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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
62/65

執政補佐ノグルス

明けましておめでとうございます。

次回の更新は 1/11です。

 私は聖具室から出て門の先の開拓地の前の丘を登って駅に向かっていく中でノグルスの子供の頃を思い出していた。


 …子供の頃は大人しい子だったけど…。曲がったことだけは嫌いだったよなぁ。


 私がノグルスに初めて会ったのは彼女が子供の頃だった。当時クリシダの下で世話になっていた彼女と私は地面に描いた盤上で石を将棋の駒に見立てて知恵比べをすることになった。当時私はズバイダから天才と名高かった彼女を負かしてくれと頼まれていたのだ。いくら異世界人として言っても元OLに天才にかつ術なんかない。だったら異世界で培った知識の有利で勝つしかない。そう思った私はとりあえず将棋にあるハメ技みたいのを使って初心者狩りをすることにした。まず初めにやったのは盤上にいかにも取れそうな駒を作って誘い込んで取る戦法を取った。意外なことにノグルスはこの手に何度も引っかかった。


 天才とはいえ、やっぱりハメ技には勝てないのかな?


 当時そう思ったのを覚えている。その後、慣れてきたところで次は相手の勝ち筋が一本しかない盤面を作って正解を引くまで勝つという戦法で兎に角勝った。最初はノグルスは根気強く将棋を指していたノグルスもここに来て指すのを止めてしまった。


 …勝てなくて諦めたのかな?


 当時の私はそう思ったが、ノグルスはその内心を見透かした様に言った。


「勘違いしないでください。私は負けてない」


 当時私はそれを負け惜しみだろうか? と思った。そう思って彼女の顔を見ていると彼女は飄々(ひょうひょう)と言った。


「貴方は知っている。貴方はこの盤で行われた複雑なパターンを知っている。そうでなければ貴方がこんな迂遠うえんな手順を即座に打ち返せるわけがない。貴方はズルをしている。私は負けていない。私が負けたのは知識を生み出した歴史であって貴方にではない」


 それを言われて私はノグルスが天才であることを初めて理解した。確かに私が勝てているのは将棋の歴史の中で培われた膨大なパターンを知っているだけだからだ。そして戦っていれば何となく私がこのゲームを知っていると見破ることはできるだろう。でもその背景にあまたの棋士の切磋琢磨して築き上げた棋譜の歴史を見抜けるものがどれだけいるだろう?


 そう言うとノグルスは盤面を見ながら言った。


「ですが、やっと理解しました。貴方の知っているその膨大な指し手が教えてくれました。私が天才だと。私の才はその大いなる時間の差異によってはじめて浮き彫りになる程度のモノだとたった今証明してくれました」


 そのノグルスの目には傲慢も感謝も悔しさもなかった。ただ、淡々と事実を語っていただけだった。その時、私はこの娘が凄い子なのだと実感できたのだ。


 そんな当時のことを思い出して私は頷いた。


「私にはわからないけどノグルスのことだから何か考えがあるハズ。だったら賭けよう。私はともかく、ノグルスの才能は信じられるハズ」


 そんな独り言を呟いた後、私はアキレアと共に森の前の駅にたどり着いた。


 まあ…駅と言っても馬車用の雨よけがあるだけなんだけどね…。でもここで立ってるだけで良いの?


 そう思って周りを見渡してみても、簡単な資材が置かれているのと、雨避けの一部があるだけで他はただの森と草原の境界しかない。


 こんなところ子供の遊び場になるぐらいで商隊が来るとは思えないけど…。それともここに私が居れば何か作戦を思いつくと思っているとか…?


