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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
57/65

旅籠ゲマインハイムの者達

「あ、あれ? あ、開かない?」


 私が力の限りドアを押しても引いても扉はビクともしない。


「もしかして引くタイプか!?」


 私がジタバタしていると、背中越しにアキンボが扉をどんどんと叩く。すると、扉ののぞき窓から人の目がぎょろりと現れると目が合った。するとすぐに扉がゴトンという音と共に開かれ「お入りください」と男が中に誘った。


 中に入ると扉の番をしていた頬のこけた男が頭を下げて言う。


「え、エルフ様でいらっしゃいますか?」


 いきなりの低頭に私は困惑しながらも「そうですけど…」と答えると扉版の男は更に低頭して言った。


「い、今から若いもん走らせてデサさんを呼びに行かせますので奥でお待ちください…です」


「あ、ハイ」


 まあ、今はデサさんに用はなかったけど…。断るのもなんだし呼んできてもらおうか…。そう思って中に目をやると降りる階段があってその先に半地下の落ちくぼんだ床にテーブルが三台置かれていた。


「お邪魔します」


 そう言って階段を降りると、部屋の奥のカウンターから小さな姿が現れた。


「いらっしゃい」


 カウンターから出てきたのは高齢の老婆で私達を見ると、にこやかに話しかけて来た。


「あ、どうも。えーと。エルフのルリコです」


「いらっしゃいませ。女将のエレナと申します。ようこそゲマインハイムへ」


 そう言ってたおやかに頭を下げる老婆の身体からは薬臭い香りが漂ってきた。その老婆の後ろには若干猫背のままたたずんだ少年が居て、ぺこりと雑に頭を下げると呆けたように言った。


「はえー本当に耳長なんだなぁ」


 それに答えるかのように女性の悩まし気な吐息が後ろから聞こえる。


「アンタ達…噂に違わぬ器量良しだね。これじゃあ商売あがったりだね」


 その声の主はカウンターの向こうで頬杖をついた女性だった。私と目が合うとニコリと微笑んで手を振る。私も手を振り返すとハッと息を飲んだ。


「はあ~女の私もうっとりするような美貌びぼう。こんなのが何人も居るって? 冗談だろう? こりゃいよいよ坊さんも観念するしかなさそうだね?」


 そう言うと、カウンターの女性はテーブルの人に視線を向ける。テーブルの人は座ったまま船をいでいた。それを見た女性はニコリと笑うとカウンターから歩いて来てローブの座っている人の机をコツンと蹴った。


「はぁ!? どないしたん!?」


 いきなり机を蹴り上げられて眠りから覚めたローブの人は驚いたあまりフードが頭から外れて顔があらわになった。中の髪はミディアムのハープアップロングで前髪を半分髪留めで上げていた。目は少しトロンしたたれ目気味でどことなく軽薄な印象だったが、上がった眉尻がどことなく意志の強さの様なものを思わせた。


 男の人? 男の人かな? 男の人だよね?


