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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
53/65

アキンボの進路

次回の更新は11/9です。


新しい仕事に慣れて来たので調子が戻ってきました。書き溜めはある程度できてますが、投降したものの推敲は難航しています。いずれ修正はしたいと思います。

 私とフランが縁側に座って話し込んでいると、ズバイダが立ち上がって言った。


「妾は先に休ませてもらう。ナウル、後はよろしく頼むぞ」


「しょ、承知しましたズバイダ様」


 ズバイダが奥の座敷に引っ込むと私達もお互いの顔を見合わせる。


「ねえ、縁側も冷えて来たし中で話さない? ていうかその変な服いいかげん脱いだら?」


「…そうしよっか」


 私はブーツを雑に脱ぎ散らかすと、アキレアがそれを拾って丁寧に並べ直して言った。


『ルリコ様。私もお邪魔して良いでしょうか?』


「ダメ、今日は遠慮して」


 フランはアキレアの言葉は理解できてないだろうけど、何を言っているのかは大体察したらしく首を横に振った。


『しかしそれではルリコ様の護衛が…』


 狼狽するアキレアの肩にナウルの手が置かれる。


『まあまあ、お客人。久々の再開で二人にも積もる話はあるだろう。その間に私に稽古でもつけてくれないか?』


「お、ナウルさん私も混ぜてくださいよ」


 アキレアはナウルとエミールの二人に誘われて困惑の表情を私に向ける。


「アキレア、悪いけど少し時間をつぶしててくれる?」


「ルリコ様がそうおっしゃるなら…」


 そう言ってアキレアはナウルさん達に連れて行かれた。庭から離れる際のアキレアは雨に濡れた子犬みたいでなんか申し訳なかったけど、この埋め合わせは旅の間でしようと心に決めて私達は奥の間に引っ込んだ。


 服を脱ぎ散らかした私達はお風呂に入って、人間の生活についてと城でのニコラスとのあれこれを語った。屋敷のお風呂は露天でまんま日本の温泉って感じだったけどこうなってくると私の前に日本の転生者でも居たんじゃないかと思えてくる。


 ハセクラかぁ…聞いたことないけど思いっきり日本名だし…調べた方が良いのかな? でも私って異世界小説で他の転生者とか出るとなんか萎えちゃうタイプなんだよねぇ。え? 主人公が一番じゃないんだ? みたいな…。


 フランはニコラスについて「あんなにノンケだったニコラスがそんなになってるなんて意外。なんかガッつきすぎてて嫌かも」なんて言っていた。


 お風呂から上がると、いつの間にか私達の服が片付けられて、浴衣の様な部屋着が置かれていたのでそれに着替えて部屋に戻ると、お酒を酌み交わしながら飲みながら紙作りについて語った。フランは紙作りにはあまり興味がなかったのか深くは掘り下げてはこなかった。フランが最も興味を示したのが奥方様の小説作りの話だった。


「小説の中で自分に見立てた存在を救うことで満たすって気持ちわかるなぁ。私も頭の中でそういうのよくやるし。やっぱり人ってやることがなさすぎると空想に思いをせるものなのかもね」


 奥方へのフランの感想は私も似たことを思ったので同意しかない。


「むしろさぁ。しもべのリュシュアって娘とは仲良くなれそう。ムカつくやつを空想の中でぶっ飛ばすのよくやったなぁ…」


 そのムカつく奴って一体…とは思ったけど、あまり深堀はしなかった。


 少し酔いが回ってきたあたりでアキレアが戻って来た辺りでもう一度風呂を浴びようという話になったが断られたので戻ってくるまでアキレアの話をしていた。


「あの娘なんか腹立つんだよなぁ…。お高く止まってるっていうかさぁ…」


「真面目ないい娘だよぉ?」


 すっかり私達は酔いが回って呂律が回らないままアキレアの話をしていると、ちょうどよく戻って来たアキレアを捕まえると一緒に飲み始めた。アキレアは嫌とも応とも言わず、ただ器に注がれた酒をじっと見つめていた。