 私は眼下に広がる開拓地をぼんやりと見て気づいた。


「ねえ、アキレア。確か私達がこの砦に来た時のこと覚えている?」


「はい、ルリコ様は何だか砦が異様な雰囲気だったと仰っていましたが…」


「そうだよ。ノグルスはどっちがマシかって言ってたよね? あんな知らない旗が立っていて煙が立っているような砦なんかよりこっちの方がマシってことなんじゃない?」


 砦の赤黒い旗は相変わらずのままで、煙も尽きることなく火がくべられている。


 砦の煙は家畜の病気と戦争で壊れた家屋や物や死んだ人を焼いているって話だったけど…。


「まあ、確かに明らかに異様な砦よりはこちらの方に気づいてもらえればマシとは思うかもしれません。気づいてもらえればですが…」


「そうだよ。なんかこう…綺麗な旗とか目印みたいのを作ればいいんじゃない?」


「しかし…ノグルス様は何もするなとおっしゃってましたが…」


「そうなんだよねぇ…」


 私は顎に手を当てながら没頭してある考えに行きついた。


 …そうか。これって一休さん的な頓智トンチ。つまり何もしないながらに何かするみたいな? そんなのを必要とされているとか? 私は何もするなってことは…。アキレアが何かをするってこと? でも何かってなんだろう? 例えばアキレアに雨よけの上に立ってもらってそれで剣を振ってもらうとか? 或いは駅を液っていう風に解釈をずらして…液だから水? 給水場…? いや、意味が解らない。いっそ…。


「ルリコ様! ルリコ様!」


「え、ちょっと今良い考えが浮かびそうだから…」


「奥方様の商隊がこちらに向かってきてます」


「え!?」


 私は歩き回っていた足を止めて駅のヘリから下を眺めると深い森の道から現れた商隊の車の列がラッパの音を鳴らしながらこちらを目指して来ていた。


 え? 何で? ノグルスが砦で何かしたの?


 そう思って見てみても砦には一切の異変はない。振り返って見てみても駅も変化はない。近付いて来る商隊に先駆けてクインストラナイツの先ぶれがこちらに来る。


「よく来てくれた。まもなく、奥方の贈与品がこちらへ運び込まれる予定だ。受領については、抜かりなく頼む」


 そう言ってシュラの上から見下ろす白騎士は絵から出てきたように白く輝いていた。そして白騎士はアキレアを見ると慈しむような声を兜の中から発した。


「アキレア。君は、仕えるに値する主を選んだようだ。その判断を誇りに思うといい。あとは、職分を全うすることだ」


 それを聞いたアキレアは片膝をついて頭を垂れた。


「あ、ありがとうございます。団長」


 いきなりアキレアと団長が二人の世界を創りだしそうになったのを見てその間に私は身体を滑り込ませると言った。


「あ、あの…少し良いですか?」


 私の言葉に団長は答えなかったが、静かに頷いたので恐る恐る聞いてみた。


「なんで砦じゃなくてこちらに来たんですか? 砦の様子が不穏だったからですか?」


 それを聞いた団長は背筋を伸ばしたまま言った。


「砦のことは我々も先ぶれから聞いておりました。しかし今日見た限りむこうよりこちらの方が相応しいと判断したまでです」


「どういうことです?」


「嵐の気配が漂う場所よりも、香り立つ花のある方へ、蝶は自然と寄るものですから」


「花なんてありましたか?」


「あるとも。目の前に。たいへん見事で、凛とした花が一輪」


「…それって。私ってことですか?」


「どうやら君の主君は、想像していた以上に、機微に長けたお方らしい」


 え…つまり何もするなって…。そういうこと? 私がここに立っていれば商隊の人がエルフの美貌に引き寄せられるってこと!? そんなことなる? いや実際なってるけどさぁ! まあ確かに色々小細工するより美人とかムフフな女性置いて行く方が確かに人は来るよな! わかってみれば確かにそうだわ!


「くっ…ノグルス…恐ろしい子…」


 そう呟いてから団長を見ると、私を見つめる目と合ってしまう。その観音のような慈悲を秘めたかんばせについ胸がときめいてしまう。


 エルフには美人が多いけど…。人間の美人はまたエルフと違って見える。エルフは生まれついてから美しいから美しく見える所作とか表情なんて気にしないけど。この人は一挙手一投足全部が移しく見える様に切り取られているように感じる。 


 そんなことを考えながらシュラの上で凛々しく座す団長をぼんやりと見ているとそのむこうに一台の鳥車が止まった。鳥車の扉が開くとそこから中肉中背の男が足をもつれさせながら転がる様に降りて来た。


「ご無沙汰しておりますー!  エルフのルリコ様ー! 覚えておいででしょうか!  以前、こちらでお取引をさせていただいた、ケペンでございます。このたびはご昇格、誠におめでとうございます。 僭越ながら、まずは祝意を申し上げたく、参上いたしました。