 キリリとした眉が男っぽさを感じさせたけど、細いガタイや顔つきが女性の様な色気を漂わせていた。


 何かよくわからないけど、男にも女にもモテそうな感じがする。


 私がローブの人を見下ろしていると、パチリと目が合った。途端にローブの人は口を大きく開けて言った。


「え、なになになに? 美人が四人もおるやん! 怖ッ! 美人過ぎて逆に引くわ! これだったらマルタの方が何倍もマシや!」


 それを言われたマルタはニコリと笑って言った。


「ありがとう。ブスで助かったぁ…。ってそんなわけあるか!」


 そう言うと机に拳を打ち付ける。その衝撃で机がガタガタと揺れる。


「ええ? なんで切れてるの? 別にどんな別嬪べっぴんでも神さん前じゃあ皆等しくブスやで? だったらそれでええやん」


「いいわけあるか! ゲマインハイムの看板娘に泥塗るのはやめてくれない!?」


「何をそんなにカリカリしとるの? ていうかあの子ら誰? 一体どういう状況なん?」


「せんせーあの人はエルフのお客さんだよ」


 ローブの人の両隣の席には子供が座って飲み物を飲みながらそう言う。


「エルフぅ? ああ、ホンマに耳長やん。それで何しに来たん? はよ言ってな。あ、金ならないから堪忍な!」


 早々にまくし立てるローブの人にマルタさんは凄むように顔を近づけて言った。


「あ? 失礼でしょうが? アンタはどこの誰さんでどんな仕事してるか言いなさいよ!」


「それもそうやな! ワシはエルゼワード! 鍛冶屋やってる。よろしゅうな!」


 私達の前で怒涛のコントじみた展開が続く。私はそれに唖然としながらも彼の名前にどこか聞き覚えがある気がした。


 エルゼワード? それなんかどっかで聞いたような…。


 私の脳裏に先日盗賊から助けたセリオン君の声が響く。


『しかし、この貴族の方も神の前の美しさの前では劣るものでしかありません。神の前では誰しもがそうなのです。神の真の美の前では我々は平等なのです』


 確かセリオン君の師匠の名前がエルゼワードだったような…。でもこの人自称鍛冶屋だから同名の別人なのかな?


「あの、…失礼ですがエルゼワードさんとはセリオン君の師匠、博愛のエルゼワードでいらっしゃいますか?」


「え、アンタさんセリオン君知っておるん? ていうかワシのことも知っておるん? ええ…怖い怖い怖い。何で? 何でなん? ホンマに金なら持ってへんから。堪忍な?」


 いや、貴方、普通に有名人じゃないんですか…?


「えっとセリオン君とは一緒に盗賊から助けられた縁で…。後ろのアキレアのお陰なんですけどね」


「あ? そうなん? じゃあ借金取りと違うん? なんや脅かすなやー。マジ焦ったわー」


 いや、聖人なのに借金あるんかーい。


「申し訳ありません。それであの…」


「ん? ああ? サイン? もしかしてアンタウチのサインが欲しいん?」


 何でだよ。あーなんかこの人のペースに付き合ってると話が進まない気がする…。


「違います。私達は紙作りを手伝ってほしくて来たんです」


「カミ作り? なんやそれ? 床屋の親戚? 髪作りと間違えてない?」


「間違えてないです。えっと…羊皮紙みたいな記録媒体ですね。植物由来でそれを作りたいんですよ」


「あーあーあー。あったなぁ。修道院で見たわぁ。え、あれって作れるもんなん?」


「え!? エルゼワードさん紙作りを見たことあるんですか!?」


「いや、さんやなんて…。エルでええよ。いやーごめんな? ワシは元は鍛冶屋やねん。作り方までは知らんのや。まあ、なんとなくこんな感じ? ってのはわかるけどなぁ…」


「いえ。十分ですよ。もしよかったらどんなことでもいいので意見をくださいませんか? 参考になります」


 そう言うと私は宿屋の床に降り立って背中のカゴを下ろしてバナナの幹を取り出すと、手に持って机の上に差し出した。


「おーアンタ頑張り屋さんやなぁ。しゃーないちょっと手ぇ貸したろか!」


 それを回りで見ていた人たちも机に集まって来る。


「紙作りかぁ。あたしもウリをやってた頃に見たことあるから何かわかるかもねぇ」


 マルタと呼ばれた女性はそう言って、バナナの幹をまじまじと見つめる。


「ていうかこれは何? オラ始めて見る」


 机に側に立った猫背の男も軽く頭を掻きながら言う。


「カリスもかい? 私もこんなのは始めて見るよ」


 カリスと呼ばれた猫背の青年とエレナのお婆さんも首をひねる。


「うーん。こんな棒が本当に羊皮紙みたいになるんか? 羊皮紙なら皮を剥いでほいでそいでみたいに言えるんやけどなぁ」


「いや、全然わかってないじゃん。…まあ、私もそんな感じだけど…」


 うーん…持ち込めば誰かしら知っているかなぁって思ったんだけど。


「えっとですね、要はこの幹には細い繊維が沢山あるんです。それを一回バラバラにしたのを固めて乾かしたのかが紙にになる…みたいなイメージなんです」


 それを聞いたエルゼワードは頭をぼりぼりとかきむしると言った。


「バラバラにするなら一回タタキにした方が良くないか?で、水に溶かして干すんや。干し魚みたいにしてな」


「ああ…それだと何か上手くいきそうです」


「よっしゃちょっと貸してみ! エレナ婆さん! ちょっと台所借りるで!」


「はいよ」


「じゃあ、オラは外で干し板を用意しとく」


 そう言うと宿屋の皆は一斉に動き出す。


 え、いいの…? 自分で頼っといてなんだけど…。皆えらく協力的だなぁ…。これもエルフだから?


