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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
55/65

ベビールームのノワール

次回の更新は11/23です。


「ココロはお昼寝中だし、顔だけ見て帰ろうか…」


「そうだね、そうしよう…」


 私達が長屋の子供部屋に近づくと突然フランが固まって、込み上げるものを抑えるように口を押さえた。


「え、どうしたの? フラン?」


 フランの目線を追うと、その視線は扉の前の蓋のついた手桶に向けられている。


「何それ?」


 私がそう言うと、赤ちゃんの部屋からノワールが顔を出して満面の笑みで手招きをしてきた。私がノワールの側によると彼女は一緒に眠ってる赤ちゃん達の中から入り口側の子を指さした。多分一番近くに寝ている子がココロだと言っているんだろう。


 うわ、寝息を立ててる…。って当たり前か。でも、それが信じられないぐらい小っちゃくてかわいい。


 ココロの近くに行くと「スピースピー」というカワイイ鼻息が聞こえてくる。その音と共に胸が上下している。


 今思えば…私はこの子を肌身離さず抱いていたんだよな…。


 それを考えるとどこからか愛おしいような気分が湧き上がってくる。抱きしめたい気分になってくる。


 でも本当の私の子供じゃないんだよな…。


 そう思うと、自分の中の小さいかがり火の様な気持ちが揺らいでしまう。


 自分の子供だったらもっと愛せるのかな? もし、自分の子供と一緒にこの子を育てることになったら私は…。


 私は首を振った。


 今はそんなこと考えている場合じゃない…。


「可愛い~。やっぱり私達に似て顔が良いよね…」


 いつの間にか横に座っていたフランがため息をついて言う。


「ルリコが育てたらすっごいやんちゃになりそう。だから私が学科を教えてあげるのそうすれば行動的で頭のいい子になるんじゃないかなぁ…。ああ、そんな息子だったら絶対誇らしいと思う」


「はあ、馬鹿ね…子供なんて親の思う通りなんて育たないんだから。それに男の子より女の子の方が絶対良いわ。私の娘なら私に似て美人だろうしね。私の美貌びぼうを引き継いで産まれて来たんだからきっと感謝するに決まっているわ」


 私達の会話にノワールが近づいてそう言う。


「あら? 知らないの? エルフの娘を持った母親は自分より美しくなる娘がうとましくなるんだよ?」


「それはあり得ないわね。だって私は死ぬまで美しく在るから」


 そう言ってノワールは自分の黒髪をさらりと指で撫でる。


「黒髪のエルフは大いなる母の加護で高齢でも美貌びぼうを失わないの」


「ルシェルナ婆は黒髪だったけどヨボヨボだったじゃn」


 私の脳裏に顔が上から潰されたようにしわくちゃで歯の無い大口で笑う魔女みたいな老婆の顔が浮かぶ。その記憶の中で後ろにいるクリシダはバツが悪そうにそっぽを向いてふてくされていた。


 確かに彼女は黒髪だったけど顔がしわくちゃでエルフとは思えなかったな…。


「あの人は大いなる母の美しくあれという願いに反したからみにくかったのよ。私の様に日々美しさへの探求を惜しまない者を大いなる母は寵愛ちょうあいして永遠の美を授けるのよ」


 ノワールの言う黒髪は長らく美貌びぼうを保ちやすいという説を唱える人はいる。でも金髪でも長らく美貌びぼうを保つ人も居る。だから髪の色に関わらず美しさを追求するエルフが美貌びぼうを長く保つというのがエルフの中で一般的な見解だ。


「シーブ長老が言うには、生へのモチベーションが高いと長寿になることが多いらしいよ。逆に低いと美しさが損なわれる傾向があるみたい。精神と肉体の健康が長寿の秘訣なんじゃない?」


