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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
58/66

スプートニクの夢見人

次回は12/14日です。

「あーでもさ。確かに森を行ったり来たりするの面倒だし、何か別荘みたいの作ってもいいかもね」


「いいかもねって…どうやって作るのよ…」


「そりゃあ人間さん達に頼んで作ってもらうとか…」


「結局人間頼りかよ…」


 フランの言葉にアキンボは呆れてため息をもらす。それをなぐさめるかのようにクリシダは明るい声を出す。


「拠点を作るのは賛成だが、オレ達が使うに値する堅牢な城にしたいところだな。できれば地相が良いところがいい」


「だからどうやって作るんだよ…」


 うーん…私のつたない知識だと秀吉の一夜城とか残った空き家の居ぬきしか思いつかないなぁ…。


「まあ、とにかく今日は休もうよ。流石に疲れた…」


 フランがそう言うと、私もそんな気がしてきてしまう。


 まあ…別に急ぎじゃないし…拠点づくりは後でゆっくり考えよう。私は小さくため息をつくと、クリシダの横にいたヘルミに声をかけた。


「待たせてごめんヘルミ。お勤めご苦労だったね。じゃあ行こうか?」


 私がそう言うとヘルミはビクリと身を震わせてひきつった顔で私を見た。


「べ、別に大丈夫っていうか…? どうぞおかまいなく的な?」


 な、なんかヘルミの様子がおかしいな…。


「どうしたのヘルミ? 何か不安なことでもあるの?」


 それを聞いたヘルミは「べ、別になにもありません。でも私…付いて行っていいんですか? お邪魔だったりしないですか?」


「急に何言ってるの? ヘルミは私について来たかったんじゃないの?」


「そ、そうなんですどぉ…」


 そういうヘルミはクリシダの顔を横目で覗き込むようにしている。クリシダはヘルミに目もくれないまま、コインを手で弄んでいる。


 クリシダ…さてはヘルミになんか変なことを吹き込んだな…?


 私はクリシダに笑いかけながらエルフの言葉で問いただす。


『クリシダ。ヘルミに変なこと言った?』


 その言葉を聞いたクリシダは悪びれもせずに肩をすくめた。


『ああ? 違うさ。出会い方が悪かっただけさ。人にはいい部分悪い部分がある、良い部分から始まれば関係は円滑だが、悪い部分から始まればギスギスするもんさ』


 そう言うとクリシダは屈んでヘルミに話しかけた。


「な? ヘルミ。オレのことを悪く思わないでくれよ?」


 そう言うと、クリシダはヘルミの肩にそっと手をかける。ヘルミはそれにビクリと肩を振るわせると「う、ウチは悪くなって思ってないですし…」と震えていた。


 えーなにあれ。まるでヤンキーに絡まれて怯えてる大人しい子みたいな構図になってるじゃん。


「あーもう。怯えてるじゃん。ヘルミ、この人は悪いエルフだから気にしなくていいよ。クリシダはもうヘルミに構わないで」


「わかったよ。ヘルミ怖がらせてごめんな? でもこれだけは信じてくれ。オレは”仲間”には優しい。お前がオレ達に誠実ならオレはお前の味方だ」


 ヘルミは私の背後に回ると裾を引っ張りながら言った。


「は、はい…。絶対に裏切りません。本当に…だから」


「ん? だから? 何だ?」


 そう言うとクリシダはヘルミを座った眼で直視する。それにヘルミは怯える様に私の背後に回る。その威圧的な態度に私もイラっとしてクリシダを見つめる。


「クリシダ…」


「わかってるって。本当に怖がらせるつもりはなかったんだよ。悪かったって。ゴメンて」


「ホラ、もう行くよ。ヘルミ」


 そう言って私はヘルミの背中を抱くようにしてクリシダから離す。そのヘルミの背中は小刻みに震えていた。


 あー可哀そうに…まあ、クリシダの一族は裏で結構エグイことしてそうだしなぁ…。それを見ちゃったのかなぁ…。


 それとなく私はヘルミの様子をうかがっていると、振り返ったヘルミと目が合う。その目は子羊の様に怯えきっていて。涙を流すと言った。


「ル、ルリコ様。わ、私はちゃんとお仕えしますから。ど、どうかお見捨てにならないでください! 本当に!」


 いや、本当に何を見せられたらそうなるんだよ…。


「だ、大丈夫だから。基本的にエルフって優しい人が多いから。あの人が特別エグいだけだから…安心して?」


『やっぱさぁ。クリシダってちょっとここに来てからちょっと警戒心強くなり過ぎだよね』


 私の背後でフランが他人事のように呟く。それに対してアキンボがそっけなく答える。


『クリシダがああなのは森や人の深淵に向き合ってきたからからだ』


『なんでアキンボはクリシダの肩を持つの? もうあの人達は議会にも入ったんだから呪いとかそういうのは捨てるべきなんだよ。そうじゃないとずっと白い目で見られて肩身の狭い思いをしていくんだよ?』


