ズバイダの教え
次回の更新は11/2日です。
槍のエルフに連れられて私達は屋敷の庭に回り込んだ。庭の縁側にズバイダが座って紅葉を見上げていた。庭には星環の星々や楓が映りこみ、風にそよいでいた。
「おお、戻ったかルリコ。遅かったな。フランもよく来たな。まあ座れ」
「はい」
私達はズバイダ様の横に二人で座った。その前には槍を持った二人のエルフとアキレアが立って居る。久々に会ったズバイダは以前と比べてどこか小さくなった様に感じた。目の輝きやその美貌は健在だが、どこか気鋭のようなものが陰っている気がする。その陰に寝込んだシーブの姿が脳裏に浮かんだ。
「お久しぶりです、ズバイダ様」
私は頭を下げると彼女は手をヒラヒラさせて言った。
「様はやめろ。もう隠居した身だ。言っただろう? 残りの生はお前と家族の為に使うつもりだ。だから呼び捨てでよい」
「は、はあ…。…ズバイダに頼るのはもっと先と思っていたのですが、早くもその時が来たようで…」
「何を辛気臭い顔をしておる。向こうで何かあったのか?」
そういうズバイダの表情はキョトンとしていてとても戦争を憂いている様には見えない。
「え? いや。むしろ大変なのはこっちじゃないですか。戦争をしているんですよね?」
「戦争? いや、戦端は開かれてはいないが。人間の勢力が浪費し合うだけだ、どうだ? 簡単だろう?」
そう言うズバイダの顔には得意げな表情ばかりで憂いの様なものはない。
「えっとですね。実は地元勢力の方がマーガレット推しでどうにかできないかと思いまして…」
「なんだ。そんなことでいいのか?」
「そんなことって…カラリリの勢力はかなり強大じゃないですか」
「…いいかルリコ? 確かに奴らの軍は強大だ。だが、この開拓地に侵入するための森の道は二本しかない。そのどの道も鳥車が一台通れるぐらいのものだ。そんな土地に大軍を投入できると思うか?」
「あ…」
確かに言われてみればあんな狭い道に大軍を投入して展開するまでにかなりの時間を要する気がした。
「ルリコ時には目の前に囚われず平面的に考えることも必要だ」
「で、でもカラリリの傭兵は帝国の先鋭ですよ?」
ズバイダは私の必死の訴えも動じず茶をすすりながら答えた
「ふむ…。そうだな。そこの騎士がいるだろう? あ奴は大分腕利きの様だが…。どんなに強くても三名を相手どったら勝てぬ。それと同じでカラリリの兵の三倍の数を用意すればどんな奴でも勝てる。それが理屈だ」
あー…あの有名なランチェスターの法則だっけ? 確かに倍の兵力があると四倍強いってやつだったかな…。
「しかしマーガレットが勝つには…」
「良い」
「え?」
ズバイダは私に向かって微笑むと言った。
「何をしても良い」
「え…?」
「お前はお前が信じる道を行け。むしろそうだな…。戦争のことなど忘れて好きにすればよい」
「え…ええ…?」
「何があろうとも妾はお前の味方じゃ」
「それってつまり…」
「今のお前には見識が足りん。迷っておるんだろう? どちらにつくか。だったら話せばよい。話してみてどちらにつくか決めたら私のところに来い。お前の勝たせてほしい奴を妾が勝たせてやる。もしどちらも生かしたいならそうしてやる。だから心配するな」
そう言うとズバイダは私の頭を撫でて言った。
「お前は賢しいが優しすぎる。争いには向かぬ。だが、そんなお前だからこそ皆、お前を慕っている。だからお前は戦いのことなど考えなくていい。どうすれば皆納得するか、それだけを考えればいい。後のことは万事私に任せろ」
成程…。確かにズバイダの話を聞いた後だと私は戦争の素人でしかない。だったらそれは専門家に任せて私は私の得意なことをすればいいのか…。
「うーん。わかった。あの…ズバイダ…。早速で悪いけど頼みがあるんだけど」
「なんだ? 言ってみろ」
「カラリリの陣営にマーガレットに羊皮紙かなんかで声明文を書かせるように手配してくれない? 直筆の手紙ならデサさんたちもマーガレットさんの安否には納得してくれると思うんだよね」
「…承知した。だが、それはマーガレットの家族や勢力に見せてやってもよいか? 奴らもマーガレットの安否を確認したいと言っていたのでな」
うお…。頼んだら普通にオーケーされた。ていうかズバイダだったらマーガレットを一日だけ出して家族に会わせるぐらいできそうだけど。
