まだ誰も知らぬその名はココロ
次回更新は10月19日です。
仕事の休みで三連休が取れたのでこれを期に過去の執筆の見直しと章分けをします。
ネムがカラリリに連れていかれてしまった…。どうしよう…。
ネムがカラリリの下に行く必要はないと思うけど…。カラリリがネムを大事にするならエルフも大事にする。つまり人質という形で付いて行ったのかもしれない。だったら全くの無駄というわけでもないか…。
「なんだか、あのカラリリという女は。ルリコ様に似ている気がしますね」
「嘘でしょ!? どこが?」
「いえ、あの珍妙な恰好がではなく…。なにか浮世めいているというか…何か遠いところをみているような感じが…貴方とそっくりな感じがします」
「あーね。うーん…。いや、あの人ネムを吊るすとか言ってたけど? やっぱ違くない?」
「確かにあの女は言動がおかしかったですが…。殺意はありませんでした…。しいて言うなら義務感というか…そんな感じがしました」
「まあ、お父さんが倒れたとか言ってたし領土経営とかでテンパってるのかもね。…いや、だとしても中立のエルフを吊るってやっぱおかしいと思うんだけど…」
「それは確かにそうです。もしかしたら領土経営の重責に耐えらない弱い魂の持ち主なのかもしれません」
カラリリは確かに異質な感じがするけど。奇妙なカリスマも感じるけどそれ以上に変というかズレている感じがする。だからいずれは部下たちや周辺国と考えが合わなくなって勝手に自滅するんじゃないかな? その時にはネム達を回収しないといけない…。あれ、そのいざとなった時にネム達を人質にされたら…。カラリリ達を攻められないってこと? あれ、やっぱ連れていかれたのマズかったんじゃない?
「ヤバイ、やらかしたかも。どう考えてもカラリリにネム達を連れていかれたのはマズイ…」
「申し訳ありません。先ほどは私もルリコ様の身の安全が第一でしたので…。ですが、賓客扱いであれば無下にはされないでしょうし…。いざとなれば公式に抗議文を送れば身代を返してもらえると思います。状況的にはそこまで悪くないと思いますよ」
うーん…そうなのかな? 何か凄くマズイ気がするんだけど…ていうか報告する時に私が怒られるやつな気がするんだよなぁ絶対。
「とにかく集落に戻ろう。知恵者のズバイダ様ならきっといい知恵を貸してくれるよ」
そう言って私が森の奥を振り返ると暗闇の中にいくつもの小さい光がこちらを見ていた。
「ルリコ様! お下がりください! 囲まれています!」
そう言うとアキレアが私を身を呈して庇う。よく見るとその小さい光は森の闇の中にいくつも浮いてうごめいている。その小さい光が星環の光の下に姿を現すとそれは狼だった。
「あ、アキレア大丈夫。多分これウチの子達だよ」
私の思った通り、狼はお辞儀をするように私の側に近づいて来る。
多分、これはクリシダの狼なんだろうなぁ。迎えを寄越してくれたくれたってところか…。
「エルフ様方が狼を使役できるという噂は本当だったんですね」
「いや、うーん…。まあ、どうなのかな?」
クリシダは狼を使役してもおかしくない気がするけど私にはできない。っていうか多分クリシダ以外だと一部の呪霊の一族しかできないんじゃない? そんな気がする。
「ん、誰か居ますか?」
アキレアの声で私は視線を前に向けると木の陰に影が隠れるのが見えた。
「え、怖。誰? クリシダ?」
「…ばれちゃったか」
そう言うと木の陰からゆっくり出てきたのは黒い服を巻きつけたフランだった。フランは彼女は体の半分だけこちらに向け、肩越しに視線をよこした。その表情には薄笑いが張り付いていた。
え…。なんか…フランめっちゃ変わってない? 何で黒い服? ていうか…。なんで怪しげな感じになってるの…?