『べき? そうするべきと誰が言ったんだ? 俺は別にクリシダ達がそれを捨てるべきとは思わないけどな』


 それを聞いたフランはアキンボに信じられないという目を向けた後、ニヤリと笑う。


『ははーん。アキンボ。あなたクリシダのこと憎からず思ってるんでしょう? クリシダはあんなだけど長身で長い黒髪の美人だもんね』


『なんでそうなるんだ? 昔からお前は話が飛躍しすぎなんだよ』


 私はクリシダとアキンボの口論を聞きながら、すそをにぎっているヘルミの頭を撫でて安心させていた。


 クリシダは観察力が強いけど、それ以上に感受性が強い。人間からエルフに向けられる視線が崇高だけじゃない欲望の目線もあるって気づいてからこそピリピリしているんだろうな。


『ふーんじゃあどんな娘が好みなの? あ、言っておくけど私は無理だから』


『俺はスカイの様なカリスマ性があって自立した女が好みだな。エルフの女はなよなよしすぎてな…』


『え…なんかそれルリコにも当てはまらない?』


『コイツはスカイ程は強くない』


『強さって女の子に必要? ていうか物理的に強いエルフの女なんてそうはいない気がするけど』


『それにコイツとは長い時間を過ごし過ぎた。もはや家族の様なもので女としては見れないな』


『まあ、確かに私達幼馴染って良いところも嫌なところも知り尽くしてるもんね…』


 そう言うと、フランは肩を落としてため息をつく。そんなフランの背中にアキンボは問いかける。


『そう言うお前はどうなんだ?』


『んー私は誰だろう? 誰でもいいけどなぁ…んー…』


 アキンボの言葉にフランは考え込み、そのまま二人の会話はピタリと止んだ。そして無言のまま、びじーちゃんの家に向かって草原から森に進んだ。長い時間幼馴染として過ごしてきた私達にとって語り尽きた時間は勝手知ったるもので慣れたものだ。


 エルフの像を横目に少し進むとびジーちゃんの小屋が見えてくる。小屋は木組みの水車が取り外された元水車小屋を利用したものだ。


『おじいちゃん。来たよー』


 フランは小屋の側にある石造りのお墓に座ると、墓石に語り掛けた。


 なんか、祖父の墓参りに来た孫みたいだな…。


 そう思いながら、私達も墓石に近づく。私は墓石の前に座るとつい手を合わせてしまう。


『お久しぶりです』


 子供の頃は詫びジーちゃんの家に私達はよく来ていたが、成人してから頻繁ひんぱんに集まることもなくなった。


『小屋の中も綺麗なままだね。多分だけどネム達がやってくれたのかな?』


 見ると、部屋の中は水車に接続されていた歯車や木の部品は無くなっていて、粉ひきの臼があった場所は板で埋められている。その部屋の真ん中には囲炉裏いろりがあって、隅に燭台と机、数冊の本や羊皮紙が納められた書棚だけが寂しく残ったままだった。


