興国(こうこく)のネズミと画廊の観覧人
次回は11/16です。
仕事に慣れて想像力のリソースが戻ってきました。
『御歓談中、すみません』
アキレアの声に皆が顔を向けるとそこには外皮がむかれたサトウキビの様な白色の繊維質の幹が地面に転がっていた。その幹の太さは腕の太ももの太さぐらいで長さはモップの柄程だった。近付いて見ると幹は繊維質の塊でその間に水分を含んでいて地面のゴミが付くほどに汁気がたっぷりという感じだった。
「私が運びましょう」
アキレアはそのむいたバナナの幹を軽々と腕に抱えて立ち上がった。そのアキレアの淡々(たんたん)とした姿に私達はお互いを顔を見合わせると肩をすくめた。
私達は採取したバナナの幹を広場に持ち帰ると、そこにタブラ爺とスカイが待ち構えていた。
「タブラ爺! 戻ってたの?」
嬉しそうなフランの声にタブラも好々爺のように表情を崩す。
「先日な。作業中スマンな。引き続き頑張ってくれ」
その隣のスカイも私ににこやかに片手を上げるが、その顔にニコラスの顔がチラついてつい目線を外してしまった。するとそれを見たスカイは首を傾げてニヤリと笑った。
「おい、どうした? どうした? おい、ルリコどうかしたのか? したんだな?」
「いや…別に…」
私はスカイさんの追及に動揺しないように無表情に徹した。
「キスしたんだって」
何故かスカイの言葉にフランが答える。
え…あれ…? 私フランにその話したっけ…?
フランは私が言わんとしていることがわかったのか「酔ってるときに言ってたよ」とシレっと答えた。その横ではアキンボが舌を出してオエッとした表情を作っていた。
「なんだキスか…私はてっきり…」
そこまで言ってスカイさんは自分の口を手で覆う。
「ま、まあ…引き続き息子をよろしく頼む…頼んでいいんだよな?」
「えっと多分…はい」
いや、前世で実家の義両親に挨拶に行ったことあるけど…。スカイさんは若干友達みたいな感じになってるから…逆に気まずいなこれ…。
私とスカイさんが微妙な空気になっている間にタブラ爺が割って入ると言った。
「ホレ、スカイ。ルリコとニコラスはお前と違って真面目なんだからこれぐらいが丁度いいんじゃ。それよりもルリコ。ズバイダから伝言じゃ。『マーガレットに手紙を書かせるには用紙の手配を含めて最低は一週間はかかる』だそうじゃ」
そんなに…? ってまあ…よくよく考えたら羊皮紙って結構貴重らしいから仕方ないか…。むしろ紙作りの期間が伸びてくれたと考えようか…。
「最低はってことは最短だと早い場合もあるんじゃない?」
フランに言われても私もハッとなる。
あ、そうか…。
「つーかそもそもそのバナナの幹はこっからどう加工するんだ?」
うーん…バナナの幹に繊維質の材料があるって聞かされてたからむいただけで…こっからどうするか解らないんだよなぁ…。
「多分…こっから繊維質を解きほぐして…煮る…だった気がする」
「気がするって…。そう言えば確か俺達の麻を人間の教会人が買い付けに来たことがあって…そいつが雑紙にするって言ってたぞ。そいつらに聞いてみればいいんじゃないか?」
ああ…そういえば書き物系は修道者のメインの職業だっけ…そうなると…。
「だったらもう下準備だけしたら明日は向こうで作業した方が良いかも。残してきたヘルミも気になるし…」
「あ、じゃあ私お母様に許可貰ってくるね」
そう言うと、フランは一足飛びのような足さばきで家へと走っていく。それを横目にアキンボは私に近づくと言った。
「俺もついて行くぞ」
「いやまぁ…それはいいんだけど…。それよりこれ切り分けてくれない?」
そう言うと私は足元のバナナの幹を指さす。それを見たアキンボはクソデカため息をついて幹にかしずいて鉄剣を振り下ろし続けた。私はその横で切り分けられたバナナの幹を背負子のカゴに放り込んでいく。
「それ大変そうだな? 追加が必要ならウチの衆にやらせようか?」
それを聞いた私はスカイを見上げて大きくうなずいて言った。
「是非お願いします」
「わかった。まあ、この程度の加工なら大した手間じゃないから追加の素材は任せろ」
流石スカイさん…頼りになるな…。
バナナの幹で山盛りになった背負子をアキレアが背負い上げる。すると広場の向こうからフランがフラフラと歩いて来る。
