種まく人々
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私達はデサさんを探しながら建築現場をぐるりと回ると、木製の樋が伸びた壁が見えた。近くに石畳に縁どられた勝手口があり、中に入るとそこには紙をすく為の大きな排水ピットが置かれていた。
おお…小学校の時に見た和紙を作る工房に似ている気がする…。ていうかこの家って私の家なのになんで紙作りの工房があるんだ…? いや、別にいいけど…。
「あ」
私達が部屋を見ていると隣の部屋から女性が顔を覗かせて来たので見ると、そこに居たのはクラリネだった。クラリネは以前来ていた胸の谷間を強調したワンピースと黄色いスカーフではなく厚くて白い布のワンピースを着ていた。その豊満な胸には何枚もの紙が束ねられた帳簿の様なモノを抱いていた。
「お久しぶりでございます。ルリコ様」
そういうとクラリネは白い服が汚れるのも構わずその場に跪く。
「ああ…。止めてくださいよクラリネさん。私達友達なんですからそんなことしなくていいんですよ」
そう言うとクラリネは顔を上げて言った。
「そうでしたか。私を未だに友と呼んでくれて…感謝します」
そう言うとクラリネは立ち上がって私に微笑んだ。
「ええと…なんか前よりキレイになりましたね」
「そうですね。それはルリコさんと同じ理由かもしれません」
私と同じ理由…?
私が小首をかしげてもクラリネさんは微笑んだままだ。
うーんなんか…今幸せですって顔しているし…ラッセルさんと上手く行ってるんだろうなって…。ああ…。そういうことかなんかハズイな…。
「私ってそんな浮かれてそうに見えますか?」
「いえ、ここに来る前にニコラス様にお会いしましたから」
「それはどういう…」
「男は女によって強くなるものなんですよ」
「…ニコラスは前から強い人でしたよ」
「そう信じてくれる人が居ると知るだけで人は強くなるものです」
そうなのかなぁ…。
私が首を傾げると背後でフランが咳払いをして言った。
「この部屋は何?」
フランはカタコトながらもクラリネにそう聞いた。するとクラリネは手に持っていた帳簿の様なモノを取り出してめくってから言った。
「これはルリコ様がむこうで夫に指示された紙作りの工房のスケッチを基にして建てられた部屋でございます」
私がクラリネの様付けをたしなめようとすると、彼女は片手をやんわりとあげて制した。
「ルリコ様、今は仕事の主従関係でございます。私達の仕事はいかがでしたか?」
そう言われて私は再び部屋を見渡してから言った。
「イメージ通りだと思う…。ただ…」
「なんでしょう?」
「この排水ピットに汲む水って手でやるんだよね…それって大変じゃない? たしか屋根にタンクを作ってそこに雨水を貯めてパイプで各部屋に循環させるようにすれば…」
「申し訳ありません。もう一度お願いします。タンク? パイプ? とは何のことでしょう?」
「えーと鉄製の桶の様なモノを屋上に設置して…それを鉄の筒で各部屋に繋いで流すんですよ」
「そうでしたか。しかしそうなると配管の為の追加工事が必要になりますね…」
「あのぉ…もしできたらでいいんですけど…」
「はい、何なりとどうぞ」
「どこかこれぐらいの部屋を丸々一つお風呂にできませんかね…?」
そう言うと私は図面の一つの大部屋を指さす。するとクラリネは口元に手を当てて言った。
「この地は水が潤沢なのでそれをひいて集めて温めればあるいは…。部屋に地下を掘ってそこに空間を作り熱気を送れば保温も可能です。所謂テルマエに近いものであれば…しかし…一つ問題があります」
「な、なんでしょう?」
「このような大量の水と空間を温めるとなるとかなりの量の薪が必要になります。そうなると…エルフ様の森を伐採しなくてはなりませんが…よろしいですか?」
よろしいんだろうか…?