『懐かしー。子供の頃のままだね。ここ』


『そうだな』


 フランの声にアキンボも頷く。


「ヘルミ、森で薪を取って来てくれませんか?」


 アキレアにそう言われたヘルミは顔面を蒼白にする。


「え…一人でですか…?」


 その二人の会話を見たアキンボが私に思わせぶりな視線を向けてくる。


「ヘルミ、アキンボと一緒に薪を取って来て」


 私はそう言うと、アキンボに頷く。


『ホラ、行くぞ』


 アキンボはオロオロするヘルミの肩に手を置くと半ば強引に外へと連れ出す。


「ふぇ!? ルリコ様ぁ!?」


「大丈夫。その人はあんたを取って食ったりしないから」


 二人が出て行った後、フランは床に腰を下ろすと履いていたサンダルを脱いであぐらをかいた様な姿勢で自分の足の裏を揉み始めた。


『あーもう限界。こんな一日中歩き回るなんてほとんどないから足から火が出そう』


 アキレアはそんなフランの様子をだらしがないと非難の目で見つめた。それを察したのかフランは肩をすくめて言った。


「別にいいでしょ? 私達のあられもない姿を見ているんだから」


 それを言われたアキレアは「私は何も見ていません!」と大声で抗議した。


『ねえ、ルリコ。貴方のその靴って楽? そうなら私も欲しいんだけど買えたりする?』


『買えるとは思うけど、貨幣がないと交換できないよ』


『え、そうなんだ。結構不便だね』


『まあ、私だけ贅沢みたいになるといけないから…議会からの支給みたいな形で何とか靴とか服はいきわたらせたいけど…』


『靴は欲しいけどあの窮屈きゅうくつそうな服はいらない』


 まあ、エルフならそう言うかなとは思ってたけど…。


『ていうか人間の世界って思ったほどつまらないね。なんかもっとこう凄いのかと思ってたよ』


『ここは僻地へきちだからね。城下町に行くと全然違うよ』


『それはそうだけど。なんていうか運命の出会い的な? そういうのがあるかなーとか思ってたけど…。なんか人間って薄汚いし、毛深いからちょっと無理かも』


『城下町の人はもうちょっと綺麗感あるよ』


『ふーん。じゃあ私もそこに行ってみたいな。今度誰かいい人紹介してよ』


『いいけど…どんな人が好みなの…?』


『んー、毛深くなくて友達と仲良くできて…皆にカッコイイって言われる人かな。結婚した人が周りの人にダサいとかカッコ悪いって言われたら嫌だし。後、貧乏は嫌。苦労したくないし』


 やだこの娘…さっき誰でもいいとか言ってた割にすっごい沢山注文つけてくる。


『人間の世界でそういう人って沢山は居ないけど…まあ、居るには居るね。フランのタイプかはわからないけど』


 私の脳裏にカラスを腕に乗せた船人ヴァリスの顔が浮かぶ。


「タイプかぁ…まあ強いて言うならカームの旦那さんがタイプかなぁ。寡黙かもくでずっと一緒に居ても苦にならなさそうっていうか…」


「うん。フランにはあの人はちょっとムリだと思うよ」


 カームの旦那さんのカンティオスは野生の動物を研究している学者? 芸術家だ。動物を研究するためによく夜の森に繰り出して動物を観察して絵に描いたり、習性を研究している。そのせいか家にはあまり居つかず、昼には寝ていることが多い自他共に認める変人だ。その奇行は四足歩行の動物の気持ちを理解するために一か月四足歩行で暮らしてみたり、野生の動物の巣に同居したりと枚挙にいとまがない。エルフ界隈では絶対に結婚できないと噂されていたが、突然カームと結婚することになった。最初、カームの周辺は変人との結婚なんて続かないと反対していたが、現在に至るまで破局しないで来ている。二人のエピソードとして有名なのは結婚後、三人娘のお茶会で「初夜に私の裸が絵と違うと夫に言われた」と告白したことだろう。


 まあ、よくよく考えると友人とは言え初夜のことをあけすけに話すカームも変な気がするけど…。


 それを聞いたデリアとネムは友人を侮辱されたと思い、それからどうなったのかを聞いた。するとカームはカンティオスに「私も左右の靴が違った日があったけど誰も死ななかった」と答えてから夫に自分の裸が絵とどう違うか観察してもらってる間に眠くなって寝たのだと言う。それから数日間は妻の裸婦像を白塗りの木板に木炭で描く夫と、描かせる妻というカオスな新婚生活が続いたらしい。


 それを聞いてデリアもネムも絶句したって言ってたけど…。うん、フランがそんなこと言われたその日に離婚するから無理だろうね。ていうか私でも無理だ。


『そうかな? まあ、ルリコが言うならそうなのかもね。ていうか思うんだけど。私の運命の相手ってルリコの近くにいる気がする。だって、私とルリコは友達でしょ? だったら私の運命の相手はルリコの近くに居るんじゃないかな? 叙事詩だと大体そんな感じでしょ?』


