表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
66/66

カーシアターの中の戦火

次回の更新は2/18です。

 私自身もレーデルから出た和平という言葉に首を傾げる。


 和平? なんで和平? エルフって人間同士を争わせるのが目的だよね…?


 私以外のその場の人達も突然の和平に互いの顔を見合わせている。その静寂せいじゃくを打ち破ったのはカラリリのお付きの老人だった。


「それは…エルフ様の思惑に反するのでは…? お…」


 老人はそこまで言いかけて不意に言葉を止めた。見ると、老人の外套をカラリリが強く握っていた。


「ベルナール……今になって不出来な自分を呪います。私には、この場で和平を“決める資格”があると思いますか?」


 それを聞かれたベルナールという老人はカラリリを探ような目つきで見ながらゆっくりと答えた。


「……どうでしょう。ここで決めることが、正しいとは限りません。いずれにせよ、一度国へ戻り、議会で和平について議論する必要があるでしょう。また、いつものように議論が紛糾することになりますな」


 そのベルナール老の言葉にカラリリは頷いた。それから一拍置いてマーガレット公がカラリリとノグルスを見渡しながら言った。


「それは一体…誰との和平でしょう?」


 うわぁ…マーガレットさん結構キツいな…。まあ、戦争の損害を請求するなって言われても仕方ないんだろうけど…。


「失礼ですが…今回の戦争は、何を解決するために始まったのでしょうか?」


 しぃんと静まり返った空気をものともせず、マーガレットさんはカラリリにそう問いかける。カラリリはマーガレットの憮然ぶぜんとした抗議の表情をぼうっと見ながら答えた。


「…それはこっちが聞きたい…」


 カラリリの意外な返答に私とフランは顔を見合わせる。


「何を…。あなたの方から攻めて来たのでしょう?」


 そう言ってマーガレットがカラリリを睨むと彼女は口角を尖らせた。するとそれを庇う様にベルナール老が前に出て行った。


「我が国は真の暗闇によって起きた不作を巡って食料や土地を争ってきました。カラリリ様の御父上、レオフォルド・ド・ラヴェルヌ様は、その戦いを国土のを統一によって終わらせようとしたのです。しかし、結局は争いによって国土はさらに荒廃しました。ラヴェルヌ様が御倒れになってから…いつの間にか我々は、戦争の負債の返済に追われ再び争うようになったのです」


 ベルナール老の言葉を聞いたマーガレットは眉をひそめながら語気を強めた。


「そのようなこと我々には関係ありません。それに私達の土地は貴方達の負債を返せるほど豊かではありません。攻める理由などないでしょう?」


「夢…」


 マーガレットの抗議にカラリリが絞り出すような声で言う。


「夢の中で声が聞こえたから…。誰かが…誰かに奪われて虐げられる声が…」


 私はカラリリの声に気が抜けたようになって小さくため息をつく。マーガレットも呆れたのか額を指で揉みながら言った。


「それは我々の土地にある嘆きの森のエント達のことでしょうか? エルフに大逆を犯し、木に変えられた哀れな人間の魂への救済だと?」


「そうかもしれない」


「…鎮魂が目的であるなら我々は拒みません。だから戦争は…」


 マーガレットがそう言うとカラリリは頭を振って言った。


「夢の中では今も作物が枯れて、飢えて絶望する民の声が聞こえる。だから人々は奪う為に戦う。だってその方が楽で簡単でわかりやすく見えてしまったから。だから…」


 ――私は夢の悲鳴が聞こえなくなるまで、歩みを止めない。


 カラリリの言葉に私は小さく手を上げて言った。


「あの、農作物の不作が戦争の原因なら…。なんでそこを改善しないんですか? 飢えなきゃ戦う理由もないですよね?」


 それを聞いたマーガレットとベルナール老は目を伏せる。カラリリは私を見て言う。


「人々には作物を育てる未来より、何かを奪って“今すぐ何かが変える”それが必要だったんです」


「だからその困っている人に…補助金とか食料の配給とかをすれば…」


「それでも夢の悲鳴はとまらなかったのです」


「夢?」


 カラリリの言葉に私はどこかざわざわとした胸騒ぎを覚えた。


「私達の声なき悲鳴は夢にあってここにはない。見ようとすると、いつも別のものに見えてしまう。だから、気づいた時にはもう誰も見ていない場所にある。…だから、言葉にするといつも逃げてしまう。だからそれを確かめる様に戦ってしまう」