「あの…いいんですか?」


 私はエルゼワードさんがエレナお婆さんに近づく。


「なにがだい?」


「その…。勝手に台所借りて迷惑じゃないかと」


「迷惑? 迷惑な訳ありません。困った時はお互い様です。迷惑だなんてそんなこと言って明日どうなるかわからないんだ。皆助け合わなくちゃいけない」


 そう言うと、エレナお婆さんは私の手を握って言った。


「今日は私、明日は貴方。そうやって皆支え合って生きるもんじゃないか」


 それを聞いて私の心が温かい気持ちになった。おばあさんの触れた手から温もりが伝わってくる。


 あれ…何でだろう? どうして…? なんか…凄く温かい気持ち…でも、なんだこれ…。


 でもそれと同時に私の中に奇妙な罪悪感やうっとしさみたいな気分がこみあげてくる。


 なんだろうこれ。凄くよくしてくれてるのに、なんか窮屈きゅうくつな感じがする…。


 私は自分の今の気持ちがよくわからなかった。こんなに親切にしてもらっているのに嬉しくないなんて。何で自分がそうなっているのか。いくら考えてもわからない。


「ありがとうございます」


 私は自分の中の奇妙な気持ちに必死に蓋をして微笑んだ。


 私はエレナ御婆さんに手を握られながら台所でバナナの幹を潰すエルゼワードとマルタの姿を見ていた。


 エルゼワードはすりこぎ棒のようなものを振り下ろしている、隣でマルタがミートテンダライザーを使ってバナナの幹を叩いている。


「はい、水ー」


 マルタが水桶の水を木のたらいにすすぐ。


「あの、カゴに紙用の網があるんでそれ使ってください」


 エルゼワードは私のカゴからすのこを取り出すと水に溶かしたバナナの繊維をすくうと外の干し板の元へと歩いて行った。私はその二人に歩いて付いて行った。外の干し板の上には四枚の紙床かみどこが干されていた。それは半透明でテカテカして課外授業で見た和紙に本当にそっくりだ。かなり上手く行ってる気がする。


「これですよ、大体こんな感じです! ありがとうございます!」


 エルゼワードは両手を腰に当てながら誇らしげに言う。


「いやーこれぐらいなら楽勝やな。ほんまおおきに」


「良かったねぇエルフさん」


 私はマルタとエルゼワードに頭を下げる。


「よしておくれよ、お互い様じゃないか。そんなことされたら歯が浮くよ」


 そう言うと、マルタは私の肩を抱いて回り込むと隣に立った。


「よっしゃ、一杯飲もうか」


 私達が話していると、後ろから「おーい」という声が聞こえた。振り向くと、フランがエレナお婆さんと一緒にお茶を持って運んできていた。その後ろには椅子を持ったアキンボとアキレアの姿が見えた。その後ろにはひげ面のデサさんの姿も見えた。


「米茶ですが良かったらどうぞ」


 そう言って出てきたのは木のコップに米が浮いた水みたいな飲み物だった。


「何か…水みたいですね」


「ていうかまんま水やなー」


 木の卓に水が配膳されると、宿の奥から香ばしい臭いが漂ってくる。その臭いにつられて眼を向けると、そこには木の器を持ったぶっちょ面の少女が歩いてきた。少女は木の卓に近づくと中央に煎った豆が入った器を「ん」と置いた。途端に器の中の煎った豆の香ばしい臭いが食欲を刺激する。


「ご苦労様、下がって良いよ」


 少女はエレナにそう言われるとぺこりと頭を下げた。


 え? 一緒に食べないの?


