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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
初恋の異性と結婚する確率はX%
6/35

赤子と引力

23/7/28


私の小説を興味を持ってくれた方へ、いつもありがとうございます。

この度は更新が大幅に遅れて申し訳ありません。更新への心配や不安をかけてしまったことをお詫びします。


■原因ですが

1、私の執筆のスキルが未熟なためプロットと詳細を書く段階の管理ができいなかったこと。

2、ある程度までプロットを書かないと物語の方向性が決まらないこと

3、資料の読み込みに大分手間をかけている状況なこと

4、当初の予定より文字数、物語の規模が大分増加していること


が大まかにあげられます。

当初の書き始めは全体三幕構成の十万字を想定していましたが、一幕だけでも二十万字にいきそうです。物語の終わりは大まかに決めていますので完結は可能です。


■今後の予定

今後はある程度詳細書きされた書き溜めを詳細書きしつつ投稿してまいります。

残り約十話(約一万字)を各週で投稿していきます。


【投稿予定日:金曜 22:00】


現在三幕構成の一幕目ですが、詳細書きに移れるプロットを組めているのが一幕の半分までとなっております。残りの半分はある程度資料が集まっている状況なので難航はしないと思われます。


作者のモチベーションとしては箸が転がるのも面白い程に執筆の難航も楽しめているので失踪はないと思われます。今組めているプロット分の一幕の終わりまでは書き上げられるように努めてまいります。


もう一つ前もって謝罪したい点は作者は文系の者なので物語の中の数学的な要素が間違いや専門的な知見が至らない部分があると思われますがご容赦ください。


今後とも長い目で見守っていただくことをお願いいたします。

 雨が上がり、木漏れ日が差し込んで朝もやを照らす森の中。私はフランと向き合っていた。フランは私に近づくと潤んだ目で微笑んで赤子を渡した。私はそっと赤子を受け取ると腕の中で赤子の首がズレそうになり慌てて抱きかかえる。皆は私の抱き方のつたなさに呆れて言った。


「ルリコ、赤ちゃんの首はまだ座ってないんだから。ちゃんと支えてあげないと」とフランは心配そうな声をかけてくる。フランの声はひび割れているが、表情は吹っ切れた感じがする。後ろからニコラスが声をかける。


「ルリコは弟、妹が居ないので仕方ないですね」


 長老は大きなため息を付く。


「そんな体たらくで本当に赤子を世話できるのですか?」


 できらぁっ!


 と言い返したかったが、私には子育ての経験がなかったのでぐうの音も出なかった。でも私も女の端くれなので大まかな育児の流れぐらいは知っている。


 赤ちゃんは私の胸の中でもぞもぞと動ていた。その小ささと軽さが、落とせばいともたやすく割れる陶器みたいで緊張した。私の中で使命感の様なモノが湧きあがる。しかしそれと同時に命を預かると言う重責にお腹が痛くなる。


『子供の命が守られない世界で生きて居たいとは思えない』


 そう思っていた時期が私にもありました。でも今になってみれば大言壮語だ。だって私は前世の世界では戦争や犯罪で沢山の子供が犠牲になっていた。そんな中、私は何食わぬ顔で生きてきた人だ。今更そんな奇麗ごとは言えない。


 でもこの子を目の前にするとなんとかしなきゃと心の中の声が叫ぶ。


 私は何となく、それも若い肉体のせいだと思っていた。血気盛んな自分の肉体の多感さをコントロールできない。身体はシラケの意識を追いて先に行っている。


 私は無鉄砲な背中を見ながら頭の中で計算していた。成功をするためには若さや情熱だけでは無理だ。でも…


 自分の腕の中でもぞもぞ動く赤子のつぶらな瞳と目があう。じーっと私を見つめるその子を見ていると…。


 ああ、駄目だ。可愛いと思ってしまう。抱きしめて居たい。多分これは本当の気持ちだ。助けたいという気持ちに嘘はない。後は方法だけだ。


「この子を助ける方法なんだけど」


 私はカマドを覗きながら長老達に言葉をなげかける。


「皆の手を借して欲しいんです」


 私は皆を表情を見渡すが、ニコラスとフランは頷いている。


「一体どうするつもりなんですか?」


 私はニコラスに聞かれて頭の中で考えていた手順を再確認した。私は部屋を保育器に見立てたい。その為には常に石鹸による清潔と蒸気による湿度、人肌での保温を与える必要がある。だが、その為には小屋で世話する私に代わって、薪や食料、建材を供給して欲しい。