 いやはや……まさか、あの時のご縁が、こうした形で続くとは思っておりませんでした。一族の者どもも皆、 『これは祝わねばならん』と申しておりまして―― 本日は商いより先に、ご挨拶だけは欠かすまいと判断した次第です!」


 そう早口にまくし立てながらムックリのような声を響かせて転がり出てきたのは前に荘園で取引した商人のケペンさんだった。


 いや、ご無沙汰って…まだ一週間ぐらいしか経ってないんじゃない…。ていうか鳥車から下りる時めっちゃこけてから一回転して立ち上がらなかったか? 大丈夫か?


「お久しぶりですケペンさん。あの…」


「つきましては! この度私がしたためたエルフ様をたたえる叙事詩を朗読させていただきます。えー…。荘園で出会った私と貴方。これも何かのご縁と取引手形。そんな貴方が教えてくれた商いの仕方…」


 かなり緊張していて私の声が聞こえないのか無視して謎の詩を朗読し始めた。


 いや、なんでちょっと韻を踏んでるんだよ。


「お父様、もう、やめてください。エルフ様が困っておいでではないですか」


 そう言って背後から黒髪の女性がケペンを掣肘せいちゅうする。女性の肘が綺麗にきまりすぎたのか、ケペンは脇腹を抑えながら悶絶していた。


「な何をするんだい? 娘よ…」


「申し訳ありません。ウチの商頭が…貴族であるエルフ様との取引に浮かれてしまって…本当に嫌ですわ。お恥ずかしい話です。塔様のせいで私達が貴族との取引がないって知られてしまったではないですか…」


 え~とこの黒髪のシゴデキ感満載のお姉さんは確か…。確かニコラスに色目を使っていた…。


「ヘネシーさん…? でしたっけ」


「覚えていただき光栄です。今日はエルフ様のご出世を聞きつけ参上した次第です」


 そう言うとヘネシーは胸に手を当て最敬礼をした。


「い、いやだなあ…頭を上げてくださいよ私達の仲じゃないですか」


 とか言いつつ、別に言うほどの仲じゃないんだけど…。


「いえ、こういうことはキッチリしなければ。商人と対等に接すればエルフ様方が舐められてしまいます。我々一同。これからは節度を持って接したいと思います」


「い、いやぁ…まいったなぁ…」


「つきましては! エルフ様方に見てもらいものがあります! あちらから続々と品が順につきましてございます! どうぞご覧になってあせばせください!」


 …やっぱヘネシーさんも緊張でおかしくなってない?


 緊張しているヘネシーの後を追って今しがたついた運搬用の鳥車の荷台のほろを御者が外すとその下にあったのは沢山の石の板だった。


「えっとこれは…?」


 私がそう言うと、ヘネシーさんは待ってましたとばかりに振り返って石板の方に手の平を上げた。


「これは石の敷石でございます!」


「いや、まあそれは見た通りなんですけど…」


 敷石とか言われてもピンとこなかった私は間抜けな声を上げてしまう。


「はい、これは道路の舗装用の敷石です! これを使って道路舗装すれば…エルフ様の開拓地に城を築くための資材を搬入する道の舗装が可能になるんです!」


 あ、あー…。成程。って何でそんなことヘネシーが気にするんだろう。商人だからかな?


 そう思って聞いているとヘネシーは顔を歪ませて笑うと言った。


「そして道路を作った暁にはエルフ様方はそこを往来する商人や人々に通行税をかけられるってことです! つまり我々はエルフ様を真に富ませんとする真の友人の証でもあります!」


 そう言うとヘネシーはランランと輝いた目を大きく見開く。


 うわ…。目ぇバッキバキで怖…。


「そ、そうだね。じゃああの向こうの運搬車も全部敷石なの?」


「ああ、あちらは施工用のしもべ達と石切り細工の職人の乗合馬車ですね。あれは後程確認していただくとして…その前に向こうの貢ぎ物を見ていただけますか?」


 どうしよう…見る前から貢ぎ物ってわかってるけど。わかってていいやつなのかなこれ…?