 いや…何を言っているかよくわからない…。そんなことが大勢を巻き込む戦争の理由でいいの…?


 困惑した私が周囲を見つめるとマーガレットもベルナール老も、ケペンも同じような表情をしていた。何故誰もカラリリをおかしいと言わないんだろう。何故私はカラリリをおかしいと言えないんだろう。それは多分きっと私も…前世で戦争が何で起きているのか…よくわからなかったからだ。カラリリは遠回しにそう言って私達を混乱させているのだろうか?


 マーガレットはカラリリを睨みながらギリッと歯ぎしりをした。


「貴方の先祖がした過ちを悔いてはいないのか? 今度嘆きの森に来て謝罪するべきです」


「……それって、 何のための謝罪ですか?」


 そう言うとカラリリは宙に目線を向けて前髪をかき上げる。


「もし自分が奪われた側だったら、謝られても、それで許そうなんて思わないでしょう」


 もはやマーガレットはカラリリの言動に呆れてものが言えないという風に閉口すると黙ってしまった。


「失敬。お嬢様のお戯れがすぎたようです。そもそも我々にはストーンハースの土地を所有する正当な権利があります」


 ベルナール老はその場の空気を取り繕うかのように、鷹揚おうように会堂の椅子に置かれた石碑を静かに指し示す。


「こちらは我々が昔この地にてエルフ様達と争ったことを記した碑文です。ここには現在、ストーンハースの土地である場所に我々の先祖が居を構えたと記してあります。すなわち、その地はかつては我々のものだったのです」


 へえ…。師匠たちが戦った人間の国…。つまり詫びジーちゃんの国の末裔がカラリリ達ってことなのか…。


 そう思って椅子の上に鎮座する石碑を見ても無機質な光沢を帯びたまま、石は黙して何も語らない。


「貴方達はあの地を支配する資格はありません」


 ベルナール老の言葉にマーガレットは静かに答える。


「ほう、何故でしょう?」


「あの森に囚われたラヴェルヌ家のご先祖は、最後まで子孫による鎮魂を望み土地からの幽閉から解放されることを望んでいたからです」


「それはどういう…」


 困惑するベルナール老にマーガレットは静かに言った。


「ですから、ご自分らで謝罪に来たらよろしい。と、言っております」


 そのマーガレットの言葉にカラリリは目を見開いて彼女を見つめた。私の脳裏に黒土に赤色の川が流れる嘆きにような木々のざわめきを孕む森の光景が浮かび上がる。思い出された記憶と共に未だ鼻の奥に残るツンとするような血サビ臭さにえづいてしまう。突然のマーガレットの意味深な物言いにその場の一同は静まり返って何も言えなくなってしまったようだ。


 暫くして静まり返った堂内に再びレーデルの静かな声が響く。


「では本日の会合は一旦これにて終了いたします。…なお、守護者エマの意向としては、両陣営、引き続き和平を模索すること。それにあたってラヴェルヌ家はマーガレットの館から戦力を撤退させ、当主を解放すること。以上」


 会合が終わって私達は来た順にその場から下がって行った。最初に私が堂内からの去り際に見た皆の表情には「まだ終わらない」という確信めいた杞憂の表情が見て取れた。教会の階段を下りる私の背後からフランがヒソヒソ声で語り掛けて来た。


