他人の恋愛ほど面白きものなし
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『ええ…?』
軽口をたたき合う二人の間に地を這うように沈んだ声が響いた。皆がその声を振り返るとそこには口元を手で押さえたフランがいた。そして眼を泳がせた後、口元の手をどかして微笑んで言った。
『すみません。驚いてしまって…。お三方が恋愛相談なんて…意外で…』
フランの言葉を聞いたキールの大将は肩をすくめて言った。
『まあ、フランちゃんが驚くのも無理は無いって。こんな非モテ三人衆が恋愛相談とかオタクらの奥さん何考えてるわけ?』
キールの言葉にフランは軽く咳払いをする。
『いえ、驚いたのは本当です。けど…ちゃんと相談相手になってるなら、それはすごいと思います』
二人の言葉にヴァルドリクは静かに答える。
『二人とも俺達がモテないから驚いてたんだろう? だからこそだ。モテない俺達だからこそ苦労した分アイツに伝えられることがあるハズだ』
キールの大将は両手をナイフのように立てると宙にある何かを切り分ける様に動かした。
『いいか? 確かにそれは恋愛の経験。でもそれは負の経験。実際の恋愛に必要なのは成功体験。成功して自信をつけて次にステップアップする。失敗ばかり重ねると人は失敗を恐れて余計におかしくなっちまう』
それを聞いたフランは微笑みながら静かな声で言った。
『そうでしょうか? 私だったら男の人の稼ぎやどんなお仕事をしているかの方が気になります。どんなに魅力的な殿方でも食い扶持を稼げなければ安心できませんから。その点カンティオス様のような博士の号は魅力的だと思いますよ』
フランの言葉を聞いたキールは打ちひしがれた犬の様な眼を向ける。ヴァルドリクはそれには構わず、淡々と続けた。
『成功体験と言うが、私達エルフの結婚や恋愛は家同士が決めた許嫁が多い。本人たちも好きか嫌いかわからないまま一緒になったばかりでお前の様な恋愛結婚はむしろマレだぞ』
まあ、そう言われると確かに…。実際黒髪持ちのエルフはその遺伝子が欲しいという異性の家の許嫁になることが多いし…。平均的に顔が良いと財産や身体的特徴、家柄で選ばれることが多い気がする。
『いや、だからさぁ。それを言ったら申し訳ないけど君たちはそもそも余り物がくっついたカップルだろ? 許嫁と余り物のカップルもあんまり変わらないじゃん。俺とノワみたいに家も立場も超えて成立したカップルこそが本当の愛だってわからないわけ?』
いや、それは言い過ぎな気が…。
『確かにそういう部分もあるかもしれないけどさ。長く一緒にいると、なんだかんだで自分の相手が一番に見えてくるもんだよ』
そう言って恥ずかしそうに顔を伏せるネスフィルを見てフランは顔を輝かせる。
『それってなんだか素敵ですねぇ。凄く羨ましいです』
それを聞いたヴァルドリクはため息をついて
『……まあ、それでもな。ノワールさんを見ると、別の人生もあったのかと思うことはある。』
いや、アンタはダリアさんに謝りなさいよ。何だよそれ。
『うーん…。とりあえずルリちゃんはどう思っているんだいそこの所?』
そう言うとネスフィルは私に水を向けてくる。
『どうとは?』
『直近で君は奇跡にも近い玉の輿を成し遂げた存在だからね』
奇跡?
『ニコラスと言えば時期長老筋でズバイダの覚えも目出度く大樹の家系から相手を選び放題だったのに…。そんな相手を射止めた君は奇跡の様な存在じゃないか』
ネスフィルの言葉にキールは手の平をひるがえしながら言った。
『いや、コイツの場合はニコラスが拗らせてるんだって。子供の頃からモテすぎて逆に女の嫌なところ見過ぎて価値観がバグっちまったんだ。それに母親のスカイがアレだろ? 一周回ってちょっと顔が残念な方が高飛車で傲慢な女エルフよえい良いって…』
それを聞いていたフランが一歩前に出て言った。
『いえ。確かにルリコは正直美人ってタイプじゃないけど…』
フランさん?