「お待たせ…」
意気消沈したフランの背後には満面の笑みのエマの後ろに目深にフードを目深に被ったクリシダ。そしてブカブカの法衣と分厚い本を片手に持ったノグルスがついて来ていた。
「うわぁ…なんか厄介そうな人選…」
「エマの後ろのちっこいのはズバイダの娘の一人のノグルスだっけか? なにしに来たんだ?」
そう言うが早いか、私達を認めたノグルスはヨタヨタと近づいて来ると、側でへたり込むと息を荒げながら頭を上下に振って言った。
「ゼェハァ…る、ルリコさん…お久しぶりです…オェ…」
「オイオイ…コイツ…大丈夫か?」
大丈夫じゃない。ノグルスはズバイダの箱入り娘で多分、箸より重い物を持ったことがない。そんな生活を幼少から続けて来た彼女は一人では生活もできない虚弱体質になってしまったのだ。私はノグルスに近づいて言う。
「だ、大丈夫? ノグルス?」
「だ、大丈夫じゃないんです…。でもクリシダがたまには歩けって…ひ、酷いんですよあの人は。本当に…」
「そ、そうかな…? で、今日はどうしたの? もしかして私に会いに来てくれたの?」
私が幼子をあやすような口調で問うとノグルスは身体を傾げて言う。
「ええ…? この面子を見ればルリコさんなら推定できますよね? 私が来たんですよ? 決まってるじゃないですか」
「決まってるって…何が?」
「始めるんですよ、エルフの国造り」
「く、国!?」
「はい、手始めに二週間後、領土一斉エルフ検定を開催します」
な、なんですかその全国一斉学力テストみたいな…。
「まあ、手始めにエルフの歴史、言語、法律。人間の文法、修辞、弁証法、算術、音楽、幾何学、天文学。全科目平均九十五点以上必須で」
「いや、そんなことできるわけ…」
「え? できないんですか? 私は出来ますけど?」
ノグルスはもう頭を上げるのも億劫なのか地べたに寝転がりながらさも当然かのように眼を大きく見開く。
「いやまあ、それはそうだけど…そんなノグルスみたいな天才が簡単に居るわけがないよ」
「勿論です。だからこれは意地悪問題なのです」
ノグルスは自ら四つん這いになったアキレアに乗せられながら答える。
「どういうこと?」
「私達エルフは人材不足です。だから人間の国から優秀な人材を募集します。普通だったらこんな辺鄙なところにわざわざ来る人はそうは居ないですが今の状況は違います。何故だかわかりますか?」
ノグルスは私に幼子に教えるかのように丁寧に問いかける。
「えーと…。えー…」
「オレたちの国に所属したら得する人間がいるからだろ」
私が考えている間にクリシダが代わりに答える。
「正解です。王はエマさん、宰相は私。残りの書記官、徴税官、騎士、司祭、監督官のポストをカラリリとマーガレットが争うというわけです。言ってみればこれは学力を使った勢力争いなんですよ。これだったら血が流れないで雌雄を決せれる。そして来期から登用を狙って文官たちが私達の知識を学ぶ。そうやって民を教育していくわけです。良い考えだと思いませんか?」
「うわぁ…マジか。確かにアリかも」
戦って勝敗を決めるより、エルフのポストを学力で競わせる…。しかもカラリリとマーガレットの陣営からは有能な人材を引き抜けて弱体化できる…。わーやっぱ頭良いんだこの子。
ノグルスの後ろからエマさんがしゃなりと前に出ると優美に片手を上げる。
「人材だけじゃなくて投資もしてもらうつもり。今からエルフの国を建てますって言ったら気に入られるために皆が沢山お金を出してくれるでしょう? 私達はそれをより有利な条件を提示してくれる方を贔屓にするって感じで人もお金を集中させて一気にやっちゃった方良いかなって」
いや、そんな「良いかな」みたいなノリで国造らんでくださいよ…。
「うーん…じゃあ国造りはノグルスとエマさんに任せる感じで良いかな?」
私がそう呟くとノグルスは「え!?」と声を上げると信じられないとでもいう様に眼を大きく開いてみて来た。
「え…だって私、頭良くないし…別に要らなくない?」
「ルリコさんは何を言ってるんですか?」
困惑してノグルスがクリシダを振り返ると彼女は肩をすくめて言った。
「ルリコは頭の良い奴以外は国に要らないって言葉を素直に受け取ったのさ」
ノグルスはクリシダの言葉に合点がいったという様に向き直ると言った。