 それを伝えようと振り返ると長老が私達の間を阻む立ちはだかる。


「ニコラス、フラン。貴方達はこの件を私とルリコに任せて、何もせず、待機していてください」


 暫くの沈黙の後、ニコラスは長老にゆっくり問いかける。


「何故、私たちは手伝ってはいけないのでしょうか?」


「その赤子は未熟児です。生存するのは極めて難しいでしょう。成人しても虚弱になり、働けない。或いは病気で倒れる可能性が高い。貴方達は将来の長老候補。そのようなことに関わる必要はありません」


 私は長老の背後へ赤子を抱えたまま近づいた。長老の肩越しにニコラスは沈黙をしており、フランは眉尻を上げて長老を見つめていた。ニコラスは自分の胸に手を当てると話始めた。


「反論します。まず初めに未熟児の死の可能性が高いというのは本当でしょうか? 例えば私の母は病に侵された時から歩けなくなり、死を悟って断食していました。しかしその病は肉の栄養を取るだけで快復したのです。我々は足の病は老衰の様な定めとして捉えていましたが…今思えばそれは栄養不足という食事方法の誤りだったのです」ニコラスは矢継ぎ早に続ける。


「私は未熟児の死が定めではなくやり方の問題なのではないかと思っています」


 ニコラスは息継ぎしてからまた話す。


「私達は数千年に渡り集落では人手の確保の為に一年に四名の計画出産をしてきました。これは全員出産に突入してしまうと雑用の手が減るからです。


 ここに、ルリコの言った乳児死亡率が六十%を加味する場合。


 年に二人以上の赤子が渡っているといえます。これは推測するしかありません。何故なら我々は生まれて来た赤子を生命として見るか見ないのかの解釈が曖昧だからです。簡単に言うなら未熟児なら生まれてきて直ぐ捨てられるので死亡数に数えられません。見込みのある赤子は育てられます。その途中で死んだ場合は一人死亡。と、死亡の解釈が曖昧なのです。曖昧なのでデータを推測するしかない状況なのです。


 仮に赤子の死亡数を推測にルリコのデータで使うとしましょう。すると我々の出産調整を前提にここ千年の集落での出産した赤子の死亡率は二千人以上の計算となります。この二千人の中に未熟児が仮に三割居たとしてもこの千年で千七百人以上の普通の赤子の育児に失敗していることになります。


 これでは未熟児の数より健康な赤子の死亡率が高いことになります。これでは未熟児が生きられない命と言う以前に、赤子の命の方が死が定められたものと言えてしまう状況です。


 しかしそれは森の摂理に反します。森の哺乳類が産んだ子供を半数近くを死なせてしまうなんてことは聞いたことがありません。


 よってこの乳児死亡率は我々のやり方の問題なのです。私達がするべきことは方法を見直すことです」


 背中越しに私は長老のハッとするような声を聞いた。言われてみると確かに未熟児ではない普通の赤子すら死に過ぎていた。つまりニコラスは未熟児や赤子の死亡率は世話の仕方が悪いせいだと言いたいのだ。


「ですが、ここまでは推論に過ぎません。重要なのは正確になデータです。生まれた子供のデータと、死亡した子供のデータを取る第三者が必要なのです」


 長老は拳を握りながら肩を怒らせて言った。


「データを作る? 貴方達はその観察の間にどれだけの赤子が渡るのを見送ることになるか想像できていますか? それで貴方達若者が死に関われば魂が摩耗してしまう。ましてや未熟児を生かす試みで失敗と挫折を繰り返せば、貴方達は挑戦することを恐れるようになるでしょう。狩りで痛手を負った狼が臆病になるように」