『でも、いざという時に思いもよらない発想で皆を助けてるから頼りにされてます。一部の長老筋はルリコを始祖の産まれ変わりじゃないかと言ってますよ』
始祖と聞いて、カンティオスさんが突然振り返って言った。
『始祖のエルフであるエルドは大樹の血筋の祖にして当時の呪霊の一族の長であるアルエを従え、巫を奉じたいわば集落の統一者の様なモノ。不適格なものがそれを名乗れば糾弾されてもおかしくはない』
なんだよその武田と北条と上杉をまとめてましたみたいなスーパー人材は。絶対盛ってるでしょそれ。
『それに、ルリコは見捨てられるハズだったニコラスのお母さんを支えてました。そして助けた。そんなルリコをニコラスが選ぶのは当然だと思います。奇跡なんかじゃない』
フランさん…。
それを聞いたカンティオスは顔を宙に向けるとため息まじりにつぶやいた。
『母への無償の愛…。確かにそれは…。美しい…』
それを聞いたヴァルディスも腕を組んで言う。
『ダリアもルリコのことは評価していたからな。美しいだけで働きもしない高貴気取りのエルフよりはルリコの方が頼れるってな』
ネスフィルも額にかいた汗を袖で拭いながら言う。
『内心はどうあれ、ルリちゃんがスカイさんに長時間奉仕したのは誰にでもできることじゃないと思うよ。僕も義母を介助して喜ばれるなら安い苦労と思うだろうからね』
それを聞いてキールの大将も腕を組んで唸りながら言った。
『まあ、それを言っちゃうとね…。実のところ集落の女たちはルリコのエルフにないスタイルに若干の嫉妬をしている説がある…。というのが俺達男共の見解の一つでもあるんだけどね…』
目の前で行われる歯が浮くようなお世辞の応酬に私は我慢が出来なくなって皆を両手で遮って言った。
『いやいや…! 別にそういうんじゃないから! 実際私は皆がしたいって言ったことを手伝っただけで…。願ったのは皆で私じゃないよ。そういうことを願える皆のほうが美しいと言うか…。アタシは言われたことをただやってるだけで…。何もしてないよ』
それを聞いて皆一様に顔を見合わせると首をかしげる。私の顔を見ていたキールの大将は呆れたように言う。
『何故お前はそうも謙遜するんだ? お前のことを皆評価しているんだから有難く受け取ればいいじゃないか』
ああ、はい。まあそれは日本人のサガみたいなものでして…。
『まあ、とにかくお前は人の願いを叶えるのが上手いから頼られてるんだろ? だったらアキンボと人間の女をくっつけられないのか?』
キールの言葉に私は顎に手をあてて首をひねる。
『まず…異性同士が好きあうかどうかはほぼ…第一印象で決まると思います。特に女性は相手の異性に興味が湧かなければ成立は難しいです。現に黄金の鎧の少女は明らかにアキンボに興味がない。所謂仕事にしか興味がないという状態だと思います』
『ふーん。じゃあ無理ってこと?』
そう言って身体をのけぞらせるキールの大将にフランが言う。
『でもさっき容姿がダメでも時間が解決するって皆さん言ってましたよね? だったら一緒に居させればいいんじゃないですか?』
『居させるってどうやって? 相手は女所帯の所だろ? 絶対ムリだぜ』
それを言われて私の脳裏にある考えが浮かぶ。
『確かに私達の掟だと無理かもしれません。でも…人間の掟なら可能かもしれません』
『掟?』
『身分です。どのような相手であれ。人間は身分という序列が絶対です。だから命じればいいんですよアキンボが彼女に』
『命じるって…オレの嫁になれって? なんだよそれ…』
さっきまで悪ぶってたキールの大将も深刻そうな声を上げる。ネスフィルも眉をひそめて言う。
『そんな女の人の意志を無視するようなことは恋愛とは言えないんじゃないかな?』
ヴァルドリクは私の言葉に首をひねりながら言う。
『むしろ人間からは私達が身分を振り回す醜悪な存在に映るだろうな』
うーんと私達はうなって天を仰ぐ。するとカームの旦那さんのカンティオスさんが呟いた。
『一つだけ方法がある。アキンボがエルフの森を出て常に彼女の側に居ることだ』
それを聞いたフランがまた眼を輝かせる。
『え、愛の為に故郷を捨てて駆けつける男。凄くよくないですか? アキンボじゃなければ』
それを聞いたネスフィルも頬をかきながら言う。
『でもそれって彼が…居なくなるってこと? なんかそれは嫌だな…』
私はネスフィルさんの言葉に首をひねって言った。
『とにかく。重要なのは彼女の意志です。今度のリリア団長との会合で彼女と話して見て何を望んでいるか聞いてみた方が良いでしょう』
ネスフィルは頭の髪を撫でつけながら私の目をおっかなびっくりに見つめて言った。
『恋愛のことなんて言葉にできるか不安だったけど。ルリちゃんは簡単に言葉にしてみせたね。それで僕たちにまだ手伝えることってあるかな?』
それを聞いて私の脳裏にある考えが浮かび笑みがこぼれる。
『いま、いい作戦を思いつきました。お三方には奥さんとお子さんと一緒に団長との会合に来てもらうことになるかもしれません』
『なんか面白そうだな。俺も混ぜろよ。いや、ちょっとまて。その前に何する気か教えろ』
私はニヤリと笑うと言った。
『そうですねぇ。とりあえず作戦名は…アマノウズメ作戦ってところですか…』
『作戦名…?』
そう言うと男性陣は困惑した表情で各々顔を見合わせる。その後で後ろからフランがため息をつくと言った。
『そういうの、ニコラスの前ではやめた方が良いよ』
そういうのって…? 作戦名とかカッコいいでしょうが!
