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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
初恋の異性と結婚する確率はX%
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名付けとルリコ

次回更新は8/11を予定しています


25/2/7 デリアなのかダリアなのかデリダなのか。各前はキャラクターの名前なんて忘れないでしょうと思っていたのですが…。

 森の深緑の中、私は木漏れ日が照り返す泉のほとりに立っていた。泉は楕円状に縁取られていてそのヘリの雑草は深く生い茂って水面に影を落としていた。私は鉄刀を麻縄で括りつけた槍を構えながら今朝の出来事を思い返していた。


「この子の名づけをして欲しいの」


 森に狩りに入る前、私にフランは赤ちゃんを抱きかかえながらそう言った。私はフランにそう言われて困惑するしかなかった。しかしフランは私に微笑みながら言った。


「…いつまでも”この子”ってわけにもいかないでしょ?」とフランはニコリと笑って赤子を抱えなおす。私はフラウの顔をまっすぐ見る。


 フランが抱えている赤ちゃんは私が世話した未熟児のことだ。他の子どもと比べると小さいけど、前の命が消え入りそうな雰囲気はなくなっていた。あれだけ長い時をすごしたのに赤ちゃんは私を見向きもせず、フランだけをまっすぐ見つめていた。


「別に嫌じゃないけど…。フランが名付けるべきだと思うよ。なんかもう…うやむやって雰囲気だし。長老だってわかってくれるよ。それに、その子の名付け親に議会の長老達が立候補してくれたんでしょ?」


 フランは私が断ると前もって予想していたのかすぐに言葉を返してくる。


「あれから仕事は専業制になったでしょ? 託児の仕事は立候補者が殺到する程に人気なの。きっと子供という幸先ある存在にあやかりたいのね。そういう訳で名付け親は適切な人じゃないと皆、納得しないわ」


 私はフランの腕に抱かれた赤子を見る。長老は私にこの子の命を救う代わりに責任を持てと言っていた。しかし色々あって結局はエマとフランの家に任せてしまっている。そんな私が名付けをしてしまうのは筋が通らない気がした。しかし、フランの有無を言わさない無言の圧力には逆らえなかった。


 それにしても、なんか赤ちゃんの一件以来フランの様子が大分おかしいけど…。やっぱりまだ私が集落から出て行きそうとか思われてるのかな…? まあ、その可能性はなくはないわけだけど…。


「でもどんな名前が良いのか…」


「貴方がこの子の一生にかける願い、加護、しるべとなる名前を付けてあげて」


「…善処します」


 そういう訳で狩りの時にも私は赤子の名前に悩むハメになったのだ。


 でもさぁ。エルフの一生は千年だよ? 今が中世ぐらいだとすると千年後には二十一世紀なんだよ? もし私に孫がいたらJKエルフなんだよ? そんな永い間、変って思われないような名前なんて考えられる?


 私はため息をつく。


 この世界に通用する名前なら…なおさらこの世界について知らないとダメか。


 そんな私の没頭は絹を引き裂く様な甲高い鳴き声によって打ち切られた。 


「ルリコー! そっちへ行ったぞ!」


 獣が泉へと飛び込む音で私は我に返り訳も分からず槍を構えた。反対側の森の茂みからスカイ達が現れ、弓を引き絞ると泉の中を泳いで逃げる獣に向けて弓を放った。獣は足掻きながら対岸の私の近くに進んで来た。私は泉から上がろうと水辺でもがく獣の前に立って槍先を合わせると固定したまま、歩いて槍を突き出した。槍が刺さる瞬間怖くなって目を閉じる。すると私の手に生々しい感触が伝わる。獲物の必死の抵抗を私は目を伏せて耐えた。


 獣は遺物を刺し込まれた痛みにもがき続け、私の身体は槍と共に左右に振られた。


『ヤバイ! ヤバイ!』と私は日本語で悲鳴を上げて槍を離してしまった。


 そこに追いついた他のエルフがとどめを指してくれたが、私はへたり込んで動くことができなかった。


 獣は仲間たちによって手際よく解体されていくが、私は血を見るのが嫌で眼をそむけていた。私の鼻には動物園みたいな獣臭さと血生臭さが届く。血生臭さは鼻腔を通って口に鉄さびのような味覚を想像させ、吐き気を催す。私の近くに筋骨隆々のエルフが立って吐き捨てるように言った。


「苦しまずに仕留めろ。度胸がたりん」


 私は気持ちが悪くてそれに言い返すことも出来なかった。

 

 暫くして解体が終わり、私はスカイが解体されたブロック肉を葉っぱで包む作業を手伝う為に近づいた。スカイは私に顔を向けて笑って言った。


「ほら、美味そうだろ?」


 私は血抜きされて解体されたピンク色の肉を見て食欲がわいて頷く。この段階になると獣の肉は前世のスーパーの肉と同じでおいしそうに見えた。


「そうなんですよね…血の色や臭いは不快なのに…こうなってくるととお腹が減ります。不思議です」


 前世の私は狩りは野蛮だと思っていた。しかし食べるものが限られる異世界では狩りは必須だった。それに狩りを重ねるごとに獣の解体は食肉へと変身させる服の着脱の様な儀式の様に思えてきた。残酷というよりは美味しい標的と本能にすり込まれているのだろう。


 それにしても、だ。


 私はスカイさんの胡坐をかいている太ももを見る。狩人は狩りをする時は密着型の革製、半袖ハーフパンツを着用する。その為男女共に身体のラインがわかりやすい。現にスカイさんの太ももや腹筋は陸上女性選手の様にスレンダーで筋肉質だった。一か月前はヨボヨボだったのに肉を食べて狩りをしただけでアスリートの様な肉体が復活していた。


 スカイさんもシーブ長老も大体千歳ぐらいなのに前者は若々しく見えて、後者は老人の様に見える…。まあ、でも前世でも同年齢でも元気な老人と寝たきりの人とか居たしな…。


 立ったスカイさんは私に見せつける様に筋肉に力を入れるとニヤリと笑って言った。


「肉は最高だな。豆も最高だが、肉を食べると力が湧いてくる気がする。やはりこれも森のお陰だな」


 何故私達がこんなことをしているのか。それは未だに肉食に関する加工の責任者が私とニコラスになっているからだ。手紙を受け取ってから私はそれをエルフ語に翻訳し議会に共有した。その後私はモーフ以外の猪、鹿の様な獣を食用するための開拓に駆り出されたのだ。更なる食料の開拓とかどうしていいかわからない。…と思っていたが。一部のエルフは獣の習性や特性をやけに理解している。やっぱり一部のエルフは密猟をしていて、裏でそれらの獣を食べて部族を強化、維持していたのだろう。


 そんなことを考えていると、背後から金属を激しくこすり合わせるような音が響いたので眼を向けると筋骨隆々のエルフが岩で刀を研いでいた。


 この筋骨隆々のエルフは私達の幼馴染で同世代四人組の一人のアキンボという。アキンボはエルフにしては珍しく肉体に恵まれガタイが良く、狩りや運動を好んだ。その長所を買われてかアキンボは外の世界に護衛として重用された。アキンボは学科はからきしだったがそれを補って余りあるほどの身体能力に恵まれたエルフだった。スカイはアキンボに向けて声をかけた。