そう考えた時に私の脳裏に怒ったシーブ長老の顔が浮かぶ。
「よろしくないかもです」
そう言った後に私は肩を落とす。
ああ、お風呂…入れないのか…。
「ルリコ様。こちらの浴場ですが風呂桶に変えてみてはどうでしょうか? 風呂桶であれば大規模な工事もいらず、薪も少量で済みます」
「ああ、確かに必ずしも皆で入る必要はないですよね…。っていうかそうだ。サウナって作れます?」
「サウナであれば先ほどの床を温める方法であれば可能です。小部屋であれば、大浴場程の大きさも必要はありません」
「あ、じゃあ風呂桶とサウナを追加してくれたら助かるかな」
「承知しました。それであの…一つ聞きたいんですが」
「ん?」
「どうしてサウナを追加したんですか?」
「ああ…なんていうか…どうせなら皆と一緒に入って喋りたいかなって思って。集落の皆とか友達とか長老とか…裸の付き合いって好きなんだよね」
「そうですか…それは…実に羨ましいことですね」
「? クラリネはサウナ嫌いだった?」
それを聞いたクラリネは口元に手を当てた後、手を下ろして微笑んで言った。
「……私は、人の少ない方が落ち着きます。特に、あなたとなら」
「ふーんじゃあ…」
「良い薬湯。ご紹介しますね」
「おー良いねそれ」
すると後ろの方でフランがクスクスという笑うとクラリネに言った。
「私もそれ気になるかも。ねえ、ルリコ一緒に入ろ?」
突然のフランの提案に私は振り返る。
「え、なんで一緒? 狭いから別々でよくない?」
「何でって私達…親友だし…」
何でもじもじするんだ…。
「お二人には特におすすめの薬湯ですよ」
もじもじするフランにクラリネが近づいて言う。
「え…そうかな?」
「はい」
「ふふ…ルリコの友達だけあってわかってるねこの人」
『あールリコそこの人間の姉ちゃんにデサさんってどこ行ったか聞いてくれないか?』
端で女同士の会話を聞いていたキールの大将は我慢の限界だったのかうんざりした様子で聞いて来た。その言葉を訳してクラリネに伝えると彼女は入り口の向こうから女性を呼び出した。
「失礼しました。こちらの者にデサさん所へ案内させましょう」
そう言われて出て来た女性は厚手のワンピースを着た若い女性だった。その目はキールの容姿を見ても動揺せず、落ち着き払っていてなんだかできる人だと感じさせた。
『はい、ドーモ』
キールの大将はそう言う案内の女性に付いて行った。暫くの沈黙の後、クラリネさんがコホンと軽い咳払いをしてから言った。
「続けさせてもらいます。それでルリコ様。タンクとパイプを設置した後はこちらを紙作りの工房とする…ということでよろしいでしょうか?」
よろしくありませんって言ったらどうなるんだろう…。いやまあ、別に良いんだけどさ…。
「うん。まあ、タンクとか紙すきの道具とか時間がかかるとして…当面このピットに原料を入れて紙すきの練習をさせてもいいかもね」
「承知しました。…その練習と言うのはヘルミというお付きの方にやらせる手筈になっているのでしょうか?」
「いや…ヘルミはこういう地道な仕事は向いてないかも…。えっとここで紙作りを仕事としてやってくれそうな人っていないの?」
「この周辺の方は家事や家の畑によって忙しさが変わるので常駐は難しいでしょう。不定期型の時間労働がいいかもしれません」
「うーん…まあ…それでもいいけど…そうなると紙作りの技術指導者みたいのが必要なんだよなぁ」
それを聞いたクラリネは手に持った紙束をめくって言った。
「ルリコ様。それでしたら以前より紙作りに長けた者達がいます。その者達は紙作りの技巧をより熱心に修練していたようです。この者であれば貴方様の意向に合致すると思われます」
さっきの様子と違いクラリネは仕事モード全開で私に提案してくる。
「あ、良いねその人。もし興味があるならそのまま雇いたいんだけど…。そういう雇用契約とか詳しくないんだよね」
「当方といたしましてはルリコ様のお許しさえいただければ明日にでも可能です」
「わかった。因みにだけどその人は固定給にするとして…。紙作りに参加してくれる人は時間給とかできたりする?」
私の言葉を聞いたクラリネは困惑の表情を作り、困ったように首を傾げる仕草をして言った。
「時間給…ですか? それはどういう…」
「まあ、簡単に言うと一時間二マナぐらいの報酬で八時間労働みたいな…」
「しょ、少々お待ちください…。そ、それは一般的な農家の年収の五倍相当の賃金ですが…。いえそもそも…時間を売るとは…どういうことでしょう? そのようなものが売ることが許されるのでしょうか?」
「? 貴方達の時間を私が買う。なにもおかしいことなくない?」
「以前、ルリコ様と昼食をご一緒しましたよね。あの時間を売れと言われても…私はできません。畑も同じです。家族と生きる時間ですし、村の仕事も皆で回しているものです。そこだけ切り分けて『誰かの時間だけ売ります』なんて…どうしたらいいのか…」
困惑したクラリネの言葉を聞いて私もよくわからなくなってきた。
え…この時代の人って一人で家で編み物したりとか暇している時間ってないのかな…? ってそういえばいつも女性達は一緒に行動してたな。つまり常に誰かと一緒に居るから個人の時間みたいのが存在しないのかな…?