 私がヘネシーと共に近づいた荷車には貨物列車のような引き戸が付いていた。ヘネシーはその荷車の御者に「扉を開けて中身をエルフ様に見せよ」と冷たい声で命じると、男たちは運搬車の錠を解いて力を込めて引き戸を開けると、中の木箱を取り出して開けた。その開けた箱にヘネシーは手を入れて中身を取り出すと私の前に差し出した。その手には艶やかな乳白色の陶器のわんが納められていた。


「うわ…綺麗…」


 その陶器を見て私は思わずそう呟いてしまった。


 本当にキレイ。前世だと百円ショップにあるぐらいのものだけど…木皿とか葉っぱで生活して身としては…この綺麗感が本当に良い…。


 思わず私がわんに見とれているとヘネシーがにこやかな声で言った。


「お気に召されたようで安心しました…。勿論この商品タダで構いません! ただその代わりと言ってはなんですが…道路が完成した暁には我が一族の通行税だけは便宜をはかっていただきたく…」


 そう言うとヘネシーさんは悪そうな笑顔を浮かべる。


 …いや、わかってたけどさ…。でもここはもうちょっと贈り物の感謝の気持ちを維持していたかったんだけどな…。いや別に良いんだけど…。


「おやおや、面白そうな話をしてますね。私も混ぜてください」


 私達が話していると向こうからアキンボに抱きかかえられたノグルスがのんびりとやってくると、そう言ってヘネシーの足元に降り立つと言った。


「遠いところからご苦労。私は守護者エマ様の執政補佐のノグルスである」


「あ…えっと…」


 困惑してヘネシーがノグルスに笑いかけようとしたところで横から風の様に滑り込んできたケペンさんがヘネシーさんの頭を掴んで地べたに下げさせると自分も平伏して言った。


「失礼しました! ゴールドピム商会の商頭ケペンと申します! 愚娘が失礼しました!」


「商頭ケペン。今日は何用で参られたのか?」


 ノグルスは泡食ったケペンの様子にみじんも動じないまま裾をヒラヒラさせながら聞いた。


「はい、我々一族はエルフ様のご叙任を寿ことほぐ為に参上仕りました!」


 そう言われたノグルスはデカイため息をつくと言った。


「もう一度聞きます。何用で参られたのです?」


 それを聞いたケペンとヘネシーは顔を伏せたまま互いに目配せしながら何かを言おうとして口を開こうとして閉じるという流れをした後、ケペンが絞り出すように言った。


「お取引を…。今日はエルフ様方と取引に…」


 するとノグルスは間髪入れず冷たい声で言い放った。


「取引? 取引とは対等な甲と乙が結ぶもの。見当違いも甚だしい。どうぞお引き取りを」


 ノグルスがそう言い放った瞬間、ゾッとするような寒気がその場にはしる。ノグルスはそんな場の空気なんて知ったこっちゃないとでもいう様に背中を二人に向けて去って行こうとする。それを見てケペンは口を開けて何かを言おうとするが二の句がでてこないまま唖然とする。


 まあ、そりゃそうか…。開拓地組んでまで来たのに帰らされるって。一番最悪のパターンだしな…。流石に可哀そうだな…。


 そう思って私はノグルスとケペンの間に割って入ろうとすると、ヘネシーが顔を上げて言った。


「そればかりはどうか…。どうかご教示ください。我々はどうすればいいですか!? ノグルス執政補佐様!」


 ヘネシーの懇願こんがんを聞いたノグルスは振り返ると二人の元に来ると笑顔で言った。


「自ら教えを乞うとは。良い心がけです。では教えてあげましょう。まず、これらの資材、人材、全て我々に献上せよ」


「あ、ありがとうございます…! け、献上…? えっとあのお代は…」


「勿論ありません。何か?」


「え、だってそれじゃあウチがおおぞん…」


 そうヘネシーさんが言いかけた側でケペンさんが再び頭を下げて言った。


「しょ、承知しました。我らゴールドピム! 全てをエルフ様に捧げます!」


 そう叫ぶケペンをヘネシーさんは「マジかよ…」みたいな目で見つめたまま動かなくなってしまった。そしてそれを聞いていた商社の皆さんも俯いて地面を見つめていた。


 あれ…大丈夫か? これエルフが悪い感じにならないか?