『いや、現実はそんなお話みたいに上手くいかないよ』


『そうかな? じゃあルリコのおすすめの人がいいかな。なんならさっきの条件さえクリアしてくれれば政略婚でもいいよ。どうせ人間なんてすぐヨボヨボになっちゃうんだから。それだったら結婚したら得な人と結婚した方が良いでしょ? 誰か見繕みつくろってよ』


『うーん…。それはお断りかな』


『どうしてよ?』


『私は貴方に幸せになって欲しいから。昨日もズバイダに言われたでしょ。私達は近くに居なくても同じ目的に生きるって』


『そうだけど…だってワカンナイだもん。自分が何をしたいのか』


 そういうと、フランは放り出した足を折りたたんで女の子座りの恰好になると、床にのの字を書き始めた。


『運命の人に会えばわかるよ。運命ってそういうもんだから』


『ふーん』


 フランはそう呟くと体育座りとなって詫びジーちゃんが残した机を見たまま黙った。私の側でそれを見つめていたアキレアはフイと水車小屋から出て外の入り口から出て行った。私はフランの横にそっと座ると、彼女は私の肩に頭を預けて呟いた。


「ルリコが男ならよかったのに…」


 私はそれに「うん」と小さく答えた。


 どれだけそうしていただろう。外からドタドタと歩く気配がして部屋の中にアキレアとアキンボ達が一緒に入って来た。するとアキンボはヘルミに囲炉裏いろりを指さして「火を起こせ」とあごでしゃくった。


「はいぃ…」


 それを察したヘルミは囲炉裏の側に薪を抱えて座ると囲炉裏の火打ち石で火をつけた。かつて村に住んでいただけあってヘルミはあっという間に火をおこす。するとアキンボはそこに鍋と魚、米を持って来て指で示す。


「ちょ、後から後からなんかこの人超ウザいですけどお~…」


 そうは言いつつも、ヘルミはオドオドした態度から段々前の調子を取り戻しているように見える。囲炉裏の側に座ったアキンボは小刀で木の薪を削ると何かを彫り始める。それを見たヘルミも安心したのか調理に没頭し始める。


 成程、作業に集中させて不安な気持ちを無くそうってことか…。アキンボらしい。


 気が付けば囲炉裏の側にはフランが座って火に当たっていた。その表情は陰があってどこかどんよりとしている。


 フランは多分これ落ち込んでるなぁ…。


 子供の頃からフランは親や親せきに囲まれて暮らしてきた。その中で家の為の役割と仕事をして生きてきたせいか、誰かの為に生きる生き方を植え付けられてしまっている。だからフランは新しい環境やわからないことがあると誰かの真似をする。そうしないと自分がどうしていいかわからないからだ。


 …本当はフランの望みとか欲しいものを自分で選ぶことが重要だけど。それはフランにしかわからないからなぁ…。でもフランって嫌いなものはハッキリしているから案外上手くハマる可能性もあるんだよなぁ…。


「出来たけど、味は期待するなし」


 ヘルミはそう言うと鍋の蓋を開ける。その中には魚の切り身と山菜が浮いた寄席鍋が煮たっていた。私とフランはそれがある程度冷めるのをまっている間、アキンボは鍋からさじで直接食べ、鍋がある程度熱を失った時を見計らって私達も一緒に食べた。寄せ鍋を食べたフランは目をトロンとさせながら私に抱き着いて地面に寝転がらせると寝に入った。寝転がりながら私はアキンボとヘルミに片手を顔の前で上げると口だけで「後はお願い」と言ってフランを抱きしめて目を閉じた。


『おい、起きろ』


 アキンボの声で目が覚めると部屋の中のたき火は小さくなって少し肌寒く感じた。フランもそうだったのか私達は寒さをしのぐためお互い身を寄せ合って眠っていたようだ。腕を離さないフランと共に身を起こすと、目の前の鍋には昨日の寄せ鍋の出汁を使ったおかゆができていた。


『さっさと食べていくぞ』


 私はアキンボにさかせれるまま鍋のおかゆを匙で口に運ぶと、後ろでフランが私の髪を手櫛てぐしですいてくれた。


『あんがほ』


 私は口におかゆを食べながらそう言うと、フランが後ろで軽くコクリと頷いた気配を感じた。食べ終わった後、今度は私がフランの髪をすきながら、フランが食事をとった。その間ヘルミは炊いたご飯と魚の焼いて塩漬を振った切り身をおにぎりにすると葉っぱに包んでいた。アキンボはおにぎりのいくつかを腕に抱えると小屋の外に出て行った。


