第17話 雪山の修学旅行 ③
元旦の午前5時、少女達はバックパックとスノーボードを背負い、山荘を出ると山頂を目指し歩き始める。
漆黒の空には満点の星、東の地平線がほんの少し藍色に染まっている。
西の空には十四日月が煌々と雪原を照らしている。
風は無い。
先頭を歩く萌葱の腰のハーネスからザイルが伸び、続く桔梗、珊瑚、茜、蒼、夜花子に連なる。
皆、体力を温存するかのごとく、無言で雪を踏みしめる。
ヘッドセットからは、ハアハアと息づかいのみ聞こえる。
「状況確認、みんな異常ない?」
登り始めて30分ほどして、萌葱の声が聞こえる。
皆が「異常なし」と答えると、ピッケルを上げて応えた。
1時間半後ついに山頂に到着すると、東の空に旭日が見える。
地平線から立ち上る光の柱の美しさに、しばし呆然となる。
そして手を繋ぐと一斉に力の限り叫んだ。
「あけましておめでとうございます!」
少女達の声は山稜に吸い込まれ消えていく。
今日の第一目標は無事完遂した。
一息つくとバックパックから朝のお弁当を取り出す。
鮭と昆布のおにぎり、玉子焼き、白菜の浅漬け。
全て自分達で作ったお弁当であった。
湯気を立てるカップには、お味噌汁。
みんなであーだこーだと意見を出し合って作った。
冷えた体に染み込む味噌汁に舌鼓を打ち、まだ少し温もりの残るおにぎりと共に、胃に流し込む。
少女達は何よりも美味しいご馳走と思い、米粒一つ残さず食べ尽くす。
茜がお昼のお弁当に手を付けようとするが、夜花子が阻止した。
「あんた、お昼抜きで我慢できるの?」
ウウッと我慢する茜を萌葱が頭を撫でる。
太陽が登り切り、すっかり辺りが明るくなると、少女達はスノーボードを装着した。
「狼牙さんが教えてくれた、露天風呂に入る事が今日の第二目標!
みんな準備はいい?!いくよー!」
皆が力強く頷くと、ヴァージンスノーの斜面を滑走した。
苦労して上った斜面をものの数分で滑降する。
やがて木立に達すると鹿の姿が見える。
茜がボス牡鹿に「露天風呂だどこだ」と叫ぶと、着いて来いと言わんばかりに牡鹿が鳴く。
少女達の進む先に立ちのぼる湯気が見えると、皆が歓声を上げた。
湯にチョンと指を入れ、湯に入れる温度と確認するとウェアと下着を脱ぎ、畳んでバックパックの上に乗せると、全裸で湯に浸かる。
「アフゥー」至福の瞬間に少女達が声を漏らす。
周りを見ると鹿のみならず、ヒグマの親子も湯に浸かっていた。
「温泉内では、種族関係なしで争わないって聞いた事あるけど、本当なんだね。」
「珊瑚、それ何てファンタジー?でも実際そうなってるか。」
妙に納得した蒼は曇ったメガネを湯に漬ける。
桔梗がヒグマに向かって手を振り始めた。
小熊の一頭が物珍しそうに、母熊の静止をきかず少女達に近づいてくる。
小熊は少女達をしばらく観察して、夜花子の元に近づき乳房に顔を埋めて、弾力を楽しむかのように顔を擦り付ける。
小熊は乳首を舐めると吸い付き、チュウチュウと吸い始めた。
「うーん、わっち母乳は出ないぞ。」
不思議と恐怖を感じない。
乳首に必死に吸い付く子熊が可愛く見える。
その様子を羨ましそうに見ている桔梗が、自分の乳房をアピールしていた。
母熊は小熊の様子を見て、ザバザバと湯の中を歩き近づいてくると、小熊の引き剥がし元いた場所に戻る。
小熊は未練がましく鳴くが、母熊がガアッとたしなめた。
「この時期にヒグマが出歩くのは、異常じゃない?」
蒼の問いかけに「穴持たず」を思い出す。
「お腹が空いているのよ。」
珊瑚の言葉に感化され、皆がバックパックからお昼のお弁当を取り出し、母熊の前に置いた。
鹿肉の燻製、塩オムスビ、キャベツのピクルス、ゆで卵。
母熊は最初警戒したが、空腹に我慢できずに弁当を6人分全てたいらげた。
母熊は少女達を見つめ、一声鳴く。
少女達には「ありがとう」と聞こえた。
しかし、そんな平穏は長く続かなかった。
鹿が警戒を促すように、高い鳴き声を放つ。
木立の奥から一頭の大きなヒグマが現れた。
鹿と熊親子が一斉に温泉から逃走を始める。
ヒグマが熊親子を追いかけ始め、母熊が対峙、威嚇をして睨み合いが始まったその隙に、少女達はそっと湯から上がり着替えを済ました。
「みんな!久しぶりの実戦だ!気合入れていくよ!
