第38話 ただ食べてた半日
「昼飯が出来たぞ!配膳してくれ!」
ひゃっほい!と喜び、座卓に料理を並べていく。
昼の献立はカツ丼、吸い物、御新香。
ホカホカのカツ丼から立ち上る美味しそうな匂いが、胃袋を刺激して、口の中が涎の洪水になる。
六花はお腹をキュウキュウならして配膳を終えた。
「いただきます!」
カツは思いのほか分厚く、3cmはあるだろうか。
トロトロの半熟卵と、ほどよく甘辛い出汁の効いた醤油たれが染み込んだ玉ねぎが絡み合う。
コロモがシャクッと音を立て、肉汁とタレが融合して口の中いっぱいに広がる。
口福の瞬間に皆の顔が緩んだ。
言葉が出なかった。
空腹のスパイスも加わった至高のカツ丼をただひたすら食す。
その様子を狼牙は満足げに見ていた。
「ごちそうさま!狼牙!オレ毎日カツ丼でもいいぞ!
ていうか毎日カツ丼作ってくれ!」
茜は殊のほかカツ丼を気に入ったらしい。
「君らはカツ丼のカロリーを知っているのか?
茜、子豚になりたくないだろう?
カツ丼はまあ、2週間に1回だな。」
ショックを受けた茜だが、子豚の単語に恐怖を感じ、それ以上は食いついてこなかった。
「この後は自由時間だ。俺はこれから君らの編入準備の為にクルマで出かける。
多分夕食の時間までに戻れそうにないから、食費を渡しておく。
外で食べてきてくれ。」
「薄葉さんとお糸ちゃんのご飯はどうするんですか?」
「萌葱、心配することはありんせん。
あちしらは別にお腹が空いてご飯を一緒するのではありんせん。
あちしは主さんたちとご飯を食べる雰囲気を楽しんでいるのでありんす。だから、心配せずに外でたくさん楽しんできておくんなんし。」
薄葉はお糸の頭を撫でながらにこやかに告げた。
外はどんよりとしているがまだ雨は降っていない。
六花はお揃いのジャージに長靴、マイ傘を持って浅草寺を目指した。
マイがま口ポーチには1万円札が1枚入っていた。
「なんか、毎度万札が入っていると金銭感覚がおかしくなる気がする。」
「そうだね夜花子。私が思うにお金の使い方も学ばせようとしてるんじゃやないかなぁ。必ず領収書を貰うように言われてるでしょ。レシートも提出してるし。」
「なるほどね。萌葱、読みが深いね。じゃあ私達もよく考えて使わないとね!」
珊瑚は萌葱とグータッチをした。
吉原ソープ街に差し掛かると、呼び込みのオヤジ達がやたらと手を振ってくるのを萌葱が気付く。
後ろを振り向くと、茜と桔梗がオヤジ達に手を振っていた。
「オヤジ達は寂しいんだよ。手を振るとすげえ喜ぶんだ!
ほらそこの喫茶店のオヤジ、ちょっと見ててみ!」
茜と桔梗が小走りでオヤジに近づくとハイタッチを交わした。
「おっちゃん元気か?腰の調子はどうだ!」
「おお、茜ちゃんの顔見たらすっかり良くなったよ!」
「ホントに?ちょっとジッとしてて!」
桔梗が治癒の術を使ってオヤジの腰を擦った。
「ああ、桔梗ちゃんは本当に天使様だよ!