私は同意を求める為にアキレアとデサさんの姿を探すと、彼の姿はどこにもなかった。
「開拓長なら建築を手伝うと言って作業に戻りましたよ」
アキレアの言葉に私は頭を抱えた。
ああ…議論に没頭して時間を忘れる…。エルフの悪い癖…。
『と、兎に角お三方はなんとか奥さん達をカラリリさんの所から引っ張って来て下さい』
『ええ…!? どうやって…!?』
『何とかしてください! っていうか多分ノグルスに聞けばなんとかしてくれるんで彼女の指示を仰いで下さい』
『マジかよ。これは当分帰れそうにないな…』
『それについてはアタシにお任せください』
そう天から声が響いたので上を向くと建築作業場の二階から誰かが姿を現した。見るとそこにはフェイクモヒカンをなびかせた懐かしい顔があった。
『エイリスさん!』
私はそう叫ぶと共に口の中に以前食べたクジラの竜田揚げの味が再生される。
「お久しぶりですルリコ様。アキレアの姉貴も!」
そう言うと彼女は片手を上げたまま、二階から飛び降りて来た。着地と共に地面に片膝をついた彼女はゆっくりと立ち上がると私達に頭を下げた。
『どうも、初めまして。アタシはエイリス。情報屋を生業にしています。以前ルリコ様に命、助けられました。その恩あって、今は少し力貸しています。どうぞ、お見知りください』
エイリスの挨拶を聞いた皆はポカンと口を開けた後、エイリスを物珍しいものを見る様に覗き込んだ。
『おお…。人間がカタコトだが…エルフ語を喋っているぞ…』
『ルリコが向こうに行ってから二週間ぐらいだろう? 驚異的な学習スピードだな』
男二人が感心する中、フランはエイリスから一歩引いて言った。
『凄いねその髪型…。こわ…』
私もエイリスさんがこんなに流ちょうにエルフ語を喋っているのをみて驚きを隠せない。
『確かにそうですけど彼女と会った時を考えると一週間も経ってないですよ。一体どうやったんですか?』
「いやぁ。ちょっとした伝手ですよ。驚かせてすみません」
いや、どんな伝手だよ。そんな伝手があることの方が驚きだよ。この世界のどこかにエルフ語教室があるとでも?
「まあ、情報屋も人気商売なので使える所をアピールしていかないとね…。と言う訳でですね。こちらの素敵な殿方達の細君まで案内は私が努めさせていただいても?」
「そうしてくれると助かるけど…。そもそもネム達はどこに居るの?」
「はい。貴族たちが建てたキャンプエリアに居ますよ」
ええ…そんなエリアがいつの間に…。
「貴族たち?」
エイリスの言葉にアキレアが反応するとエイリスは愛想よく笑う。
「ええ、今この地には新しい支配者であるエルフに取り入ろうとしている貴族たちが集結してましてね。ケペンの旦那も大忙しですよ」
陽気に話すエイリスにアキレアが詰めると言った。
「何故もっと早く報告しなかった」
「いや、ノグルスさんは脅しに屈しないって皆理解してますからね」
「お前はルリコ様に恩があるんじゃないのか」
「人間にとっちゃエルフなんてどれも美しいばかりで権力者として見られてません。むしろアキレアの姉貴に守られてるルリコ様の方が悪目立ちしますよ」
「そうなのか…?」
エイリスの言葉を聞いてアキレアはシュンと肩を落とす。
「まあ、兎に角私に任せてください。カラリリさんは恰好は奇抜ですが、統治者としては優秀ですから滅多なことは起きませんよ」
そう言うとエイリスは私向かって言った。
「ただ、この森の向こうではカラリリの傭兵団の一部まだ駐屯してます。物価の高騰はそれが原因ですよ」
「駐屯って…何で?」
「マーガレットとの戦争に向けた予備戦力だと思われます。因みにこのことはノグルスさんには伝えてあります」
おお…エイリスはやっぱり優秀だな。
「わかったありがとう。じゃあこのオジサンたちをよろしくね」
『はい、じゃあ行きましょうお兄さん方』
そう言うとエイリスは指笛を吹く。すると表れた鳥車にネスフィルさん達三人を誘って行った。
『ねえルリコ…。あんな髪型…本当に大丈夫なの…?』
『大丈夫だよフラン。それに人を外見で判断するなって言葉があってね…』
『え? 何で?』
そう言うとフランの眼はまっすぐ私を見つめてくる。
凄いな…。外見で判断しないなら何で判断するの? って眼で訴えてきやがる…。
『まあ、兎に角そろそろ仕事しようぜ。あんまり駄弁ってるとデサに見限られちまいそうだしな』
そう言うと私達は工事中の館の中へと入って行った。




