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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
72/72

造花にかけられた鍵

次回の更新は3/29です。

「羊皮紙は私の言葉を遠くに伝えます」


 笑いが収まったかと思うとカラリリさんは何事もなかったかのようにさっきまでの彼女に戻って淡々と話した。


「しかし羊皮紙は数が足りません。何故なら素材である家畜の数が限られているからです。しかしこの紙は…植物なのでしょう? 植物は獣より数が多い。だから沢山作れる。この紙が沢山作られるようになれば…。私の多くの言葉を国民に伝えられる様になります。するとどうでしょう? いずれ私は民に会わずとも私の言葉を聞いて見て従うようになります。そうすればいずれはバラバラである我が領を一つにまとめることができるというわけです」


 あー…成程。確かに言われてみればそうか。


 そこまで言われて合点がいった。確かに私もカラリリという統治者が居ると言うこと、従うべきだと思っていることを紙で知らされたら「そうなのかな?」って思ってただろうし。実際逆らうことは「面倒だからやめよう」ってなってだろう。


 脳裏にさっきエイリスさん達が民衆に紛れて民を先導していた場面が思い出される。


 ああいう風に誰かに扇動されたら人は「そうなのかな?」と思って従ってしまうだろう。それが紙で、より沢山、より広く紙で伝えられれば…。エルフがその場に行かなくても支配できる…。そう考えると確かにヤバいかも。


「逆に言えば、紙で誰かが敵であると伝えればたちまち民たちはそれを敵とみなしてしまう。書かれたことによって善も悪も。税も土地も思うままに操れてしまう」


 …あー…。そうか。紙を使って「あの土地は私達のもの」って言われたら「そうかも」って皆思うかもしれないし…。税を払うべきって書かれててたら「そうかも」って思うだろうし…。あれ、ちょっとまってこれ。下手したら私達こそ世界を支配する王であるってことにすることもできちゃうんじゃない? それって控えめに言ってヤバくない? 王様がそんなもの持ってるやつが居るって知ったら普通に殺…。あ…。


 気づいてカラリリの顔を見ると彼女は手に持った紙を見て困ったように笑っていた。


 そうか…つまりさっきカラリリさんは…私を殺さなくちゃって思ってたんだ…。まあそりゃそうか。この紙を使えば…。ラヴェルヌを悪にも正義にもできちゃうんだから…。


 カラリリさんは両手を上げて紙をヒラつかせながら言った。


「しかしそれは遠い将来の話。今の世では紙は大量に作れませんし、字を読める民もそう多くはいませんからね」


 ああ。そっか。そういえばこの世界って識字率低いんだっけ…。


「じゃあこの紙はもっと量産して…学校とか作って…」


 そこまでいいかけてカラリリはハッと鼻で笑うと私を横目で見て言った。


「いいえ。この紙というもの。これ以上はやめた方が良い。こんなの作ってるってバレたら貴方。普通に殺されますよ」


 それを聞いて私達も奥様方も顔を青くする。


 いや…。でも確かにそうかも。今はそうじゃなくても…。量産体制が整って、人が字を読めるようになったら…。その頃には私も多分印刷まで技術を進めてるだろうから…。世論を操作できる様になってると思う。そうなったら国家転覆もできるわけだから…下手したら殺されてもおかしくない…。私だけじゃなく民もエルフも…。


「封印しましょう」


 私がそう言うとカラリリは首を振った。


「いえ、ここまで形になってしまったら…。ここで封印してもいずれ誰かが再現してもおかしくない。貴方はこの製法を秘匿ひとくしていたわけじゃないんでしょう?」


 …すみません。むしろここに住んでる人達の大半が見聞きしてるどころか実際に手伝ってくれたし…。そんなに難しくないから簡単に再現できちゃうかも。


 私の顔を見て察したのかカラリリは前髪をかき上げる。


「ここの住人が余所に出ない様に管理することをおススメします」


 まあ…別に放っておいてもここの人達は外に出ないだろうし…出るとしたら…。


 脳裏にケペンさんとヘネシーさんの顔が浮かぶ…。


「あ…でも…ケペンさん達は知っちゃってるかも…」


 そう言ってみるとカラリリは据わった眼をこちらにまっすぐに向けていた。


「あ、今度口止めしておきますね!」


 あ、アカン。ケペンさんの命が私のせいでヤバイ!