 そう言って長老は自分の頭を押さえる。確かに人は失敗の経験を積みすぎると自信を無くす。ましてや千年を生きるエルフが若い頃から自信を失えば長い時間、惨めな生を送ることになるかもしれない。


 ニコラスは長老の言葉に事も無げに反論した。


「確かに誰しも失敗が続けば嫌になります。しかしそれは総当たり的な試行錯誤のせいではないでしょうか? 場当たり的に試すから失敗を繰り返すのです。だったら我々は赤子の生存確立の高い選択肢を慎重に検討して実行すればいいだけです」


 ニコラスはそう言うと憮然と構えた。時々ニコラスは熱くなると論で圧倒して相手を屈服しようとする怖さがある。長老も負けじと言い返す。


「だとしたら失敗率が高いこの子から始めるのはおかしいことになりませんか?」


 ニコラスは首を振って言う。


「いえ、最初はデータがないので場当たり的に検証するしかありません」


「だから、そのデータは私達が持っています」


「すみません、私は各部族が子供の出生を明らかにしてない事例があると思っています。信用できません」


「貴方は我々先人が培った伝統や文化を疑うのですか!? 若いにしてもあまりに傲慢な物言いです」


 私は二人の間に入って手で制する。


「ストップ。そんなことを言ってる場合じゃないです。とりあえずニコラスは一旦は議会に行って」


 私の言葉にニコラスは不服そうに口をとがらせる。


「ですが…」


 私はニコラスの口が反論を言う前に言う。


「君がここに居るより、今の話を議会で主張してくれた方が助かるから。ここで言いあってもしょうがないでしょ」


 私がそう言うとニコラスは顎に手を当てて言った。


「…成程。確かに延命している間に法整備をしてしまえば法解釈に経過を組み込めるかもしれないですね」


 長老はニコラスを半眼で見ていたが、大きなため息をついて言った。


「見習いの身分でどう法整備するのですか? 魂の摩耗より借しを作り過ぎて首が回らなくなる方がよっぽど問題です」


 ニコラスはその長老の長老の言葉に対してピシャリと言う。


「ルリコを追放するという措置さえ無ければ借りなんて作らずに済みます」


 ニコラスの言葉に長老は目を瞑ると言った。


「言ってません」


「「へ?」」


 フランと私は素っ頓狂な声を上げてしまう。それに長老はぺろりと舌を出して言う。


「追放される覚悟があるかを問い正しただけで、するなんて言ってません」


 えー!? エルフがそんな騙しを使っていいんですかぁー!?


 ニコラスは長老を眉を釣り上げて睨みながら言った。


「わざと間違うように誘導しましたね…」


 長老は目を瞑って言った。


「貴方達が聞き取りを誤っただけです」


 ニコラスは私と長老に背を向け壁の方に向くと片手で顔を抑えていた。長老はニコラスのその様子を見て組んだ腕を強く握った。そんな二人の様子を見たフランは眉尻を上げながら言った。


「らしくないですよ。どうして長老はルリコにそこまでするのですか?」


 長老にフランは首をかしげる。すると長老は苦々しい表情をした。


「ルリコの行動は集落の運命を左右しかねない。疫病の件から考えれば、ルリコは成功する可能性はあります。しかしあまりに向こう見ず過ぎる。この子には責任を実感して欲しいのです」


 ニコラスは長老の言葉を受けて私に目線を送る。


「しかしそれでルリコ一人の責任に転嫁するのはおかしいと思います。…ただ、私も長老の言い分に一部は賛成です」


 そう言うとニコラスは私を見て来た。


「例えばなのですが…。赤子を伝統的な方法で育てたとしましょう。それでなんらかの理由で死んだ。でも死亡の原因が世話の仕方の問題だと何をもって言えるのでしょうか?」


「え?」私はニコラスをジッと見つめる。さっきニコラスは赤子の死はやり方の問題だと言ってた気がする。


「例えば健康な二名の乳児を全く同じ伝統的な方法と状態で育てたとします。一方は死なず、もう一方は死んでしまった場合、その差は何でしょう? 運とか運命としか言いようがないと思います。だったら私達が今から行う方法で治療しても死ぬか死なないかは結局は運、或いは運命のせいと言えてしまうのではないでしょうか?」