「商頭ケペン。次の沙汰は、こちらから下す。それまで待て」


「「はい…」」


 ノグルスにそう言われたケペン達はすごすごと下がって行く。


 うーん流石にどうなの? って思わなくもないけど、此処で揉めるとエルフの統率が疑われるから後から離すか…。


 そう思ってケペン達を見てみるとさっきの殊勝しゅしょうな態度はどこへやら鋭い目つきで立って話し合っていた。


 と言ってもこっちもこのままタダで転びそうにはないな…。やっぱ彼らも生粋の商人なんだな。


 ガシャッ!


 そんなお通夜状態の私達の間を場違いな金属音が響く。何事かと私は音の出所を探って四方を見渡す。するとアキレアが馬車の屋根を指さして「あちらです!」と言った。


 見ると、整列する馬車の屋根を伝って人影が近づいて来る。その人影は金色のブカブカの鎧を着た少女だった。


「おい、待て! 待てったら! ヤバイって」


 その後を女騎士二人が少女を追う様にシャンを追走させて来た。その二人はかつて私達と一緒にクラリネを追った弓使いの女騎士ノクティアと槍使いタレナだった。


「お貴族サマ! お逃げください! たった今あれが…えーと…効かん坊がそっちに行ったんで!」


 効かん坊? ってあの屋根を伝ってるあの子のことかな?


 私が呆然と屋根を見ていると、いつの間にか前にアキレアがと団長が身を呈して私を庇ってくれた。それでも黄金の鎧の少女はお構いなしに馬車の屋根を飛んでこっちに近づいて来る。


 なんか…あの娘。変だな? 鎧を付けているけど…騎士じゃない?


 少女の黄金の鎧は太陽と星の光を反射して美しく輝いていたが、その鎧は兜と胸のプレート、腰当てしかしておらず他は手も足も素肌というチグハグな装いだった。強いて言うなら日本の足軽の様な簡素な出で立ちだ。少女の被っている黄金の半兜は頭に大きすぎるのか飛ぶたびに斜めにずれ、彼女はそれをいちいち手で位置を直しながらこっちに進んでくる。


「あの鎧…?」


 私がそう言うと前を向いたままのアキレアが答える。


「あれは太陽の騎士団の鎧です。世界を覆う夜から救う為に立ち上がった有志が立ち上げた三国公認の人類救済の団であり…それ故にあらゆる特権が許されている高潔な鎧です。たとえあのように不届きなものが盗んだとしてもそれを身につけたものに弓を引くことはゆるされません。ですがご安心下さい。あの者がこちらに来るようでしたら。私が斬り捨てます」


 そう言うとアキレアが腰の刀の鯉口こいくちを切った音が耳に届いた。


「いや、殺さないで。えっと…殺さない様に私を護ってよ。アキレアならできるでしょう?」


「承知。難しいがやってみましょう」


 そのアキレアの隣にアキンボが立って言う。


「おい、待て。様子がおかしいぞ」


 そう言われてみていると、その場に集まっていた鳥車がいっせいに旋回して踵を返して行く。


「あの車を引いてる動物達が何かに引き寄せられている? いや、あの音か」


 音と聞いて耳を澄ますと確かにどこかからか、響くような口笛の音色が辺りに響き渡っている。


「シャンを口笛で操っているのか」


 鳥車の上にいた少女は急に動き出した車にしがみつくようにしながら残念そうにこちらの方を見ていた。


 私じゃなくて、団長の方を見ている?


 そう思って見てると、行き交う馬車の車体の群れが整列した中心に、黒い重装甲の鎧を身にまとった女の騎士が立っていた。その肩には四メートルにも及びそうな長い槍が担がれている。整列したシャン達はその黒騎士の前お辞儀をするように頭を垂れている。


 なんか整然として凄そうだけど…シャンって自分より強い相手には頭を隠すぐらい臆病なんだっけ? そう思うとなんかちょっとシュールだな…。


 そう思って見ていると、黒騎士は担いでいた長槍を置いてその場に座ってこちらを見ていた。それを見た私は相手が何を言わんとしているか何となく察した気がした。


「何で座ったんだ?」


 アキンボがそう呟く。


「多分、ゆるしを乞う為じゃない?」


 私がそう言い終わった瞬間に黒騎士が頭をゆっくりに下げて地べたに平伏した。その瞬間、周りにいたクインストラナイツの女騎士たちはざわつき、シュラから降りると黒騎士に頭を下げた。それを背後から見ていた少女も天井から降りると皆の顔色を伺ないながらソロリと頭を下げる。