 以前、墓所で話したシーブの説を私は二人に伝える。私の言葉にノワールは胸を張って答える。


「ほらね。美しさは永遠。美しく在ろうとするその生きざまがエルフをエルフたらしめるのよ」


 別に永遠とは言ってないんだけどな。


「わかった? そういうことだから。だからあそこのアレ、お願いね」


 そう言うとノワールは部屋の外にあった手桶を指さす。


「ん? …アレって? 何?」


「赤ちゃんの粗相そそうよ」


「え…」


「おむつの汚物を取って、洗って洗濯して干して置いて」


「え…!?」


 ノワールのその言葉を聞いて、フランが吐き気を催した様にえずく。


「え…でも…」


「美しい私がおむつを取り替えたのよ。それだけで寿命がかなり削られたと思う…」


「いや、それは…」


「よく見て…ホラ…私の目…充血してるでしょ!? 目の下にクマが!」


「あ、本当だ」


「貴方の子って本当に元気ねぇ。貴方の子が泣くと他の子が連鎖するように泣いてモー本当に…大変」


 う…それは何となくわかる…。私もこの子と一緒に過ごした日々を思い出すと…トラウマが…。


「貴方、外で楽しんで来たんでしょう? だったら少しは手伝ってよ」


 ノワールは満面の笑みで私に迫る。


「あ…でも…」


「それは無理だよノワ。ルリコはこれから他の仕事があるんだから」


 フランにそう言われたノワールは髪を大げさにかき上げると言った。


「だって…ルリコばっかりずるじゃない。外で仕事して…。私なんて一日中ずっとここにいて赤ちゃんの世話をしているのよ?」


 そう言うと、ノワールは部屋の隅に縮こまって体育座りの様に足を抱え込んで座った。


「思うんだけど、なんで自分の子より、他人の子に時間を割かないといけないのかしら? 本当はもっと娘と一緒の時間を過ごしたいのに…全然見れてない。そう思うとなんか疲れちゃって…」


 薄暗い壁際のノワールにはそう言うと膝に顔をうずめた。その表情は疲れでボンヤリとしていた。


 あ…。


 一瞬その表情の中にかつての仕事に疲れ切った自分のイメージが重なる。


『会社の為に働いて帰って寝るだけ…他人の為に働いて寝るだけの人生…。何のための人生なの…?』


 私の中で声が聞こえる。途端に私は何か嫌な予感がした。


 なんか…このままじゃノワが壊れちゃいそう…。それは嫌だな…。


 そう思った私は大きくため息をついて言った。


「わかったやるよ…」


「「え…!?」」


 フランとノワールが一斉に私を見る。


「うん。それとノワール達も大変だと思うから。もうちょっと仕事の分担を細分化して…キツイ仕事はそれ専門の人に任せる様に議会に提案しておくよ」


「ルリコ…ありがとう…」


 そう言うとノワールは視線が定まってないかのようなおぼろげな笑顔を向ける。


「いいって。別にこれぐらいなんてことないから」


 そう言って、ノワールをねぎらいながら手桶を抱えると嫌な臭いが鼻まで立ち昇ってくる。


「ルリコ、この布使って」


 私は、一旦手桶を置き直すとフランが手我してきた布をマスクの様に口元で覆った。


「共有トイレの方で洗ってきてね~」


 私は臭い立つ手桶を掲げる様に持ちながら、ノワールに見送られて川の方へと走って行く。


「ちょっとルリコ待って」


 待ちたいけど待てない。もし、待って息継ぎをしたら手桶の臭いが鼻に入るからだ。


「クソベラ持っていきなよ! 手で汚物を触る気!?」


 あ、そうか…そこまで考えてなかった。


 私が一旦止まると、背後からフランが追いついて言う。


「ホラ、灰も持ってきたから。こうなったら一緒にやろう? 二人ならあっという間だって」


「うん…ごめんねフラン」


「別に良いって! 私達友達でしょう?」


「フラン…」


 フランはそう言って微笑む。私も微笑む。


「…フラン…どうしてそんな遠くにいるの? こっちにきてヘラを渡してよ」


「え? 何が?」


 フランはそう言うと近づいてこない。その声は若干鼻声だ。


「友達でしょ?」


「勿論」


 そう言って微笑むが彼女の笑顔はヒクついている。イラっとした私は手桶を前に差し出しながらフランに近づく。


「ちょっと! バッチイから来ないで! 嫌! 臭い!」


「え? 臭いけど友達でしょ?」


「臭いのは無理! ふざけないで早く他所へ持っていってよ!」


 そう言いながら私達は走ってエルフのトイレになっている川辺まで行った。川辺に座った私達は一つ一つ布オムツの汚れをクソベラで落とす。汚れを落としたオムツは灰汁の入った桶につけ置きしてすすいだ後、洗濯紐に干す。