目的はアイツの戦意喪失!追い払えればよし!」
萌葱のハッパに皆が「オウ!」と応えると、ヒグマに向かって駆け出す。
「茜、脳戸! 珊瑚、延髄! 蒼、活殺! 夜花子、肝臓! 桔梗、右足! あたしは左足! いくよ!」
茜と珊瑚が、腰を落した萌葱と珊瑚の背を踏み台にして、高く跳躍すると、茜が縦方向にクルクルと回転して頭頂部に踵落しを決める。
珊瑚は跳躍の勢いのまま、流星蹴りを後頭部に突き立てる。
蒼と夜花子の螺旋突きが、心臓と肝臓を背後から撃ち抜くと横に飛び退く。
萌葱、桔梗が左右の足にスライディングすれすれの跳び蹴りを叩きつけ乱打した。
この間わずか2秒の集中攻撃に、ヒグマの感覚はバグを起こす。
少女達の打撃にはすべて寸勁が込められている。
毛皮、筋肉、脂肪は鎧にもならず、急所にダメージを与える。
ヒグマが白目を剥いて仰向けに倒れると、熊親子は急ぎ森の奥に消えていった。
「熊!取ったどー!」
調子の乗った桔梗がヒグマの上に立つと、ガッツポーズをする。
ヒグマの腕がピクリと動いた事に、夜花子が気付き桔梗を突き飛ばす、夜花子の頭上スレスレをヒグマに手が通りすぎた。
ヒグマは四つん這いになり、夜花子を目標に定め突進をしてくる。
夜花子は形勢不利と判断して、背を向け逃げ出した。
5人はそれぞれに、打撃を加えるがヒグマはものともせず、ひたすら夜花子を追いかけ回す。
打撃のダメージで移動速度が落ちているものの、いずれ追いつかれることは必至だ。
更に崖っぷちなのか前方に地面が見えない。
「やばいよ!こいつ全然効いてないよ!」
蒼の裏拳殴打を受けても突進を止めないヒグマに、いよいよ皆が焦り出す。
ヒグマと夜花子の距離が1mに迫ったその時、黒い風が少女達の間をすり抜けるとヒグマに飛び乗り、鼻面に牙を立てた。
「グルアァァ!」
ヒグマは鳴き声を上げるとつんのめり、黒犬と夜花子を巻き込んで崖のような斜面を共に転がり落ちる。
斜面の雪が崩れ落ち、転がり落ちる一団が見えなくなった。
「夜花子ちゃーん!」
飛び降りようとする桔梗を萌葱、珊瑚、蒼が押さえつける。
「桔梗!落ち着いて!今あんたが行ったら雪崩に巻き込まれる!」
萌葱は押し切られそうになりながらも説得をする。
「やだよぉ!あたちのせいで夜花子ちゃんが死んじゃうよぉ!」
「あんたも死んだら私達はどうするの!」
茜は桔梗の正面に回ると、顔を両手でパン!と挟みこんだ。
「このまま行くなら、あたしと桔梗は心中だよ。一緒に死ぬ?」
「いやだぁ!珊瑚ちゃんが死ぬのイヤだよぉ!」
「桔梗、みんなが助かる方法を考えよう。」
「分ったようぅ、蒼ちゃん。」
ようやく桔梗は諦め、膝をついて珊瑚に抱き着いた。
「助け出すには装備が足りない。
一度山荘に戻り、狼牙さんに報告しよう。
急がないと、天気が変わりそうだそうだよ。」
萌葱は空を見上げ皆に告げる。
「ET!」
茜の声がコダマして響きわたると、応えるように鹿の鳴き声が聞こえる。
すぐに6頭の牡鹿が現れると背に飛び乗り、山荘に戻ると伝える。
「ごめんな、お前の乗り手が大変なんだ。
荷物持ちが必要だから、お前も来てくれ」
茜の言葉が通じたのか、コクコクと頷く。