 確かに詳細に見て行けばその子供の健康や遺伝子の疾患という差はみつかりそうだけど。それだって運や運命と言えてしまうかもしれない。


 結局は運。或いは運命。後者の場合、寿命というのは定められたものになる。だが、ニコラスはそれを否定していたハズだ。前者の場合、健康な人でも不意の事故で死んだりする。だったら結局は運なのだろうか? 私の努力に関わらず、この子が生き残るかどうかは運次第なのだろうか?


 私は手元の赤ちゃんを見るが、赤ちゃんは元気に動いている。フランはニコラスに向かって言う。


「つまり何が言いたいわけ? 結局は運しだいだから責任を問えないとか言わないでよね?」


 ニコラスは小さく指を上げて言った。


「運任せにしない為に私達は責任を負うべきなのです。責任を負った時、赤子の死が定めや運ではなく、私達の選択の結果になるからです」


 フランは少し考えてから言った。


「…つまり私達が不慮の事故で死んだりした場合。それは運でも運命でもなくて…。責任が問われるわけね? 仮にたまたま肉瓜が落ちて頭に当たって死んでも。運が悪いとはならないってわけね?」


 ニコラスは頷く。


「そうですね。その場合、肉瓜を放置して管理を怠った部族の責任…ということになるでしょう」


 私は赤ちゃんをあやしながら聞く。


「じゃあ、仮にこの子が死んじゃったら…。その責任は運命でも方法でもなく、私にあるってこと?」


「いいえ。その責任は個人ではなく、皆が負うべきことなのです。勿論、責任は当事者も問われるべきでしょうが…。任命する責任、当事者を管理、指導する責任など…各々責任を分担するべきなんです。そうすることで私達は赤子の生死に責任をもって関わり、論じ、死の定めから解き放つことができる」


 何故か私は”死を定めから解き放つ”という言葉に熱いものを覚えた。


 私は赤子を自分の白い服で深く包み込んだ。包んだ服が身体を覆って布の隙間から赤子が目をのぞかせた。赤子は守護天使の羽根によって抱かれた子安貝の様だった。そうしているとニコラスがそろりと近付いて来て囁いた。


「私はルリコの言う通りこの子だけを特例とせず、全ての子供や老人への口減らしの撤廃し、子供の世話に対しては議会も責任の範疇にで定めます。そうすればこの赤ちゃんの命の責任は全員で分担され貴方は助かります」


 ニコラスにそう言われ、私は俯いた。私だけなら不安だけど皆が協力してくれるなら安心できる。でもなんか責任逃れの様でズルい気もする。長老はニコラスに向かって言った


「何だか詭弁めいてますね。結局、貴方はスカイを救いたいだけではないのですか? 赤子の間引きを老人の間引きまで解釈を広げて、スカイを延命をはかる為に議会を利用するつもりなのではないですか?」長老はニコラスの顔を見つめる。


 曇り空が晴れて傾いた日差しが小屋の窓から差し込む。ニコラスの表情が窓の日陰に隠れる。


 ニコラスは微笑んで言う。


「母には育ててもらった恩はあります。しかし恩を政治的手段で返すのは筋違いです」


 まあ…確かに親孝行を政治で返す人も居ないかぁ。


「ではルリコへの追放を防ぐため、御機嫌取りではない。利己的な動機はないと言えますか?」


 …なんか長老が何でもいいから、言い返したい人みたいに思えるんだけど…。私は関係ないだろう。


 ニコラスは長老の言葉に口を抑えると暫く黙考した後に言った。


「どうでしょう…? そもそもの動機は…。議会の見習いの話をいただいた時に…彼女の意見を聞きたいと思ったんです。しかしこれは私の不安に根差す問題です。ルリコは関係ないかと思います」


 ニコラス君も素直に答えなくていいんだよ?