そこで私は良い考えが閃いたので言ってみた。
「だったら紙作りを『私達の時間』にすればよくない? 畑と同じで紙作りだって皆で時間を使って作るものって考えればいいじゃん」
「…私も畑に生きるものではありませんが、恐らく農家の皆さんはこう言われるでしょう。『畑は生きるのに必要だけど、紙は必要ではない』、と」
そこまで言われても私もなんとなく想像がついた。
要するに畑はしくじると家族がダメになるかもしれない。だから皆で助け合ってるんだ。例えば畑は呼吸の様なもので生きている間はずっと続けてないとダメみたいな感じだと思う。それを止める理由なんて私は持ってるのかな…?
その理由を考えたけど私には思いつかなかった。仮に私がチート能力を持っていたとしても他人の生きる理由を押しのけてでも夢とか願望を叶える権利なんて持ってない気がしたからだ。
「…ルリコ様。これは貴方に仕えるものではなく、一人の友人として忠告させてください。まずは一回皆さまと話してみてはいかがでしょう?」
「話す? 話すって一体何を?」
「それは貴方が決めることです。ですが、私は信じています。初めて会った時、貴方は私の友となってくれました。ありのままの私を見てくれました。だからきっと彼女達に会えば彼女たちを導く道を見つけられるハズです」
私はそのクラリネの言葉を聞いて胸がいっぱいになって何もない手を握って言った。
「わかった。フランと一緒にちょっと行ってくるよ」
その言葉を聞いてクラリネは「承知しました」と言って頭を下げた。
『人間の女って畑の為に生きてるの? じゃあ彼女たちの人生って何なんだろうね』
クラリネと別れた私達はアキレアを連れて畑に群がる奥様集団に話を聞くために近づいて行った。と言っても誰がリーダーなのかわからないのでとりあえず適当に近づいているだけだ。私達が畑に近づくと彼女たちは畑を手伝いながらその周りのあぜ道に座っておしゃべりをしながら編み物をしていた。その少し離れた所では子供たちがはしゃぎまわって互いを追い回しあう声が周りに響いていた。その声に呼応するかのように泣き声を上げたモーフ達の近くには小学生程の子供が犬と共に草原の草を食ませている。
『ねえ、ルリコいつまで見てるの? 日が暮れちゃうよ?』
そう言われても私はどうしたらいいのかわからなかった。奥様集団のボスは若奥様を叱咤激励していたあの太めのオバちゃんだと思うけど、その人がずっと畑に居たからだ。話しかけようにも畑にズカズカ入って「あの、申し訳ありませんが」と言う訳にもいくまい。
『あの太めのおばちゃんいるでしょ? あの人がボスだから畑から出るのを待ってるんだよ』
『ふーん』
ずっと待っている間、畑の中で農夫の人達はそれぞれの畑に種まきをしているようだった。
なんか…この種をまく風景って…。前世で見た絵画の『種まく人』まんまだな…。
そのどこか懐かしい気持ちが蘇る風景に私は郷愁を覚えずにはいられなかった。
『ねえルリコ、あの人行っちゃうよ?』
フランの言葉に我に返った私は一番太ましい奥さんの姿を追って歩き始める。しかし奥様達の歩みは思った以上に早く私達のしゃなりしゃなりとした歩きでは到底追いつけない。
『あーなんで人間ってこんな忙しないの?』
しかし私達の追跡はそんなに長くはかからなかった。彼女達が向かった先は私の館を建てる為の工事現場だったからだ。見るとその太めのおばちゃんは奥様集団を叱咤激励していた。彼女たちは各々レンガや資材が入った桶、水瓶などを持ち運んでいた。
「さあアンタ達! ちゃっちゃと済ませるよ! ちゃっちゃと終わらないよ。今年も納が多いんだからさ!」
「「「はーい」」」