 多分、アキレアに朝食を差し入れに行ったんだろうな…。


 ごはんを食べた私達はそれぞれ囲炉裏の大きい灰を捨てて床の掃除をしてから戸口を閉めて部屋を引き払った。小屋の戸締りをすると、ヘルミが私に近づいて来て言った。


「ルリコ様! ちゃ、ちゃんとウ、ウチは言いつけ守ったんだから! そっちもちゃんと側近にするし! そもそも私は裏切るつもりなんてなかったっていうかぁ…」


 どうやらヘルミは一夜明けてクリシダへの恐れが和らいで本来のペースを取り戻したらしい。しどろもどろになりながら私に話しかけてくる。


「わかってるって。別に誰もヘルミを疑ってないし、屋となわないなんて言ってないよ」


「当然っしょ! 当たり前じゃん」


 そう言うとヘルミは腕を組んでそっぽをむいた。


『おい、そろそろ開拓地へ戻るぞ』


 まだ日が昇りきってない星環の灯りの下、私達は森を抜けて再び草原へと戻った。その頃には日が昇って朝焼けの中、周りを見渡すと草原の向こうの農家。私達がクリシダと共に降り立った農家の近くの川で黒い人影が動いているのが見えた。


『多分クリシダの子分だな。お前のバナナの木を運んできたんだろう』


『そうみたいだね…』


 クリシダの子分と思わしき黒い影たちは朝焼けの中をせわしなく動いている。


『多分あれはスカイが送って来てくれたバナナの幹だろうな。おい、ルリコ。お前の子分借りるぞ』


 そう言うと、アキンボはヘルミに来いと手招きする。それを見たヘルミは困惑した顔で私とアキンボを見比べている。


 別にヘルミは私の子分じゃない…。強いて言うなら多分、城下町のアマナやジルタのようなしもべみたいなものか…。


「ヘルミ悪いけどアキンボに付いて行ってバナナの幹を運ぶのを手伝ってきて」


「え、ちょ。待つし…あの人達って」


『クリシダの部下だな』


「ムリ!」


 ヘルミはアキンボがクリシダという言葉を吐いた途端嫌々をするように首を横に振った。


「あの人達は…昨日の…絶対ムリ!」


「大丈夫だって仲間には優しい人達だから…」


「ムリです! 本当に」


「わ、わかったよ…」


 そう言うヘルミの表情からには深い怯えの表情が浮かんでいた。


 こんな表情させるなんて昨日あれからクリシダは一体何をしてたんだろう?


『もういい。幹は俺が運ぶからお前らは先に行って紙の出来を確認してこい』


『わかった。悪いけど頼むよアキンボ』


『ああ』


 農家の家の前の丘でアキンボと別れた私達は開拓地へと向かう。砦の門をくぐった私達は早々に宿屋へと向かう。宿に近づくと裏手の方からガヤガヤという人が騒いでいるような声が聞こえて来る。声の方へ近づくと、宿の裏手には溢れんばかりの人混みが出来ていた。私は皆と一斉に顔を見合わせるとアキレアが私を庇う様に先行して群衆に近づいて行った。近付いて見るとそこには開拓地の人達が紙の干し板を囲うように群がっていた。その光景をエレン婆さんが丸木の机に座してニコニコ顔で眺めている。


 一体どうなっちゃったのこれは…?


「女将、これは一体何の騒ぎだ?」


 アキレアがエレン婆さんに近づいて問いかけると、ノロノロと頭を下げて言った。


「あら、鎧のお嬢様。おはよう。それがねぇ。ウチでエルフさんの所の紙を作ってるって言ったら皆集まってきちゃって。もう大変な騒ぎさ」


 ええ…。


「あの…あの人はどうなったんですか…?」


 私が小声でエレンお婆さんに聞くと、彼女も小声で返してくる。


「ああ、あの人なら水路の暗渠あんきょに行ってもらったよ。アイツらに見つかって宿を荒らされたらたまったもんじゃないからね」


 エルゼワードさんはどうやら逃げ切ったみたい…。


「そうですか…。それで紙の出来はどうですか?」


「さぁねぇ。私は干したままだからどうなっているかは自分の目で確かめて見な」


 そう言われて私は紙の干し板に向き直る。するとアキレアが「皆! 来てくれてありがとう! たった今からエルフ様が紙の出来を検める道を開けてくれ!」と声を上げて人を散らせた。その人ごみを見ていると老若男女色々な世代の人達が紙を見に来ている様だった。


 たかが紙にこんなに人が…。まあ、開拓地って娯楽がなさそうだし。こんな騒ぎになっちゃうのかな?