腰の痛みがスーっ消えていく!ありがとう桔梗ちゃん!」
オヤジは桔梗の手を握り涙を流して喜んだ。
「桔梗ちゃん、俺の腰も頼むよ!」
いつのまにか呼び込みのオヤジ達に周りを囲まれていた。
「みんなも手伝って!」
桔梗に慈母の笑顔を向けられて、萌葱達は手伝うより選択肢がなかった。
「私達もヒーリングして貰っていいかな?」
くたびれた顔の女達がオヤジ達の後に続いてやってきた。
「いいですよ。」
ほんのすこし逡巡したが萌葱はリクエストに応えた。
「腰とさ、お腹が毎日痛いのよ。
股関節もさボロボロ、毎朝起きる時に悲鳴を上げるの。」
40を超えているだろうか、自分の母親を思い出させる年代の女の腹を挟むように手を添える。
萌葱は治癒の術を発動させながら、下半身を愛撫するように動かした。
「気持ちいい。娘に擦って貰うってこんな感じなのかな。
私ね、不倫して親権を元旦那に取られちゃったの。
でね、慰謝料と養育費を払う為に泡の仕事選んだのよ。
養育費はちゃんと毎月払っているのよ。
でもね娘が会ってくれないの。汚い女に会いたくないってね。
どこで間違えちゃったのかな。
あんなに旦那と娘を愛してたのに。家族が大切だったのに。」
女の愚痴を聞かされ、萌葱は怒りに震えた。
あんたの身勝手が、肉欲が、足りない脳みそが家族を不幸にしたんだ!と萌葱は叫びたくなるのをぐっと堪えた。
女は体の調子が良くなると、先ほどの悲しみのどん底から一転して、キャアキャアと飛び跳ねて喜び、萌葱に手を振って去っていった。
最後の一人を治癒した頃には15時になろうとしていた。
喫茶店のオヤジが皆を店内に迎え入れ、ソフトドリンクをご馳走してくれる。
ストローでチュウチュウしながら、店内を見渡し値札を見て吹き出しそうになる。
オヤジは「情報料金込み」と教えてくれた。
吉原の社、鎮守の杜をお参りして、浅草寺へと至る道すがら途中で雨が降ってくる。
六花は手にした傘を広げる。
萌葱の緑、茜の橙、夜花子の濃紺、珊瑚の赤赤、蒼の空色、桔梗の紫。
色鮮やかな六色の傘はクルクルと周り、道行く人々のみならず、イラついたドライバーの心も癒やした。
「おやつタイムだね。何食べよう?」
「和菓子がいいな。芋羊羹食べたい!」
蒼の問いかけに珊瑚が答え、全員が賛成した。
芋羊羹屋の行列に並び待つ事20分。
ようやくショーケースの前に立った。
「芋羊羹6つください。」
おばちゃんがハイよと返事をして、マジマジと六花の顔を見つめる。
「あんた達、この間浅草寺で大暴れした子達だね!」
おばちゃんはニコニコしながら、芋羊羹を12個包んで萌葱に手渡した。
そして6個分の料金しか受け取らなかった。
「私の奢りだよ。ホントあんたらには感謝してもしきれないくらいだよ!またおいでね!」
帰り際、萌葱はおばちゃんと自撮り2ショットを撮り、店を後にした。
「なんか儲けたな!」
茜は両手に芋羊羹を持って交互にパクついている。
萌葱はこの先に起こる事を予測して、1本に留めた。
浅草寺をお参りした後、探検気分で仲見世の裏通りを見て周る。
行く店行く店で何かしらのお土産を貰い、持ち切れなくなってきた。
「これ以上は物理的に持てない。
さっさと夕食を食べて帰ろう。」
夜花子の提案に誰も反対意見はでない。
そして、何を食べるかで桔梗が真っ先に提案した。
「モンジャ焼きが食べたいの!」
桔梗は以前クラスメートから聞いた、もんじゃ焼にとても興味を持っていた。
「見た目がゲ〇なんだけど、食べてみると美味しいのよ。」
〇ロだけど美味しい?
桔梗はとても混乱した事を覚えている。
なんとしても真相が知りたい。
そして丁度目の前にもんじゃ焼があった。
大きい店舗で、待たされることなくテーブルに案内される。
メニューから一種類づつ選び、皆で食べることに決めるが、おやつとはいえ、ボリュームのある芋羊羹を二本食べた茜に心配の目が集まった。
「茜、お腹は大丈夫?」
「大丈夫だよ!ケプッ!」
萌葱には全然大丈夫に見えなかった。
「5人分注文して様子を見ましょう。」
海鮮、親子、スタミナ、五目、明太子もちとデザートに黒蜜きなこアイスを6つ注文した。
ほどなくして運ばれてきた器を見て皆が唖然とする。
具材がこれでもかと載せられ、大きな山になっていた。
「あの、これ多すぎませんか?マシマシとかありませんよね?」
萌葱が女性店員に尋ねると、「サービスです!」と一言残し去っていった。
「うわあ、どうするよこれ?」
「食べるしかないよね。野菜が多いしなんとかなるよ。」