そう言って彼女たちは頭二つ分は越えたレンガのを抱えたり、頭の上に水瓶を乗せて工事現場の中を進んで行った。
『ねえ…あの人達いつ休んでるのよ…体力お化けすぎない?』
私の後ろを歩いてきたフランがうんざりとした声を上げる。それに答えるかのようにアキレアが口を開く。
「憐れむ必要はありません。あれが彼女達の役目です。労苦のないものに価値は生まれません」
私の訳した言葉を聞いたフランは心配そうな表情を浮かべながら奥様達を指さした。
『いや、でもあの娘。顔色すっごく悪いじゃん。もうフラフラだし休ませてあげたら?』
そう言われてフランの指先を見てみるとそこには前に見た若奥様が辛そうな顔をして天秤棒を担いでいた。
「あれが一番軽い荷です。本人も望んでそうしています」
なんか危なっかしいなぁ…。
そう思って見ていると案の定、若奥様が地面の突起に足を取られて転倒した。しかしそれを横で立っていた奥さま方が片手で荷物を支えると若奥様を引きずるようにして立ち上がらせそのまま引きずるようにして一緒に歩いて行った。
「代わりの人とか居ないの? アキレア?」
そう言って私が振り返るとアキレアは首を横に振った。
「変わりは居ません。あの若い娘が安めがあの中の誰かが倍働くことになるだけです」
そう言われて私は内心頭を抱えた。
こんな大忙しの人達に紙作りまで頼む…? むりじゃね? 時間を売れないっていうかこれ…。忙しすぎて時間がないって方が正確なんじゃ…。これをなんとかするには…。この工事やめよ…。
そう決断した私は館をぐるりと一周して見つけたラッセルさんに近づいた。
「あ、ラッセルさんお疲れ様です」
私の声に振り返ったラッセルも「お疲れ様です、ルリコ様」と頭を下げる。私はそれをみて笑いながら言った。
「あ、ラッセルさん。今のところ進捗どうですか?」
「はい、一階部分はもう出来ていてこれから二階にとりかかるところです」
「ああ、じゃあ丁度よかったです。その二階の工事ですけどナシにしてください」
「え…? いや、しかし…そういう訳には…。二階建てでなければルリコ様の威厳を他に示すことができません」
「大丈夫です。まず一階の屋上にはポンプとパイプの工事を先にしてください。そしてそれが終わったら二階はその上に建てましょう」
そう言いつつ、私は二階なんて建てる気はなかった。そもそも雨水を貯めるタンクを乗せた屋根に二階を作るなんてほぼ無理だ。つまりこれは二階作りを永遠と中止する指示のようなものだ。
「…承知しました。ではここからはポンプとタンクの工事を進めさせてもらいます。ただし…」
「ただし?」
「ルリコ様の館はいずれ作ります。これは譲れません」
「いや、だからもう立派な館が…」
「これはルリコ様の工房ということにしました。館についてはいずれご相談させていただきます。ではこれにて失礼」
そう言うとラッセルさんは踵を返して現場の人達を集めて工事について相談を始めた。
う、うーん。普段は温厚そうだけどやっぱり建築になると職人の血が騒ぐのかなぁ。
そう思って振り返ると私とラッセルさんの会話を開拓地の人達が取り囲むようにして見ていた。その中に先ほどの奥様集団を見つけた私は近づいて言った。
「突然ですが、あの。貴方達にはやって欲しい仕事があるんですよ」
そう言われた奥様方は怪訝な表情をしたり、困惑したり、恐れていたり、笑っていたり、無表情だったりした。若奥様に限っては顔色を青くしたまま虚ろな目で私を見ていた。
「その仕事とはどんなことだい? エルフ様」
奥様集団の中でリーダーっぽい太めのオバサンが一歩前に出るとニヤリと笑ってそう言う。
「紙作りです。貴方達には紙を作る仕事をして欲しいんですよ」