「それで…カラリリさんは紙をどうするつもりなんです?」


 そう言われてカラリリは置いた紙を指で撫でながら言った。


「そうですね。汚れ取りのチリ紙にでもしましょうか」


 ええ…そんな用途? …まあでも普通に支配に使ったら暗殺確定演出になっちゃうのか…。


「まあ…。それはわかりました。それで…紙と鉄が一対一。で本当に良いんですか? チリ紙ですよ?」


「失礼ですがルリコ様は城で暮らしたことがありますか?」


「…まだないですね」


「一回体験してみれば鉄と交換してでもチリ紙を欲することを理解できるかと」


 いや、理解したくないです…。


「わかりました…でもこの目録を見ると運ばれて来た鉄製品の数って百個ですよね? 紙は三百はありますよ? 出来のいい紙に限定しても百以上あります。そこに木材を加えたらラヴェルヌさんの持ってきた数だと足りなくないですか?」


「不足分につきましては、後日の精算という形でお願いできませんでしょうか。その証としてラヴェルヌ家の名で証文をお出しします。もしご不安でしたら、私の身柄をここに預けても構いません」


 カラリリの言葉を聞いて私の心が「そんなことはやめくれ!」と悲鳴を上げる。


「いや、そんな! 私はラヴェルヌ家を信じてますから」


 そう言って精一杯の営業スマイルを作った。するとまたもやカラリリは私の顔を穴が開くほどジッと見つめてくる。私はその目線から逃れる様に顔を明後日に背ける。


 ああ…。やっぱこれあれだ…。この感覚。何か覚えがあると思ったら…。すっごく似てる。母さんに。


 私の脳裏に小さい黒髪エルフの顔が思い浮かぶ。


 いや、でも母さんと違ってこの人情緒不安定すぎる…。いつ爆発するかわからない地雷原みたいな感じが苦手なのかも…。とにかくこの人を人質なんかにしたらどうなるかわかったもんじゃない。何か適当なもので清算してとっとと帰ってもらおう…。


 紙を見るのに飽きたのか外に出たカラリリの後を追いながら手に持った目録を必死に眺める。目を目録に走らせれば走らせるほど気まずい沈黙の時間が流れてより焦燥感を駆り立てる。


 ああ…残りは武器とか鎧ばっかで欲しくないモノばかり…。うーん一体どうすれば…。


 すると突然どこからかヒヒーンと馬が鳴く声が聞こえた。それを聞いた脳が遅れて「これだ!」と叫ぶ。


「馬が欲しいです!」


 そう叫んだ私をカラリリが驚いた顔で振り返る。

 

「貴方が? 馬を?」


「そ、そうです」


 それを聞いたカラリリの顔は驚きの表情から眉を吊り上げたような表情に変わっていく。


 ええ…。なんで怒ってんの?


 頭では母さんと違うとわかっているのに、つい身体はカラリリの目線を逃れようと縮こまってしまう。


「貴方達は馬を操る技術を持っているんですか?」


 振り返ったカラリリは私の前に立って品定めするような目つきを注ぐ。


「い、いえ。初めて見たので操れませんが…。馬を農業に使えば…さっきの女の人達の時間を浮かせられるかなって…」


「馬を農業に使う? 戦争ではなくて?」


「戦争?」


 そう言って私がカラリリを見ると彼女はさっと身体を横に向けて言った。


「あの馬はラヴェルヌが統一を果たすために生み出した草原を駆ける生きた兵器なのです」


 兵器? 馬が? まあ…確かに戦国時代には馬で戦ってたみたいだけど…。


「はあ…?」


 カラリリの声に私は胡乱うろんな声をあげる。すると背後からアキレアが耳打ちした。


「ルリコ様。馬を侮ってはなりません。馬は駆けるだけで歩兵をなぎ倒し戦局を変えうる生き物です」


 そう言われても…。だって馬が通り過ぎる時に剣とか槍で切りつければ簡単に倒せそうだけどな。


「アキレアだったら馬を避けて反撃できるでしょう?」


「できますけど万人はできなければ意味がありません。何故なら隊列は凡人によって作られるものだからです。わかりやすく例えばルリコ様は飛んでくる矢を避けて切り落とせますか?」