 私は少女と豆を交互にその時私の脳裏に、かつて丘で私を見返してきた赤ちゃんを負ぶった少女の顔が重なった。


「貴方、前に会ったよね?」


 私がそう声をかけると「んだ」とぶっきらぼうに答える。そう言う少女の無表情の中にどういう感情を見出すこともできなかった。


「これが終わったら水くみをしておいで」


 エレナお婆さんが硬い声でそう言う。少女は「ああ」と言って頷いた。


 何か申し訳ないなぁ…。


 そう思った私はエレナお婆さんに言った。


「少し休憩にさせない? 一緒に食べましょうよ」


 そう言うと、少女は私を見て言った。


「まだ仕事があっから。陽が落ちて暗い中で水くみしたくねえんだ」


「そうなんだ。手伝うことはある?」


「私の仕事は私がやる。放っておいて」


 それを聞いたエレナお婆さんは言う。


「私も身体が弱ってね。だからこの子には宿の雑務を全て任せてます。この子は働き者だから一人で全部こなすんです。掃除、水くみ、洗濯。休んでる暇なんてありません」


「こんな子供に働かせすぎじゃないですか?」


 私のその言葉に少女は毅然きぜんとした態度で答える。


「皆そうしている。私がサボればその分を他の誰かがやるか後からやることになる。だからすぐやる。重い荷物も皆で運べばすぐ終わる」


「そうやでエルフの嬢ちゃん。人の仕事に手ぇ出したらアカン。苦労も贅沢も皆で分かち合うもんや」


「そう。エルゼせんせーにそう教わったんだ」


 いやぁ…そりゃあそうだけど…。いや、そうなのか?


 悲報。二百五十歳エルフ。村の人々に言い負かされる。いや、だったらこの煎り豆は彼女に後で食べてもらえば良いのか…。


 私は腰のナイフを取り出すと服の手の袖を切ってその上に煎り豆を数粒入れると包んで少女に渡した。


「じゃあ、仕事が終わった後で食べて」


 そう言われた少女は驚いた顔をした後に笑って言った。


「わかった」


 私の言葉を受けて頭を下げると少女は踵を返して宿の勝手口へと向かって行く。その背中に私は声をかける。


「ねえ、貴方の名前は?」


 振り返った少女は「イナ」とだけ答えて去って行った。


 イナが去った後、私達は椅子に座って水を飲みながら腰を落ち着かせた。私は干し板に張り付けられた紙を横目に心地よい風に無言で身を任せていた。私の両隣のアキンボは特に言葉を発することなく座っている。彼は、出された米茶を一口で飲み干すと米を歯でコリコリと噛んでいた。フランは米茶に全く口を付けないまま、エルゼワード達のエルフについての質問にたどたどしく少ない口数で答えていた。その内容はエルフの美しさの賛辞や長い耳についての疑問などありふれた話題で、むしろフランが人間語をたどたどしく紡ぐ様を見ている方が面白かった。


 暫くしてデサが私に話しかけてきた。


「エルフの方々が慈悲深いというのは本当のようですな」


 はい、そうですって答えるのも変だし…。


「否定しはしません」


 私の返答を聞いてデサは片方の眉尻をさげて怪訝けげんな表情をした。なので私は微笑んでその空気を誤魔化す。


「先日、エルフの方が我々に花を。白いマーガレットを送ってくれました。あれはマーガレット様の無事を報せと同義です。我々一同、深く感謝申し上げます」


 そう言うとデサが頭を下げてくる。


「いえ、これもズバイダ様の助力があってこそです。近々、マーガレットさん直筆の声明文も出されるハズです」


 それに対して、デサは重々しく頭を下げると言った。


「承知いたしました。その……我々にできることは、働くことくらいですが、どうか、それでお役に立てればと思います。なんでも命じてください、ルリコ様」


 それを聞いて私は内心ホッと胸を撫でおろす。


 よし、じゃあこのまま紙作りの協力を申し出れば…。


 そう思っていると、横からフランが息を吸って言葉を吐いた。


「貴方、それはマーガレットの無事が無ければエルフへの忠はないということ?」


 フランのたどたどしい言葉に私はハッとする。


 確かに今の言葉はマーガレットの安否次第では忠がないと答えている様にも聞こえる。


「その時はこのデサの首をもって嘆願たんがんさせていただきたい」


「願うって…何を?」


「マーガレット一族様の助命を。どうかエルフ様方の庇護下ひごかにおいていただきたい」


『どうしてそんなこと貴方達に指図されないといけないのかしら?』


 フランは困惑したようエルフ語で呟く。私もデサがそれを言うのは違う気がしたので答える。


「デサさん、貴方がマーガレットさんに恩があるのはわかります。しかし貴方が彼女や我々の行動を決めてしまうのはマズイ気がしますよ。マーガレットさんにも自分の考えた身の振り方というのものがあるでしょう」