「はあーしんど…」


 私達は干した後に手を洗いながらお互いため息をついた。


「知ってる? この仕事皆誰もやりたがらなくてたらい回しにされてるんだって」


 フランはうんざりしながら言う。


 まあ、そうだろうね。美しさを至上とするエルフにとってけがれは忌避すべきものだろうし…。


「美しい存在とかいって…。自分達もうんちもおしっこもするのにさ…馬鹿だよねぇ」


 エルフの中には排泄をけがれとして臭いの強い食物を避けて、野菜などを中心に食事をとる者も居る。


「この調子だと赤ちゃんのうんちとおしっこの世話も人間に頼む日は遠くななさそうだね」


「ありそうだけどさぁ…そんなのもう…保護者の資格無いじゃん。清濁せいだく併せて世話するからそれを名乗れるのに…。任せちゃったらいよいよ親の資格なんてないよ」


 いや、それさっき臭いの嫌とか言ってた人が言うセリフなのかな…。


「ルリコだって無理にやらなくていいんだよ? ノワは外の世界で遊んでるみたいに言ってたけど…ルリコだって大変なんでしょ?」


「う、うーん。でもこっちの方がキツイのは確かだよ」


「でもルリコはノワの仕事を手伝ったのに、ノワはルリコの仕事を手伝ってないでしょう? だったらこれは借りなんだから。今度何か手伝ってもらわなくちゃ」


 それは理屈だけど…。何でフランが怒っているんだろう…。


 私が内心首を傾げていると、向こうからアキンボが歩いて来て言った。


「おい! いつまで待たせるんだ! 早く来い!」


「あ、ホラ。早く行こう。いいかげんノグルス達も待ちくたびれてると思うよ」


「わかった」


 赤ちゃんの布おむつを干し終わった私達はアキンボと共に広場で待っていた皆と合流した。合流後、私達は森を抜けて人間の開拓地へと向かった。途中、タブラ爺とスカイさんと別れて、クリシダ、アキレアと背中のノグルス、エマ、私、フラン、アキンボと共に開拓地へと向かった。


 なんか…前回の旅の一行に比べると…。指示役がエマさんと私しかいない気がする…。ノグルスは優秀だけど…ちょっと天然入ってる感じがするから怖いんだよなぁ…。


 私達はは集落から離れて森の中を歩き続けると、目の前に地面が険しい段差状に穿うがたれた地形が現れた。それをクリシダを始めエルフたちはいとも容易く一段一段飛び降りて行く。


 クリシダもエマさんも産後間もないのに良くこれだけ動けるなぁ…。やっぱりエルフは人間の女性と違って身体の作りが違うのかもしれない…。


 そんなことをぼんやりと考えていると、道の先から川のせせらぎが聞こえて来た。するとクリシダは振り返って言った。


「この先にウチの一族の水路がある。舟で行こう」


 エルフの集落に舟なんてあったんだ…と思ったけどそう言えば葬儀にも舟使ってるんだからあって当然か。


 皆で船着場まで降りると、木の舟が川の砂利に三艘さんそう置かれていた。振り返って来た道を見上げてみると、先ほど下りて来た段差地形は人の侵入を拒む断崖絶壁の地形に見えた。


 成程、一見不便そうに見えるけど、川を伝ってくる人間を警戒するためにあえて難所のまま地形を残してあるのか…。


「舟はオレが運転できるが定員オーバーだな。アキンボ。お前は後から走って着いて来い」


 クリシダはそう言うとアキンボはうなずいた。そうして舟は私達を乗せてラフティングよろしく川をすいすいと下って行った。その間、私は背後で川辺を走ったり、石を渡り歩きながら必死について来るアキンボを見て感心していた。


 舟が森を抜けて芝に覆われた丘陵地帯に差し掛かると、向こうに柵に囲われた土壁の家が見えて来た。確か以前に森から抜けて左手に見えた農家の家だろう。現に川で依然見た水車が回っている。クリシダはその農家の家を全く意に介さないかのように舟を近づけると家の近くにつけてしまった。