「私が男だったら…。あるいはルリコが男だったら私と結婚できたのにね…」


 酒の回ったフランはポツリとそう呟く。その表情には失恋した乙女の様な悲壮感が漂っていた。


「別に女同士で結婚しても良いと思うけどね」


「嫌よ、そんなの。堕落してる」


 あらぬ方向を見ながらフランは吐き捨てる様に言う。


 こ、怖いよう…フランさん…。


「私もフランと結婚出来たらって思ってたよ。フランは良い子だから」


 そう言って見上げるとフランの頬に一筋の涙がつたうのが見えた。


「私はそんなんじゃない。ずっと…嫌いだったから…。皆、顔を合わせれば誰が綺麗だとか誰が醜いとかそんなことばかりで…」


 すると次の瞬間フランは顔をしかめて言った。


「エルフなんて滅べばいい。こんな醜悪な…」


 そう言うフランの側に私は腰かけると言った。


「じゃあ、一緒に逃げる? もうこんな集落放っておいて」


 若干冗談交じりの言葉にフランはうつむくと悲しく微笑んで言った。


「それはダメ」


 そう言うとフランは私の肩にもたれかかって涙を拭った。


「フランが嫌なことはアタシが変えるから。私だったら一つぐらいは変えられると思う」


 そう思ってフランの顔を見ると、フランは私の肩にもたれかかりながら胸の谷間を見ていた。


「前から思ったけど…どうなってんのこれ」


「さあ?」


 エルフの胸はAかBぐらいが主流だけど私のはDぐらいある。でも何でと聞かれるとわからない。ただ、私の世界だとそんなに珍しくない気がする。


「ちょっと触っても良い?」


 そう言うと、フランは私の胸を指さす。


 まあ、エルフの中じゃこんなにデカイ人って全く居ないから興味はあるんだろうなぁ…。


「…ちょっとだけね」


 そう言うと、彼女の手が私の胸を持ち上げる。同時に奇妙な温かみの様なものが胸に広がって行く感じがする。


「おー」


 暫くフランが私の胸で遊んでいると、ハッとした声が横から聞こえる。音の方を見るとアキレアが私達の方を信じられないものを見る様な感じで眼をむいていた。


「貴方も揉む?」


 フランが私の胸を指して言うと、アキレアは立ち上がって『私は決してそのようなことはしない!』大声で言った。そして急に立ち上がって足がもつれたのか床にへたり込む。


「むっつり騎士が、苦しゅうない、近こうよれ」


 そんなアキレアに私達お酒を飲ませようと追加の酒瓶を空けてから私の記憶は途絶えた。


 目が覚めると私の目の前にはアキレアの横顔があった。見ると私達は気をつけの姿勢をしたままのアキレアを抱き枕の様にして眠っていた。


「え、ちょっとどうしたのアキレア!」


 一緒に目が覚めたフランはアキレアの鼻血をみて心配そうに声をかける。それに対してアキレアは「ご安心を。万事、何もありませんでした…!」とうつろな声を呟くとそのまま気絶した。


「え! 嘘! もう昼過ぎなんだけど! なんで起こさなかったのよ!」


 フランに言われて外を見ると確かに陽は真上から傾いていた。


 ああ…もう今日はバナナ採取できない…。貴重な一日を無駄にした…。


 その絶望に頭を抱えた私達は急いでエルフの巻きつけ方の白い服に着替えて挨拶もそこそこにズバイダの屋敷を後にしたのだった。


 ズバイダの屋敷から出た私達はフランの家に泊めてもらい夜を明かすことになった。


「ほーん。アタシが開拓地の領主ねぇ」


 エマさんはエルフが貴族になった顛末てんまつを寝っ転がった姿勢のままそう言う。その寝転がっただらしない姿勢はとても領主の威厳いげんはない。


「まあ、長老たちに頼まれればやるしかないんだろうけど…」


 そう言うエマさんの様子は嫌がってるでもなく困惑してるでもなく、ただただ「そうなんだ」といった感じだった。


「大丈夫なの母さん? 本当に」


 フランは母のその態度に非難がましく言う。


「さあ…? やったことないから…」


 エマさんはフランの言葉にも答えながら眠そうに目をトロンとさせている。その母の様子にフランは「母さん…!」と静かに声を荒げると途端に頭を抱える。昨日からの飲みのせいで私達は二日酔いの頭痛に悩まされているのだ。


「ハハハ。どうしたんだろうねこの娘は。遅めの反抗期ってやつなのかな?」


 そう言うとエマさんは大あくびをしながら言う。


「まあ…今日は遅いし、休んで明日に備えたら? 私も眠くてしょうがない…」


 そう言うとエマさんはひいた獣の皮に寝転がると同じく獣の皮の掛け布団らしきものを被せて寝に入った。しょうがないので私は毛皮の布団で寝る前に外のアキレアに声をかける。