「本当にフランなの?」
私が問うてもフランは答えないまま、正面を向いて私をじっと見つめる。その目にはいつものフランの柔和な感じはない。
むしろ睨みつけているようなそんな怪しげな感じが…。
「フヒ…」
私がフランをずっと見つめていると彼女の薄笑いを浮かべた口元がピクピクと痙攣し始める。
いや、なんで笑ってんの…? ていうかめっちゃ笑うの我慢してるじゃん。意味わからん…。
フランの笑いにつられて私も口元が震えだす。
「「アハッ!」」
そしてとうとう同時にお互いに我慢の限界に達した私達は爆笑する。
「「アハハハハハッ! 何その恰好!」」
「ちょっと! 何そのバカみたいなマント! 無駄にデカイ帽子! 本当に勘弁してよー!」
「あ、アンタこそ何その黒い外套! アウトロー系!? その意味深な笑いも何!? 何の笑い!? ラスボス!? ラスボスだったのアンタ!?」
私達は暫く腹を抱えて笑い合い、果てには地面に突っ伏して笑い転げた。
「あー本当に傑作」
笑い疲れた私は仰向けに地面に転がった。その視界の先には森を覆う樹冠の木漏れ日が差し込んでいた。
あ…帰って来たんだ。
私の中で安堵の感情が芽生える。
ここに帰ってきて安心するってことは…やっぱり私は森の子なんだな…。
私の頭上にフランが両肘をついてうつ伏せに寝転がる。
「おかえりルリコ。待ってたよ」
「…うん。ただいまフラン。やっと帰ってこれた…」
見下ろすフランに私は笑いかける。フランもいつも通り目尻を細めて笑う。
やっぱりいつものフランだ。私は森に帰って来たんだ…。
「あーあ。もー勘弁してよ。私、イメチェンしてクールっぽくルリコを迎えようと思ってたのに…。もう滅茶苦茶。やっぱり意外性じゃルリコには敵わないね」
「いや、そっちこそ本当何してるの? たった一週間で幼馴染清楚キャラがアウトローになってるとか…ってそんなこと言ってる場合じゃない。どうしよう、ネム達が敵に連れて行かれちゃったんだけど…」
「敵? 敵って誰?」
「えーとカラリリって人。カラリリ・ド・ラヴェルヌだったかな…?」
「ラヴェルヌ家の人? 私会ったことあるけど普通にいい人だったよ」
「え? いつ?」
「ズバイダ様の会談の時に。むしろ意外。ルリコはカラリリのこと気に入ると思ったのに」
「いきなり人を吊るすなんて言う人を気に入るなんてないよ」
「そんなこと言ったの? カラリリは身分関係なく平等を目指す。支配しない言ってたし。ルリコのどんな命も諦めないって考えと似てるなーって思ったんだけど」
「いや、なんで平等を目指すと人を吊ることになるのさ。あの人ちょっとおかしいんだよ」
「そうかなぁ? まあ、とにかく前会った感じだとそんな酷いことしそうにない感じだったし、大人しかったから大丈夫だと思うよ」
「フランがそこまで言うならいいけど…。でも一応ズバイダ様にも報告しておこうよ」
「そだね、そうしよう」
そう言うフランの表情にはネムへの心配は見られなかった。どうやら本当にカラリリに懸念を抱いてないらしい。
人見知りのフランがこんなになるなんて…。もしかして本当は変な人じゃないのかな…? もし、本当にあの人が変な人じゃなくて私が理解できないぐらいの考えを持っている人なんだったら…。どんな手を打ってくるからわからないから集落を逃げられるようにしておきたい。けど…そうなるとやっぱり妊婦とか子供がいるのが難点だよなぁ…。
「そういえばさ、ノワールのお産はどうだった?」
私の言葉にフランはニヘラと笑うと言った。
「お産は母子共に良好。黒髪の可愛い女の子だった。ノワに似てるから将来美人さんになるだろうねぇあれは」
フランは赤ちゃんのことを思い出したのか両手の指を口元で合わせて恥ずかしそうにはにかむ。
うーん。やっぱりこの顔を見ているとフランなんだなって感じがする。イメチェンって言うけどフランには”そういうの”はやっぱ向いてないと思うんだよなぁ…。
「キースの大将がノワのお産を凄く気にかけてたから無事でよかったよ」
「名前はノワレットだって」
「あッ。へえ。ふーん」
さっきまでにこやかだったフランが私に能面に張り付いたような笑顔を向ける。
「小さな黒って意味らしいよ」
「あー…」
そう言うとフランは私に近づいて来る。
「ウチの赤ちゃんにもそんな名前が欲しいなぁ」
「ちゃ、ちゃんと考えて来たって」
「どんな? どんな名前?」
「えーと…とりあえずエマさんに聞いてもらって許可が出たら適切な場において発表しようかと」