「ちょ、ちょっと。ここは人間の家の近くじゃないですか!?」


 ノグルスはクリシダに泡食って抗議するが、彼女は「そうだな」と言うだけだった。


「そうだなって…人間に舟を盗まれたらどうします? それに迷惑じゃないですか!」


「いや、オレはこの家の奴に借りがあるんだ」


 そういうと、クリシダは『おぅい』と家の中に声をかける。すると中から、白い頭巾の様なものを被った仏頂面の女性が出て来た。


『この舟見ておいてくれ。誰にも触らせるなよ』


 クリシダの言葉に女性は無言のままコクリと頷いた。その眼は猜疑心に満ちていてどこか卑屈な感じがした。


「なんだか怯えていませんか? 貴方何かしたんじゃないですか?」


 ノグルスの抗議にクリシダは肩をすくめる。


「恩を売っただけだ。こいつらの家畜が病気だったからそれを直す薬を売ったんだ。金を取らない代わりにその対価としてオレ達に協力させてる」


「そ、そんな…この女の近所なだけで片棒担がされるなんて…お可哀そうに…」


 ノグルスは農家の女性に憐れむような眼を向ける。


「別にヤバイことはやらせてないよ。まあ、眼はつむってもらってるが…」


「ほらやっぱり迷惑かけてる! やめてくださいよ貴方のせいで私達まで白い目で見られるじゃないですか!」


 ノグルスの言葉に私も内心頷く。見ると、農家の女性は出てきたときの姿のまま時が止まったかのようにそのままの姿で立って居た。その身体はまるで天敵に出会った小動物の様に強張っている。それを見て私はクリシダを振り返る。クリシダは私の言わんとしていることを察したのか頭を掻きながら「仕方ねぇなぁ」と言うと女性に近づくと自分の長い髪の房を女性の目に被せるとそのまま頭を撫でた。すると女性は徐々に緊張を解けてリラックスした状態になった。


『安心しろオレはお前の味方だ。また旦那に罵倒されたら言え。オレが助けてやる。だからもう、行け』


 クリシダがそう言って髪の房を女性から離すと、女性はコクリとうなづいて水田の方へとフラフラと歩いて行った。その女性が歩く先には同じように頭に白い頭巾を被った女性たちの集団がいる。


「あの人たちはいずれ私達の民になるんですよ? 怪しげな技で惑わさないでください」


 クリシダの背中にノグルスはそう言う。その声はどこか強張っている。


「別に何もしてねぇよ。ほら、動物って眼をおおうと大人しくなるだろ? あれと同じさ」


 二人の会話をよそに私は水田の女性達を見ていた。いつの間にか水田には水が張られていて、水面は空のきらめく星環を映し出していた。農家の女たちはあぜの上で水面を滑るかのように歩き出すと、緑の穂の群れの近くで屈みこんで束ね始めた。


 あれ…さっきまでいた人って…どこだろう?


 異世界に来てからの私は異常に視力が良くなったが、さっきまで側に居た女性が集団に溶け込んでしまって誰だか見分けがつかなくなってしまった。まるで群れの中の羊の見分けがつかないかのおうに。その奇妙な感覚に私は自分の目をこすった。


「行こうぜ」


 クリシダが私の肩を叩く。その手に誘われるように私は開拓地への道へと向かった。


 開拓地に近づくと相変わらずの煙が立ち昇り赤黒い旗がかかったままだった。門の前には以前会った、ナントカ団のディルクという角刈りの強面のオジサンが立って居た。


「ようこそいらっしゃいましたエルフ様方。どうぞこちらへ」


 先日と違ってディルクからは横柄な雰囲気が消え失せたが、態度に警戒感を感じる。私達は誘われるままに門の中へと入った。中に入ると外で感じていた火薬と肉が焼ける香ばしさが混じった臭いがさらに強くなった。


「あのぉ…。何なんですかこの臭い?」


 アキレアの背中のノグルスは鼻声になりながら人間の言葉でディルクに話しかける。ディルクは驚いたように目を見張ると言った。


「驚…きました。まさかこのような幼子まで言葉を話せるのですね」


「幼子じゃありません。私は立派な淑女れでぃです」


「失礼しました。この煙は病気になった家畜を焼いているのです。一度病が流行ると家畜の中で連鎖するんですよ」


「ふむ、いずれは私達のリソースになるものがそんなことに浪費されているとは…やっぱり戦争なんて愚かしい真似はしない仕組みづくりをしないと…」


 自分の思考に没頭するノグルスを他所に私はディルクにヘルミのことを聞いた。


「あのディルクさん、ヘルミは今どうしています?」


「あの女なら、むこうで炊き出しの手伝いしてますよ。呼んできましょうか?」


「いえ、無事なら良いです」


 ディルクの指す方を見ると、確かに広場の炊き出しにヘルミの姿見える。広場は先日と同じく炊き出しに多くの民が並んでいたが、前とは違って明るい雰囲気が感じられた。


「あれから開拓地の人達に乱暴なことしてませんよね?」


 私がそう言うとディルクさんは振り返って言う。


「はい。部下たちにも徹底して乱暴な行為は慎ませてもらっています」


「本当ですか? あの…失礼な方もですか?」


 私が気になっているのはアレーンという乱暴そうな男のことだった。


「アレーンにつきましては貴方様の苦情をカラリリ様にお伝えしたところ更迭されました。代わりに来た奴はちゃんと大人しくしてますよ」


 おお、カラリリさんちゃんと私の要望聞いてくれたんだ…。


 私の脳裏に毛先カラーに色とりどりの服を重ねた女性の姿が浮かぶ。


 なんかあんな奇抜な恰好の人なら裏をかくような奇天烈きてれつな対応してきそうだと思ったけど。言えばちゃんと対応してくれるんだね。もしかしたらいい人なのかもしれない…。


