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六花と槍の物語  作者: hiddenkai
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第32話 新しくて古い新居と遊女の街

「狼牙くん、引き続きベイビーをよろしくね!」

雌ゴリラは門警備監督者として、引き続きこの地で任務に就く為、代わりに狼牙が六花の保護者として同行することになった。


扶桑の見送りに手を上げて答えオスプレイに搭乗すると、既に六花がベンチに座り、ヘルメットと安全ベルトを装着し大人しく離陸の時を待っていた。


機内アナウンスが流れ、離陸開始が告げられるとエンジンが爆音を上げて始動する。

雌ゴリラは爆音と共に飛び去る機体を見送ると、駐屯地に向かい歩き始めた。


8月25日AM8:00出発、AM11:00木更津駐屯地到着。

黒塗りスモークガラスのハイエースに移乗、AM11:30出発。

東京湾アクアライン走行、途中海ほたるPAにて休憩。

大漁イワシ揚げバーグを昼食とする。

PM13:00出発、首都高速道路北上。

PM15:00台東区千束某所到着。

ハイエースから降り立った六花は、目の前の家屋を見て呆然とした。


「これお化け屋敷?」

珊瑚が思わず声に出す。


「さあ、ここが君らの新しい住まいだ。築160年木造2階建てで関東大震災、東京大空襲でも焼け落ちなかった奇跡の家屋だぞ。

ちゃんと補強してあるし、内部はリフォーム済みだ。少なくとも雨漏りや隙間風はない。と聞いている。」

屋根は瓦葺き、壁は年季の入った木の板、入口はガラスの引き戸、窓は木の雨戸で閉じられていて、一見旅館に見えないことはない。


「ここは元々宿屋で、その後とある企業の社員寮になったが、その企業が倒産して別企業に買い取られ今に至る。何分古い建物だから住もうとする人がおらず、維持費も掛かるので主人達が借り受け、君らの住居とした。大切に扱ってくれ。」