「その鉄刀、良い切れ味だ。人の世界ではそういう武器は沢山あるのか?」スカイがアキンボに声をかける。アキンボは手で刀のバリを確かめながら


「うん、人は戦争の装備や農具に鉄を使ってるって聞いた」と、素っ気なく答えた。


 その答えにスカイは吟味するように「ふむ」と頷く。


「君主ってどんな奴なんだ?」とスカイは聞いた。


「会ってないからわからない。名前はシャン。デカイ城に住んでるらしい。ヒゲは力のある君主って言ってた」


 スカイはそうかと応えた。私はアキンボの前にしゃがむ込んで「城って此処からどのくらい離れているの?」と聞いた。


 アキンボは「そんな細かいことまで知るか」とぶっきらぼうに言い、「お前達とは頭の出来が違うんだ」と唇を尖らせた。


「とにかくずっと遠い所だ。ケツが割れるかと思った」アキンボはそう言うと腰の鞘に刀を納めて「いくぞ」と言って立ち上がった。スカイがアキンボに追いつくと軽く頭をはたいた。アキンボはスカイに顔を向けて叩かれた頭をぼりぼりとかきながらも困ったように笑っていた。きっとアキンボはスカイが元気になったのが嬉しいのだろう。そう思うと自然と頬が緩む。


 私たちは縛った肉を長い木の棒の両端に飛脚の様に吊るして森のキャンプ地へと進んだ。肉は腐らないように貯蔵庫に運び込む。貯蔵庫は掘り返された地面の冷たさを使って保存する感じだ。積まれた肉は食用と試食の肉の分と、師匠達の帰還を祝う宴用の肉も置いてある。他には果物、木の実、干した魚が置かれ、葉の包みの側には小さい壺が置かれているが、この中には虫が入っている。


 師匠とはヒゲの生えたエルフのあだ名のようなものだ。私の師匠で皆にはヒゲとかヒゲの方と呼ばれている。エルフは基本的に毛深くなく髭や陰毛が生えないが、師匠の口元にはうっすらとしたヒゲが生えている。そんなヒゲはエルフ中では処刑人を生業とする一族として恐れられていた。なので師匠は私を処刑人の弟子として期待していることになる。


 何故そんなことになったのかといえば、私が幼少の頃に師匠に書物をおねだりしたことが発端になる。当時、師匠しか外の世界に伝手がなかったのだ。私が生まれる前はエルフが人間の市場に買い出しに行くこともあったが、エルフの美しさに惑わされた人間が戦端となってからは戦士しか外界に行くことはできなくなっていた。当時の師匠は私のおねだりに「有能じゃないエルフに本は必要はない」という態度だった。私は師匠の態度を変えたくて師匠を奇襲して一本を取った。それ以来師匠は私を一方的に弟子と認定して、欲しいものを手に入れる代わりに武術を学ばせた。私も運動と護身を習えるなら良いかと軽く考えていた。


 しかしそれから暫くして師匠は議会が罪人と認定した者や、死に値するものを殺しても罪に問われないらしいことがわかった。恐るべきなのはその死に値するかどうかの判定は師匠がしていることだ。例えば不倫しているエルフが居たと知れば聞き込みや調査はするが、科学的な捜査はせずほぼ状況証拠で処刑されることもある。師匠は殺人に対して何のストレスも感じておらず、死体の前で焼きリンゴを食べていたなんて噂もある。


 それを知って私は師匠に弟子認定されたことを後悔した。しかし辞めるなんて言ったら何をされるかわかったものではない。当時は気付かなかったが師匠は子供や老人の間引きにも関わっていると見て間違いない。生き様で皆を導くと言った以上、処刑人を継ぐことはできない。


 …しかし師匠はそれを許さないだろう。あ、これ詰んでるわ。って感じ。


 私はがっくりとうなだれる。やっぱり師弟の関係を自ら結んでしまったのがマズかった。私の過去に集落でしてしまった大きな三つの過ちの内の二つは師匠と疫病だ。


 まあ、でも冷静に考えると前世の日本にも死刑制度があったわけだし…。それって、客観的に正しければ人の命を奪って良いってことだよね? もし、私が処刑人を受け継ぐことになったら裁判の死刑制度的なのを導入するしかないのかな…でもエルフと日本人は違うんだからそこら辺は気を付けないとね…。


 肉を置き終わった私達は休憩することにした。キャンプの休憩エリアは木の板を敷いて作った簡易ベッドと簡易のカマド。屋根には紐を網目状に編んで木々に結んでピンと張り、そこに葉を敷いたタープテントのような物を使っていた。


 帰ってたき火を付けてから、私が夜食の準備をする。男どもやスカイは一通り料理はできるが面倒なのかたき火で果物か、肉と魚を焼いた単調なものになりがちだ。だから調理は私に任せてもらっている。私も鹿、猪、蛇やウサギの調理を試したかったからだ。


 まあ、と言っても私が作る料理も茹でた水に食材と塩を入れて煮る簡単な鍋料理でしかない。調理に失敗して空腹にさせてしまうと怒られるので一品は普通に作り、試作は出来上がったら毒見をして大丈夫そうなら試食してもらった。エルフ達はタープの下で寝転がりながら食事を取るから行儀が悪く見えるが、森で走り回った後だとこうなるのは仕方ないと痛感していた。その後の片付けや皿洗いも全て私がやることになっている。彼らは鍋なんてわざわざ持ってくるなんてアホだと言う。


 彼らが私に辛辣なのは、森でキャンプをするという文化がないからだ。そもそも彼らは物資を狩猟や採取で得たら後はさっさと帰るのが普通だと思っている。それは夜の森がストレスなのもあるが、得た物資を移動させるのが大変だからだ。多分彼らの感覚としては森は冷蔵庫の様なものでいつでも食べ物を取り出せるのだから、貯蔵したり保存することは無駄でしかないと思っている。むしろ泊りなんて許せば夫が雑用をサボる理由にもなると考えているのだ。


 だが、それは男の事情で女の事情ではない。それはつまり狩りに失敗すると、その日はゴハン抜きなのだ。それは赤ちゃんや子供のいる家庭でもそうだ。生活水準の向上の為にも、保存した食料の研究は必須だった。


 と、まあ色々建前を並べたが、本音は私が個人的にお腹が空くのが嫌だからというだけだ…。空きっ腹だと頭脳労働もままならない訳だ。


 夜になってテントの側でたき火を焚いて夜の番を私とアキンボで行った。私はその隙間時間を埋めるために糸づくりをしていた。以前モーフから得た毛を木のコマに巻き付けて糸を作るという地道な作業だが、人の世界で交換の種になりそうなブツを沢山用意しておきたかったのだ。


 その間アキンボと私は会話をしない。一日目は外の世界の話しで盛り上がるが、二日目からは特に話すことがなくなる。だが、幼馴染とはそういうものだ。家族で姉が男兄弟が口を利かなくなるのと同じで当たり前すぎて話すことがないのが自然の状態なのだ。