 そう思っていると、奥に居た宿の看板娘のマルタが紙の一つを手に取って私に差し出そうとした。するとマルタの前にアキレアが割って入って彼女の前で胸に手を当て優雅に一礼した。


「ありがとうレディ」


 そう言って丸太の手から紙を受け取ると私に差し出した。


「れ、レディだって。アハハ、この人ったら気障きざだねー」


 そう言いながらもマルタさんは自分の顔を手で仰いでいた。私は手渡された紙を両手で持つと感触を確かめた。


 な、なんか妙に硬いな…? それに色もどこか黄味がかってる…。


 紙は片手で持ってもしなることなく、ピンと張ったまま形を保っている。試しに指の節で叩いて見るとコンコンという硬質な音が響く。


 う、うーん。失敗かなぁ…? 何がダメだったんだろう?


 試しに力を入れて曲げみるとメリメリという音と共に繊維状の糸をあらわにしながら二つに折れ曲がった。


「…?」


 私の行動を見て失敗なのか成功なのか判断がつきかねている人々を他所に私は服の裾から尖らせた木炭を取り出して折れ曲がった紙に書いて見ると引いた線の途中で繊維に引っかかって紙がボロっとめくれた。


「失敗です」


 その声を聞いてその場の人々は「えー?」とか「へぇ?」とか「はあ」みたいな声を一気に上げると口々に話し始めたり、天を仰いでなげいたりした。私はその声を他所に何がダメだったかを紙を見つめながら考えた。


 硬すぎるってことは単純に考えると…紙の繊維の結合が強すぎるってこと…? 折れ曲がった時に繊維が飛び出てたし繊維が残りすぎてるのかな? 繊維をもっと柔らかくするためにもっと多く煮て…。後は繊維の繋ぎとして灰とかいれてみたらどうかな? なんか洗濯とかで灰とか万能液みたいになってるし。


「ヘルミ、悪いんだけどこれから送られてくるバナナの繊維を煮る仕事してくれないかな? 多分…鐘が二つ鳴る間ぐらい?」


 振り返ったヘルミはキョトンとしながらも眉尻を上げて言った。


「やる! でもさ、その代わりあのクリシダって人んトコだけはマジ勘弁! その為ならウチ、なんでもするから!」


 うん。クリシダは一体何をしたんだ本当に…。


「しかし困ったねぇ…カマドを二鐘も使われちゃったら流石に宿の仕事に支障ししょうがでちまうよ」


 そうエレナ婆さんがこぼすと近くで聞いていた男が声を上げた。


「たしか砦の端に古いカマドがあったよな? あそこで作業したらどうだ?」


 それを聞いた後ろの男も声をあげる。


「あー死んだ陶芸の奴のカマドか。確かにあそこだったら火を扱っても怒られないか」


 それを聞いて二人とは違う隣の男も会話に参加する。


「おいおい、エルフサマをあんな端っこに追いやるってのか? せめて雨避けぐらい設けて体裁は整えようぜ」


「しゃーねえ。おい、今から行って作っちまうか」


 男たちはそう言うと一様に立ち上がって宿屋から離れていく。


 え? ちょ? 何でこの人達勝手に話進めるっていうか…やる感じになってるの?


「あ、あの。そんなことしていただかなくても…」


 私がそう声をかけようとすると後ろから肩に手をかけられた。そこには宿屋の看板娘のマルタが立って居た。


「遠慮しなくていいよ。困った時はお互い様じゃん?」


「でも…じゃあ。工事費とか賃貸料とかおいくらぐらい払えば…」


 私がそう言うとマルタは大口を開けて笑った。


「ハハッ! エルフサマはおかしなこと言うねぇ。本来なら場所代は地代様に払うのが筋だろうけどさ…。その地代様を救ってくれたのはアンタ達じゃないか。工事費だってそんな金取れるほどの大層な仕事じゃないよ。こんぐらいお互い様さ。それともアンタは困ってる人が居たら助けて欲しければ金払えって言うのかい?」