「ムリ」


「仮にできても倒れ込んでくる馬に押しつぶされたらどうなります? 馬は大の大人が数人がかりでやっと持ち上げられるぐらい重いんですよ?」


 そ…。そうなんだ…。


 そう言われて私は腕を組んで少し考えた後、顔を上げて言った。


「だ、だからこそですよ。ラヴェルヌ家が作り上げた生物兵器だからこそ欲しいんです。それだったら紙の支払いにちょうどいいと思いませんか?」


「いえ、それだとむしろ紙が不足ですね」


 う…こっちのツケで私が身代ってことになってもカラリリさんと離れられそうにないな。


「い、いや。年老いたオスでいいんですよ。なんならロバでも構いません」


 それを聞いたカラリリが眉をピクリと動かす。


「貴方はロバを知っているんですか?」


 し、しまった…。そっか…異世界の人ロバ知らない説があったんだった…。


「え…エルフの影がそ、そう言ってました…」


「ほう…」


 それを聞いたカラリリの目が細くなる。


 エイリスごめん…。ああ…ていうかヤバいな。私、この人と話しているとペースが乱されて…語るに落ちてる…。ヤバイ…。


「それで馬を農業にどう使うんですか?」


「え?」


 それを聞いて私は頭をひねる。


「どうって…有刺輪ゆうしりんって馬が引くモノじゃないんですか?」


 そう言いながら脳裏にケペンさんに見せてもらったトゲトゲのついた農具を思い浮かべる。


「あれはモーフが引くものです。アレを馬で引かせると?」


 ああ…そう言えばケペンさんがモーフ用って言ってたなそう言えば…。


「ま、まあそうです。ほら、モーフより馬の方が馬力がありそうじゃないですか…」


「馬力?」


 ああ…。やっぱ私外交の才能ないかも…。


 助けを求めて後ろを向くとアキレアとフランを見ると二人は可愛く小首をかしげる。


 ああ、ダメだ…。


 諦めてカラリリを振り返る。


 もしかしてこの人…相手を喋らせる神器とかもってんじゃないだろうな…。


「相手にムリヤリ話させる神器なんて言い伝えにはありませんよ」


 やっぱこの人怖い! た、助けてシーブ長老!


「で、馬力って何ですか?」


 色々考えた挙句、私は観念した。


「ば、馬力っていうのは……その……馬一頭が出せる力を基準にした単位で……えっと、それより強いと二馬力とか三馬力って言うんです」


「ということは馬力より強い力を持つ何かを計測するため単位ですよね? 馬より強い力を持つそれとは何ですか? ていうか馬を先ほど始めて見たと言いましたが何故馬力を知っているんですか?」


 そう言われて私は脱力して床を膝についてしまう。


 だ、ダメだ…。なんか…。私…嘘をつくのに向いていない…。これ以上話したらバレる…。転生者だって…。バレたらどうなるかわからない…。この人がどう思うかわからない。こ、怖い…。


「勘弁してください」


 …。


 そう口にした後、長い沈黙が沈黙が続いた。あまりに長かったのでそっと見上げると私を見下ろすカラリリの眼とあってしまった。途端にカラリリは小さく震えるとうっとりするように目を細めて言葉にならないようななやましい声をあげた。その声を聞いた途端身体に怖気がはしって立ち上がると私は彼女を睨みつけた。


「し、失礼しました」


 私が睨むと途端に彼女は身を縮こませてオドオドしたように顔を伏せる。


 いや…なんだこれ。


「あの…なんかもうやめません? こういうの」


「…?」


 そう言うと彼女は顔を背けながら私を盗み見る様に眼だけ向けた。


「私はカラリリさんと仲良くしたいんですよ。だからこういう駆け引きみたいの…やめません?」


 その言葉を聞いたカラリリは縮こませた上体を上げて微笑んだ。


「承知しました。我々ラヴェルヌは貴方との友誼ゆうぎを望みます」


 違う、コレじゃない。


 私はカラリリに首を振って言った。


「えっと…ラヴェルヌじゃなくてさ。貴方自身と仲良くなりたいの」


「私自身? 私はここにいます」


「いや、だからそうじゃなくて。家とか関係ない貴方自身と仲良くなりたいの。家との利害関係とは別の貴方個人」


 カラリリは頬に手を当てると困ったように眉をひそめる。


「…私はラヴェルヌ家で生まれ育まれ共に在りました。ずっとあの家にんでいます。そんな私から家を引いたら、何が残るんですか?」


 そして私を見つめて来て言った。


「貴方はどうですか? 森人である貴方達から森を引いたら何がのこります?」


「…ま、まあ…。森から離れた私はここにいますけど…」


「でも何かする時は森の為に、森の利害の為に行動しますよね?」


 う、うん。まあ、部分的にはそうだけど…。


「貴方もそうですよね?」


 そう言ってカラリリはフランの方に目を向ける。すると背後のフランはフッと笑って言う。


「確かにそうかもね…。でも森が私の弟を見捨てろって言った時、私は従わなかった。ルリコはそんな私を助けてくれた。…だから、森の為だけで動くわけじゃないよ」


 それを聞いたカラリリは目を伏せた後、私をまっすぐ見て言った。


「……それは、ずるいですね」


 そう言うとカラリリはあらぬ方を見つめて言った。


「誰しもがそんな本音で生きていたら。国はどうなります? 家はどうなります? 民たちはどうなります? 本当はやりたくない。そんな本音を隠していると知ったら? そんなことは口が裂けても言えません」