絶望的な目をして山を見つめる珊瑚の肩を、夜花子が叩いて元気づけた。
「あたち嬉しい!こんなにいっぱい食べれるなんて!」
しかし、桔梗の反応は皆と正反対で、食材の山を見て目を輝かせて、幸せな気分に浸っていた。
具材の山を鉄板の上に崩し、油で炒め水分を飛ばしヘニャヘニャにした後、土手を作り円形にする。
次に器に残った汁に味付けをして、土手の中央に汁を流し込む。
水分が蒸発してどろどろになったところで、土手を混ぜ合わせて見た目ゲ〇を完成させる。
桔梗はそれを見て「なるほど」と納得し、小さなハガシですくって食べようとしたその時、茜から待ったがかかった。
「違うぞ桔梗!もんじゃ焼はおこげを食べるんだ!」
そう言うと茜は大きなハガシを持ち、ドロドロを薄く引き伸ばして、更に水分を蒸発させる。
ドロドロの色が濃い飴色になったところで、ちいさなハガシを持ち、自分に向けて薄く引き伸ばし、まとめるとハガシを押し付ける。するとおこげがハガシにへばりつきそれを頬張った。
「うん!美味しい!」
「茜ちゃん凄い!なんで食べ方知ってるの?!」
「善一爺ちゃんがおやつ代わりに、よく作ってくれたんだ。
爺ちゃんのもんじゃは、キャベツと天かすしか入って無かったけど、すげえ美味かった!食べ方も爺ちゃんが教えてくれたんだ!最高の爺ちゃんだったぞ!」
えへんと胸を張る茜に皆がウンウンと頷いた。
茜が食べ方を教えてくれたもんじゃ焼は、殊のほか美味しく、みるみる空の器が増えていき、ついには完食してしまった。
「デザートは別腹。」
桔梗の次にたくさん食べた蒼が、アイスを口に頬張り幸せを顔で表現する。
ごちそう様をして、会計を済ませるが、やはり料金に加算されることは無く、更にはお土産を持たされた。
「ありがとうございました!とても美味しかったです!ごちそうさまでした!」
六花は厨房に聞こえる位、大きな声でお礼を告げると店を出た。
両手いっぱいのお土産を持った六花の帰宅を、薄葉とお糸が出迎えてくれた。
「へえ、芋羊羹でありんすか、なつかしゅうござりんすね。ひとつお呼ばれしんしょうかね。」
薄葉とお糸は芋羊羹の土産をとても喜んだ。
更にもんじゃ焼き屋で貰った土産を開封すると、やきそばとあんこ餅がはいっている。
それらを全て座卓に並べて、つまみながら薄葉に今日の出来事を話した。
「ただいま。君らの制服やら教科書を持ってきた。運ぶのを手伝ってくれないか?」
「お帰りなさい!すぐ行きます!」
制服!教科書!今までならイヤな気分にしかならなかったワードに心が躍る。
六花は大人になるために必要な新しい経験、新しい出会いを楽しみにしていた。
「セーラー服だ。」
蒼は真っ先に制服を取り出し体に当ててみた。
夏服は横ファスナーの白の上着、三本の白線の入った濃紺の襟、赤のスカーフ、濃紺のスカート。
冬服は同じデザインで色が濃紺の上着、濃紺のスカート、厚手の生地で縫製してある。
足元は白のショートソックス、ローファーの黒の革靴。
「中学の時とあんま変わりばえしないね。」
「オレはセーラー服好きだぞ、珊瑚!体が小さくても様になるからな!」
茜は既にジャージの上から袖を通してクルクル回っている。
その姿を薄葉とお糸が手を叩いて喜んでいた。
「夏服、冬服両方とも3枚づつあるけどいいんですか?」
中学生の頃は母親に1枚づつしか用意して貰えなかった為、普段はジャージで過ごして、なるべく大切に着ていた事を思い出し、少し恐縮して萌葱が尋ねた。
「3枚でも足りなくなると思うぞ。ダメになったら遠慮せずに追加を申し出てくれ。」
ニヤニヤしながら萌葱の質問に狼牙は答えた。
萌葱「え?どういう事ですか?」
狼牙「忘れたのか?君らは普通に学校に通うのではない事を。」
夜花子「そう言えばそんな事を言っていましたね。」
狼牙「君らは国の特殊諜報部員として、高校に潜入して闇を暴き、病巣を駆逐する。」
茜「なんかカッコイイな!ジェームズボンドみたいだな!」
狼牙「よく知ってるな茜!その通りだ!」
珊瑚「もしかしなくても荒事ありの職場だよねぇ。」
蒼「そうすると制服がボロボロになるのも必然かぁ。」
萌葱「でもさ、その為に鍛えたんだから大丈夫だよ。」
桔梗「あたち、じえーたいの人に貰ったグローブ後で探す!」
夜花子「私も三節棍の手入れしないとだね。」
蒼「スカートに仕掛けしなきゃだわ。」
六花はそれぞれ戦闘に対する備えを語り始めていたが、いつの間にか制服を如何に可愛く改造するかの話に変わっている。
制服に関する校則を読み解き、独自の解釈で問題が発生しないかを延々と語りあっていた。