 ニコラスは頷くと顔を上げて言った。


「でも実際話してみて。その声を聞いて。結局、生き様で証明するなどと言われたら。志を同じくする者が必要だと思いました。その志は皆の為に宣言されたわけです。だから私だけのものじゃない」


 それは確かにそう。誰かに手伝ってもらわないと無理なんだ。常識的に考えて。


 私は頷いた。いわゆる聖人だって一人で何でもできるわけじゃない。仲間が必要なハズだ。フランはニコラスの言葉に失笑して言った。


「そうね。ニコラスが私達に協力してくれるなら助言は惜しまないわ」


 長老は眉間を揉みながら言った。


「では貴方達はその声とやらを法に置き換えてもらいます。政治は声に従って描く芸術アートとは違うのですからね」


 長老の言葉を聞いて私も共に犠牲になる人が増えたことを喜んでいる場合じゃないと首を振る。腕に抱いた赤ちゃんを支える腕もしびれてきた。私は長老に顔を向けて言った。


「あの、長老…。私も全く覚悟がないわけじゃないので、その時は責任を取るつもりです。でも…子供の出生率はいいずれ誰かがやらなくちゃいけない課題だと思います」


 私の言葉に長老は大きくため息を付く。


「それは承知しています。重要なのはこの集落のエルフ達は貴き一族の血縁です。その子供の生死には常に注視されています」


 もし議会で子供の育児を何らかの組織に任せることになれば…。その生殺与奪を握るのは貴族の首根っこを摑まえるのと同じだ。そんな力を簡単には容認できない。だが、少子化が加速する集落では子供の死亡率改善は最早避けて通れない課題なのも事実だ。


「だからこその責任論ですよ」


 長老はニコラスの揺るぎない態度に観念したのか次の言葉を待たずに軽くため息をついた。


「わかりました。貴方の協力を認めます。ただし、本格的な補助は議会を通してからです。スカイにも言っておいてください。夜なべして蜜蝋を作る元気があるなら議席に座ることぐらいはできるでしょうから」


 ニコラスは長老の言葉に意外そうな表情をするが、頷く。そして私を振り向いて言った。


「お待たせしました。それで…ルリコ。私達は何をすればいいでしょうか?」


 やっと作業に移れる。


 そう思いながら私は小屋を見回しながら指示を飛ばした。


「そうね…この小屋を小型の保育器…赤ちゃんが生きる為の環境を維持できるようにして。手順はまずカマドで湯を沸かして、温度維持の為に窓を板で塞ぎます。その中に私が入って、赤ちゃんを抱いて温めます。そしたら保温の為に扉を閉めて下さい」


 私は手順を思いつくままに三人に指示をとばす。偉そうだが、赤ちゃんを抱いて居るので作業は任せるしかない。カマドは長老が火を起こし水の入った鍋を火にかける。フランは備え付けの板を窓にはめ込む。ニコラスは薪を切ると束にして中に入れる。


 大方準備出来たら私は子供をフランに一旦預ける。肌で子供を温められるように外套の下で裸になると、ニコラスは顔を手で覆って部屋から飛び出す。


 別に見られるような隙はないと思うんだが…。なんか貞操観念がピュアすぎてオバサンは心配だな。


 フランは私の脱いだ服を畳んで胸に抱くと、床に桶を置く。そして激励するかのように無言で肩に手を置くと頷いた。私も頷くとフランは長老と一緒に部屋から出て行った。最後に扉をハメ殺しの窓の様に閉めてもらう。その扉越しの長老に私は言う。