「貴方が彼女の保護者ですか?」


 ノグルスはその様子を意に介さずスタスタと黒騎士の近くまで歩くと見下ろして言った。


「とんだ監督不行き届きじゃないですか。もし、あの子が私達に危害を加えたらどうするつもりだったんです?」


「監督は私です。何が起きようと、その責はすべて私が負います」


「起きたらどうするつもりだったんですか?」


「危害が及べば、それは私の責です」


「責、ですか。それは、どの範囲までを想定しての言葉です?」


 ノグルスの歯に衣着せぬ言葉が矢継ぎ早に浴びせられて行く。それを聞いて徐々に周囲の平伏しているクインストラナイツの面々から怒気のようなものが立ち昇ってくる。


 アカン…。ノグルスさん! それはアカン!


 そう思って私はゆっくりとノグルスの後ろに近づくと言った。


「確かに責任はあるよね。でも、それだけ大きな責任を持つということはそれ相応の見返りがあるものだよね? だってあの方はその危険を未然に防いだ。だったら私達はその働きを評価するのも仕事じゃない?」


「いえ、私は当たり前のことをしただけにすぎません。決して誉などではございません」


 私の出した助け舟を黒騎士さんは重々しい声でピシャリとはねのけた。


「それを何故貴方が決める? 決めるのは私達だ」


 一方のノグルスも黒騎士の言葉に一歩も引く気はないようだった。


「いい加減してノグルス。何も起きてないんだから良いじゃない。なんでこの人を良くやったって褒めてあげられないの?」


「…」


 私がノグルスを見ると、ノグルスは垂れた裾を額に当てて困ったような表情を浮かべた。


 ん…? この娘がこんな顔するの初めて見た気がするけど…。


 私とノグルスが顔を見合わせていると黒騎士は頭を下げたまま言った。


「……これ以上はお控ください。もはや過ぎたことです。私の処遇は、執政補佐官ノグルス殿のご裁断に委ねます。それまでは、この身を慎んでおります」


 黒騎士の断固とした態度に他の団員も納得したのかその場に立ち昇った怒気のようなものは徐々に治まっていく。しかしそんなことは知ったこっちゃないとでもいうようにノグルスは黒騎士に淡々と告げた。


「良いでしょう。貴方には後から追って処遇を伝えます。ええ…お名前は…」


「ヴァルグ・ドラクスと申します」


「わかりました。もう行ってよろしい」


 その言葉と共に、黒騎士はすっくと音もなく立ちあがると他の団員と共に向こうへと下がって行った。それと入れ替わるように先日の白騎士の副団長が弓の騎士ノクティスが金の鎧を着た少女を引き連れて近づいて来ると二人は私達の前にひざまずいた。その脇の少女はひざまずく二人を見て遅れて屈む。


「先ほどの件、我が相方の非はこちらで引き受けます。謝罪は形式に過ぎませんが、彼女の落ち度ですから」


 そう言う副団長の声からはどのような感情の揺れも感じることはできない。それに対してノグルスはまたしても淡々と告げた。


「クインストラナイツの皆さん、遠路お疲れさまでした。当地では城外野営をもって、暫定措置とします」


 それを聞いた副団長の背後の弓騎士ノクティスが顔を上げて言った。


「…失礼ながら。もう一度お聞かせください。貴方は栄えある奥方様のクインストラナイツに野営をせよと仰いましたか?」


「ノクティス、控えなさい」


 副団長の言葉で弓の騎士ノクティスは口惜しそうに頭を下げた。


 …うーんまあ…。開拓地にカラリリの傭兵が居るから野営させるしかないんだろうけど…。


 そんな私の杞憂を他所に副団長は顔をあげると涼し気な表情で言った。


「承知しました。我らは野営に慣れています。それで任務に支障はありません」


 うーん…副団長の方も相変わらずシゴデキ感が凄い。とはいうものの…。ノグルスが頭良いのは何となくわかるけど…今日だけですっごいヘイト稼いじゃって今後上手くやっていけるのか…。いや、ここは年上の私が何とかしないと…。とか言いつつ、何にも思い浮かばないわけなんだけど…。