少女達は急いで山荘に向かった。
山荘に向かう途中、天気は急変した。
猛吹雪になりホワイトアウト現象に見舞われる。
視界ゼロの白い闇に少女達は恐怖する。
「ピュ-イ!」
牡鹿は少女達の恐怖心を感じ取ったのか、鳴き声を放つ。
まるで「安心しろ」と言わんばかりの力強い鳴き声に恐怖心が薄れていく。
やがて牡鹿が立ち止まると目の前に山荘が現れた。
牡鹿達を物置に退避させ、キャベツや人参を丸ごと与えて山荘に入る。
狼牙を呼ぶが、中に人の気配がない。
ダイニングキッチンに人影は無く、狼牙の部屋をノックするが応えが無かった。
「狼牙さん!どこ!」
皆で山荘中を探したが見つからなかった。
「どうしよう!このままじゃ夜花子が。」
狼狽する珊瑚と顔から血の気を失った桔梗がぶつぶつ囁きながら、ガタガタと震えている。
「そうだ、ママ達に相談しよう!」
茜はそう言うとPCを立ち上げるが、パスワード画面に阻止された。
「スマホは圏外、WiFiも繋がらない。」
蒼はスマホをテーブルに置いてお手上げをした。
「よし!決めた!今日は必要な装備を準備して体を休める。
どのみちこの吹雪では外に出られない。
しっかり準備して必ず助ける!いいねみんな!」
桔梗以外が言葉無く頷く。
「じゃあ役割分担。
珊瑚は桔梗を連れて風呂に入れてあげて、蒼はご飯の用意よろしく。
私と茜は倉庫に行って装備をピックアップ。
作戦はもう始まっているよ!急いで!」
少女達は自分の役割を果たすため動き始めた。
酷く生臭い匂いで夜花子は目覚めた。
何かの中に閉じ込められていると気づき、もがくと視界が開けた。
うす暗い中で人とも獣とも付かない顔が覗き込んでいる。
思わず「ひい」と声を上げる。
「安心しろ、狼牙だ。」
毛むくじゃらで、牙の生えた顔が笑ったように見える。
夜花子は状態を起こすと、自分がヒグマの体内に全裸でいる事に気づいた。
「ずぶ濡れで、凍死しそうだったからやむなくした。許してくれ。」
「狼牙さんなんですね。その、ありがとうございます。
でも、その姿は狼男ですか?」
雪を掘って作った雪洞にはロウソクが1本立てられ、明かりと僅かな暖を放っている。
明かりに照らし出される狼牙は全身が毛に覆われ、手足の指が長く伸び鋭い爪が生えている。
雪に寄りかかり苦しそうに息をしながら「そうだ」と答えた。
「狼牙さん怪我をしているの?!」
「いや、怪我は治った。そのせいで陽の気を大量に失ってな。
人の形を維持出来なくなってきている。」
「それはどういう事なんですか?」
「陽の気を完全に失えば、人の姿になれなくなるかな。
元々が狼だから別に構わないが、美味い飯が食べられなくなるのは辛いかな。」
「陽の気とは何ですか?」
「生命力みたいなものかな。」
「どうしたら陽の気を得られますか?」
「答えるのが難しいな。」
「教えてください!」
真剣な夜花子の目を見てしまい思わず目を逸らす狼牙。
「君達にはまだ早いよ。」
「誰なら早くないんですか?」
「主人達、かな。」
「SEXですね。」
ピン!と閃き核心をズバリと口にすると狼牙は慌てた。
夜花子は熊から抜け出すと狼牙に詰め寄った。