「勝手は承知の上です。たとえ恨みを買おうともマーガレット一族はワシ等が守ります。土地は失おうと命さえ永らえば…偉大なるストーンハース家の再興の目もみえるでしょう」


 ヤバイ…デサさんの目が覚悟ガンギマリだ。もしかして農民反乱とか起こしたりしないよね?


「まあまあ、落ち着きなさいよ御両人。別にマーガレットさんは生きて軟禁されとるんやろ? もし本当に命を奪うならとっくやってる。いざという時はウチが口利いたるから。な?」


 それを聞いて私は思い出した。


「そういえば、私のところのリーダーがエルゼワードさんにこの件について中立を頼むと言っていましたよ」


「それホンマ?」


「はい、カラリリさんの傭兵さんを使って探させると言っていました」


「そっかじゃあウチは今すぐ…トンズラせな」


 立ち上がろうとしていた、デサが勢いを殺されて机に手をつく。


「ど、どういうことだ!? エルフ様の命を断る気か?」


「エルフ様の命って何? ウチは中立やろ? だったら誰の指図も受けなくてええやろがい。今潜伏しておけばカラリリの傭兵はここを出て行く。そしたらお互い時間が稼げるやないか? だったらここは潜伏が正解や」


「それは本当に公正なのか?」


 デサがエルゼワードに詰め寄ると彼は半眼のまま頬杖をついて言った。


「神は言ったんやで、人の話を聞きましょうとな。正しい答えにはそれだけ相手のことを知らなアカン。勿論マーガレットもカラリリもどっちもや。知る為には時間はいくらあってもええ」


 まあ、こっちとしても時間を稼げるならそれに越したことはないし…。


「しかしそうなると困ったことになったな。エルフさん達の紙作りを宿屋でやられたらウチが出て行かなアカン。中立の立場としては潔白でいなきゃアカンしなー」


 それだったら教会に…って教会は傭兵さん達が占拠しているんだっけ…。


「そういうことならそれは潜伏先はワシ等が用意しよう。時間までアンタはそこで潜伏していてくれ」


 デサの言葉にエルゼワードはニヤッと笑う。


 なんか行き当たりばったりだけど…デサさんに協力してもらうっていう理想の形に落ち着いたな…。


「決まりやな。じゃあそういうことだからウチは暫く休みや。頃合い見はからって出てきたら話を聞いたる。その後の結果は…神のみぞ知るや…!」


 そう言ってエルゼワードは椅子に身体をのけぞらせると椅子に深く腰を落ち着けた。デサさんが私に眼を向けると椅子から降りて平伏して言った。


「数々の無礼をお許しください。これより私はマーガレット様の運命を神にゆだねたいと思います。エルゼワード様であれば神にマーガレット様のことを正しく伝えてくれるでしょう」


 う、うーん…今までの軽薄な態度からして私はエルゼワードが神に近しいとは思えないけど…。巡礼者って役職についてる時点で神様にそういう役割を振られた人だから信用できる…みたいな感じなんだろうな…。