「なにそれ。まず私に教えて。親友でしょう? 私達」
あ、圧が強い…。
「じゃ、じゃあ教えるけど…。『ココロ』って名前にしようかと。どう?」
「ココロ? ココロって何?」
「う~ん。魂とは違って…。何だろう、私達が泣いたり笑ったりするような精神の動きというか…」
「魂じゃないってことは理性っていうか、感情のこと?」
「うん。多分そんな感じ。やっぱりこれからの時代、世界の人たちの暮らしが良くなって余裕から心が生まれるように。世界が思いやりに満たされますようにみたいな…」
心はまだこの世界にない言葉だ。だから万が一この世界に神様が居ても、心って言葉は存在しないから赤ちゃんの運命をどうにもできない。どうかそうあって欲しい。そう願って名付けた。
「う~ん。でもなんか…ココロってコロコロした感じでカワイイよね。いいんじゃない?」
「じゃあ、後はエマさんの許可待ちだね」
「そうだね。そう言えばさ…。あっちの人。誰?」
そう言うとフランはむこうに立って居るアキレアを見ていた。
「ああ。護衛の人だよ。紹介する。アキレアって言うんだ」
「ふーん。そうなんだ。そういえばニコラスは?」
フランは頭を下げたアキレアからフイと視線を外して私に顔を向ける。
「向こうの方で仕事してもらってる」
「ふーん。で、どこまで関係、進展したの?」
「ナニガデショウ?」
「とぼけないで。良いことあったでしょう? なんか浮かれてるし。ダメだったらもっと落ち込んでるハズ」
う、うーん。そんなに浮かれてるか私?
「まあ、適切に適度にみたいな…」
「嘘。顔がニヤけてる。なんかあったんでしょう?」
う、うーん…。流石は幼馴染。
「ここでは話しにくいので報告は今度ゆっくりと…」
「わかった。今度。今度ね。約束」
「はいはい」
狼達が私達の長話にしびれを切らしたのか、急かすように私達に頭を押し付けてくる。
「ごめんごめん。じゃあ行こうか。護衛の人。ついて来て」
そう言うとフランは狼に囲まれながら森の奥へと戻っていく。私達はその後を追ってエルフの集落に進んだ。久々の森の中は相変わらず鬱蒼としていて、蒸し暑く感じた。見上げた先に高くそびえる木々の樹冠の木漏れ日が相変わらず美しい。そんな中私とフランは森の中を歩きながら近況を報告し合った。
「私達が貴族に? やっぱり本当だったんだ。ふーん」
フランはエルフが貴族になったと伝えてもあまり驚かなかった。
「なんか思ったより淡白な反応だね」
「だって、私達の暮らしは変わらないんでしょ? だったら関係ないじゃん」
「いやまあそりゃそうだけど」
「まあ、ルリコが忙しくなるのは嫌だけど…。そこは私が手伝うからさ」
そう言うとフランは振り返って怪しげに笑う。
「そりゃそうしてくれると助かるけど…。で、そっちはノワ以外で大きな変化とか無かったの?」
「えー。だから何もなかったってば。まあ、エスメラルダ先生とクリシダがエルフの人口調査を更新したぐらいかなぁ…。なんかエルフの数増えてるって言ってたよ」
「あーまあそうだろうね。ズバイダ様もクリシダのところも絶対出生数ちゃんと報告してないだろって思ってたし」
「先生が主導で大樹と呪霊の人口調査更新したらしいよ。ルリコにチェックして欲しいってさ」
ええ…。臆病な先生があの組織二つを? 胃がやられてないか心配だな…。
「それでルリコはどっちを攻めるの?」
「攻める? 何を?」
「マーガレットかカラリリ。どっちを倒すのかってこと」
「いや、どっちも攻めないけど」
「え? だって叙事詩とかだとここで正義の軍隊が悪を滅ぼす…みたいな感じになるんじゃないの?」
「私達にそんな戦力無いでしょ」
「え? だから。どちらか一方について倒してもらうんでしょ? 私達は何もせず人間にやってもらえばいいんだから」
ああ…。そういえば私達は企画はエルフが、実行は人間がみたいな感じでやるって決めたんだった…。そう考えると確かにエルフってズルいかもしれない…。ていうか今のところは心情的にはマーガレットにつきたいけど彼女はカラリリに一度負けている。だからカラリリにつくべきだけど…。あの人はなんか変っていうかヤバイ感じがするし…。でもマーガレットを勝たせるのは難しい。っていうかネム達がほぼ人質だか早急にカラリリを負かせられない。そしてマーガレットは地元の人達の評価が高いから助けないとエルフの名声が落ちる…。あれ? よく考えると詰んでね?