『ねえ、ルリコ。なんかあのカラリリって娘。めっちゃ自己中すぎない? なんなのあれ? 夢の声の為に戦う? 絶対変だって』


『確かにそうだね。でも多分…。あの娘があの場を一番理解してた感じがするかな…』


『どこが?』


『あの娘、最初は私達の和平しろって命令を一旦保留した持ち帰らせたんだよ。あえてベルナール老に質問することでね』


『…普通になんて答えていいかわからなかっただけじゃない?』


『その可能性もあるけど…。でも、マーガレットさんの何故戦争を仕掛けて来たのかっていう問いにはちゃんと答えている』


『言われてみればそうだね』


 和平はノグルスがさっき考えた策のハズ。それに対してカラリリはその場で遅延策を選んだ。私がカラリリだったらその場で和平を承諾したハズだ。多分彼女はノグルスほどじゃなくても頭が良いと思う…。


『ていうかそもそも…なんで和平って話になるんだろう? 私達の目的って人間同士を争わせることじゃないの?』


『それは私にもわからないよ』


 そんなことを話していると後ろの教会の入り口から騎士団長と商人のケペンさんが階段を下りてくる。ケペンさんは私達に気が付くと低頭し揉み手をすりながら近づいて来た。


「お二方。今日はありがとうございました。…いやぁ素晴らしい会合でしたね」


「そうだね」


「そうね」


 私達はケペンに挨拶を返しつつお互いの顔を見合わせた。フランの顔には「この人に聞いてみたら?」と促しているように見えたので思い切って聞いてみることにした。


「ケペンさん。今日の会合だけど…。どう見ましたか?」


「どうとは? あの決定はお二人は関わっておられないのですか?」


「いやぁ…。まあ。そうなんです。だから…私達も一体どうしてああなったのかと首を傾げている次第でして…」


 首を傾げる私達に頷きながら彼は背筋を正して言った。


「そうでしたか…だとしたらあの幼きエルフの方は大した傑物ですな…。いえ…もしかしたらノグルス様の深謀遠慮しんぼうえんりょは私ごときにははかり切れないのかもしれません…」


『ノグルス様ぁ?』


 ケペンさんの言葉にフランが舌をひっくり返した様な声を上げる。


「ようござんしょ。不肖ケペンが思うノグルス様の和平の狙いをご説明しましょう。結論から申します。…商人の身で考えるなら、ですが。ノグルス様の和平は……市場を落ち着かせる狙いじゃないか、と」


 私はケペンの説明を聞いてアゴに手を当てる。


 それは私がノグルスに物価の高騰こうとうを報告した時に、彼女が言い出したことからなんとなくはわかっていた。問題はそれがなぜ和平につながるかというのがわからない。


「そもそも我々が物価を吊り上げても取引が成立するのかと言えばここの市場に物資が品薄だからです」


「…? でもケペンさん達の商品は徴収されたんですからほとんどタダみたいなものなのでは?」


「ここではそうですが…この外の状況は違います。今、此処周辺の貴族たちはラヴェルヌ家マーガレット家の戦争に備えて武器や物資を備蓄するために争奪戦を繰り広げています。なのでここで高く買っても外でそれ以上の値が付くというわけです」


 成程。わかってみれば要は需要と供給というわけか…。ということは…。


「つまり和平になればその物資の争奪戦が解消されて価格が安定する…ってことなんですね」


「少なくとも、私の目にはそう映ります」


「でも和平って成立してなくないですか? だってカラリリは一旦話を持ち帰るって言ってるんですから」


「ええ、確かに…。しかし当商会としては争いを前提とした価格をつけることができなくなりました。少なくとも我々はエルフの皆さまに全てを捧げると宣言しましたので…」


 そう言うとケペンはポケットから出した布切れで頬を伝う汗を拭った。


「う~ん。でも勝手に売っちゃえばわからなくないですか?」


「はい。ですが次回の仕入れの際に戦争価格を付けることはできません。少なくとも…ノグルス様の市場では、そういう空気になった、ということでしょうな…」


 そう私達が教会の外で話し込んでいるとその横をカラリリがベルナール老を引き連れて通り過ぎて行った。私がその顔を覗いて見ても表情は移ろで何を考えているのかわからなかった。