 特にアキンボは人の理解が雑で「何々の男or女」みたいな認識しかしてない。例えば私には「武術ができる女」ぐらいの認識しかないだろう。そして彼は「武術ができる女が居るから武術をしよう」という単純さしかない。そして彼は師匠に武術とは痛くしないと覚えないと吹き込まれている。


 結果、私達の間では武術という話題は触れられないことになり、何も話すことはなくなってしまうわけだ。しかしそれでも成立してしまうのが幼馴染なのだろう。


 私が糸づくりに没頭していると、何か妙な気配がしてふと顔を上げた。するといつの間にか森の木々のすき間に一人の女が立って、たき火の灯りに照らし出されていた。女は全身赤く透けた襦袢のようなものをゆらめかせぼんやりとたたずんでいた。襦袢は女の丸みのある身体をゆったりと包んでなびいていた。女はヒジャブの様な布で顔の周りを覆い、顔には仮面をかぶっていた。足元には革のローファーと白いタイツの様が脚を包んでいて肌は全く見えなかった。髪は黒く長い髪をふり乱し、仮面は左目の目じりから頬にかけて涙が伝ったようなひびが入っていた。私は女を地面で座ったまま唖然と見ていた。女は私達を意に介さないように宙に視線を漂わせるように周囲を見渡していた。


「フンっ!」


 背後からアキンボが刀を構えて一足で間合いを詰めて女を突き倒した。同時に女は風船が弾けて飛ぶ様に森の闇の中へと吸い込まれて消えた。


「女を斬ったのアキンボ!?」アキンボは大きく息を吐いて後ずさる。


「女!? 見ただろ!? あれが女か!!」アキンボは身体一面に冷や汗をかいていた。

 

 私は女の居た地面に赤い襦袢の切れ端を見つけて拾い上げた。地面には足跡が残っていて、切れ端からフルーティな香りがした。「見ろ」アキンボの声の方を見るとアキンボは女の消えた闇を指さした。森の生い茂った木々に遮られた闇は一寸先も見通せなかった。


「アイツはこの闇のただ中を灯りなしで来たんだ。じゃなきゃここまで近づかれるか!」私は私たちの身に起きたことを何とか表現しようとする。


「…。スカイさん達の罠は帰りに見たけど残ってた待ち伏せはない…と思う。臭いと服の切れ端と足跡はあるけど…」


 アキンボは刀の先を見ながら言った。


「”手ごたえ”はあった。体幹を突いたのに血痕がない」


 総合すると、手掛かりは残っているので幻覚ではない実体を持った何かなのに他の実体に干渉されない。前世のお化けでもそんな存在は聞いたことがない。


 アキンボはさっきまで女がいた森とキャンプの境に立って私を振り返った。


「…だから剣を持てと言っただろうが…」


 私はその言葉にムッとしてたき火がついた薪を取り出して言った。


「武器ならあるけど?」


 アキンボは私と森を交互に見ると頭をかきむしって言った。


「先生が言ってた。この世には肉体と霊魂があると。あれは肉体ではないな? なら霊魂だ。もしかしたら俺たちの先祖かもしれない。だとしたら放っておくのがいい。皆の眠りを妨げたくない」


 私も幽霊的なものという考えには賛成だった。でもこの手に残る襦袢の切れ端と香草の臭い、足跡という実在がそれを否定していた。アキンボは私の前で去り際に言った。


「このことは忘れろ。いいな?」


 私はアキンボの言葉に頷くしかなかった。


 まあ、私には幽霊や霊魂を捕まえてどうこうする術なんて持っていないし…。ていうか急に何でホラー映画みたいなこと言い出すんだろうこの子は。逆にフラグだろうこんなの。


「まあ…なんか無害そうだったしね…知らんけど」


「ああ、関わり合いにならない方が良い」


 そう言うとアキンボは刀を腰の鞘にしまって、元の位置に歩いて座った。


 喧嘩の後の様に私の手は震えていた。前世でも霊やお化けの類には縁がなかった。ただ、ここは異世界なので霊魂が居てもおかしくない気がしたし、害意は感じなかった。


 ていうかまあ、私自身が霊魂の証明の様な感じがするけど。


 暫く私は森の闇を見つめた。その後で地面に落とした糸の土を入念に払って気持ちを落ち着けた。そして顔をアキンボに向けると女が現れる前と同じ体勢で座っていた。私は森の闇を見つめて頬を抓ると「もしかして夢だったかもしれない」と思った。でも手には襦袢の切れ端があったし、むこうに足跡も残っているだろう。香草の臭いも鮮明に思い出せる。


 翌日の早朝キャンプを出る時には私は仮面の女のことを話すべきか迷っていたが、話さないことにした。理由はどう考えても人間でもエルフでもない幽霊系だからだ。仮に幽霊だと主張しても、エルフ達は霊魂を信じているのだからそれは居て当たり前としかならない。問題にされるのは霊障を起こしたり祟る悪霊のような存在なのだ。


 …まあ、幽霊系ならクリシダが適任だから、彼女に話して確認するのが妥当かなぁ…。

 

 朝になって私達は集落の長屋前の広場に戻ってきた。広場の前では私達と待ち合わせしてたシーブが師匠と話をしていた。その後ろにはニコラスが立っていた。ニコラスは私と目を合わせると軽く会釈をした。そして隣のアキンボに手を上げて挨拶すると、アキンボも腕組した手を軽く上げて挨拶をする。男の子の友情はわからないが、ニコラスとアキンボはこれ以上でも以下でもない気がする。


 師匠の後ろには一人のフード付きの外套を羽織った少女が居た。少女は毛皮の外套をまとい、頭は絹の様なほっかむりで顔を覆っていた。ほっかむりからは褐色の肌と紅をさした唇が見えた。その少女の第一印象は貴族のような豪華な服に着られてる感のあるあどけない少女だった。少女は私たちの一団に向き直ると深々とお辞儀をしてきた。私もお辞儀で返すが、アキンボは頭をかいてそっぽを向いていた。師匠は武具をガチャつかせながら歩いて近づき、その後ろを少女が俯き加減で続いた。


「お待たせしました。師匠」


 私は師匠に会釈して声をかけた。私は笑顔を浮かべようとするが緊張で引きつってしまう。


 なんか、聞いた話だと、武士っていきなり切りつけられない様に、視線を切ったお辞儀はしないんだよね…。


 師匠は乱暴者ではないのだが「こう来たらこう動く」という対処を持つように心がけろと言っている気がする。口に出して言われたことはないのだが、多分そうだ。


 なんていうか…あれだよね…かもしれない運転的な…。


 兎に角やられる前にやれ状態で頭が一杯なので、師匠が私の頭に手を伸ばされると、ついピクリと動いてしまう。私の手には固い木を削って作ったタクティカルスティックの様な棒切れだった。しかし師匠の足音からしてマントの下は防具で固めているだろう。


 子供の様な対策だが、何もしないよりはマシだ。…と思う。多分。


 師匠も私の意図を察したのかニヤリと笑って言う。


「ルリコ、背が伸びたな。ちゃんと身体を作ってるなぁ。今日からお前は短剣じゃなく剣を振れ。後で鉄の両手剣を渡すから身長を武器に合わせておけ」


 身長を武器に合わせろとか無茶言うな!