 広場を抜けて教会へと誘われた私達は中に入った。中に入って最初に見えたのは燭台しょくだいに照らされた薄暗い聖堂の最奥のまんじのような円環のしるしとその前に置かれた木の長椅子にまっすぐな通路だった。よく見るとその長椅子にはいくつかの人影の様なものが座っているのが目に留まった。その人影は長椅子にもたれかかりながら顔を逆さにしてこちらを見ていた。


「失礼だぞ、お前ら。エルフ様方に敬意を示せ」


 そう言うと、教会の長椅子の端の脊柱から何人かの影が現れその場で頭を下げた。椅子にもたれかかっていた影も跳ね上がる様に立ち上がると踵を返してヘコヘコと頭を下げる。


「ア、ドウモ~」


 その顔は卑屈そうな笑みを浮かべた唇には赤々とした紅がさしてある。その赤い三日月型の笑みに不気味さを覚える。横の石柱からも巨体がのそりと現れる。その背丈は百八十センチほどの巨体で肩までかかる赤い髪が垂れ下がっていた。


 女の人…? いや男? どっちだ?


 女性みたいに身体がデカいが、その上では丸太の様に太く肩幅もがっしりとしてガタイが良い。


「エルフ様方に敬礼」


 そう言って長い椅子から跳ねる様に立ち上がったのは銀色の長いウェーブ髪をヘッドバンドの様なものでかき上げた少年だった。


 あ、なんかカワイイ。


 反対側からの石柱からは頭にバンダナをまいて顔に黒いドーランを塗ったオジサンが出てくる。


 な、なんか凄い沢山いるんだな…。


「もう挨拶は結構」


 薄暗い奥からはまだ何人かの気配を感じたが、クリシダが軽く手を上げて止める。


「オレは武人が苦手なんだ」


 するとアキレアに背負われたノグルスも「ふぅん」と唸る。


「そうですね。これ以上はいいです。余計な知識で私の記憶野を無駄にしたくないので」


 ディルクは頭を下げると手で下がる様に合図した。それに呼応するかのように赤い口紅の人、黒いドーランの人が薄暗がりに下がって行く。でも赤毛のデカイ女の人は何故か下がろうとしない。何故下がらないのかわからないままに私達は進むと彼女の横を通り過ぎる時に嫌な視線を感じた。その視線を横目で盗み見ると赤毛の女戦士は私達をジロジロと舐る様に見つめていた。


 う、うわあ…。ヤバイ人だ…。


 自分の唇を舌でうるおした赤毛の女性は「ヒュウッ」と口笛を吹いた。それに驚いたフランは赤毛の女性の方を向く。するとニコリと笑った赤毛の女性は軽く手を振った。それを見たフランはよくわからないまま手を振り返す。それを見た赤毛の女性は狂暴に歯をむき出しにして笑いながらかみ砕くかのように声を絞り出して言った。


「あぁ…可愛いねぇ。たまらないねぇ…!」


 その嗜虐心しぎゃくしんを丸出しにした様子に私はカチンと来てフランを身をていして隠した。すると今度は私の身体をジロジロと見ながら裏返った声で「あー仲が良いんだねぇ。二人並べるのも悪くないねぇ」と身をもだえさえた。