「お待ちください、カラリリ・ド・ラヴェルヌ様」


 遅れて教会から急いで階段を下りて来たマーガレットさんがカラリリに近づく。気だるそうに振り返るカラリリにマーガレットは毅然きぜんとした態度で言った。


「どうか、此度の和平につきまして、いま一度ご熟慮を賜りたく存じます。生活の土地は、我らストーンハース家にとって代々受け継がれてきた伝統ではございますが…。しかし、もし地代という形での解決をお望みであれば、ラヴェルヌ家へ差し出すことも、我らはやぶさかではございません」


 え、それって…。カラリリに土地をあげるってこと…? マーガレットさん。聖人か…?


 しかしカラリリはマーガレットの譲歩にもまるで興味を示さないような冷たい目を向けていた。暫くの沈黙の後、マーガレットは絞り出すように声を出した。


「何故ですか? あの土地には本当に何も…。戦争の後の恨みと辛みが大地と人を侵し遺恨に塗れた土地でしかないのに…何故そんなにも…」


 マーガレットの言葉を聞いてカラリリは興味を失ったかのように顔を背けて遠くの景色に目を向け沈黙した。その瞬間私は「まだ終わらない」と感じた。同様にケペンもそう思ったのか顔を俯かせた。


 一体どういうつもりなんだろう…?


 そう思って私はカラリリの横顔を見ていた。その彼女の表情の中には好戦的な色も残虐な色も浮かんではいなかった。ただ、その虚ろの瞳はまるでそこに何かが現れるのを待っているかのように、何もないはずの遠景を見つめていた。


 もしかしたら私は歴史書の中で戦争の発端となる一ページの中に立っているのかもしれない。仮に戦争をするためのボタンの様なモノがあるとしたらカラリリがそれを握っているのだろう。でもだとしたら…。


 ――何故カラリリはあんなにも依る辺がなさそうに遠くを見ているのだろう? それはもしかしたら彼女が戦争をする為のボタンを持っていないせいじゃないのか?


 もしかしたら彼女もただ、戦争という荒波に流されているだけなのかもしれない。そう思って見るとマーガレットもカラリリも自分の意識をどこかにむけて口惜しそうにしているように感じた。


 よくわからないけど…このままじゃダメな気がする。もし戦争が避けれないのだとしても…。こんな感じで争うのは違う気がする。戦争ってもっとお互い納得した上でするべきじゃないかな? 人が死んだり殺されたりするにはきっと…納得してなきゃダメだ。そう…戦争は…納得してやらなければ…美しくない…ってエルフの皆も言う気がする…。少なくとも私だったら何の為に戦うのか納得したいと思うだろうから。だから…。


 私は意を決して二人の間に立つと言った。


「あの、二人とも。どちらも国や民を背負っていてはどうしても口が重くなくなるんじゃないかと…。どうでしょう? 一回肩の荷をおろして個人として私達の森でお話をしてみては?」


「森…?」


 さっきまで無言を貫いてたカラリリがそう呟くと振り向く。


「そうです。人の世界のしがらみから外れた原始的な森の中でしたら。どのような人であれ人は只の人でしかありません。そうなればお互い納得いくまで話せると思うんです」


「納得…」


「行きます」


 カラリリが呟いている横でマーガレットは即答した。そしてその横でカラリリは面倒そうに髪をいじった後に軽くため息をついて言った。


「前向きに検討いたします」


 そう言うとカラリリはベルナール老と共に広場に止めてあった鳥車に乗り込んで行った。私はその背中を見送りながらため息をついた。その背後でフランがフッっと笑うので振り返ると彼女は口元を手で隠しながら言った。


『あの子。前向きに検討とか…なんか遠回しな言い方が本当にルリコにそっくりだね』


 ええ…。私って本当にあんな感じなの…?


 そう思って私はカラリリの鳥車の背を見つめた後、大きくため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