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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
59/65

未完成アコレード

次回の更新は12/21です。

 すがるフランを振り払った私は涙を手で拭いながら、門の外へと足早に逃げ去った。門から出た私はまるで喧嘩に負けた少年の様に丘の緑色の芝を見下ろしながらトボトボと歩いた。その後をアキレアが鎧の音を立てながら見守る様について来る。


 私は涙をぬぐいながらかつて赤子を背負った少女と出会った緑色に濁った泉に着くとそこで座ってしょんぼりと座り込んだ。


『恥の多い人生を送ってきました』


 泉のほとりで座り込みながら最初に浮かんだのがこの文言だった。


 まさに今の私がこれだな。


 多分学校で習った高尚な文学の出だしだった気がする。別に言うほど恥が多い人生だった気はしないけど今の私はすごくみっともない気がする。


 これじゃダメだ。私は冷静に振舞わなくちゃいけない。そう、数字の様に…。無機質な方程式の様に。でもどんな数字なら方程式なら私のかき乱された心を慰めてくれるんだろう?


 私が数字にこだわり始めたのは会社に入って間もない頃だった。当時新入社員だった私は仕事でミスをして上司に怒られてばかりだった。なんとかミスをなくそうとしても上司の席から感じるプレッシャーのせいで更に動揺してミスをして怒られた。そんな日々を過ごしている中で自分の感情を消し去る術を考えた。それが数学であり数字だ。数字に出会ってからの私は「上司に毎日怒られてばかり」という自責の言葉が「今日は上司に三回怒られた」と考えるようになった。毎日怒られてばかりが三回怒られたと考えると「たった三回?」という気持ちになってくる。


 それからだっけ…三回を二回に減らすためにゲーム風にミッションにしてクリアをしていくという風にしたら緊張も動揺もしなくなって…。それからというもの私は仕事でミスをしなくなり仕事が上手く回り始めたんだっけ…。


 そんなことを思いながら私は顔を上げて目の前の泉を眺める。


 …でも今思うとそのせいで私の中の何かが壊れてしまった気もする…。日々を数字で考えるようになった私は旦那が皿洗いを手伝ってくれた回数とか、デートしてくれた回数で評価するようになった。今にして思えば一回でも手伝ってくれればそれは喜ぶべきことなのに…。わたしにとっては取るに足らない一回でしか無くなってしまったからだ。


 ――じゃあそんな考え方なんてやめればよかったじゃない。


 私の中の声がそう言う。でもそれはできなかった。だって怖かったから。数字で考えることを止めたら昔のダメな私に戻る気がして…。そして今まで数字で生きていた人生が全て無駄になる気がして…。やめられなかった。


 異世界でも私はそれを続けているけど、もしそれを止めたらきっと、私は弱くなってしまうかもしれない。そしたら皆を守れない。自分を守れない。だからやめるわけにはいかない。


 …でも。現状に不満を抱いてどこかに行こうとして。辛いことから目をそらして…。転生してからも私の人生ってそんなに変わってない気がしてきた。


 そこまで考えてから私の脳裏に不吉な考えがよぎる。


 ――転生しても私は私のままならもしかして…。私は異世界でも最後は一人ぼっちで死ぬのかも…。


 自分の中でリビングでひっくり返って息が苦しくなりながら目の前がかすんでいくあの光景がよみがえる。


 私はその光景に頭を振ると、泉からすっくと立ち上がって消し去った。そして私はアキレアを振り返って言った。


「待たせてごめんねアキレア。そろそろ戻ろう」


 私の言葉に驚いたアキレアは冷静に答えた。


「承知しました。しかし、その前にお顔のお直しを少々よろしいでしょうか」


 そう言うと、アキレアは足の鎧のバックルを外して横に並べ、ベルトのポーチから綺麗な布を取り出して水袋で潤す。そして緑色の芝にしなりと座ると「どうぞ。こちらでお休みください」と自分の膝を叩いた。


「えっと…じゃあ失礼して」


 一旦私は断ろうかと思ったが、丘に吹く風の心地よさと、その風になびく髪の向こうのアキレアの目に吸い込まれるように横になった。私がアキレアの膝に頭を乗せると彼女は自分の表情を隠すかのように直ぐに私の目を潤った布で冷やし始めた。