「あーちょっとやめてもらえますか? 僕たちの団の品位を一人でおとしめるの」


 そう遠巻きに声をかけたのは先ほどの銀髪少年だった。


「そうやって相手のことを考えずにじろじろ見るからモテないんですよー? サヴァさん」


「はあ? 別にモテなくても構いやしないが? その為の力さ。これさえあればおこぼれを預かろうって向こうの方から寄って来るんだからね」


「ああ、それ貴方のことが好きじゃなくて、貴方の力が好きなだけの人ですよ」


 それを聞いたサヴァという女性が掴んでいた石柱がミシリという音をたてて亀裂が走る。


しつけてやろうか?」


「貴方に教わることなんて何もありませんねぇ…」


「可愛くない奴だ」


「男を捕まえて可愛いとか言う女性はどうかと思うなぁ」


 緊張する教会の中、私は内心で銀髪の子が口にした「男を可愛いとか言う女性はどうかと思う」という言葉が刺さった。


 え…? 私この赤毛の人と一緒ってこと? マジか…。


「およしなさいよ、およしなさいって」


 いつの間にか石柱の陰から赤い紅を塗った人が顔だけ出して言う。


「サヴァさんに言ったって無駄。だってあの人は帝国の業を受け継ぐ方だ。血がそうさせるんだよぉ。強い者、美しい者。見境なく獲物にするんだから」


 それを聞いたサヴァという女性は胸を逸らして鼻息を荒くする。


「まあ、でも団長にボコられて相手にされない程度の雑魚キャラでしかないんですがぁ」


「あ?」


 またもや教会の中がピリ付いた空気に包まれる。


「口だけ野郎が…」


 そう言うとサヴァという女性は片手で背後の巨大な斧を引き寄せる。


「その口で案件取ってきてるの僕なんですけど知ってます?」


「雑魚の仕事だろうが」


「力仕事なんてシュラや馬にでもやらせておけばいい」


 そう言うと、赤い口紅の人は脊柱の天井のヘリに飛び上がる。


「ちょっとー賓客ひんきゃくの前なんですけどー?」


 一緒触発という空気に包まれた中で前にいたクリシダがフードをゆっくりと取ると振り返って言った。


「黙れ」


 それを見た赤毛のサヴァが目をむいて言う。


「おお! なんて美しい黒髪だ! つやつやと輝いてまるで黒曜石の様じゃないか! その髪をとかしたい!」


 それを言うが早いか、クリシダが赤毛のサヴァを指さす。するとその指示に従うかのように空飛ぶ何かがモスキート音をさせてサヴァの方へと飛んで行った。すると次の瞬間、サヴァは「ハァグッ!」と声を上げて地面に膝間づいた。


「アァ…! 口に虫が…!」


 サヴァという女子絵はその場にへたり込んで必口の中の虫の異物感を取り除こうと大口を開けて苦しんでいた。。クリシダはその指を今度は口紅男に向けようとすると、男は「ご無体! ご無体! 失礼いたしましたぁ!」とまさかの土下座しながら落下した。それを見ていた銀髪の子も「ごめんなさい…」と言って地べたに正座する。


 よくわからないけどクリシダが一番怖いということになったらしい。


 しかしよく見てみると赤毛のサヴァは苦しんで屈みこみながらもニヤニヤと笑いながらクリシダをねめつけている。見えないところでは団の者達のささやく声が聞こえる。


「虫使いですか?」


「エルフ殿は狼どころか虫も使役するのかな?」


「武人が嫌いというのは本当らしい」


「良い威力偵察だな。参考になった」


 それを聞いて私は思い出す。この人たちが帝国の真の前線を戦った兵士なのだと。するとディルクが私達の間に割って入ると頭を下げる。


「部下たちが失礼をしました」


 頭を下げたディルクの元へエマさんが近づくと言う。


「ええ、本当に怖かったわ。でもだからこそなのよね?」


 だからこそとはなんなのだろう、私も含めて場の皆は顔を見合わせて深意をはかりかねているようだ。


「だってそうでしょ? 貴方が此処に私達を呼んだのは恐るべき皆さんが守る此処こそが最も安全だからなのでしょう?」


「それはそうですよ。だってマーガレットは本当に弱かったんですから。もし、シハナカが襲ってきたら美しい皆さんを守れなかったと思いますよ」


 銀バツの少年は正座の体制がきつくなったのか女の子座りの体勢になって言う。


「そう、まさにそうなのよ。だからね、守ってくれる方が必要なの」


 すると座っていた銀髪の少年は胸を叩いて言った。


「勿論。僕は守るよ。だって、皆さんは僕達のことを評価してくれるんでしょう? 味方になってくれるかもしれない人を敵に回すなんて愚か者のすることだよ。それに…女の人は守れって教えられたしね…特に美人なら尚更っていうか…」


 そう言うと銀髪の子は照れくさそうにもじもじする。するとエマさんは少年の側に下肢かしづいて言った。


「そうね、でも真の愚か者は貴方よ」


 その言葉に場が一瞬で静まる。


「だってそうでしょ? 貴方みたいな子供が戦いの場に出るなんておかしなことだもの。無茶はしちゃダメ」


 それを聞いた銀髪の少年は立ち上がって言った。


「何を言ってるんですか? 僕はへっちゃらですよ! 見くびらないでください! 命だって失うのは怖くない! 勝利の為なら! 美しい者の為なら! 僕は戦士です!」


「私は命を大事にしない人は嫌い」


 それを聞いた少年は「ウッ」と声をあげる。


「絶対死んじゃダメ。わかった?」


「…わかりました」


 そう言うと立ち上がって少年の頭をいい子いい子して撫でる。そしてエマはディルクの方に顔を向けると言った。その立ち上がったエマさんの姿を教会の窓の光が照らしだす。その光景はまるで美しい絵画の一ページの様だ。