「ねえ、アキレア。本当に寝ないの?」


 それを聞いたアキレアは振り返って頭を下げると言った。


「私は外で見張りをしています。どうかお構いなく!」


 とって帰した私はアキレアの背を見ながら呟いた。


「…もしかして昨日のお酒の席で嫌われるようなことしたかな?」


 思いだそうにも、あの夜何があったか思い出そうとしても思い出せない。


 まあ、身体を検めた感じだと何もなかったようだけど…。意識を無くすほどお酒を飲むのは初めてだからちょっと怖いな…。


 そんなことを考えながら私はフランと一緒の寝床に入ると彼女は笑って言った。


「別に放っておきなよ、きっと照れてるんだよあの娘」


 そう言うとフランの目をつむった。私も家の天井を見ながら目をつむるといつの間にか眠りに落ちた。


 朝になって目が覚めると、同じ部屋で寝ていたハズのエマさんとフランの姿は寝床から消えていた。麻のすだれの向こうから足音が聞こえたかと思うと、フランが顔を覗かせる。


「ルリコってば早く起きなよ。また一日を無駄にするよ? 今の季節は夜が早いんだからさ」


 その言葉を聞いた私は半身を起こして長屋の廊下で食事をとる。フランの家は広場の長屋の様に長い廊下にそれぞれ部屋が連なっていて部屋ごとに親族が集まって暮らしているという造りだ。私はそこでフランの親族がつついた鍋の残りをおじやにして木のわんに注いで食べた。


「さあ、早くしないと」


 食べている間、フランは私の髪をくしですいて身だしなみを整えてくれる。


「こうしてみると本当に仲の良い姉妹みたい」


 端から見たフランの叔母がにこやかにそう言う。しかしその言葉にフランは何も返さなかった。


 朝食を平らげた私は挨拶もそこそこにフランの家を出た。見送りの家族の中にエマさんの姿は見えなかった。フランの家から離れて森に入ると茂みからクリシダの狼が姿を見せる。


「お、今日も頼むよ」


 私達の言葉クリシダの狼は頷くと、ついてこいとばかりに茂みの中を進んでいく。


「何か本当に言葉がわかってそうだね」


 流石のフランもクリシダの狼の賢さに感心しているようだった。


「それで何故俺がお前らの手伝いをすることになる?」


 そう言いながらアキンボは鉄剣をバナナの幹に振り下ろす。クリシダの狼に案内してもらったのはアキンボのキャンプだった。アキンボは家を持たず簡易的なテントで寝泊まりする生活をしている。


「何故って幼馴染じゃん。それにこんなでっかい木を女の子に切らせる気?」


 アキンボの言葉にフランは「当たり前でしょ」とでも言わんばかりに憮然ぶぜんと答える。


「お前らが俺を訪ねてくるときは大抵厄介ごとだろ」


 アキンボは垂れる汗を腕で拭いながら面倒そうに嘆息たんそくすると野生のバナナの幹に鉄剣を何度も振り下ろす。その顔にはアキレアにつけられた青あざがついている。あの怪我はテントに来て直ぐにアキンボはアキレアに稽古を申し込んで結果だ。


「実はこれ紙作りの原料なんだよね」


 鬱蒼うっそうとした森の中、私達はアキンボがバナナの幹にくの字の切り口を作る様をぼんやりと見つめる。


「それは構わんが、何故そんなことをするんだ?」


「紙作りの為だよ。紙を作って人間にそれを使わせれば私達は紙作りの仕事で儲けられるでしょう?」


 そう言うと私達の間で沈黙が流れる。バナナの幹を削る乾いた音ばかりが森の中に響く。急に私達の会話が途切れたのでアキレアが背を伸ばして私達を振り返る。


 こういう時アキンボは私達の言葉を検討しているだけなので、気にしない。


「だから。何故そんなことをするんだ? お前は自分の夢を叶えたいんじゃないのか? 紙作りがお前の夢なのか?」


 アキンボは再び手で汗をぬぐうと私に問いかける。


「そうじゃないけど…。集落に食い扶持ぶちがないと困るでしょう」


 ため息をついたアキンボは腰の水袋を口に運んで仰いで一気に流し込む。水を飲み干すと彼は口を腕で拭って言う。


「本当にそうなのか? 俺は別に紙も金もなくても困らないが」


「いや、だってこのまま何もしないと…」


「滅ぶにしたってそれは運命じゃないのか? 何故お前が背負う?」


 私はアキンボの言葉に頭が真っ白になった。そう言うとアキンボはバナナの幹を蹴りつけて地面に倒した。彼はひしゃげた幹に屈みこむと繋がった繊維せんいに鉄剣をたたきつける。


「え…いやだって…。アキンボは集落が滅んでも良いって言うの?」


「そうは言ってない。だが俺はお前だけに任せるべきじゃないと思ってる。お前のやり方はエルフの為になるかは疑問だ」


 そう言うと、アキンボは切り分けた幹を地べたに転がすと胡坐をかいて座った。私達は腕を組んで座るアキンボを横目にバナナの幹の外側の皮の様な部分に手をかけて引っぺがしていく。