「も、勿論。じゃあその仕事は頼むね? もう一つなんだけど紙作りの人出を貸してほしいんだよね」
「カミ? カミとは何だ?」
「あー羊皮紙みたいな記録媒体かな。皮じゃなくて繊維質の葉を使いたいんだ」
「ふむ、そうことか。だがそれについては力になれそうにない」
え、うそん。
「昔だったら子分を使えたが、今は隠居の身だからな。今の家政のミレイにも負担をかけたくないしな」
「ああ…そういえばそうでしたね」
「どうせクリシダの所も断られたのだろう? かといって人間をエルフの森に入れるわけにもいかん。だとしたら…」
「ウチが最適ってことですか」
微笑みをたたえたエミールが頷く。
そっか。スカイさんのところは元軍隊みたいなところあるし腕っぷしは結構あるよね…。
「勿論、喜んでお受けしますよ。ルリコにはスカイさんへの恩がありますからね。でも、ウチの手の者にも生活がありますから何か月も拘束っていうのは難しいです。せいぜい引っ越しの手伝いぐらいの感覚で考えてもらった方が良いかと」
エミールの声にフランがため息をつく。
「結局私達の問題は人不足ってことだね…。なんかもう集落に人間入れちゃってよくない?」
「まあ、ダメだな。今後はともかく今はダメだ」
フランとズバイダの会話の中で私の脳裏にとある考えが浮かで小さく手を上げる。
「人をこっちに呼べないなら素材を向こうに運べないかな?」
「それも難しい。少しならともかく大量の素材を運搬するとなると人間の世界と我々の世界に通じる道が明らかになってしまう」
ズバイダのけん制に私は小さく手を振る。
「違う違う。バナナを外で育てるって意味。外だったら人手は借りられるでしょう?」
「ふむ。悪くはないがそこまでする必要があるのか?」
「実はバナナって本来は甘くて美味しい果実なんだよね」
「本来?」
「いや、本来っていうか。私達のご先祖様の言い伝え的な?」
「失われた英知ということか…」
「あーでも私それ聞いたことあるかも」
フランの言葉に皆が振り向く。
「それとは? バナナのことか?」
「いや、バナナは知らないけど。私のご先祖様は色々な木や草を掛け合わせて新しい種を作ることを生業にしてたんだって」
「新しい種?」
フランが言っているのは遺伝子交配のことだろう。
「そうですね例えば、師匠と人間が結婚して子供を産んだらクリスが産まれる。その時クリスの耳はエルフより短いですが、肌の色は褐色でエルフと同じ美貌を持っていました。このように異なる種を掛け合わせて行くのが交配です」
「ふむ。エルフとしては微妙だが人間としては長寿と美貌が手に入るならエルフの血を交配したい…ということだな?」
「そうです。バナナも同じで今の種だらけの種を小さくしたい…とか甘くしたい…という風に掛け合わせていくわけです」
「ふむ…それは…。めっちゃ大変じゃないか?」
「大変ですね。ただ、紙に使うとなるとどの道プラントは必要なのでやるなら早い方が良いと思います」
「あ、じゃあ…はい! 私それやりたい」
囲んで話す私達の中でフランが大きく手を上げて言う。
「あのね! 私のご先祖様は遺伝子交配を生業にしてた。前にルリコに上げた麦の種もその成果物なの。でもその技術は失われちゃって…だからこれを期に復活させたいんだよね!」
「ふむ、フランは何事もソツなくこなすので研究職の方が向ているかもしれんな」
「あー…。でもあんまり期待しないで欲しいの。だって私達の家系って実は遺伝子交配をしていた一族の血じゃないから」
「? どういうことだ?」
「実は遺伝子交配を担っていたピピの一族は漂流記の飢餓の中で全滅しちゃったの。残ったのは交配の理論を記した本だけ。それを受け継いだのが私達の家系なんだ。本来は歴史にも残らないような血なのに偉大な九英雄の知識を利用して長老になっちゃった便乗家系なんだよね。それなのに母さんったら…」
「なんだ。そんなことか。別に構わん。そもそも私達大樹の一族だって始祖の系譜という肩書からして九英雄の末裔か怪しいところだしな。古の血を今も確実に継いでるのは呪霊とライラとシーブのところぐらいだろう」
「そんなことないですよ。ズバイダ様もノワールも黒髪ですよね。大いなる母も始祖も黒髪だったらしいので古の血は受け継いでいると思いますよ」