「はい。…ところで師匠。その後ろの子は誰ですか? 見ない顔ですが?」


 私が話を逸らすと師匠は後ろに付いて来た少女に手を添えて言った。


「丁度いい、皆聞いてくれ。こいつの名前はクリス。俺の娘だ」


 ヒゲの言葉にその場にいたエルフはざわつく。


「娘って、お前独身だろう? …おい、まさか」とスカイは呆れ顔で聞く。


「ああ、こいつの母親は人間だ」


 ざわつく森に謝罪するかのように、クリスと紹介された女性はフードを取るとスカートのすそを上げて周囲に何度もお辞儀をした。クリスの垂れた黒髪からはエルフとは違う特徴の耳が見えた。その耳は人の耳の尻を尖らせた様な形だった。私は前世のSFドラマのスタートレックのスポックの耳に似ているなと思った。そして私は人の耳は形には遺伝の特徴が出やすく血縁で似やすいということを思い出した。私はふと気になって自分の耳をなぞってみるがファンタジーエルフの様な長耳でホッとした。


 クリスの様子に何人かはエルフは確信したのか吹聴に走る。その言葉を聞いてシーブは卒倒しかけるがその身体をニコラスが支えた。


 その場のエルフ達は遠巻きにクリスを見つめる。ネムがクリスに近づき、ねだるように聞く。


「ねえ、アタシはネムっていうの。貴方は何歳? 何処から来たの?」クリスはネムの視点に合わせるため膝を付き恭しく頭を下げながら言った。


「私はかれこれ二百年近く生きています。正確な歳はわかりません。幼少から各地を転々としているので故郷と呼べるものはありません。炊事、洗濯、裁縫は一通りできます。この技術をエルフ様の為に活かしたいと思っております」


「様とかつけなくていいよ。ていうか私も音楽好き。楽器は何ができるの?」ネムはクリスの手を握りその場で飛び跳ねる。


 私は二人を遠巻きに見ながら、ハーフエルフの寿命が人に知られたらエルフの血を欲しがるのではと杞憂した。しかし師匠だったらそこら辺も抜かりはないだろうと思い直した。


「一通りはできます。得意なのは笛です。…笛は今は調整中なので今度の機会にお聞かせ致します」クリスはヒゲの顔色を伺いながら受け答えする。


「笛はカームが上手いんだ。太鼓はデリア。私はギターかな」


 師匠はクリスに取り付いた三姉妹に近づいて言った。


「クリスは俺の女に大抵のことを仕込ませた。クリスってのは人間の言葉で『短剣』って意味でな。その名前に恥じない様に使える娘だぜ」


 ネムは師匠に笑って言った。


「子供を道具扱いとか、引くわー」そう言うとネムは師匠に舌を出す。


 師匠はネムの煽りも意に介さず顎に手を当てて言った。


「花みたいな名前をつけられるよりマシだろう」


 デリアは師匠に食ってかかるように言った。


「花の何が悪いってのさ! 花は見て良し、食べて良し、染色に良しってね!」とデリアは腕を組んで言う。


 カームはその場の雰囲気にオロオロしながら言う。


「ヒゲは武器を重用している。だから…」


「おい、カーム。俺はお前が喋ると眠くなるんだよ」


 ヒゲはカームの軽口を咎めるがカームは大げさに首をかしげるだけだった。ネムは師匠の様子を仰ぎ見てニヤつきながら言った。


「フーン。じゃあアタシ達の子供大好きクラブに入会させたろか? お?」


「何なのお前?」


 ヒゲはカームの様子に呆れて大げさにため息を付く。すると後ろのクリスが肩を震わせ笑いを押し殺す声が聞こえた。


「フフフ…」


 ネムとデリアはその様子に顔を見合わせると一緒に笑顔になる。


「クリスが笑ってる!」


「クスリときちゃった? クリスだけに?」


 ネムとデリアがクリスをはやし立てるが、師匠はため息をついて言った。


「アイツの命は集落の未来の為にあるんだよ。テメーらの遊び相手じゃねぇ」


 ネムとデリアは真顔で言う。


「子供の人生は親のものじゃないんですけど?」


「アタイ達だってそんなん求めてねぇんだわ」


 師匠は組んだ腕を解いて言った。


「ふーん? で?」


 師匠とネムとデリアはにらみ合って一触即発な雰囲気になる。ネムとデリアの後ろに居たカームがゆっくりと動くと二人の背中に手をかけると背中の服を引っ張って釣り上げる。


「喧嘩、駄目。絶対」


 二人は釣り上げられる形となって身動きが取れなくなる。


「やめろ! 服が伸びるだろ! デカブツ!」とネムは暴れてデリアは豊満な身体に布が食い込んで悶絶している「ギブギブギブ!」


 師匠は二人を見て笑いながら言う。


「お~カーム。実は俺はお前のことは結構評価してるからな? 困ったことがあったら言えよ?」


 その言葉を聞いてカームはネムとデリアを離すと師匠に言った。


「いちいち悪ぶってつっかからないで。別に私達は貴方のことなんか興味ない」


「わりぃ。俺も興味ないわ」


 それを後ろからいつの間にか復活したシーブ長老がたしなめる。


「ネム! デリア! カーム! こっちに来なさい!」


 三人はシーブに言われてトボトボと近づくと座らされて説教されていた。


 師匠はスカイが近づいて言う。


「おい、そんなに元気余ってるなら模擬戦やるぞ」


 師匠はスカイの身体を見て肩をすくめると言った。


「しゃーない。ババアのリハビリに付き合ってやるか」


 師匠はスカイさんに連行されるような形で広場の方へと歩いて行く。私の近くを通りかかると師匠は言った。 


「おい、雑魚弟子。アイツは君主の奥方と色々あったらしい。メンタルケアしとけ。メソメソうるさくて敵わん」


 そう言うと、師匠はクリスの方を向いて私の方へ顎をしゃくった。クリスはそれを見てお辞儀をする。


 私は師匠を止めて聞いた。


「えーと、ちょっと待ってください。クリスさんが君主の下に居て…? 色々て…何かトラブルでもあったんです?」


 私はクリスが君主に追い出されたとは思っていなかったが一応確認しておきたかった。それは君主の手紙が羊皮紙だったからだ。外の世界ではメモは葉っぱや木片等にかかれるらしく、羊皮紙は正式な書類に用いられるものであった。そしてその手紙は奥方の直筆で領主のサインと印で封をされている徹底ぶりである。私は形式ばった他言語の読解に難航しながらも、その文面と形式からクリスへの心配から慈悲深いものを読み取った。手紙も与えられた服も君主がクリスをそれだけ重要視しているということを明確に示唆していた。


 師匠は顎を撫でながら答えた。


「皇国の開祖がこの地を征服した時にコイツは負けた首相国の僧院に居たから連れ出してな。一応それなりの教養はあるからこの地の君主のスパイとしてしもべに扮して忍び込ませたんだ」


「しもべ?」私は首をかしげる。


「しもべは離れの住処で君主や主の雑務をこなす奴らのことらしい。衣食住の補償、税の免除がある代わりに一生貴族に奉仕する存在だ。と言っても家族のように扱われるんだと」