「よきにはからえ」


 とりあえず私は貴族っぽい言葉三選に入りそうな言葉の後に、続け様に言った。


「では、デサよ。ここからが本題何だが。私の為に紙作りを手伝ってくれ」


「勿論です、お任せください」


 そう言うとデサは椅子から降りて私の下に膝間づいた。


 私を見上げるデサと見下ろす私。なんか絵になりそう気がしなくもない…。


 私はデサの手をとって立ち上がせると言った。


「今日はもう遅い、続きは明日にしよう」


「では、この干し板に干してある紙はどうしますか?」


 エレナ婆さんが立ち上がって言うので私はあごに手を当てながら言った。


「うーん。とりあえずこのままにして明日様子を見ましょう」


「わかりました」


 そう言って私達が立ち上がるとエルゼワードが言葉を投げかけて来た。


「あ、エルフさん。この紙だけどな。もし、これがダメだったら最後にどうなったかだけ教えてくれへん?」


 私はエルゼワードを横目で見る。エルゼワードはすのこに張り付いた紙を指さしながらニカリと笑っている。


「勿論。でも何でですか?」


「何でって気になるやん。ワイも本当は最後まで参加したかったのに…悔しいからどうなったかだけ知りたいんや」


 うーん…確かにそれもそうか。


「わかりました。完成の暁には絶対お知らせしますよ」


「きっとやで。頼むな?」


 はい。そう答えようとして、急に吹いた風に誘われて目にゴミが入った。私は目に入ったごみを取ろうと目を必死にこすると、エルゼワードの笑い声が聞こえた。目のゴミのせいで急にバツが悪くなった私は照れ笑いをしながらエルゼワードを見ようとしたけど、彼の姿は良く見えないままに別れた。


 宿屋を離れて門前の広場に行くと、そこにクリシダが立って居た。その傍らにはヘルミが所在なさげに立って地面を蹴っていた。そんな彼女の様子なんて無視するかの様にクリシダは手でコインを巧みに転がしてそれを愛でる様に見つめていた。


『クリシダ、その手の動きキモイって』


 フランがうんざりしたような声でエルフ語を喋るが、クリシダは微笑むだけで何も答えない。


「さっきまでおかんむりだったのに、随分とご機嫌だな」


 アキンボの声にもこたえずコインを手で弾いて宙に放ると手でキャッチすると言った。


「それで? どうだった?」


 私はクリシダの問いに答えた。

 

「うーん…紙作りはなんとかなりそう…? な感じがする」


「適当だなぁ…」


「そんなことないですよ。向こうの要望でマーガレットさんの身柄も確保するんだから大丈夫です。彼らが尊敬している人を助ければ彼らも協力してくれるハズです」


「マーガレットの忠を私達に向けられるのか?」


「それについては紙作りを通じてエルフが賃金を払うようにすれば自ずと評価されるハズですよ。向こうは税を取るくせに民を守る力がないと明らかになったわけですから」


「それはウチも同じじゃないのか? いざ戦争になったらオレ達は何もできないぞ」


「まあ、それはそうなんですけど…そもそもあれって戦争なんですかね?」


 生前私は戦争を経験したことがないからわからないけど…。なんか思ってたのと違うかな…。まあ、家畜の疫病とか食料の強奪はあったみたいだけど…。燃やされたり、女性が襲われたりとかはなかったみたい。


「オレの記憶だと戦争とはもっと酷いものだった。まあ、エルフのお膝元だったから自重したんだろう」


 クリシダは肩をすくませると言った。


「で、これからエルゼワードって人間に戦争を中立させるんだろう? あんな優男じゃ無理じゃないのか?」


「ちょっとそれどこで盗み聞きしてたの?」


 フランが腰に手を当てて抗議すると、クリシダは指を木のてっぺんのカラスに向けて言った。


「アイツらに聞いた」


「鳥に? あなた鳥とも喋れるの?」


「ああ」


「本当かしらねぇ…」


 フランは胡散臭そうに腕を組んでいるが、確か前世で鳥は泣き声で敵の位置やエサなどの情報を共有していると聞いたことがある。私はクリシダの技術に感心しつつも、先ほどの疑問に答えた。