「かなり辛そうですね。すぐにしましょう。」
「おいおい、随分割り切りが早いな。もしかして経験済か?」
「いいえ、体は純潔の乙女ですが心は花魁です。」
「なら、なおさら大切な男の為に取っておけ。」
「今現在、わっちにとって一番大切な男は狼牙さんです。」
毅然とした態度の夜花子に、狼牙は身を任せる事にした。
「今から教えるのは、「房中術」と呼ばれる性の医術だ。
だが簡単なようで難しいぞ。
男に射精させてはダメだ。君は常に寸止め管理をしなければならない。
射精させたら陽の気が漏れ出してしまうからな。
そして女は「気をやる」、つまりイクことだ。
女は何度、気をやってもかまわない。
乱れれば乱れるほど陽の気は溜まる。
俺はもう動けないからな、よろしく頼むよ。」
そこ迄喋ると、狼牙は目を瞑り大人しくなった。
「ふっ!ふっ!ふっ!」
雪洞の中で夜花子の規則正しい息遣いが聞こえる。
体から湯気が立ち上り汗が滴り落ちる。
汗に溶けだした血の匂いが雪洞内に充満している。
血臭を嗅ぎながら何度「気をやった」か思い出せない。
今のところ精の漏れ出しはない。
狼牙の全身を覆っていた体毛は全て消えている。
顔も元のイケメンに戻っている。
顔を見ているだけで子宮が溶けだしそうだと錯覚する。
きっと、とんでもなく凄い顔になっているだろうと思うと、狼牙の意識がない事に感謝した。
口付けをする度に子宮から脳に電気が走り、軽く「気をやる」。
夜花子の一方的な口付けの最中、狼牙の舌が動き夜花子の舌に絡める。
更にきつく抱きしめられると、夜花子は狂ったように舌を腰を動かす。
「今だけはわっちの男!わっちだけの男!離れたくない!離したくない!誰にも渡したくない!渡さない!わっちの体の中にあなたの全てをしまい込みたい!」
夜花子の重い愛は狼牙に向けて全力で放出された。
その愛を受け止めたかのような狼牙の下からの突き上げに、夜花子は激しく痙攣して果てた。
まだ満月が西の空高く見える早朝、出発の準備を整えた少女達の前を、黒犬に跨った夜花子が手を振りながら迫ってくるのが見えた。
黒犬は夜花子を降ろすと、山荘の向こう側に駆けていく。
ややぎこちなく歩く夜花子に、少女達は飛びついて抱きしめた。
「夜花子ちゃーん!よかったよ!あたちのせいでごめんねー!」
「桔梗、わっちの方こそごめんね。どうしようもなかったの、ごめんね!」
「夜花子、怪我してない?痛いところは無い?」
「珊瑚、大丈夫よ。それよりも今とても心が満たされて幸せなの。ごめんね。」
「あの、でっかい犬に助けられたのか?あの犬何なんだ?」
「命の恩人よ、そしてわっちの世界で一番大切な人!茜、ごめんね!」
なぜか会話にちぐはぐ感を感じながらも、夜花子の無事を皆で喜んだ。
「なんか物凄く血なまぐさいな?どうしたんだ?」
「萌葱、私あの熊の中で一晩過ごしたのよ。夢のような夜だった。」
「あの、頭打ってない?記憶が混濁してないかな?」
「ふふ、大丈夫よ蒼。ねえ、みんな一緒にお風呂入りましょうよ!」
いつもと明らかに様子の違う夜花子に皆が首を傾げる。
ひょこひょこと夢見心地で歩く夜花子が振り返り、皆に「早くぅ」と笑いかけた。