 それを言われて私はハッとする。


「まったくウチの旦那と来たら美人相手で舞い上がっちまってるねぇ。まあしょうがないか。だったら私達も仕事終わりのご飯を作るよ!」


 私の背後の職人の奥さんたちも立ち上がるとゾロゾロと動き出す。


「えっとその食材費は…」


「そんなの食糧庫の余りのより合わせでいいさ! 私達だって食らうんだから。一緒に作っちまったほうが楽だろ? ちょうどいい昼飯代わりだよ! 味は保証しないけどね!」


 そういうと職人の奥さんは白い頭巾を被った妻たちに手を叩いて指示をし始めた。


「とりあえず皆米を運びな! 具材はごった煮にするから味を壊さないものを選ぶんだよ。いつも通りの炊き出しと同じ手順だ!」


 そう言われた職人の妻たちはガヤガヤと群れを成して食糧庫に向かった。その中一人輪から外れてオロオロしている若奥様が目に付いた。その若奥様は何となく群れに付いて行きながらどうしていいかわからないという風に皆を見回していた。


 うわぁ…なんていうか新卒の社員っぽいっていうか。初々しいなぁ…


「鍛冶屋のとこの若妻さんは私について来な!」


 若奥様の困惑を察したのか、職人の妻のリーダー格が手を引いて広場の炊き出しのカマドに連れて行く。私達も皆が歩く流れに身を任せながら付いて行くと、開拓地の門からバナナの幹を抱えたアキンボと農家の男達が出て来た。


「おい、これはあっちに持っていけばいいのか?」


 アキンボに聞かれて私は「うん」と答えた。


 私の後ろから紙の干し板と木材を抱えた農夫たちが広場を通って砦の端の方へと向かって行く。


 なんかとんでもないお祭り騒ぎになったな。


「えー? 何の騒ぎ?」


 教会から顔出した傭兵たちもこの騒動について近くの人達に聞いている。


「へえ、カマド作りかー。手伝いますね」


 頭にスポーツバンドを付けた銀髪少年も何故か参加してくれる。気づけばバンダナをまいた傭兵さんもカマドの屋根づくりを手伝っている。私はこのお祭り騒ぎに申し訳なさを感じると共に妙な熱気を感じていた。


「あのルリコ様、大丈夫?」


 いつの間にか横に立って居たヘルミが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「大丈夫だけどなんで?」


「えー…なんか凄く寂しそうな顔をしてる」


 そう言われて私は口元を撫でる。


 確かにみんな動いてて賑やかで楽しいけど…。多分どうしたらいいかわからないせい? お礼を言うべき? それとも一緒に手伝うべき?


 そう思って振り返ると広場の調理場ではさっきの奥さんと一緒に若奥様の人が調理を困惑顔で手伝っていた。周りをキョロキョロと顔色を伺いながらやがて作業に没頭するかのように彼女の顔は伏せられた。するとその若奥様も多くの頭巾の女性達に埋没して一つの風景の中に納まった。それを見た私の肝がヒヤリと冷える感覚がした。


 何だろうこの気持ち。…さっきまで新鮮だった彼女が、今は埋没して消えてしまった。多分私があの娘としてこの村に生まれたら。ああやって周りに若奥様とか食事を作る主婦として風景に納まって居たんじゃないかな? それって私達エルフが子供を作って産むだけの世界みたいなもので…。怖いんだ。私が私じゃなくて、産んだり、食事を作るモノになるのが。


 私の脳裏に前世の電車の駅構内の光景が思い浮かぶ。電車の扉と共に一斉に駅の出口に向かうサラリーマンとOLの列。その中で一緒に流れて進む私。


 でも私と彼女が何が違う? 私だって…前世ではそうだった。じゃあこの気持ちは何? 