「エルゼワードさんの協力は悪くない手だと思う。何故なら人間は神様を信じているから。非道な行いをしてあの男に地獄行きと言われたくないんだよ」


「地獄?」


「死んだ後に行く追放の地みたいなものだね」


「死んだ後に追放? じゃあ追放された魂はどこに還るの?」


 フランの言葉にアキンボは腹を掻きながら言った。


「地獄と言うところに監禁されるらしい」


「え? じゃあ人間の魂って循環しないの? それだと気が生えて成長して枯れてまた生えての自然のサイクルに反するじゃん」


「人間というのは穢れた魂が新しい命に還るのを良く思わないようだ」


「ふーん、人間って思ってたよりややこしいんだね」


 フランは頬に指を当てながら宙を仰ぐ。二人の言葉を聞きなクリシダは指でコインを転がし続けて言う。


「そうか。まあ、概ねオレ達の思うままに進みそうだな。後は両陣営を走らせて疲れたところで背中に乗ればいい。今度の戦争は無血で沢山のモノが手に入りそうだ。ククク」


 クリシダは悪の女王みたいに笑う。それを聞いてヘルミがビクリと身体を震わせる。


 クリシダの言葉を聞いて私の脳裏にカラリリの姿がチラつく。


 あの人は、カラリリはそんな結末で満足するような雰囲気じゃなかった気がする。それにマーガレットさんに会ったこともない。一回カラリリに負けた人って考えると重要そうでもないけど…。前世の徳川家康だって何度も負けて最後に日本を支配したんだろうし…。特権とは言えエルフだって安全とは言えないと思う…。でもじゃあどうすればいいのかがわからない…。


 私の脳裏にズバイダ様の声が響く。


『お前の勝たせてほしい奴を妾が勝たせてやる。もしどちらも生かしたいならそうしてやる。だから心配するな。妾はお前の味方じゃ』


 あれってつまり…。うーんつまり私が何をしたいかだよね…。


「まあ、とにかく帰ろうよ。ここは煙たくって嫌」


 フランはそう言って頬に肩を埋める。アキンボも異議はないようだ。するとアキレアが背後から来て言う。


「ルリコ様はどういたしますか?」


「うーん…」


 私の目の前にはここに来てから気になっていた水田が広がっている。朝と違って水田には青々した苗が風に吹かれている。その原風景的な雰囲気にほだされたのかつい本音がポロッと出てしまう。


「ここに泊まりたいかも」


「ええ!? 嘘でしょ? 勘弁してよルリコ!」


 私の言葉を聞いてフランが神経質な声をあげる。


「こんな何もないところに泊まりたいとか。本当変な奴だな」


 同時にアキンボも呆れた声をあげる。


 二人の抗議の声を聞いて私も少しムッとする。


「いや、だってどうしたいかって聞かれたから素直に答えただけだし…」


「こんなところでエルフが泊まったら大騒ぎになるでしょう? なんでそう考えなしなの? 子供の頃からずっとそう! なんで懲りないの? 思い付きで行動しないで!」


「お前が変なこと言い出すと俺たちが巻き込まれることになるだろうが!」


 ここぞとばかりにフランとアキンボは私に抗議の声を上げる。


 ううん…幼馴染が二人いるとやりにくいな…。


「ニコラスだったら賛成してくれたよ」


「アイツは無神経だからな」


「あたしたちが居ないきゃアンタたちはとっくに崖の下で骨になってると思う」


「違いない」


 そんなわけ…ない。こともないかもしれないけどさ…。


「おい、人んちの家の前で喚くなよ。まあ、ルリのご要望に応えることはできるぞ」


「ちょっとクリシダ。まさかルリコをあの汚い農家の家に泊めるとか言わないよね? 言っておくけどエルフは貴族ってことになってるんだからそれ相応の格式のある家じゃないと駄目なんだから」


 フランの言葉にクリシダは肩をすくめていう。


「違うな。あの家よりオレの横穴の方がまだ小ぎれいだ。そうじゃなくてゼロシードさ」


「ゼロシード?」


「何か知らんがエルフを崇拝してる人間達が地割れを利用して作った穴倉でな、そこに多くの人間達が住んでいるんだと」


「ちょ、ちょっとそんな不届きな連中を頼ってルリコが軟禁されたらどうするのよ!」


「別にそこに行くわけじゃない。その前哨基地みたいものがあるからそこに厄介になればいいさ」


「だめ! そんな変な連中に頼って貸しを作るぐらいなら野宿した方がマシ! 絶対反対!」


「もう面倒だから詫び爺の家に一時的に身をよせればいいだろう」


「まあ…あそこなら…。でも心配だから私も泊まる。アキンボもアキレアも一緒ね」


「チッ。結局オレが大変じゃないか」


「…そういう訳だからアキレア。とりあえず今日は詫びじーちゃんの家に泊まることにしたから。悪いけど見張りをよろしくね」


 私がそう言うとアキレアは「御意」と言って頭を下げた。

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