「そんなことはないのです。いいですかルリコさん。ありえないことですが私のような天才が百人集まった国があったとしましょう。その国はどうなると思いますか?」
「えーと…」
「滅びます」
…いや、質問したならちょっとは考えさせてよ…。
「それは何故?」
「それは私のような天才はコレだからです」
そう言うとノグルスは分厚い本を両手で私の前に差し出す。
「私達はこういった本や知識を暗記するのが得意です。ですがそれ故にそれ以外の答えを持たないのです。私達の答えは”ここ”にあるからです。でもルリコさんは違います。例えばルリコさんは虫を揚げた料理を作りましたよね? それは私にはできないことです。仮に私が虫料理を作ったらレシピ通りに作ります。それはレシピ通りに作ることが答えだと思っているからです。レシピにないものを作る。そんなことができるのはルリコさんのようなバ…」
「バ?」
「…ユニークな考えを駆使できる人間だからなのです。想像力の産物だからなのです」
いや、今絶対バカって言おうとしたよね…。
「でも九科の科目に音楽ってあったよね? 音楽って想像力の産物だから必ずしもマニュアル人間みたいにならないんじゃない?」
「確かにその通りです。でも仮に私が百人いる国で虫の揚げ料理を作るなんて言ったら反対されます。だってそれは…間違っているからです。問題文の回答として回答欄に書くべき正しい答えじゃないからです。百人の天才はそれがわかっているから虫の揚げ料理を思いついても書くべきじゃないと判断してしまうのです。こうしてどんどん国は革新を欠いて衰退し、いずれは滅びるのです」
成程…言われてみるとそんな気がしてくる。やっぱりこの娘頭良いんだな…。
「しかしだとしたら天才を集めるような試験内容はダメなんじゃないのか? だって、お前みたいな頭でっかちばかりが集まるんだろう?」
そう言うとクリシダはノグルスの頭をグリグリと撫でる。その手をノグルスは鬱陶しそうに払いのけて言う。
「第一目標は人間の勢力を削ることですが…。彼らには言われたことを言われたままにする雑用として働いてもらうのです。そうしている間に私達エルフは創り出します、秩序を制度を法を。世界を創造する賽は私達が握って振り続けるのです。思うままに腕を振るって世界を創り続け形にする。それこそが…」
――オウムアレア様に御照覧いただく我々の幸福の国の在り様なのです。
そう言うとノグルスはアキレアの背中で立ち上がって両手を天に掲げ微笑みながら舞の様にくるりとターンを決めた。そのあどけない美少女の中にうかぶ恍惚とした笑顔に他のエルフも「ほう…」と唸るかのように見惚れた。一転したノグルスは気恥しいのか法衣の様な袖をパタパタと震わせて言った。
「わかりましたか? わかったら行きましょう。ああ、私のことは負ぶってくださいね。疲れちゃうので」
ノグルスが森の向こうに手を振って促すと、その間にフランが割って入った。
「あ、その前にルリコにココロの顔を見てから行きたいから、ちょっと待ってもらっていい?」
それを聞いたノグルスが手をだらりと下げて「…一目だけですよぉ…?」とうなだれた。
急いで私とフランは広場を抜けて、子供たちがいる長屋へと向かった。長屋に近づくと、どこからか綺麗な歌声が響いて来た。
「この声… ミレイかぁ…」
歌声を聞いたフランがあからさまに疎ましそうな顔をする。長屋の屋根が見えてきた。その長屋の階段に大樹の家政のミレイが座って歌声を足元の子供たちに披露していた。木漏れ日の中、子供たちに囲まれながら歌声を披露するミレイの金髪は光に溶け込み、仰いで歌い上げるその顔は吸い込んだ光で輝いた。
「うわぁ…」「お姉ちゃんキレイ…!」
それを見て、興奮した子供たちはミレイの周りを飛び回ると、ミレイもそれに合わせて階段を駆け下りて子供たちと共に広場を走り回った。
スゲー、まるでディズニーみたい。
私の見るミレイと子供たちは本当にディズニーの映画を切り取ったかのように美しく躍動していた。でもその美しさがあまりに眩しすぎてかえって嘘臭さの様なものを感じてしまう。
「悪い人じゃないんだけどね…」
