仕方ないのよ!部費を使って衣装作りたい放題よ!私にとってここは天国なのよ!楽園よ!理想郷なのよ!」
「うー、わかったよ。でも一応ママ達に許可を取ってからね。」
「ありがと夜花子!」
蒼が夜花子を抱き上げてクルクルと回る。
凸凹コンビはその様子を見て「尊い」と呟いた。
明日、必ず返事をすると言い残し部室を後にすると、凸凹コンビはエレベーターホールまで見送ってくれた。
スマホを回収してLINEを開くと、狼牙からメッセージが入っていた。
「今日すき焼きか、久しぶりだね早く帰ろう。」
夜花子は蒼の手を引っ張り、スキップしそうな足取りで駅に急いだ。
銀座線で揺られていると、ポコと着信音が鳴る。
見ると萌葱と桔梗からメッセージが来ていた。
「マロニーちゃん?」
蒼は「何で?」と打ち込む。
桔梗の泣きべそが聞こえてくるような書き込みに思わず噴き出した。
「そう言えば最近運動不足だね。私らも走ろうか!」
夜花子の提案で上野駅から走って帰宅することに決めると、首都高1号線に沿って駆け出した。