「おお…」


 この光景を見ていたであろう他の傭兵たちも息を飲む。その瞬間、エマさんがこの空間の中心になったかのように感じた。


「では、私達を此処に呼んだ理由をお話しなさい?」


「しょ、承知しました」


 ディルクは低頭しながらエマに要件を話し始める。その間に口紅の男がエマの為に椅子を持って来る。エマさんはそれにさも当然の様に優雅に座る。


 あー…始まったなぁ…エマさんの劇場が…。


 エマさんはクリシダのような不思議な力もノグルスの様な頭の良さも、ズバイダの様な戦略眼もない。その代わりと言ってはなんだが、男の扱いが兎に角上手い。


 女の私からすると何で? って感じだけど…兎に角エマさんの手にかかると男が周りに寄って来てあれもこれもってやってしまう…。それがエマさんの強みなんだろうなぁ…。


 いつの間にかエマの側には両目を黒い帯で隠した青年が立って今後の予定を打合せしていた。


「ええ…つきましてはマーガレットの声明文についてですが、ズバイダ様の代理人からマーガレットのご家族、関係者の出席をさせるべきとの指示がありました。それに対してカラリリ様の文官、書記官の立ち合いをすることを条件に許可するとの仰せです」


「許可?」


 エマさんが冷たい声を出すと、眼帯の子は居住まいを正して訂正する。


「も、申し訳ありません。エマ様の許可さえいただければ声明文を作成次第両陣営の会合を行いたいと存じます。よろしいでしょうか?」


「それじゃダメ」そう言うとエマはノグルスを振り返る。


 いつの間にかエマさんの両脇には男たちが花を添えたり、果物が置かれたり、飲み物が注がれたり、香を焚かれている。


 なんかもうこれプチ南国リゾートじゃん…。


 私の呆れの感情を他所にエマさんは無言で微笑む。その微笑みの意図を伝えるかのように背後からノグルスが周囲の者達に語りかける。


「今回の会合では、中立。つまり教会の方の列席を命じます」


「教会の方というと具体的には…?」


「もう目星はついてます。巡礼者エルゼワード。あの人を探し出して来てください」


「探し出す…私達が…?」


 ディルクさんが困惑するようにエマさんを見ると、彼女は薄く微笑んだまま微動だにしなかった。それを見たディルクは意図を察したのか振り返って口紅の男に言った。


「おい、行ってこい」


 それを言われた彼は動揺して言った。


「探すって…どこを?」


「どこでもだ! 地の果てでもいいから行ってこい!」


「しょ、承知しました」


 口紅の男が団の者たちと人探しの相談をしている中で、突然エマさんは「寒い、狭い」と呟いた。するとノグルスが手を上げて言った。


「我が君が寒いと仰っておる。急いで我が君に相応しい城を建てよ!」


「建てるって資材もないのどうやって…」


 またもやエマさんの無言の微笑みが傭兵達に向けられる。


「と、とにかく基礎だけでも作れ! 足りない資材は建物バラしてでも作れ!」


「バラすですか? 教会を?」


「エマさんがいるなら教会なんてなくてもいいだろう!?」


 いや、そんなわけあるかーい。ていうかこの滅茶苦茶をエマさんは何の指示もしないでやってるんだよなぁ…。多分男たちのせいにして自分は何の責任もとらないんだろうなぁ…。やっぱ怖いわこの人。


 エマさんの後ろで私が呆れかえっていると、ノグルスが側に来て耳元でささやく。


「ここは私達がなんとかします。ルリコさんは自分の役目を全うしてください」


 それを言われて私は思い出す。


 そう言えば私は紙作りに来たんだった…。


「わかった。じゃあ、後は任せたよ」


「わかりました。一応駐留先が決まったら報告しに来てください。後…そこのへそを曲げた人を連れて行ってください。邪魔なんで」


 ノグルスの視線の先には苦虫を嚙みつぶしたようなクリシダの姿があった。


「わかったよ」


 そう言って教会から出る時には、赤毛の女戦士サヴァの姿は廊下から消えていた。


「人間は礼儀がなってない」


 教会から出て来たクリシダは口角を尖らせながらぶつぶつと不平を漏らす。


「だから来るのは嫌だったんだ…森の方が良い。人間の場では呪いが曲芸に貶められてしまう…。情緒じょうちょの無い奴らだ。戦うって食って寝るしか頭にないんだ。教養がたりてないんだ」