「権力とか金は俺達にとって必要じゃない気がする。俺達の先祖はそれを捨ててここに来たんだからな。本当に必要なら捨てたりしないハズだ」


「捨てたていうか…捨てさせられたんじゃない? でもまあ…じゃあ、アキンボは何が必要だと思う?」


 私の問いかけにアキンボは立ち上がると疲れて息が上がったままの身体でその場をクマみたいに歩き回りながら言った。


「魂の救済だ」


 その言葉を聞いたフランが溜まらず噴き出す。


「アハハッ! アンタがそんなこと言うなんて…。笑わせないでよ!」


 突然笑ったフランにアキレアは気づかない素振りで話を続ける。私も笑ったフランを無視してアキンボに聞いた。


「魂の救済って…それって具体的にどうするの?」


 それを聞いたアキンボは鼻を鳴らすと言った。


「俺達の先祖は不運と美しさによって故郷を失った。つまりそれじゃ幸せになれなかったんだ。だから…別の何かが必要なんだ。多分それは…九科だと思っている」


 九科というのは過去にオウムアレアによって授けられた九つの科学知識のことだ。アキンボはそれに代わるものを望んでいるらしい。


「何で?」


 私は会話しながらバリバリとバナナの皮を剥がす。その様子を見下ろしながらアキンボは答えた。


「俺達に何が必要かを言う為の方法がそれだからだ。俺達は何々故に何々が大事だと言う為の方法だからだ」


 私はアキンボの予想外の言葉に驚いて頷いた。


「それって凄く重要かも」


 だって、私は私のしたいことはわかるけど…。私はエルフが本当に何をしたいのかがよくわからないからだ。ご先祖様の約束を果たしたい、美しくありたい。それはわかる。でもそれって結局どういうことなのかわからない。今より生活水準を高くするとか出産率を上げるとか、美容品を取り揃えるとかはできるけど…。エルフの最終目的が”それ”じゃないのはわかる。じゃあ”それ”って一体何なのかと言われると全くわからない。


「まあ、俺にはそれを考える頭がないんだけどな…。だから俺はエルフにはスピネル様な知者が必要だと思っている。できればエルフのな。何故ならエルフの苦しみはエルフにしかわからないからだ」


 それももっともらしく聞こえる。でも…。


「スピネルクラスは難しいと思うよ」


 かく言うスピネルも私達のエルフの九科がこの世界では役に立たないかもしれないということを提唱したまでで、じゃあ一体何を根拠にすればいいかの結論も体系もまだだからだ。


「まあ、それはいずれ誰かが背負うことになる。誰かがやらなくちゃいけないんだと思っている。だが、それはお前じゃない。お前の考えはあまりに突飛とっぴだからな。かといって美にかまけているだけの集落のエルフでもダメだ」


 まあ、確かに私は前世の人間社会の幸福感から脱却できていない。かといって集落のエルフは過去の栄光や美というものに没頭している。ましてや美に関しては私達は十分すぎるぐらいに手に入れている。だったらその先に何があるのか? それを求めるエルフが必要ということなのだろう。


「でもそれじゃあ…アキンボは何をするの?」


 フランはアキンボの言葉に息を整えながら聞く。


「俺は…剣の道に見切りを付けようと思う」


「え?」


 アキンボの言葉に一瞬、私の肝が冷える様な感覚が襲う。


 アキンボが師匠について行っていたのは最強の戦士になる為だったのに…。その夢を諦めるなんて…もしそれが自分の立場だったら…。耐えられるかわからないな…。


「それってアキレアにボコボコにされたから?」


 フランの言葉にアキンボは首を振る。


「別にあの騎士のせいじゃない。元々、ちょうどいい年ごろになったら見切るかどうか結論を出そうと思っていた。そして今は他の道を模索することにした。剣以外の道をな」


「剣以外の道って…何?」


「外の世界で船をみて思った。俺はあれに乗って冒険者になるのも悪くないかもしれない。それだったらこの剣の腕も腐らないかもしれないだろう?」


 私はアキンボの予想外の進路に目を見張る。


 その考え…悪くないかも…。外の国の様子やそこにある素材とかを取ってくる人がエルフなら信用できる。あ…でも、貴重な若い人が集落から消える…っていうか幼馴染組全員集落から出ることになるから…。


「逆にそれマズくない? 私達が集落に誰も残らないとか絶対議会の議題に上げられるよ。ていうかそもそもその船にどうやって乗る気なの?」


「それはお前…お前が何とかしてくれよ」


「いや、結局私がやるんかーい!」


 アキンボの切実な告白と思いきや本人のとぼけた物言いに一気に気が抜けてしまった。

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