 クリスはその言葉に微笑みながら荘厳な仕草で誰もあらぬ方位へお辞儀した。


「だけど急に辞めて俺の下に来たいって連絡してきてな。しもべでも身元の引き受け人がいれば辞職はできるみたいでな。君主の方もこいつの身を案じて手紙を持たせて家から出させたんだ。でも俺はコイツがそのしもべをやめた原因がよくわからなくてな。なんでもこいつの主人が仮面の女にたぶらかされてるのに自分は力になれない、そんな自分が許せないとかなんとか。とりあえず女の腐った様な話で嫌になっちまった」


「仮面の女?」私はその言葉に昨日出会った赤い女を想起する。私はアキンボを横目で見るが無表情だった。


 仮面の女の話題に移るとクリスは険しい顔をして睨むような目つきを地に落として口落ちそうに言った。


「あの女はムルクワといういう旧僧院で噂になっていた災厄をもたらす女呪術師に違いありません」


 エルフ達は災厄と聞いて困惑と不安を囁きあう。その言葉を聞いてもアキンボは知らんぷりして我関せずといった感じだった。私はニコラスにヘルプの視線を送った。ニコラスは私のジッと見る視線に気づいたのか、意図を読み取ろうと目線を合わせて来た。なんか見つめ合ってるみたいで心がかき乱されるが嫌なのでオーバーに困り顔を作った。するとフッと鼻で笑う声が聞こえ顔を向けるといつの間にかフランが来ていた。遠巻きにあかちゃんを抱いたフランが私の表情を見て笑いをこらえていた。


 なんだぁ…てめぇ…? と睨むとフランは顔をそらして肩を震わせて耐えていた。私は「あーもー」と顔を手で覆って恥辱にもだえるしかなかった。


「ルリコ、クリス、ここではなんなので場所を変えませんか」ニコラスは遅れて視線の意図を察したのか近付いて来て言った。私はそれを受けて「そーですね」と口を尖らせた。


 とりあえずクリスの話は家で聞こう。そう思って師匠の姿を探すと師匠はこちらを見ながらあくびをした。


 私達はシーブ長老に報告しに近寄ると、三姉妹の姿はなかった。長老は私達を振り返ると言った。


「三人には家に帰って瞑想するように言いました」


 私は頷く。


「私達はこれからクリスに話を聞いてみます」


 長老は私とクリスを交互に見た後、ニコラスに目を向けて俯いた。


「…まあ、若い女同士の方が気持ちに寄り添えるかもしれません。いいでしょう、後で報告してください」


「あ、はい」


 意外だった。私は長老がまた何か言うのかと思ってたからだ。私がその場を離れようとするとニコラスは長老に近づいて手を小さく上げた。


「あの、質問なのですが…何故あの三人を家に帰して瞑想させる必要があるんですか?」


 シーブ長老はニコラスの質問に面食らうと、眉をしかめる。


「何故って…。あの三人は感情的になって諍いを起こしたんですよ? 感情の制御が足りてないからです」


 ニコラスは首をかしげる。


「あの三人はクリスへの誹謗中傷と暴言に心を痛めたのですよ? 正当な主張だと思うんですが」


「方法が悪いと言っています。感情的に言い合っても解決しません。ああいう状況こそ理屈を重ねていけば相手は納得して改善するのです」


「そうは思えません」


 私達の背後から声がするので振り返ると、赤ちゃんを抱いたフランが立っていた。


「あの人、カームに『悪ぶっている』って言われて否定しませんでした。それってつまり”悪いってわかっててやってる”んですよね? だったらそれを改善させない集落に問題があるのでは?」


 長老はニコラスとフランを困惑した表情で見比べると、顔を俯かせた。見ると師匠は杖をさすって握り締めると眉をしかめて言った。


「いいですか? 私はかつて経験しました! 感情というものがいかに愚かなのかを! 欲望も感情も道を誤らせる! だから、人は正しさに、論理的判断に従わなくてはなりません。貴方達にはまだわからない。そんな屁理屈をこねるのではなく論理を学ぶのです!」


 そう言うと長老は頭を押さえて苦しそうにする。ニコラスは長老を見ながら言う。


「長老…。お気を確かに。感情が乱れています」


 私は長老があまりに苦しそうなので肩を支えると二人に言った。


「確かに師匠は自分を悪いと思ってると思う。でも…それが集落にとって悪とは限らないよ」


 言葉を聞いたフランはキョトンとしてから微笑んで言った。


「私はヒゲを悪いとは言ってないよ。だって、ルリコの師匠なんでしょ?」


 ニコラスも首をかしげて言う。


「機会があれば私もヒゲの方と話してみます。長老、とりあえず送りましょうか?」


 長老シーブは杖を両手で握ると言った。


「結構です。年寄り扱いしないでください」


 そう言うと長老は一人で広場の方へと杖をつきながら歩いて行ってしまった。気が付けばアキンボの姿は広場の向こうの方に見えていた。


「フラン。長老の神経を逆なでするような言動は慎んでください」


 その声に振り向くとニコラスはフランの方を向いて話しかけていた。


「…私はあの人たちのやり方に疑問があるだけ」


 ニコラスは困り顔で言う。


「その疑問をお教えいただけませんか?」


 フランは頷く。


「わかってる。今度教えるね」


 二人のイライラな雰囲気が収まった。どうやら話が付いたようだ。


「じゃあ、私はこの子のお世話があるから。あ、ルリコ。暫くは手が空きそうにないから名前の件頼むね!」


 そう言うとフランは広場の方の長屋の裏へと歩いて行った。私とニコラスは顔を見合わせるとクリスの方に向き直る。クリスは私達のやり取りのせいか肩身が狭そうにポツンと立っていた。


「ごめんねドタバタしちゃってじゃあ、行こうか」


 私の言葉にクリスはお辞儀で返した。


 家までの道中、私達はクリスに間を持たせる為に天気とか食べ物の世間話をしてみたが、彼女はソツなく答えるだけだった。奇麗な姿勢のまま、嫌な顔一つせず、答えて欲しいことを的確に答える様が知的な感じがして感心してしまう。


 私の小屋に近づくと花の臭いが鼻腔を刺激した。小屋は粘土づくり入口には麻のタープが水捌けのために斜めに張ってある。タープの下にはカマド、束ねた薪、麻布を張ったアウトドアチェアの様な椅子と添え付けの机が置いてある。このタープ下は私がテントベースを意識してデザインした。


 薄暗い小屋の中に入ると麻のシーツを敷いた藁のベッドの上に母が寝ていた。母は薄暗い部屋の中でも浮き上がるように輝く白い肌をさらけ出していた。母の黒い長髪が漆の様になめまかしい光沢をまとって白い肌にかかっていた。