 そんなことを考えている私を他所にノグルスは副団長を立ち上がらせると脇に寄って砦の向こうを指さして何やら相談し始めた。


 大丈夫かな…。


 そう思ってハラハラしている私の側にノクティスが近づいて来ると言う。


「え~とだな…ご機嫌麗しゅう、貴き方…。騎士ノクティス参上仕りました」


 さっきと変わってノクティスは宙を見ながらたどたどしい感じで敬語を口から絞り出す。


「え…止めてくださいよ。私と貴方の仲じゃないですか」


 つい私は両手を胸の前に出して手を振ると、彼女は奇異なものを見るような目で見つめると言った。


「いや、そんな気安く話すほど一緒には居なかったと思うんだが…。お言葉に甘えさせてもらおう。どうも礼儀作法は苦手でな…」


 そう言うとノクティスははにかんで笑う。するとその脇から黄金の鎧を着た少女が側に立って真似するように笑った。


「あのー。この娘って…」


「ああ…コイツはこの鎧を付けて川辺を放浪しているのを見つけたんだが……言葉が通じなくてな…。その上馬鹿みたいに身軽で誰も捕まえることができやしねぇ。俺達でかろうじてわかったのはソルヒルドって名前ぐらいだな」


「うーんでも彼女が此処に居るってことは…何とかしたってことですよね?」


「ああ、それは我が団長の知恵さ。私達みたいな一辺倒とは違ってな。どうしたと思う? なんとその場で飯を作り始めたのさ。そしたら逃げ回ってたこいつがいとも簡単に寄って来てさ。やっぱ団長には敵わねぇや」


 そう言うノクティスはどこか誇らしげな表情をしている。


「それであの娘は結局何者だったんですか?」


「こいつの正体はどうやら太陽の騎士の従者らしい。食事をエサになだめすかして鎧を見せてもらったらその鎧の裏に刻まれた文字があってな。そこには…」


 ~夜は明け、暁は昇る。忠道を貫きし太陽の騎士に連なる者に、この鎧を授ける~


「って刻まれていましてね。これを身につけていることこそがコイツが太陽の騎士の従者の証らしい」


「えっと失礼ですが…その少女がその従者から鎧を盗んだってセンはないんですか?」


 私が聞くとノクティスも少女の頭を撫でながら言った。


「それはないな。黄金の騎士の鎧は邪な者には身につけられることはできないと言い伝えられている」


「えっと…その根拠は…」


 半信半疑な私にアキレアが背後から耳打ちしてくる。


「黄金の騎士の鎧は聖なる鎧です。邪な者の手には絶対に渡ることはないと言われています」


 い、いや。それってあんまり根拠にならないような…。でもまあ…この世界って神器みたいな不思議な力を持つ道具もあるみたいだし…そういうこともあるのかな?


『…一応コイツの鎧の刻印とやらを確認させてもらおうか』


 私から事情を聴いたアキンボはそう言うと黄金の鎧のソルヒルドに迫ろうとする。アキンボの様子を見たソルヒルドとノクティアは私に目で疑問を訴えかけてきたので肩をすくめて答える。


「その刻印を見せろってさ」


 それを聞いたノクティスは肩を落として答えた。


「無理だと思うぜ。団の皆総出で半日も追いかけて触れることすらできなかったんだ」


『だってさ』


 私がノクティスの言葉を訳すと、アキンボはその回答を予想していたかのように笑うと言った。


『やってみなきゃわからんだろう』


『騎士の人達が捕まえられなかったんだよ? その上、アンタの馬鹿力を加減しながらでしょ? やめときなって』


『オレはオレの道を行く』


 こう言ったらアキンボは聞かないし…。やらせるしかないか…。


 暫くの間アキンボはソルヒルドの前で掴みかかるような構えをしたまま睨みつけていたと思ったら突然飛び掛かった。それをソルヒルドは半身に容易くかわすと、追いすがる様に飛び掛かり、それをまたかわす。飛び跳ねる蛙とそれを追いかける大型犬の追いかけっこ。言えば微笑ましい気もするが実際は暑苦しい男が少女を追いかけているだけという大分見てられない状況に私は嘆息たんそくして他所の景色に目を移した。