「暫くこうしていてください」


「暫くって言っても。なんか気恥ずかしい感じがするね」


 私はアキレアの太ももを後頭部に感じながら風の中で仄かに香る彼女の臭いに胸が高鳴った。視界が暗くて何となく手をさ迷わせていると彼女は私の指をそっとつまむように握った。


「では、お暇つぶしにお話をしましょう。ある騎士が佩刀はいとうされた神器の剣『インクリング』の伝説ついて。」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 むかし、この世界がまだ終わりの寒さに閉ざされて、海も森も凍りつき、人の声が霧のように消えていたころ。


 旅人が、果ての凍土へ歩いていきました。彼はいばらのような風に顔を切られ、何度も倒れながら、それでも進みました。


 ある晩、旅人は夢を見ました。夢の中で、大きな影が言うのです。「おまえの影が落ちている場所を掘れ。さすれば余白は語られない。その名はインクリング」と。


 旅人が目を覚まして探しますが、周りの雪原には何の変化もありませんでした。けれど胸の奥に、その夢だけがはっきり残っていました。


 旅人は言われたとおり、自分の影が落ちた場所の氷を削りました。氷は固く、雪は刺すように冷たかったけれど、なぜか手は止まりませんでした。


 しばらくして、かすかに青く光るものが氷の底からのぞきました。掘り出されたのは、氷と同じ色の細い剣──長く眠っていたような、静かな刃でした。


 その剣は岩も木も斬れず、軽いのに、ときに鉛のように重くなりました。けれど旅人が影を振り返るときだけ、剣はわずかに青く灯りました。


 旅人はその剣を旅の仲間に渡して影を振り返らせると同じ様に剣が青く灯りました。


 旅人が絶望の谷で座りこんだとき、剣の光が影を短くし、氷の上に細い道が浮かんで見えたと言います。


 世界を温める方法を見つけたあと、夢を見ました。夢の中で再び影は剣を影へと返すよう言いました。かつて旅人だった救世主は影へと剣を返すと剣は影へと沈んでいきました。それがどこに消えたのか、だれにもわかりません。


 けれど、迷いにとらわれた者の影に青い灯がともることがあるそうです。影を見つめる人のために、大地はまた、あの剣を返すのかもしれません。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 私は風に吹かれながらアキレアの語りを静かに聞いて居た。


「やがてこの剣はこの世界を真の闇で覆った夜の女王と戦った勇者の影に再び現れ、見事女王を討ち取ったと聞いて居ます」


 成程…あの時の剣ってご都合主義的に生えてきたわけじゃなかったんだ…。


「ルリコ様はこの話についてどう思いますか? 救世主の旅において恐るべき敵とは獣でも人でもなく極寒の風です。そのような話に何故剣が必要だったのでしょう? いえ、そもそも当時は文明の利器が無い世界だったハズです。なのに何故仮面や天秤、剣といった神器が神から下賜されたのでしょう?」


 そんなこと私に言われてもわからないのだが…。でもまあ強いて言うなら…。


「それがお約束だからじゃない?」


「お約束? とは? 誰との約束なんですか?」


「約束っていうか…物語にはそう言う決まりがあるんだよ。なんだっけ? 神話には決まった形があってそれを踏襲とうしゅうしているみたいな…」


「しかし救世主が産まれた時代にはその前なんてなかったハズですよね? だったらなにを踏襲とうしゅうしているですか?」


「多分、凍土の時代の人達は寒い中を洞穴とかに隠れていて、その間お話とかをしていたんじゃないかな? それが語りが段々とセオリーみたいになっていったんじゃない? だからその洞窟のお話の中で人気の話が残ってお約束になったんじゃない?」


「しかしそれでは結局のところ何故鍛冶技術や工作の知恵を持たない者達に剣や天秤という機器の知識があったのかが説明がつきません」


「うーん。だからそれが夢の影が言っていた語られぬ余白『インクリング』なんじゃない?」


 その言葉に兜を脱いだアキレアの目が伏せられて私を見つめて来た。耳元の小さいピアスが陽の光を浴びて輝いている。


「成程。つまりその解らない部分が語られぬ余白。インクリングというわけですか。…このインクリング。今は帝国の騎士の頂点。騎士長の手元にあるとされています。この伝説の通り何も斬れず、重い役立たずの剣とも言われているらしいです。その様な剣が何故神器と言われるのか長らく疑問でした」