 気配を感じて母は大きな眼を開くと黒い瞳が光沢を帯びて宝石の様に輝いていた。母は寝転がっている自分の魅力を承知しているかのようにそのままの姿勢で微笑んだ。


 幼少の頃、私は母のライラが働いているのを見たことがなかった。いつも集落の中で母は座って微笑していることが多かった。後に長老から母は神話のエルフを産み落とし大いなるものの化身として崇敬されていると教えられた。この地に私たちが来る前の太古の昔。その地にある霊山を踏破したエルフが山頂でおおいなる神の似姿を見た。エルフが山から下りた時、そのなり形を伝える為に似た姿のエルフを指し示した。以来、その姿を持つエルフを神の化身として崇めるようになった。母は自分の立ち振る舞いと美しさを通して大いなる神を幻視させるための象徴として生きることが仕事なのだ。


 母は私達を迎える様に麻のシーツに覆われた藁ぶきのベッドにしなだれかかるように寝転んだ。私達は寝転んだ母を上座にして向かい合うように座った。


 座る時、クリスは母の姿を息を飲む様に見つめた後、しずしずとひざを折った。私は花の蜜でにおい付けした水をクリスとニコラスに振る舞う。クリスは一口付けて木の杯を膝の上に置いた。


 クリスは座っているだけなのに、背筋がピンと伸びした姿が礼儀作法の素養を感じさせた。私はこれだけちゃんとしているならトラブルを起こすとは思えなかった。


 まあ、どっちにしてもまずは話を聞いてからじゃないとね。


「少し大げさに感じるかもしれないけど、貴方と貴族との関係によってはエルフも身の振り方を決めなくちゃいけないだろうから。貴方のご主人様と起きたことについて話してくれない?」と話を促した。


 クリスは私の言葉に少し逡巡した後頷いて軽く深呼吸するとポツポツと話始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 まず私に起こったことを始めから終わりまで順立てて離すことをご容赦願いたいのです。私に何が起きたのか、どんな気持ちだったのか。混乱して整理がつかないのです。ただ、私が思うにこの話は気持ちの問題だと思うのです。とにかくまずは私が見て思ったことだけをお話ししたいと思います。


 事の発端はしもべだった私の耳に婚姻の噂が届いた時です。


 その噂は城で執り行われたサロンで私を見染めた貴人がいる、というものでした。当時私は神秘学のサロンを音楽や舞で賑やかす仕事をしていました。


 その噂の内容はサロンで学者様と私の物言いが話題にあがっているというものでした。


 その話はこういうものでした。


 学者は奥方様に


「良き者、美しきモノには比率が関係している。例えば人間の身体が脚からへそ、へそから頭にかけての長さ、顔の部分の位置の配置が丁度二分の一になる。これを偶然の産物と見るのは神を御業を知らぬ無知な子供の様なものでないですか? どうですか?」


 するとそこに居た美しき女音楽者は言った。


「音楽にも比率はあります。例えば一本の弦の真ん中を抑えると第八音が鳴り、弦の2/3を抑えて鳴らすと第五音が鳴り、3/4の部分で第四音が鳴ります。確かにこれは不思議です。誰かがそういう風に法則を造ったかのようではあります」


 感心した学者は音楽者の知力を試そうと質問をします。


「ではしもべよ。神は何故その様な法則をお造りになれたのか?」


 音楽者はその問いに答えるべく、部屋のピアノに座った。そして鍵盤を指し示して言った。


「音楽には音階というものがあります。白鍵のド、レ、ミ。黒鍵はその音階の丁度中間の音です。この連なりは鍵盤の有無に限らず永遠に続きます。この比率の絶対的な連なりはまるで階級のようです。そう、”階”級なのです。王や君主、貴族の方々は音楽を彩る美しき白鍵。それに対して我々しもべや民はそれを補う賑やかしの黒鍵です。この音階の整然としたつらなりは”まるで”階級のようだと言えます」


 その時、学者は音楽者が光り輝き、この出会いが運命であると確信した…。という話しです。


 そう言うとクリスは頬の熱を冷ますかのように手で自分の顔を仰いで続けた。 


 その噂話の音楽者は私としか思えませんでした。その手の噂は貴人が事前に相手にその気があるかどうかを確かめるために流されるモノで、奥方様は私に婚姻の意思を確認したかったのだろうと仲間たちと話し合いました。私達しもべはあたかも家族のように仲良く、何でも本音で話し合いました。私は仲間に「もしそうならどこへでもゆく」と答えました。しもべ仲間達にはもしそうなったら礼儀作法と淑女の勉強が必要だと言われましたが、私は苦ではないと答えました。しもべとは言え、その気がなければ否定できます。


 しかし、しもべは君主と奥方様の所有物。だからこの婚姻は相手の貴人の方へ、私を貢物として送るという意味もあります。それでも私は奥方様の役に立ちたかったのです。私にとって奥方様は記憶の中にあるまるで母の様にたおやかで知的な雰囲気を帯びた方でした。


(このクリスの話の中に出て来た神秘学を指す言葉をエルフは持っていなかった。端的に言うならそれはこの世界で起きる神が関わる出来事の博物学だった。私は包括的にこの世界の神を探求する営みを神秘学と訳した)


 その次の日。私の前に現れたのは仮面を被り赤い襦袢を被った嫌な女でした。女は私に礼儀作法の教師役だと口にしたのでその時は従いました。仮面の女は私を離れに軟禁すると貴族の方々の衣装を着せ、舞や歌、踊りの稽古をさせました。仮面の女は私が部屋を出ようとすると躾が終わるまで部屋からは出ることは叶わないと言いました。なんでもすると言った手前どんな仕打ちも我慢するつもりでしたが、サイズがキツイ服で苦しい上に、厳格な礼儀作法の繰り返しの毎日に頭がどうにかなりそうでした。離れに仲間が食事を運んできてくれた時、つい私は弱音を吐きました。するとしもべの一人があの女は奥方様の子飼いの呪術師ではないかと言いました。


「奥方様のような身分の高い方が商君とはいえわざわざこの様な辺鄙な地に嫁いだのは何故か? それは高貴な方との婚約で争っていた敵の女を呪ったことを罪に問われたからだと言われています」


 私はその様な誹謗中傷は不敬の極みだと耳を貸しませんでした。奥方様が人や世を呪うはずがありません。私は奥方様はあの魔女にたぶらかされているのだと思いました。


 私はその日の夜に屋敷の離れを抜け出して庭で楽器を奏でました。奥方様が演奏を耳にすれば私だと気づいてくれると思ったのです。実際奥方様は現れたので私は婚約について申し上げたいことがあると伝えました。すると奥方様はその件は迷っていると答えたのです。


「私は貴方が本当に婚姻をしたいのか、本音を聞きたいのです」


 私は奥方様に問われて動揺しました。そのようなことをお聞きになるのは忠誠を疑われているのだと思いました。或いはあの仮面の女が私の忠誠を疑わせるような讒言ざんげんをしたに違いないと確信しました。だからこそ私は本音を嘘偽りなく答えました。


「私は貴方に忠性を誓います」


「貴方は学者様の問いに困った私を助けてくれました。貴方の本当の考えをおきかせ下さい」


 その時私は自分に対して憤りを感じました。何度も本音を聞かれるのは信用の問題です。私が言いつけを破ったばかりに奥方様は私の忠偽を疑うしかなくなったのです。私は悲しくなりました。