 私はそう思って目の前の奥様達や職人たちを見渡す。その光景は電車構内の流れのようでいて、お互いの手元を見て作業の進捗を見守っている。職人たちも奥さんも作業の完成に向かってお互いが確認しあって心配し合って流れを作っている。


 私は記憶の中で、列の隣を歩くサラリーマンたちを見た。


 ――この人たちは異世界の人達と違って誰も私を見ていない。


 それどころか見つめる私を怪訝けげんな目でちらりと見ただけで視線を戻す。


 ――私は一人ぼっちだ。


 でもだからといってあの風景に混ざりたいとは思わない。あの料理の輪に入って手伝ってしまえば私はあの人達と溶け合って消えて同じように風景になってしまう。そしたら私は夢を果たせぬまま、この開拓地の一部になって消えてしまう。そんな気がした。


 ――そうかそういうことか。


 私はそんな自分が嫌なんだ。此処に居て、どこにも居たくない自分が嫌なんだ。どこに居てもどこか遠い綺麗なところに想いせて浮足立っている自分が嫌なんだ。だってそうじゃないか…。どこに居てもどこか遠い理想の世界を夢見るなんて…。


 ――一生満足できない牢獄に囚われているようなモノだ。


 私の目の前に群像パノラマが広がる。アキレアもアキンボもフランもそこに加わっている。でもその風景の中に私は居ない。まるでこの群像パノラマを映す無機質なレンズの様だ。


 私はここに還れない。楽園を出て自由を知った旅人はもう戻れない。この輪の中の共同体が牢獄みたいに窮屈きゅうくつって知っているから。自由こそが私に課せられた刑だから。還れないことが自由の代償だから。


 だから私達が一人ぼっち死んだのは仕方ない。それが自分で選択した責任だ。


 私はヘルミの頭を撫でながら言った。


「私は夢を叶える為に故郷を出たから。少し寂しくなってしまったの」


「?。 じゃあ一緒に混ざってやればいいじゃないですか」


「それはダメ。だってこの人達はお互いが助け合って生きている。その環から外れた人は。故郷に戻っちゃいけない」


 そこまで言うと私の腕が強く握られた。


『痛い!』


 見るといつの間にかフランが私の腕を握っていた。


『故郷に戻らないってどういうこと?』


『…』


 私はフランの言葉に答えを返すことが出来なかった。私の様子を見てフランは言った。


『ねえ、ルリコ。人はねどんなに輪から外れても輪の外から出られないの。見て』


 そう言うとフランは天上の星環をさした。


『あの大きな星の環は小さいガラス体の様な石が流れとなっている。もし、あの環から石が外れても大きな星の引力からは逃れられない。どんなに離れても星々は流れの中に居るの』


 私は驚いた。フランの言っていることはクリシダがフランに言ったことと似ていたからだ。


 ――どんなに遠く離れていても、同じ理想に生きるなら道は一緒。


 私はフランの手に触れると言った。


『だったらわかるでしょう? どんなに遠く離れていても…。同じ理想に生きていれば一緒なんだよ』


『それは嫌』


 そう言うとフランは私の手に両手を添えて言った。


『やっぱり私はルリコが一人なのは嫌。ていうか私は人の役立つことがしたい。ルリコだけじゃなくてみんなの為に』


 そう言うとフランは私の目を見て言った。


『もし、ルリコの夢が孤独なら、私が一緒にその夢を見る。何と言われようとそれは止めない。ルリコがあの時ココロを助けてくれたように。それが私の声。願いだから』


 それを聞いて私の胸が苦しくなる。


【人は一人じゃ生きていけない】


 そんなことをいう小説を私はきっと投げ捨てる。そんなことを言われたら、私達はきっと救われない。だって私達は一人ぼっちだから。でも構わない。現実が辛い程、夢は美しく輝くから。


 でも、もし…前世で、私が孤独だった時に寄り添ってくれる人が居たらそんな夢を見ずに済んだのだろうか? もし、前世でフランと一緒にカフェテリアで諦めた夢についてなぐさめ合えたらどんなに救われただろう?


 私の脳裏にカフェテリアでお茶をする私とフランの姿が浮かぶ。その顔は幸福に満たされている。


 でも私はそれが欲しいとは思えなかった。私の心は幸福の形にはもはや満足できない飽いた亡者の様だ。フランはそんな私を温かく抱きしめてくれた。


 でも、私はフランを抱き返すことは出来ずにいた。


 だって、私が誰かと一緒に居て満たされてしまっていたら此処まで来れなかった。弱いままの自分じゃ強くなれなかった。欲しいと思う為には捨てなきゃいけなかった。だから私は還れない。全部捨てた上でそこにノコノコ戻ることなんてあまりに恥知らずだ。


 私はフランを抱きしめる資格がない。多分ソレをしたら嘘をつくことになる。


 だって――夢は一人で見るものだから。

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