「しかしミレイはそうじゃない。奴は平気を装ってはいるが、血統を受け継いでいるかどうかはエルフたちにとってかなりのプレッシャーになっている。だからこれからの時代は血にこだわらず各々の才覚によって評価されるようにならんといかん」
「そうだよねぇ…」
そういうと皆は各々物思いにふけった様に黙りこくる。暫くの沈黙の間、ズバイダがアキレアを見つめて語りかけた。
『長らくすまんな、人間の騎士よ。ところでお主の腰のモノを見るにお主はハセクラの家系だったりするかな?』
それを聞いたアキレアは驚いて目をむく。
『いえ…違います。しかしこの刀はハセクラの郷の名工七織の一つでございます。もしやハセクラの郷をご存じなのですか?』
『私はご存じではないが、我が一族の嫁いだ先の一つがハセクラだ。この屋敷も服もハセクラの意匠だぞ? 気づいていなかったのか?』
『お、お恥ずかしながら。この刀以外我が一族はハセクラのことは詳しくは知らず…』
『教えてやってもよい。なんなら紹介もな』
『さ、左様ですか? そうしていただければ…』
『ふむ、ナウル? どう思う?』
聞かれた槍の女エルフはキョトンとした顔のあと意地悪そうな笑顔を浮かべた。
『どうでしょう? 私はこ奴の人格がまだ未熟に思えますが』
それを聞いたアキレアは顔を青くして言った。
『も、申し訳ありません。しかし護衛としては軽んじられるわけにいかず…』
『私も護衛だけど?』
『そ、それは平に申し訳なく。この通り』
そう言うとアキレアはナウルに頭を下げる。それを見たナウルはしてやったりといった顔で鼻息を荒くする。
『呆れたなナウル』
『そうですねズバイダ様。わたしも同じです』
『そうではない。お前に呆れているのだナウル』
『わ、私ですか?』
『権威を傘にきて威張り散らすお前のなんと醜悪なことか…オウムアレア様が見ていればお嘆きになっただろう…』
『いやだってそれはズバイダ様が…』
『妾が? 何だ?』
ズバイダはナウルの言葉に微笑む。顔は笑っているが、有無を言わさない雰囲気が彼女から発せられている気がする。
『な、なんでもございません。反省し、改善に努めさせていただきます』
『うむ、それが良い。ではアキレアについても異論はないな?』
『ございません』
『か、寛大な処置に感謝します。ズバイダ様、ナウル様』
そう言うとアキレアは跪いて礼を述べた。
いや、これアキレアは礼まで言ってるけど…。クリシダと同じでアキレアを制御するための方便みたいなものだよねぇ…。クリシダは約束、ズバイダ様は権力の繋がりでアキレアに縄をかけたみたいなものか…。やっぱり人を束ねる人って色々考えているんだなぁ…。
『よいよい、ナウルの言動は妾が甘やかしすぎたせいもある。ここはお互い皆悪かったということにして、面を上げてくれ』
そう言うとズバイダはアキレアの手を取って立たせる。立ち上がったアキレアはズバイダを眩しそうに見ている。対してズバイダも微笑んでいるが、その心中にどんな計算があるのかと考えるとなんだか騙しているみたいで気が重くなってくる。
「まあ、とにかくさ。そのバナナってやつを採ってきてカミ作り? をすればいいんだよね? そんなの楽勝じゃん。私にも手伝わせてよ」
「そりゃフランが手伝ってくれれば助かるけど…。ココロの世話はどうするの?」
「言ったでしょ、今はエルフの赤ちゃんを預ける託児所もあるしウチは家族がいるから面倒を見てくれる。それよりも私はルリコと一緒に仕事がしたいの」
「わ、わかったよ。でもやるなら紙作りより遺伝子交配の研究をお願いしたいかな。それは私にはできないことだしね」
「ええ…それってルリコと一緒に仕事できないじゃん…」
「い、いやぁどうかな。バナナは原料として必要だから接点はあると思うよ」
「そう? 本当に?」
「いや、わからないけどね…」
「ほら、やっぱり!」
どういうわけだか久々に会ったフランは聞き分けの無い子供みたいになっている感じがする。
「どうしたフラン。ルリコが困ってるじゃないか」
流石のズバイダもフランの様子が目に余ったのか縁側から立って近づいて語り掛ける。
「だって…。私はルリコと一緒がいいから…」
フランはズバイダに言い寄られて動揺したのかしどろもどろになりながら答える。
「ルリコはそんな薄情な奴じゃない。それはお前が一番知っているだろう?」