 まるで騎士の様な絶対な忠誠。それが私の本音であり考えでした。


 そこから先を考えても、奥方様はまるで子供…とかこれではまるで裁判みたい…という怠惰なしもべのような言い訳ばかりでした。


 私は観念しました。最早これまで。だから私はしもべの地位を辞して父の元に戻る決断をしたのです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 私はクリスの話に相槌をうって促しながら親身に聞くそぶりを続けたが話を良く理解できないでいた。


「うーん…小難しくてよくわからないけど…」


 クリスと私の間にニコラスが割って入って言った。


「まるで、とかあたかもというのは何かを比喩するレトリックとして使われます。まるで音階は階位みたいと言われれば一体何の比喩なのかと疑問に思われても仕方ないかもしれません」


「あーまあ…確かに『まるで本当の親子の様に仲良し』って本当の親子に使うのはおかしいもんね」


 しかしクリスは微動だにせず答える。


「それは言葉遊びにすぎません。私の中にあるのは忠誠のみです。その有り様を騎士に例えただけのことです」


 ニコラスはクリスに言い聞かせるようにゆっくりと言った。


「貴方の気持ちは強い。それは話の中で貴方は奥方様が問いに困った時、助け船を出したのからわかります。しかししもべの貴方が貴族の奥方様を助けることは上下関係としては正しい在り方じゃないですよね?」


「ーーーーー」


 クリスはニコラスに何かを言い返そうとするが、口だけが動くだけで言葉にならない。その様子から私の中で合点した。『まるで奥方様は子供だ…』というのは彼女が奥方様の庇護者だと考えている内心がありそうだったからだ。それでもクリスは目を大きく開きながら絞り出す様な声で言った。


「私は…お助け…お守りして…」


 しかし助けるも守るも上位者に使う言葉ではない…というニコラスの言葉を思い出したのか顔を覆うとシクシクと泣き始めた。私は手桶に水を入れると彼女の前に置いた。この集落にはハンカチなんて上等な布はないから顔を洗わせるしかない。


 私とニコラス、母さんはクリスを泣かせたままで慰めたりはしない。これは私達が冷徹な訳ではない。議論が好きなエルフの中には負けて泣く者は珍しくないからだ。なんなら泣きまねするエルフすら居る。私とニコラスだって泣かされたことはある。だからわかるのだ。プライドが高いエルフを慰めるのは傷に塩を塗る様な行為だと。


 泣いた人はそっとしておく。という慣習に従って、クリスが泣き止むのを待って私達と雑談を始めた。


「奥方は呪いを使うとありましたが。呪いは迷信ではないのですか?」


 母はニコラスの質問に「ふふっ」と小さく笑うと言った。


「呪いはあるわよ。呪いというのは人に自然や心を支配、作用させる言葉なの。正確には対象に命じるのが呪文。呪文を投げかけられたものに宿る作用が呪い、それら一連の手順を儀式、それらを総じて呪術と呼ぶの。私たちの祖先は漁や農業にも呪文を使っていたのよ」


 ニコラスは母に少しいぶかしんだ表情を向けた。


「私達エルフは呪文を神から賜ったと神話には伝えられているわ」母はそう言うと眼を瞑って語り始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 かつて我々の始祖の末裔は他の地の森の中で恵みを狩り、収穫していた一族だったの。その地の名は誰も知らなかった。しかしその森に住んでいた我々の祖先は”大いなるもの”から産み出された血族の末裔であり”大いなるもの”はその森にエルフを産み落とした後、どこかへ去ったと伝えられていた。エルフはその”大いなるもの”を母神と崇めていた。


 それから我々は数千、数万という悠久の時の流れの中で森で産まれ土に還る生活を送ってきた。


 そんなある日、後にリレゴラスと名付けられる狩人は夜の暗闇が急に朝ほどのまぶしさに照らされるのを見たの。その光の後、大地と空が揺れて地上を天変地異が襲った。火の粉が降り注いで森に燃え移り祖先達は住処を焼け出されたの。火の手がくすぶる森には帰れず、私達エルフは新天地を目指して移動を始めた。


 新天地を求めて彷徨う私たちの前に矢も刀も通さない金属の身体をした人型が現れた。その人型は自らを天から来たオウムアレアと名乗った。エルフは新たな土地と豊穣と知恵と科学を与えてくれた彼女を知神と崇めた。オウムアレアは祖先と話す中で我々の種族をエルフ(elf)の種族と名づけた。そして九人のエルフの名付け親になった。オウムアレアはこれらの施しを自ら起こした天災の補償だと言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「最もわかりやすい呪いは名付けなの。オウムアレアの名付けもまた呪いなのよ」


 私は顔を上げる。


「名付けとはこの世の対象に対して意味や意図をそうあれかしと縛ること。仮面の女はクリスを淑女たれという言葉を用いて着物で椅子に縛り付けて教育という呪文を唱え続けた。そうあるようにと呪文で吹き込んだ。この方には辛いことだったのね」


 クリスは泣きじゃくりながらも首を横に振った。母は流麗な仕草で口元で指を合わせる。


「エルフと言うのは伝説にある長命で美しく聡明で清廉な種族の名前らしいの。産みの母である大いなるものは美と長寿を。そして知恵の母オウムアレアは私たちに”賢く清廉であれ”と念じたの。エルフの生命と文化はそうなるようにと形作られたのよ」


「つまり我々の寿命も美しさも知も文化も全ては呪いなんですね」とニコラスは淡々と答える。とりあえず上司の話を「そうなんですねー」と対応している時の部下の感じで信ぴょう性がなさそうな気持ちが表れている。私は二人の態度を取り繕うように言った。


「でもそれって呪いでもあって願いでもあるんだよね。そうあって欲しいっていう期待の言葉なんだよね」私は場の空気を変えようと当たり障りなく言ってみる。


「そうよ、ルリコ。呪いは言葉なのよ」


 私は母の言葉に気づきを得て納得する。名前はそうあって欲しいという願いなのだろう。私の前世の瑠璃子という名前は誕生石と併せて崇高という石言葉の意味が込められた。だが、私は崇高な生というのが想像できなかった。今にして思えば”名前負け”というやつだったのかもしれない。私はそんな名前が重圧に感じることもあったがそれが呪いでもあったのだろう。


 そしてクリスの話だけを基にするなら、奥方の呪いが悪意によるものでなく、貴族の嫁に変える為と考えると納得がいく。というか、花嫁修業自体が花嫁に転じよという言葉を吹き込んで転じさせる儀式なのだ。どちらにせよ、君主側とこじれたと思える要素も無さそうに思えた。これはよくあるボタンの掛け違いの様な勘違いから起きたディスコミニケーションだ。


「あの…」


 泣き止んだクリスは桶で顔を洗ったのか涙と共に踊り子の様な派手な化粧も落ちていた。化粧を落とすと大人っぽさが消えてあどけないさが感じられた。


 私はクリスの事情を聞くために設けた場だったことを思い出した。それがいつの間にか呪術の話で盛り上がっていた。私は話の軌道を修正しようと「ええと…」と頭を働かせ、クリスに聞かせた。


「貴方と奥方さまはちょっとした行き違いをしただけで。貴方達には身分を越えた信頼関係があったんだと思う。だから奥方様は貴方に対等な立場で何を思うかを知りたかったんだと思うよ」