「実害があるわけじゃあるまいし、別に放っておけばよかっただろう」


 バツの悪いクリシダにアキンボはシレッっとそう言う。


「オレは友人が侮辱されるのが嫌だっただけだ」


「それで手の内さらしちゃ意味ないだろうが」


「わかってるって…。オレはダメだな。人間の世界だとどうにも気持ちがかき乱される」


「まあ、クリシダはインドア陰キャだからね」


「ぴえん」


 そう言うとクリシダは開拓地の門の方へと歩いて行く。


「え、ちょっとどこ行くの?」


 トボトボと歩くクリシダの背中に私は声をかける。


「ちょっと…吸って気持ちを落ち着けてくる…すぐ戻る」


「え…吸うって…何を?」


 クリシダは振り返ると言った。


「狼」


 いや、そんなタバコ吸うみたいなノリで狼吸いに行くなよ…。狼吸うってなんだ? 猫吸いみたいなものか?


「もういい。奴は放っておこう。どうせ人間にどうこうできるタマじゃない」


 アキンボはそう言うと、背中のバナナの茎を背負い直して言った。


「それでこれはどうするんだ?」


 私は唇の下に指をあてて「うーん」とうなる。


「まあ、教会が傭兵に占拠されてるなら…宿屋に行ってみようか? もしかしたら誰かいるかもしれないし」


「そうね、ここで突っ立ってても恰好がつかないし。早くいきましょう」


 そう言うと私達は開拓地の宿屋に向かうことにした。道中、フランが私達に話しかけてくる。


「しかしクリシダがテンパるなんて…。そんなに傭兵の人達が怖かったのかな?」


「まあ、クリシダが武人が嫌いって言うのは本当だ」


 フランの疑問にアキンボは淡々と答える。


「そもそも何でクリシダは武人が苦手なの?」


「昔、師匠にボコられたからだ」


「師匠ってヒゲの方? 何で?」


「昔クリシダは今より乱暴者だったらしい。そのノリで師匠にちょっかい出してボコられたんだと」


「ふーん。でもそんなことしたらクリシダの一族に呪われちゃうんじゃない?」


「できるかもしれないが、それをしたら師匠は呪霊の一族を皆殺しにしてただろうからな。ヤバい奴が相手だとヤバい奴でもどうしようもないってことなんだろう」


 師匠とクリシダの逸話は私も聞いたことがある。でも多分クリシダが師匠を苦手なのは師匠に親友だった狼を殺されてしまったからだと思う。


 クリシダにとって一番悔しいことは…使役する者のせいで使役されたモノが無惨に命を散らしてしまったことだ。もし狼を使って師匠と相打ちになればクリシダは満足したかもしれない。でもクリシダのせいで狼が無駄死にしたのは耐えられなかったのだろう。それは使役されたモノではなく、使役した術師が無能だったから…と考えたに違いない。それをずっと悔やんで苦しんでいるんだろう。


 不意に私の顔がほころぶ。


 それぐらいクリシダは優しい。そんなクリシダが私は好きだ。


 そう思っていると、私の中にクリシダの家族の声が響く。


 ――わの孫は使えぬ、優しすぎる…。虫も殺せぬ。ルリコ…おめ、世界が憎くないのかえ?


 私の中でしわがれたクリシダの祖母の声が聞こえる。


 ――ルリコさん、貴方は…貴方自身が世界から呪われているとでも仰るのでしょうか?


 私の中でクリシダの母の声が聞こえる。


 そんなことはない。大丈夫だ私は。


「宿屋ってあれのことかな?」


 フランの声で没頭してた私は我に返る。見ると目の前には木と石でできた建物があった。


「それでさぁルリコ。本当にやるの?」


「そりゃあやるよ。その為に来たんだもん。グズグズしているとこの茎ダメになっちゃいそうだし」


「まあ、確かにこのバナナの茎…ちょっとヌメヌメしてきてる気がするし…」


 そう、向いたバナナ茎は殆どが水分…だから放っておくと多分腐るかカビると思う。そうなったらまた素材を森に取りにいかないといけなくなる。


「バナナの茎がダメになる前になんとかして紙作りを形にしよう。ダメもとでやってダメだったら…また森に戻って採取すればいいんだし」


 正直もうこれしかない。ダメならダメってわかるから他の方法も検討できるし…。


「ま、まあ何事も礼節を尽くして懇切丁寧にお願いすれば人間は答えてくれるもんだよ。…多分」


 私の言葉に二人は顔を見合わせて肩をすくめる。


「とりあえず一旦行ってみよう? それでだめだったらまた考えよう?」


 二人を言いくるめた後、私は宿屋の扉の前に立つとドアの端の金属のついた取っ手を握って押してみた。

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