 無用の長物の剣って聞くと…前世で見たファンタジーゲームのさびた剣が実は聖剣だったみたいな展開を思い出すけどなぁ…。


「無用の長物の剣って大抵は…持つ資格がある者が持つとその真の効力を発揮するとかがお約束だけどね」


「真の効力とは何ですか?」


「そりゃあやっぱり真の勇気とか…犠牲を顧みない心とかじゃないかな?」


「真の勇気とはなんですか?」


 真の勇気ってあれかなぁ…。真の愛とか真の友情みたいな…。ありもしない幻想って意味だよね多分…。アキレアにそんなものを追わせたくないし…。


「うーん…物語とかだと自分の弱さを消し去らずに認めて…受け入れることだと思う」


「弱いことを認める? でもそうしたら私は貴方を守れないじゃないですか」


 確かにそれもそうか…うーん。弱さを認めるって何なんだろうな。前世で自分が負け組だったって認めるってこと? でもそれを認めること自体が負け組って感じがするけど…。だから…。


「だから多分強い弱いとかじゃなくて。その外に行くんだよ」


「外? 外とは?」


「だから強い弱いの二元論の価値基準から外れて。ゼロベースになることだよ」


「ゼロベース?」


「まっさらというか…。何もない感じ?」


「そこから外れたら…強くも弱くもない。ただの無用の長物になるということですか? …それは虚無なのでは?」


「そんなことなくない? だって重要なのは守れるか守れないかでしょう?」


 それを聞いてアキレアは私の手を強く握る。


「守れるか? 守れないか?」


「そう。弱くても守れるなら…。それが貴方にとって最善でしょう? 逆に言えば強くても守れないなら…。それは貴方にとって価値がないんじゃない?」


 暫くアキレアは目を見開いて絶句した後にどこか遠くを見て呟いた。


「成程。理解しました。つまれ勇気とは…それらに対して抗わないことなのですね。評価に抗わずにその外へ行くこと。弱者と呼ばれる資格すら越え、弱者として守られることすら叶わない。自分自身が無力であることを認めることなのですね」


 アキレアが立ち上がろうとしているのを察した私はアキレアの膝から上半身を浮かせると、同時にアキレアは立ち上がった。見ると、アキレアは置いてあった刀を目の前から外して陽の前に片手で掲げて言った。


「ならばこの刀の銘もまたインクリングなのでしょう。だってこの刀は貴方を守ることにおいてはまことに無用の長物なのですから。貴方を守ることに置いてこの鋭い切れ味など無用であり、守ることに置いてはただ重いだけの邪魔物でしかないのですから。この刀が貴方を傷つけることを恐れながら抜くのですから」


 そう言うとアキレアは静かに膝をつき、 剣を胸元に掲げて言った。


 「…この刻をもって。私、騎士アキレア・バルカはルリコ様の御前に、遅き忠誓を捧げます。」


 アキレアの声は息を震わせず、しかし声に熱が宿る。


「私は長らく、“最強”でなければ騎士ではないと信じておりました。 ゆえにその答えを持たぬ私は、貴方の傍らに立つ資格など無いと…。そう思い続けておりました」


 アキレアはゆっくりと顔を上げる。その青い瞳が私をまっすぐ見つめていた。


「けれど気づいたのです。私が求めていた強さは、 ただ——貴方を守りたいという願いの形に過ぎなかったと」


 剣を捧げるアキレアの指先は、微かに震えていた。


「最強にはなれません。ですが、 ”貴方を守れる騎士”には、なれます」


「ルリコ様。貴方の夢を。貴方の美しさを。貴方の世界を。—どうか、私に守らせて下さい」


「私はこの命のすべてを、貴方お一人のために振るいましょう」


 そう言うとアキレアは深々と頭を下げて言った。


「どうか……我が忠誓をお受け取り下さい。 ——永遠に」


 ―――。


 え、そうなんだ。


「そ、そうなんですね。わかりました」


 いや、何もわからないけど…。え? どういう状況これ? 騎士の忠義って…そんなフラグあったっけ?