 すると開拓地の砦の方からシュラが三体近づいて来るのが見えた。その上にはディルクと墓守、スポーツバンドを付けた銀髪の少年兵が乗っていた。


「大分賑やかになってきましたねぇ」


 いつの間にか私の横にノグルスが現れ、私達をロゼ副団長、アキレアが身を呈して庇う様に前に出る。


 なんか…話がどんどん大事になって行くような…。


 シュラから降りた三人がこちらに近づくとディルクが叫ぶように言った。


「クインストラナイツ、奥方のつるぎ達よ。遠路はるばるよく参られた。我々はラヴェレヌ家に仕えし帝国の勇士であり、エルフの守護者エマ様の盾、ヴィヴィ・セプルクリ傭兵団。その副団長ディルクが問おう! 騎士達よ! あれはどういうつつもりなのか!?」


 そういうとディルクは開拓地の周辺を手で示して言った。そこには先ほどまでなかったクインストラナイツの面々がいつの間にか砦を包囲するように配置されていた。


 ああ…。さっきノグルスと副団長が話し合ってたのってこれ? いや、なんでこんなこと許したん?


「答えてもらおう。団長リリア・ブランシュ!」


 そう言ってディルクが仰ぐように見たのは、丘の上で野営の布陣を見下ろしていた白銀に輝く団長だった。ディルクの問いにリリアは声を張り上げる様子もなく淡々と答えた。


「ヴィヴィ・セプルクリ傭兵団、副団長ディルク殿。あれは執政補佐の判断を受理し、私が命じた野営です」


 その清涼な声は少しも張り上げられていないのに風に運ばれるように私の耳にまで届いた。


 凄い…。なんか遠くにいるのに、あの人が側に居る様な安心感が凄い…。もしかしてこれも神器っぽい何かの力なのかな?


「ならば問おう。クインストラナイツは、奥方ププタン様のつるぎか。それとも守護者エマ様のつるぎか?」


 そう問われた団長は無表情で答えた。


「愚問ですね。私がそう命じた。それ以上の説明は不要」


 それを言われたディルクは何も言い返せないまま黙ってしまった。


 ええ…そんなんで許されちゃうんだ…。


 その場は団長の声で静まり返ってしまったが、私の中のざわざわした気持ちも穏やかな感じになった。


 なんか…安心するってこういう感じを言うのかなぁ? ああいう人の下で戦えればそりゃ心強いよね…。


 そう思って丘の上で野営の布陣を見下ろすリリア団長を見上げる。眼下の騎士達を見守るリリアの口元には絶えず微笑がうかんでいる。だがその目はどこか冷めた感じがして一種の儚さの様な色を含んでいた。まるで哀れな運命の行く末を見送る女神の様な目つきは見る者に畏敬の念を感じさせずにはいられないのだろう。


「今何を考えていらっしゃいますか?」


 そう言われて振り返るとそこに立っていたのはアキレアだった。


「ああ…なんか立派な人だなと思っていたんだよ」


 そう答えるとアキレアは眉をひそめて言った。


「あまりそのような目で見ないでください。あの人は眩しすぎますから。私にとっても貴方にとっても」


「ああ、確かに眩しすぎる光は目に悪いって言うしね。あんな人が近くに居たら普通の人はきっと疲れちゃうだろうね」


「それでも…人と言うのは光を求めてしまうものです。どうしても」


「でも本当に必要なのってさ…光に照らし出されたモノじゃない? 人だってそうなんじゃないかな?」


「でも光によって露になる醜さ、汚さというものがあります。そういったものは光から身を隠さなければならない」


「でもそれを護ると言ってくれる人も居る。そうでしょ?」


 それを聞いてアキレアは最初困ったような表情の後にフッと笑って言った。


「貴方は本当にズルい人ですね…」


 え、なんでちょっと幻滅されてんだ…?


 私はアキレアの顔を見ていぶかしんだ。

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