私たちははしゃぎまわるミレイを横目に長屋の階段をに近づく。すると子供たちとはしゃぎまわるミレイを見ながら楽器を伴奏をしていた金髪長身のエルフが振り返って言う。
「あら、ルリコさん。戻っていたんですね? ミレイ様にご挨拶はしましたか?」
それを聞いたフランが長身のエルフに振り返って言う。
「あら? お歌の邪魔でしょ? それともミレイの歌を邪魔するべきですか? リサンドラ」
フランに言われてリサンドラは「ホホホ」と笑うと言った。
「聞いて行かれればいいじゃないですか。その後でも遅くないでしょう?」
その言葉を聞いたフランがカチンとした様子で振り返って言った。
「私達、急いでますので。日頃、歌と星見に明け暮れてるような暇人とは違って忙しいんです」
「何故そんな不明なことを言うのよ? ミレイ様だって内心穏やかではないのは知っているでししょう?」
リサンドラはそう言うと「ね?」という様に小首をかしげる。それを見てフランは眉を吊り上げて言う。
「そうでしょうか? とてもそうは見えません。子供と踊る無邪気なエルフが見えるだけです」
フランの目線の先には子供と歌いながら踊るミレイの姿がある。
「あれでも家政としての役割を全うしているのです。そこに敬意を払うべきです」
シレっと答えるリサンドラにフランは階段を一気に下りると彼女の側に立って言った。
「私達は大いなる母を崇めていて、オウムアレアは宙から飛来した生命体にすぎないという説を支持しています。だからオウムアレアが名付けた九英雄とその末裔を貴きとする考えには疑問を持っているんです」
リサンドラはフランに詰め寄られても一切動じずに答えた。
「でも、そういうことにしなければ丸く治まらないということもあるじゃない。イザコザはゴメンでしょ?」
そう言うとリサンドラは小首をかしげた。上半身を上げてそれを見下ろすフラン。二人の間で永遠とも思える沈黙が流れる。すると、長屋の部屋の中から黒髪の女エルフが四つん這いで出て来て小声で言った。
「アンタ達…赤ちゃんが起きるでしょ! もっと静かにしてよ!」
そのエルフはノワールで、私達をしかめっ面で見回す。それを聞いたリサンドラは楽器を持って立ち上がると頭を下げた。
「申し訳ありません」
そう言ってから、ノワールは私と目を合わせると「おかえりなさい、ルリコ」と言うと顔をほころばせた。
「アナタの子供、とっても元気なの。本当にやんちゃね」
私はココロを自分の子供と言われてモヤッとした気持ちになるが、即座に「うん」と言って笑った。
「ココロって言うんだよ、ノワ。ルリコがつけてくれた」
フランはノワールを振り返ると笑顔で言う。それを聞いたノワールは髪をかき上げながら言う。
「そう、なんかコロコロしてそうで可愛い名前ね。今からそう呼ぶ。名前を覚えさせないとね。ねえ、話が終わったら顔を見てあげなさいよ。待っててあげるから。いいわね?」
そう言うと、ノワールはウィンクをして部屋の中に這って戻って行った。私がノワールに手を振って見送っていると、背後から火が付いたように大きな泣き声が森に響き渡った。
「抱っこー!」
振り返るとエルフの少女がそう泣きながらミレイに縋りついていた。ミレイはそれを困った顔で見下ろしながらその場に固まっている。それを見たフランが少女に近づくと抱き上げてミレイを睨んで小声で言った。
「何やってるんですか…! 赤ちゃんが起きちゃうでしょう…!」
フランの剣幕にミレイ様は頬に手を当てて眉尻を下げて言った。
「ごめんなさい…。あの、わたくし…箸より重い物を持ったことがなくて…」
「でも、こんなに泣いて…。酷くないですか…?」
フランは抱いている少女に視線を配りながら言う。ミレイは困り顔に手を当てたまま首を傾る。それを見てイラッとしたのかフランがミレイに硬い声を投げかける。
「何しに来たんですか?」
そう聞かれたミレイ様はフランを見てフワリと笑って言った。
「良かったわね?」
「は? …何がですか?」
「ルリコさんに会えたじゃない。前はあんなにしょげちゃって…」
「は? 今そんな話してないでしょう?」
「でも貴方が元気になってよかったわ」
「お話にならない…もういいです」
そう言うと、フランはそっぽを向いてしまった。代わりにミレイ様が私の方に顔を向けると微笑んで言った。
「ルリコさん。ありがとう」
え? 何が?