「扉を閉めたら、そのままで。私は中で清潔を保ちつつ、換気を行います。必要な物資は中から指示できるんで安心してください」


 扉の隙間から長老がこちらを覗いてきて言った。


「…ルリコ。赤ちゃんのご飯はエマに頼みます。議会が落ち着いたら私も手伝いますので。それまでは…気を強く持ってことに当たって下さい」


「…はーい…」と答えるとゆっくりと扉が閉じられた。


 静まり返った部屋の中、暫くして座っていた。太陽はかげって小屋の中をカマドのたき火が照らす。


 無言のまま、私は長老の言葉を思い返していた。


 長老は私に協力的になったように感じる。でもそれって私の啖呵に賛成した訳でも、子供への対応を悔いたわけでもなさそう。多分、自分はもう先が長くないという焦りっぽい感じ。でも、その引継ぎ先を私達に選んでくれて嬉しい。なんか前世の職場で辛く当たって来たお局さんがピンチの時に急に頼もしくなるみたいな感じがあるな…。


 小屋の中で私は赤子を抱きながら、換気用の窓の隙間から星環を仰いだ。


 外の空模様は夕焼けだ。異世界には時計がないから太陽の位置が時計に代わる。といっても季節によって変わるので補助的な感じが強い。私としては信用できるのはおなかの空き具合や仕事の時間経過を一セットにして計測する方法、或いは蝋燭の消費を基準にする方がわかりやすい。特に雨や嵐で空が見えないときはそれだけが頼りだ。


 嵐と言えばこの腕の中の子供も、その様な存在なのかもしれない。この暴風の中では皆がその対処に奔走する。そう思いながら赤子に言った。


「今、皆が君の為に奔走しているねぇ」


 私は大人が赤ちゃんに話しかけるような猫なで声で話しかける。しかし生まれたばかりの彼はキョトンとする。 


 全ての中心はこの子だ。私が決断したのも、議会が動くのも。嵐で木々をたわませる暴風の様なものだ。


 それを私は抱いて居る。嵐の目の中に居る。自分の中に謎の全能感が溢れてくる。まるで子供の頃に風邪をひいて一日好きなように過ごせる時の様なワクワクに似ていた。


「良かったねぇ、嬉しいねぇ」


 私は赤ちゃんをあやしながら、換気の為に開けた窓の窓の隙間から空の星環の光を浴びながら眼を瞑った。


 私は想像で前世で見た様な3Dの宇宙の映像を思い浮かべた。星環はこの星の周りを土星の環の様に周回しているんだろう。宇宙の銀河の映像と共に流れる「ズズズ」という宇宙の音が頭の中に流れる。同時に胸の赤ちゃんの鼓動と私の鼓動が頭の中に響いてまじりあう。


 太陽の光を反射して宝石の様にキラキラ光る。私達はソレを巨大なお釈迦様の様に指でつかみ取ると目に近づける。環の石は指でつまめる石ころほどで、ダイヤモンドの様に輝いていた。私は赤ちゃんを抱きながら、その石ころを惑星に向けて指のつま先で弾いて飛ばした。すると石ころは大気圏に突入し地上に落下する。落下地点にいた恐竜はその衝撃で吹き飛ばされる。石ころ衝突は子供の頃に見た隕石による恐竜絶滅のビデオ映像に切り替わった。沢山の恐竜が隕石衝突の粉塵にから逃げ惑い力尽きて倒れた。私はそれをゾクゾクしながら見ていた。


 私だ、私がやったんだ。


 私は笑う。それを離れたところで見ていた別の私は吐き捨てるように言う。


 そんなんじゃまた皆に嫌われるよ?


 その途端私の全身を「嫌だ」という感情が駆け巡った。


 身体がビクリが動いて目が覚める。どうやらウトウトしていたらしい。胸の中の赤子の心音と温もりが湯たんぽの様に気持ちが良すぎる。「あー駄目だ…眠ったら駄目」私は自分に言い聞かせるように独り言を投げかける。私は何か悪夢を見たという記憶はあったが、起きてから夢の記憶がどんどんぼやけてくる。最早覚えているのは私達が神になって恐竜を絶滅させていたという記憶だけだった。


 もしかして私ストレスたまってるのかな? …ていうか何で恐竜? どうせ滅ぼすなら虫とかにして欲しいんだけど。蜂以外の。


 そんなことを考えながらカマドの火に薪をくべた。その日は特に何事もなく、夜がふけていった。

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