「う、うーんゴメン。ちょっと頭が追いついてないっていうか…。いや、私的には前向きに検討したいんだけど…。いやぁ~エルフ個人がさぁ騎士とかいう戦力を保持したら議会に怒られる? 的な? どーなんだろうね?」


 テンパった私はつい口から前世の上司のお断り構文みたいな言葉がつらつらと出て来てしまう。


「ていうか、アキレア。それって…上司の人の許可とか…奥方様の許可取った? 勝手に忠を捧げたら後で怒られちゃうんじゃないかな~」


 そこまで言って私はアキレアの顔を見るとその目はまっすぐに私を見つめている。


 あ、これ本気のやつだ。真面目にやらないと駄目なやつこれ。


 そう思った私は頭をガリガリとかくと言った。


「ゴメン私…。アキレアが思っているような人じゃないっていうか…。私は夢を叶える為に自分を正当化して、他人の意見を無視して…利用して…。本当にズルい女なんだよ…。私なんてアキレアの忠を捧げられるような女じゃないよ」


「そうなんですね。ですがそれこそが私が貴方に忠を捧げる理由なのです。覚えていらっしゃいますか? 私が貴方に葛藤の騎士について話したあの日のことを」


「ああ、あの盗賊たちと戦った日のことね」


「幼少から私は葛藤すると剣が鈍る、迷うなと教えられました。しかし迷うなと思うほど、自分の剣は鈍るばかり。そんな迷う私に貴方は言いました「迷って良い」と「迷うからこそアキレアの剣は強い」のだと。私は貴方のその言葉に納得しました。その時私は貴方の知恵によって人生を変えてもらいました。もし、貴方がズルいというなら私もまたズルい女なのでしょう」


 私はアキレアの熱っぽい言葉に圧倒されながらなんとか言葉をつむいだ。


「でも私は美しくない。外見はそうでも中身は本当に性格が悪いっていうか…。多分私は夢の為に沢山の人を犠牲にする。貴方も、フランも利用してしまうかもしれない」


「はい。貴方の足はもうすでに汚れてしまっている。しかしだからこそ、貴方の美しさが浮き立つのです。全てが綺麗な世界では美しい花の群れの中の一輪の花など誰にも見向きもされないでしょう。そんな中でもし、泥の中でも咲く一輪の白い花を見たら? きっと人はその花を美しいと思うでしょう。その花を守り、泥を拭いたいと思うでしょう。それこそが私の願いです」


 そこまで言われてますます私の内心は混乱する。


 何でこんなにアキレアの中で私の株が高いんだろう? いつフラグ回収した…?


「ねえ…アキレア。ぶっちゃけ私のどこがそんなに良いの?」


「はい。貴方は自分をズルいと言いました。ではお聞きします。貴方は一度でも私に嘘をついたことがありましたか? 利用したことはありましたか?」


「え…そんなのあるわけないよ。アキレアみたいな真面目な人を騙すほど堕ちてないよ」


「そう、貴方は自分をズルいと認めた上で、それに抗っています。誠実であろうと抗っています。貴方なら私を人々をいとも容易く騙してして利用できたのにそれをせず人々に誠実に向き合って道を示して来た。そんな貴方を責められるいわれはあるでしょうか? そんな貴方だからこそ私は貴方に惹かれたのです」


 だ、誰か助けて…。は、恥ずかし死する…。そんな超理論で解釈したら誰だって性格良くなるよ! そんなこと言ったらブラック企業だって“社員の成長のために仕方なくサビ残させた”が正当化されちゃうよ!?


 余程私は困った顔をしていたのだろう。見かねたアキレアは言った。


「……答えは急ぎません。貴方がいつか返事をくれる日まで、私は待っています。たとえ返事がなくとも……私は、私ひとりの意志で、ずっと貴方のことを守り続けます。それが私の騎士道です」


 その言葉に私は肩を落として言った。


「ごめん本当にちょっと考えさせて…。だって貴方の言葉ってそんな簡単に受けちゃいけない気がするから。ちゃんと考えて答えるから。だからもうちょっとまって…今はもう…いっぱいいっぱいなんだ…」


 すると私の様を見たアキレアは「フフッ」っと笑った。


「え? 何?」


 アキレアはそれに答えず私を見ながら言った。


「風よ白無垢の花をどうか私の瞳に隠しておくれ」


 そのうたの意味は解らない。ただ、何となく凄くこっぱずかしいことを言われた気がして暫く私の胸の高鳴りが抑えられなかった。


 ああ、ダメだ。フランと一緒に見る夢は満たされてすぎて目が覚めてしまうけど。この騎士と一緒に見るとそれはそれで夢が変な方向に傾いてしまう。


 …とりあえずアキレアには暫く恥ずかしい台詞を禁止にしてもらおう。そうでないと私の歯が浮いて全部なくなってしまうからね…。

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