 そう言うとカラリリは目を伏せて言った。


「私は…そんな私が嫌いです。家の象徴になろうとしてなり切れない不出来な自分が嫌いです。そう成ろうとしてもなり切れない自分が嫌いです。家族が嫌いな自分が嫌いです。役目が嫌いな自分が嫌いです」


 そう言うとカラリリは顔を上げて私を見た。


「嘘がヘタな人は、嫌いです。騙すなら、最後まで騙しきってほしい」


「そうすれば、私はその人を嫌いにならずに済みます」


 その言葉は私の胸にグサリと刺さった。同時に、どこか昔の自分を見ているような気がして、カラリリに対する愛しさがジワリと胸に広がる。


「わかったよ…じゃあ…話しますよ」


「は?」


「…!?」


 私の言葉に後ろから二人の声と息を飲む音が聞こえる。振り返るとフランは眉をつりあげ、アキレアは悲しそうに眉をひそめて肩を落としていた。


「え? 何?」


『何って…。まさかルリコ。ずっと私に黙ってたこと話すつもりじゃないよね?』


『そうだけど…。それが何?』


 そう言うとフランは自分の胸に手を当てて言った。


『え? 何って…。なんで今? なんで私には話さないでその女には話すの?』


『いやだって…別に聞かれなかったし…』


『…私は待ってただけだよ?』


『別に聞いてくれればいつでも教えたんだけど…』


『信じられない…』


 それを言うとフランはがっかりしたような顔で私を見つめた。隣でアキレアも肩を落としながら地面を見ていた。


「私はルリコ様の剣ですから…。ただの剣。それだけです…」


 なんでそんな顔するんだろ。別に、何かが変わる話でもないのに。


「…別に教えても良いけど…本当突拍子もない話だよ? それでも聞く?」


『聞くよ』


「それを知ればよりよい護衛ができるかと存じます」


 私の言葉にフランとアキレアが顔を乗り出して言う。


「大したことないのに騙していたんですか?」


 カラリリの言葉に肩を落としてうなだれる。


「…まあ、人によっては私を見る目が変わるかもね…クリシダは気にしてないみたいだったけど」


『え! 私には話さずにクリシダには話したの!?』


 そう言うとフランは私を責めるような目で見る。


 いや、もうそれはいいじゃんか!


「成程。確かに秘密を話してから態度をひるがえすのは卑怯かもしれませんね」


 そう言うと、カラリリはツインテールの毛先で頬を暫く撫でた後、止めた。


「わかりました。その秘密を打ち明けていただければ誠実の証とします」


「いや、別に…。嫌いになっても良いんですよ。好きになるのも嫌いになるのも個人の権利ですから」


 それを聞いてカラリリは目を伏せて言った。


「そんな話をしておいて。何故そうも平然としていられるのです?」


 そう言うとカラリリはイライラした様子で自分のツインテールの毛先を引っ張る。フランは何か言いたげに口を開きかけたが、言葉を飲み込んだまま私を睨んでいた。


「そうかな? 別にどうでもよくない?」


「…実に興味深いですね」


 そう言うとカラリリは私の周りを歩きながら言った。


「貴方は本当に不思議な方です。どこか抜けているかと思えば、突拍子もないことを言い出す。まるで分厚い叙事詩を開く前の様な奇妙な高揚感に似た何かを感じます」


 そう言ってからカラリリはまた目線を落として言った。


「しかしそんな偉大な物語を見ると、その偉人と自分があまりにかけ離れすぎていて…。自分が無価値に感じることがあります。何故自分はこう在れないのかと。少し、苛立つんです」


 あーそれは確かにあるかも。


「いや、でもさ。私の話を聞いてもそんなことはないと思うよ? 本当に聞けば『なんだそんなことか』ってなること請け合いだから」


「それでも聞くよ…」


 そう言ってフランは私の裾を握った。それを見て私はフッと笑って言った。


「わかった。でもここじゃあ人の耳もあるかもだし、向こうで話そうか」


 フランは裾を握ったまま、何も言わずに頷いた。そのまま私達は森に向かって歩き出した。

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