「質問!もっと新しくておしゃれなマンションはないですか?」

「ない!以上だ!」

珊瑚はがっくりと肩を落とした。


「掃除は済んでいて、必要最低限の家具、家電、寝具は搬入済みだ。部屋は2階の個室を使ってくれ。どの部屋を誰が使うかは好きに決めてよし。さあ、入るぞ!」

手にしたカギを差し込むが、錆びついているのか中々開錠できなかった。


ガラガラと音を立てて引き戸が開けられ、玄関に足を踏み入れると白熱電球に似た明かりが、通路の天井に次々と灯る。

奥行きは15mはあるだろうか、外観では分からなかったが大きな建物のようだ。


フローリングとは言えない木の床は、元の色が分からないほど黒ずんでいる。

通路の右側の襖を開けると16畳の和室、床の間には大きな仏壇が見える。

茜が仏壇に興味を惹かれ、観音扉を開くと中に金色の像が、優雅に微笑みながら鎮座していた。


「すっげー綺麗!狼牙!これなんて名前!」

「仏陀だな。仏陀とは「真理に目覚めたもの」の総称で元は人間だったが、悟りを開き宇宙の真理を知り仏となった人々だ。」

狼牙は触ろうとする茜を抱き上げて観音扉を閉めた。


「仏陀像に触るのは厳禁だ。罰が当たるぞ。」

「そうなのか分った。でも見るのはいいだろ?」

「ああ、毎朝拝んでいればいいことがあるかもしれないな。」

茜はウンウンと首を縦に振った。


奥の襖を開けると料亭を思わせるかなり広い調理場がある。

床はコンクリートで上がり框で仕切られ、大きな業務用の冷蔵庫、ステンレス製の大きな調理台とシンク、ガス台もかなりの火力が期待できる大型のものだ。


「凄いな、これは腕の振るい甲斐があるな。」

狼牙は興奮気味に設備を確認し始めた。


「狼牙さん、先に家の中を確認しましょうよ!」

萌葱に指摘されると「すまんすまん」と謝りながら和室に戻ってきた。


和室を出て通路の向かいの曇りガラスをはめ込んだ引き戸を開ける。

中は広々とした洗面所と乾燥機付きの大きな洗濯機が置かれた脱衣場であった。


「ということはこの先がお風呂!」

夜花子が小走りでガラス戸に向かう。

カラカラと戸を引くと、レトロでありながら広い風呂場が見える。

床はカラフルな丸タイルで敷き詰められ、壁は白いタイルで覆われていて、蛇口とシャワーが6つ設置されている。

天井付近の壁に換気用と思われる窓があり、湯舟は石板で覆われ20人が入れそうな大きさで、何故か隅に40cmの小さな地蔵が祭られていた。


「中々風情があるわね。」

夜花子の声が心なしか震えて聞こえる。


「ああ、これ一人じゃ入れないやつだね。」

蒼が夜花子の肩をポンと叩いた。


脱衣場の隣は8畳の和室でここが狼牙の自室となる。


通路の奥の扉を開くとトイレがあり、とても現代的で洗練された空間であった。


「ここは凄く落ち着く空間ね。シャワートイレで良かった。」

和式トイレでないことに珊瑚はとても安堵した。


「この階段すごく急でおもちろい!」

桔梗が手を着いて四つん這いで駆け上がり、踊り場にぴょんと飛び上がると、また四つん這いになり駆け上がっていった。


「桔梗、パンツ見えてるよ!」

萌葱は二段飛びで階段を駆けあがり追いかけ嗜めるが、桔梗は気にすることなく2階に到着する。

正面のドアを勢いよく開けると「トイレー!」と叫び、通路の襖を次々と開けていき、突き当たりのガラス戸を開け、困った顔で振り向いた。


「これどうやって開けるのー!」

「それはだな、よいしょ!」

狼牙が雨戸の木錠を外し、少し持ち上げると戸袋にガコンと押し込んだ。

外の光が差し込み屋内が明るく照らされる。

桔梗はベランダに飛び出し、周りの景色を見渡した。


「お家ばっかり!」

下町特有の隣接する建屋の景色を初めて見た桔梗は少し興奮している。

目の前の建屋は古い5階建てマンションで通路側に面していた。


珊瑚「つまんない風景だね。」

蒼「なんか空が狭いね。」

夜花子「この匂いがこの街の匂いなのね。」

萌葱「まあ、すぐに慣れるよ。多分。」

茜「お!猫発見!おい、ニャンタこっち来い!」

茜の呼びかけに気付いた白黒の野良猫が顔を向ける。

猫はしばらくじっと見ていたが、顔をそむけると去っていった。


「よし、オレあいつを絶対子分にする!」

茜ならやりかねないなと皆が思った。


2階の部屋は4畳半が8室あり、どの部屋も和室で一間程度の押し入れとサッシ窓と作りは同じで、窓ガラスは防弾真空和紙調ガラスで、部屋の内部は見えない。

天井には空調用の吹き出し口があり、全館がエアコンで温度管理され、個室毎に温度調整も可能である。

家具はロフトベッドの下に学習机と本棚、押し入れはクローゼットになっていて、洋服ハンガーと収納ケースが納められている。

机の上には18型ノートパソコンが置かれていた。


「階段手前左から1号室、隣が2号室、戻ってきて1号室の向かいが8号室だ。1号室と8号室は物置に使うから、2から7号室を振り分けてくれ。

窓の向きは2から4号室は東、5から7号室が西だな。室温は管理されるから、どちらが暑い寒いはないよ。」

狼牙の説明が終わると申し合わせたようにジャンケンが始まる。

結果、2号室が萌葱、3号室が茜、4号室が夜花子、5号室が珊瑚、6号室が蒼、7号室が桔梗になった。


「今日の夕食は外に食べに行くぞ。」

各自が部屋を確認していると、天井スピーカーから狼牙の声が大音量で聞こえ、皆が驚き飛び上がった。


「びっくりするじゃんかよ!」

茜は階下に降りると狼牙に抗議をした。


「すまんすまん、俺も初めて使ったから勝手がわからんかった。

次はもっと音量を下げるよ。」

少しも反省した素振りを見せない狼牙に、「確信犯だな」と警戒をすることに決めた。




午後5時、まだ外は明るく、夏の蒸し暑さで肌に汗がにじむ。


「浅草寺まで足を延ばしてお参りするか。」

狼牙の提案で浅草寺行きが決定する。

路地を抜け仲之町通りを出ると、茜が「よし原大門」と書かれた柱を見つけ、狼牙に質問をした。


「ここは昔、吉原という遊郭があった場所で、ここに町と吉原を区切る大きな門があった。」

「遊郭ってなんだ?」

「今のソープランドよ。」

萌葱が不機嫌そうに答えた。


「まあ似たようなものだが、遊郭は風情があったようだな。」

「結局女にお金払ってSEXするんでしょう。同じじゃない。」

「萌葱ちゃん怒ってる?」

「桔梗、怒ってないよ。むかついてるだけ。」

「それを怒ってるというのだが、どうした?」

夜花子が背中から萌葱に抱き着いた。


「ごめん、クソババアの事思い出したらむかついた。

クソババア、ソープ嬢だったから、あのクソ女がここで金貰って股開いてたのかと想像したらさ。

でもさ、わたしにもあの女の血が半分流れてるんだよね。

もう半分はわからないけどさ。」

「萌葱は萌葱じゃない!おばさんは関係ないよ!」

「そうだよ!おばさんは自業自得でしょ。萌葱は狼牙さんとSEXしてもお金を貰わない。女として全然別物だよ。」

蒼が右手を、珊瑚が左手を握って萌葱の手を引いた。


「みすたーだんでい、さぶまりん、おいらんものがたり、きんびんうめ?」

「きんぺいばいだよ。」

桔梗が目についた看板を読み歩き、金瓶梅の読み方を蒼が教える。

客引きが狼牙に声を掛けようとするが、六花を見てやめる。

右手に見える吉原社を見送り更に進むと、小さな木立のある鎮魂の杜があり、その前で茜が突然足を止めた。


「狼牙、ここ寄っていく。」

そう言うと一人すたすたと杜の中に入っていった。


「ここは空襲や大震災被害者を祀っているのね。」

被災者追悼記念碑を眺め、夜花子が呟く。

一方茜は鳥居をくぐり小さな池の前に立ち尽くした。


「どうしたんだ茜?」

「この池から熱い、苦しいって声が聞こえる。

オレ、なんかできないかな?」

狼牙が両手を肩に置くとその手をきつく握りしめる。

手が冷たい汗でびしょびしょに濡れていた。


「萌葱、みんなと一緒にペットボトルの水を20本買ってきてくれ。確かこの先に酒屋があるはずだ。」

「わかった!みんな行こう!」

5分ほどで水を抱えた萌葱達が戻ってきた。


「みんな、この水をお祈りしながら池に奉納するよ。死者の鎮魂をお祈りしよう。」

7人はお祈りをしながら水を池に奉納した。


「どうだ茜、まだ声が聞こえるか?」

「聞こえなくなったよ。」

「よかったな。」

「うん!」

「さあ、みんなでお墓に水を奉納していこうか。」

それから敷地内の墓、記念碑に水をやり終えると一礼をして浅草寺へと向かった。

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