「正直今の状況はどちらにつくのが良策かわからないよ。そこはズバイダ様に…」
「え?」
「ん?」
フランの驚いた声に私は顔を向ける。フランは私の顔を見ながら小首を傾げて言った。
「いや、別にいいんだけど。ルリコだったら正義の為にとかマーガレットさんが可哀そうだからそっちにつくとか言うと思ってから。意外だなぁって」
…確かにそうかも。私も私が何故、マーガレットさんを助けようと思わなかったんだろう? 未熟児の赤ちゃんの時みたいに助けたいって声がどうして聞こえなかったんだろう? マーガレットさんは赤ちゃんと違って領主だから? それとも…。
――本当は私は他人のことどうでもいいって思ってるとか…?
いや、そんなことない。
「確かにマーガレットさんは同情の余地はあるけどそれで私達が共倒れになるのは嫌だからね」
「ふーん…。じゃあ私達は正義の為じゃなくて勝つために戦うんだ。でもズバイダはエルフは美しさの為に戦うって言ってたよ。まあ、この場合の美しさってよくわからないけど…。とにかくそういう理由が必要なんじゃない?」
戦うための理由? そんなの無いんじゃないかな。前世の地球では自由とか平等とか、平和、聖戦とかそんな理由で沢山の人が犠牲になった。でもそれは嘘で戦後は何も残らなかった。皆をそんな嘘に巻き込みたくない。でも…じゃあ…。
「人って何の為に戦うんだろう?」
そう言って私は背後のアキレアを振り返って人間の言葉で再び問う。
「アキレア。人って何の為に戦うと思う?」
それを聞いたアキレアは黙考した後に顔を上げて答えた。
「私達は神の為、正義の為に戦います。もしあなた方が戦いに巻き込まれるなら美のために戦います。それこそがあなた方を美しく造られた神の御意思だと思うからです。貴方達をこの戦争のあらやる汚辱や穢れから守りましょう。それこそが我々にとっての戦いです」
「我々?」
「はい、我が団のクインストラナイツも。そしてこの世界の誰しもがそう思うでしょう。あなた方の美しさをあらゆる魔の手から守りたいと」
「えっと…それは嬉しいけど…。何でそこまで?」
「神が貴方達をそうあれかしと造ったから。そう在って欲しいから。それを守る存在になりたいからです。そう信じているからです」
そう言葉を紡ぐアキレアの目は私達にまっすぐ向けられていた。人間にとってエルフの美しさとはそれほどまでのものなのだろう。
でもそれって…逆に言えば私達が美しくない行動をしたら…。ってことだよね…。
アキレアや人間にとって私達は美しさの象徴。だから正義や神に反逆するような行動をしないと思っているハズ。もしそんなことをすれば…。
でも美しさの為に戦うって何? アレかな?この地の状態、美しさを保つために戦うみたいな? なんだよその環境保護活動家みたいな理由…。
「ねえ、その護衛の人って私達の為に戦いたいって言ってるの?」
私達の様子を見ていたフランが近づいて来て問う。
「うん。エルフの美の為に戦いたいって言ってる」
「だったらそうしてもらえば良いじゃん。人間に戦ってもらって私達はそれを待って居れば良い。そうすれば私達は美しく居られる。人間はそんな私達を信じられる。双方にとって意義があるじゃん」
そう語るフランの目はキラキラと輝いていた。同時にその無邪気な笑顔から繰り出される提案にゾッとする。
「ダメだよ。確かに彼女たちは戦ってくれると思う。だけど彼女たちが戦いの犠牲になる様に私達は耐えられないと思う」
「あー…確かにそれはそうかも。じゃあどうするの?」
「やっぱり話し合いで解決できないかな? 戦争なんて私達に向いてないよ」
「話し合いかー。まあ、ルリコがそれでいいなら私もそれでいいかな」
そう言うと、フランは立ち上がってまた森の奥に進み始める。
話し合いかぁ…。こういう戦争って話し合いで解決した試しがないけど…。本当に上手くいくのかな?