「わたくし、こんなに沢山の子供たちの世話なんてしたことなかったから…。こんな経験をさせてくれた貴方には感謝しているの」
「あ、いえ。どういたしまして」
「それで…大丈夫だった?」
え、何が?
またミレイ様は頬を撫でるようにすると言った。
「外の世界って何もなかったでしょう…? 貴方、外の世界に夢見てたから…失望しているんじゃないかって…」
それを言われた瞬間、私はハッとした。ミレイ様の顔を見ると心配そうな杞憂の表情が浮かんでいる。
まあ、確かにミレイ様の言う通り、外の世界には魔法の力とか不思議な法則もなかった。でも何となく外の世界ってそうなんじゃないかと思ってたんだよね。でもそれって私は師匠の話や本で学んだことなのに…。やっぱりミレイ様もズバイダから外の世界の話を聞いているからそれが分かったのかな?
私がミレイさんの眼を見ていると、彼女はフ私にッと笑って小声で耳打ちした。
「あのね。わたくし、子供が苦手で…。だって子供って…抱きしめたら壊れちゃいそうでしょ?」
ミレイさんの言葉に私は目を見開いて頷く。
「あ…それ…わかります」
そうだよね子供って本当に…。
「どうしていいかわからなくなりますよね」
「やっぱり同じね」
「そうですね」
耳元から顔を放したミレイは少し悲しそうな顔で私を見ていた。
「そんなに仲良しならなんで何で二人は友達にならないの?」
フランは皮肉のつもりでそう言ったのかもしれない。だけどミレイ様はフランに眉尻を下げながら答える。
「本当に美しいモノは、離れた距離から見るべきだからです」
そう言うと、ミレイ様は後ろ手に両手を握ると私を見ながら離れて行った。フランは鼻で笑うと言った。
「それではミレイ様には誰も近づけないじゃないですか」
そう言われたミレイは顔を私達から背けて木の幹を撫でて言った。
「少しでいい。沢山はいらない。疲れてしまうから。一人で良い、沢山の集まると人はいがみ合うから」
それを言った後のミレイの悩まし気なため息が私の心をくすぐる。俯いた髪を撫でる様に木漏れ日が彼女の金毛を透かす。
凄く綺麗だ――。
きっとミレイ様が前世で私みたいなOLだったら…男は放っておかないだろうな。女の私だって声をかけたくなってしまう。
でも私はそうすることができなかった。彼女のその在り様がまるで絵画の一枚の様に美しかったからだ。そこに近づけばそれを壊してしまいそうで。子供たちもそれをわかっているのか、ミレイ様に心配そうに近づく。彼女の足元には子供たちが集まって「どうしたの?」「喧嘩したの?」と声をかけられている。
「なんでもないわ」
ミレイ様はそう答えると、近くの石に腰を下ろす。フランに抱かれていた少女も腕から離れるとミレイ様の下に駆けつける。その光景を見ている私の側にフランが歩いて来ると言った。
「一体何を考えているんだろうね?」
そう言うフランの眼にも心配と困惑の色が浮かんでいた。私はフランの問いに内心で答えた。
ミレイ様を見ると皆助けたくなってしまうからじゃないかな? でも手を差し伸べられても、彼女の立場とプライドがそれを許さないんじゃない。助けてなんて言えないから…。だから独りで居るんだ。私にはそれがわかる。
彼女を慰めようとしたのか、子供たちは花の冠をミレイに作ってあげていた。彼女はそれを手伝うことなく、離れて見ているだけだった。まるで美術館の鑑賞者の様に。
「はぁ…」
私達の後ろでリサンドラが悩まし気な声をあげる。振り返るとリサンドラはミレイの姿を見ながら恍惚の表情を浮かべていた。
「ミレイ様…ああ、なんて儚くも美しい…」
それを見た私達はお互いげんなりとしてため息をつくしかなかった。