「でも、私も何かしたい。ううん、今ここで何かしないと私は置いていかれる。ルリコもニコラスも先に行って私には何も残らない…。ただ、子供を育てるだけの青春になっちゃう。私だって活躍したい! だから私は…」
「だからそんな滑稽な服を着ているという訳か? それではまるで道化だ。結局それはルリコの賑やかしに過ぎないんだからな」
「…それってどういう…」
「仮にお前がルリコの側に居ても、満たされることはない。今お前はルリコにとって必要ないからな。何故だかわかるか?」
「私が…弱いから?」
「違う。同じ夢を生きていないから。同じ理想を生きていないからだ」
同じ夢、理想と聞いて私もズバイダの言葉に耳をすます。
「そ、そんなこと言ったって…ルリコの夢はデカすぎてどうやってついて行けばいいのかわからないよ…」
「ああ。だろうな。だが今ここでルリコが抱いている小さい目的はわかるだろう? 紙を作ってエルフに貢献したい。マーガレットを助けて民の指示を得たい。お前はそれを考えたことがあるか? 紙作りなんて簡単。人間なんてどうなってもいい。そんな奴と一緒に居られると思うか?」
「わからない。でも…確かに私がやろうとしていることを軽んじる人は嫌かもしれない」
そう言うとフランは耳を垂らしてシュンとなる。
「そうだつまりそういうことだ。例えどんなに一緒に居ても、同じ理想を抱けない人とは相いれない。だからルリコと一緒に居たいなら、同じ理想に生きろ。そうすれば一緒でなくても方向は同じ。いずれ交わる時もある」
「…確かに言われてみるとそうかも…。ありがとうズバイダ。ごめんルリコ。わがまま言って」
そう言って振り向いたフランのうるんだ目を見て私の胸はズキリと痛んだ。
どうして胸が痛むのか。わかってる。私の抱いている夢、理想…全部が嘘だって知ってるからだ。
戦争の勝利、繁栄、成長…その先の世界から来たのが私だから。その先に”何もない”って知っているから。本当はやりたいことなんてない。でも何もないままだと生きていけない。だから前世のリベンジをしようとしているだけ。ただそれだけ。他に何もやりたいことがない。ただ生きるだけの消耗試合。それが私の人生だ。
私だけならともかく、フランや皆をそんな嘘に巻き込んでいいわけがない。
俯いた私の肩にフランの手が添えられる。
「ルリコどうしたの。そんな悲しそうな顔して。大丈夫?」
フランの心配そうな顔を見て途端に胸がこみあげてくるものが抑えられなくなった。
ヤバイ…。泣きそう。でも何の涙なんだろう? わからない。でも、わかることがある。こんな嘘ばかりの私を信頼して慕って心配してくれるのが嬉しい。
――だから守りたい。それが嘘っぱちだらけの私の中で本当だと確信できることが嬉しい。
「え~? 急に何で泣いてるのこの娘?」
「わからん…」
さっきまで私にべったりだったフランが今は泣いてることにドン引きしている。同様にズバイダも呆れたような声をあげている。背後からアキレアが近づいて来てハンカチで涙をぬぐってくれた。
『ルリコ様、大丈夫ですか?』
おっかしいな。感動の展開かと思ったら私が情緒不安定な人みたいに思われてる…。
「大丈夫…皆は私が守るから…」
若干鼻声になりながらも私は声を絞り出した。それを聞いたフランとズバイダは内緒話を始める。
「やっぱり働かせすぎたんじゃない? ちょっと休ませた方が良いって」
「そうだな。おい、ルリコ。今日はもう帰って休んだ方が良いんじゃないか?」
私はアキレアのくれたハンカチで鼻をかみながら言った。
「あ、それなんですけど今日は泊めてください」
「いや、それは別に構わんが…。ライラに会わなくていいのか?」
「出ていく時一か月は会えないとか言っちゃって…。ちょっと顔を出しにくいというか」
「そうか。まあ、今日は泊めてやる。だが明日は会いに行け。いいな?」
「はい…」
やっぱりズバイダさんは家族を大事にするからそう言われるよね…。
「あ、ルリコが泊まるなら私も」
「いや、お前…さっきまでの流れでどうしてそうなる?」
「それはそれ。これはこれ。私はルリコと話したい」
「まあ、それは…私もフランと久々に話したいから…」
私達は久々に話せる嬉しさに意気投合して縁側に座る。そしてしばらくの間、歓談に花を咲かせた。