 クリスは私の言葉を聞いて俯くとポツポツと話し始めた。


「幼少の頃。私はエルフ語を話し、人間の言葉を扱えるようにと教えられました。最初に覚えた言葉は『母』です。その教科書は聖典で、母とはリリス、イヴ、マリアを指す者だと教えられました。だから私は長らく…自分の母は遠い天国の様なところにいるのだと思っていました」


「母は自分のことを母とは教えませんでした。母はエルフである父を天使だと思っていたと思います。偉大な天使の配偶者である自分が元売春婦だったと娘に伝えるべきではないと思ったようです」


「大人になった私は自分は孤児か捨て子で、それを隠者の方が育ててくれたのだと思っていました。でも心の中ではずっと『この人がお母さんだったらいいな』『まるでお母さんみたいだな』と思っていましたし、願っても居ました」


「母が死んで遺品を整理した時…母の日記を見て…全てを知りました。かつて売春という過ちを犯し、それを償う為に隠者の道に進み、父と出会い私を産んで育てた。今にして思えば母は嘘は言っていません。過ちの母リリスでもあり、産みの母イヴでもあり、育ての母マリアでもあったわけですから…。そして…その三つの名に新たに母の名が連なったわけです」


「その日記には私への慈しみ、愛、死後への憂い過去の過ちの葛藤。母の内心全てが書かれていました。気が付けば母はイヴ達と同じテキストの中に封じ込められていたのです。よくできた悲劇です! 私にとって全ては知識でしかないわけですから」


 クリスは涙を流しながら言った。


「遺産の相続がどうとか、誰かの為に役立つ技術とか、父が偉大なる種族の人だとか…どうでもよかった。そんなことより抱きしめられてその温もりを感じたかった!」


 そう言うと、クリスは感情を落ち着かせていった。


「これが私の本音です。私は奥方様をまるで母みたいだと思っていました…。だから守ろう、お仕えしようとしていました。でもそんなことを言えるわけはありません。だって私は他人に役立つために生まれて来たクリスですから」


 クリスさんの心情の吐露に対して私とニコラスはどうしていいか解らなかった。エルフの中で激情家や親の無い人、義理の家族はいたけど。こういう特殊な生い立ちの人は滅多にいないからだ。ニコラスと「どうしよう?」と視線で会話していると、母が立ち上がった。


 そしてクリスに笑顔を向けながら近づく。


「貴方…お辛いのね。そんなに辛いんだったら…消してあげようか? お母さん」


 クリスは母にそう言われてギョッとする。母はクリスの対面にちょこんと座る。


「消すって…母はもう…」


「そうだよねぇ。お母さんもう死んじゃったもんねぇ」


 クリスは母にムッとした表情をする。母は微笑む。


「まだ持ってるでしょ? 本。 燃やそうか?」


 途端にクリスは怯えた表情を見せて母から目をそらして言った。


「お許しください…! どうか…。本だけはどうか…」


 しかし母はクリスに「こっちを見なさい」と言って目線を戻させると言った。


「違うから。それ。お母さんじゃないの。それはただの形見。貴方のお母さん、ここ」


 そう言って母は腕を震わせながらクリスの頭を指す。


「貴方のお母さんの声、臭い、表情…。全部ここにある。それがトラウマだって言うなら消してあげる。…どうする?」


 クリスは母を少し不思議そうに見つめた後、首を横に振って言った。


「消さないでください。母との大切な思い出ですから」


 母は喉を鳴らす様なクスクス声で笑って言った。


「ねえ、クリス。神はクリスを助けない。神は平等だから。だからね…貴方がクリスを助けてあげて。でもね…」


 母は真顔になって言った。


「どうしても辛かったら言いなさい。その時は、私が新しい名前をあげるから」


 クリスは母にコクリと頷くと、頭を下げて言った。


「肝に銘じます。クリスとして生きて行けるように勤めます」


 クリスも感服したのか平伏までしている。それにしても母がここまで動いて喋るのは久々に見た。母はいつもはこんなことをしないのに。


 クリスは顔を上げると母をうっとりとした顔で見つめる。そして私達に向き直ると言った。


「あの…私…この御方のしもべとかになれたりは…」


 ニコラスはある程度予想してたのか最後まで言わせず手で制した。


「この集落にはしもべという制度はありません」


 その言葉を聞いてクリスはピクリと身を震わせるが「承知しました」とまた平伏した。多分ちょっとショックだったんだろうな。母はクリスを見下ろしながら頬に手を当てて言った。


「あら、ごめんなさい。ちょっと薬が効き過ぎたみたいね。わたくしメソメソしてる方が不憫でしょうがなくって…」


 その言葉を聞いたクリスは目を瞑る。そして見開くと言った。


「もう、二度とメソメソしません」


「今、私は娘に謝ってるの。貴方に話しかけてない。勘違いしないで」


 まさかの塩対応。


 母の言動にクリスは目を瞑るが、何か口元が緩んで喜んでるように見える。


 ク、クリスさんがどんどんおかしくなってる…。


「しかし、その奥方という人は随分と聡明な印象を受けますね」


 どうやらニコラスはクリスさんの様子に一切触れないと決めたらしく話しを戻す。


「うん。それにクリスさんが集落で肩身が狭い思いをしないようにっていう配慮がありそうだから…。そこら辺もケアしないとね。というわけでクリスさんは他に何か聞きたいこととか心配事ってある?」


 クリスさんは胸の前に腕を組むと感謝の礼をする。


「今私は満ち足りています。ただ…強いて言うなら…私は奥方様のことが気がかりでなりません。今にして思えば…何か思い悩んでいるご様子でした。なので…許されるのであれば…どうか貴方様方に…」


「あ、そうか。紹介がまだだったね。私の名前はルリコ。ルリコって呼んでいいよ。こっちの人はニコラス、あっちは母のライラ」


 クリスは頷いて「綴りは?」と聞いてくる。母が咳ばらいをするとクリスは真顔に戻って言う。


「ルリコ様、ニコラス様に、奥方様のお悩みの相談相手なっていただけないかと」


 クリスは私達に平伏すると言った。


「皆様のお知恵なら、或いは奥方様の憂いを推し量ることが出来るかもしれません…。願わくばどうかあの方の友となり側にあって孤独を癒してください」


 クリスが奥方の友達を願うというのは失礼かもしれないが、きっとその失礼を承知でしもべになることを提案したのだろう。つまり我が身を代償にしてでも助けたいと願っているのだろう。


「…ところで奥方様の名はなんとおっしゃるのですか?」


「奥方様の名前はププタンと言います」クリスは少し迷いながらも、頭を地に伏して答えた。


「…どういう意味ですか?」


 可愛い名前だな! と思ったがそんなことを言ったらクリスの心証が悪くなるのは目に見えていたのでのみ込んだ。


「ププタンは御供という意味です」


 私は奥方様の名前に胸の高鳴りを感じた。エルフの美しさがあるとはいえしもべにここまで慕われる奥方様とはどんな人だろう? 私はクリスに慕われる奥方様に期待を膨らませずには居られなかった。

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