悪の華カラリリ
次回は10/12です。
私達は軽口をたたき合いながら、シュラを何時間か走らせるとやっと開拓地の文明の光が見えて来た。シュラを横掛けに走らせた私は砦から異様な雰囲気を感じて目を見張った。出かけた時と違って、開拓地の木の砦には見慣れない旗が掲げられていて、黒い煙が立ち上っていた。
「なんだろう、生き物が焼ける臭いがする」
「あのような禍々しい旗はみたことがありません。明らかに尋常な雰囲気ではないですね」
「どうしよう森に行く前にヘルミを預けようと思ったけど、やめる?」
「いえ、もう遅い。見てください」
アキレアがさす砦の方を見るとやぐらの上で弓兵が私達に矢を向ける準備をしているのが見えた。
「今逃げようとすれば追手を差し向けられるでしょう。森に逃げ込めれば何とかなりますが、シュラが疲れ切っています。今は奴らに従いましょう」
「従うって…大丈夫なの? 捕まえられたりしない?」
「あの旗の織りは上等なものです。恐らく盗賊ではないでしょう。であれば我々は君主シャンと奥方テクセラント様の庇護の下にあります。それを示す紋章もありますので不当な拘束をうけることは無いでしょう」
そ、そうなのか…。だったら大丈夫…。だよね?
私達は砦から出て来たシュラの騎兵隊に囲まれながら門の前に誘導される。門の上のやぐらの上から兵士が身を乗り出すと大声で問いかけてくる。
「何者だ、お前達!」
それに私も大きな声で答えた。
「私はエルフのルリコです。デサさんいますか?」
「エルフ? しばし待て!」
暫くして砦のはね板が下りて騎兵たちは私達を砦の中に導いた。砦の中の広場に入るとそこらじゅうで金属を叩く音、馬のいななきが響く。金物臭い煙が充満し、馬糞の様な臭いが充満していた。
「おい、そこ! 列に割り込むな!」
遠くの粗暴な声に視線をやると、鉄の鎧を着た男たちのいる場所に住民らしきものが並んでいる。どうやらその列は食料配給のようで、白い被り物をした住民の女たちが配給をしている。
何か物々しい雰囲気だけど何があったんだろう?
そう思って皆の顔を見渡すと私が目があった人はビクリと目をそらす。広場を見回すと、建物からひげ面のデサさんがヨタヨタと出て来た。
「デサさん!」
私がそう言って手を上げようとすると後ろから筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした鉄鎧を着た男が大股で姿を表す。そしてまるで知り合いにあったかのように手を大きく開くと大声で言った。
「おお! エルフ殿! お会いできて光栄です!」
そういうと大股で私に近づいて来る。それを見とがめたアキレアが私の前に出て大男の前に立ちはだかる。それを見た鉄鎧の男は不機嫌に叫んだ。
「なんだ貴様は!?」
「私はクインストラナイツ末席の騎士アキレアであり、この方の剣である。お前こそ名を名乗れ無礼者」
そう言われた鉄鎧の男は口の端をピクリと動かす。
「そ、そうか。失礼した。我が名はアレーン! この地の正当な所有者カラリリ様の近衛にしてコルタージュ・ノワール(黒花の延臣)の一輪である!」
「一輪? お前が花? 笑えない冗談だな」
「ふん、なんとでも言え。みろこの胸の黒いバラを。これこそがカラリリ様の信の証なのだ」
そう言って胸をはるアレーンの胸には確かに黒いバラが付いていた。私は小さく手を上げる。
「えっとちょっと待ってください。そのカラリリ様というのは誰ですか? ていうかこの地の正当な所有者とは? この地はエルフが統治することになるのでは?」
それを聞いたアレーンは大仰に礼をすると言った。
「その通りです。しかしこの地主は本来はラヴェルヌ家の所有物。すなわちレオフォルド・ド・ラヴェルヌ様の物。しかしレオフォルド様が倒れられた今、その正当な相続はカラリリ・ド・ラヴェルヌ嬢にあるのです」
「そ、そうだったんですね?」
私がアレーンの剣幕に押されていると、背後からデサが歩いて来て言った。
「違う、この土地はフォアベア家のもの。垂乳根のマーガレット様の土地だ」
「ちがぁーう! フォアベア家は我らが土地を横から掠め取った盗人の一族! 本来地代はカラリリ様に捧げるべきなのだー!」
そう言うとアレーンと名乗った男は手を大きく振り上げてデサを打とうとする。その瞬間私の頭の中でカチリと音がする。
「アキレア」
「承知」
アキレアは名前を呼ぶだけでデサを打とうとしたアレーンの手を摑まえて止める。アレーンは腕を振るわせながらニヤリと笑って言った。
「誤解しないでいただきたエルフ殿! これは躾でございます! すなわち愛のムチ! 誰が真の土地の支配者か! 叩かねば下々の者はわからんのです! 獣と同じで! 言葉では理解できんのです!」
そう言われてよく見るとデサの目や頬には青い痣が沢山できていた。それを見た私はますます頭に来て言った。
「地主だかなんだか知りませんが、個々の人達は私達エルフがいずれ統治する民です。それを傷つける権利は貴方達にない。そのことをどうかカラリリ様に伝えて下さい」
「承知しました」
そう言うとアレーンはアキレアの拘束を振りほどいて深々と頭を下げた。私はアレーンの後頭部を見ながら声をかける。
「それで貴方達は一体何なんですか? ここで何をしているんでしょう?」
「私達は垂乳根のマーガレットに不当に占拠されたこの地を奪い返すために参上した黒花の一団です。私達はあの悪女の手から土地を奪還するためにこの地に駐留しているんです」
アレーンは首だけを動かして顔を上げるとニヤリと笑う。すると隣にいたデサさんはひげをモゴモゴと震わせながら言った。
「違う、これは不当な軍事的占拠だ」
そのデサの言葉にアレーンは飛び上がると「黙れー!」と大声を発した。
あーなんだろう。こんな前時代的な悪役の相手なんかしたくないんだ私は。
「あの、私は貴方が嫌いです。カラリリさんに伝えて下さい。チェンジで。って」
「何故? 私は悪くないのに」
そう言うとアレーンはベッと舌を出す。
子供かよコイツ。
「おい、いい加減にしろ!」
アレーンの後ろから現れたのは金髪角刈りのこれまた筋骨隆々の男だった。アレーンと同じ鉄鎧だが、使い古されていて歴戦の戦士という雰囲気のオジサンだった。
「そんな真似して第一印象が最悪じゃねぇか! 俺たちは戯曲の悪役じゃねーんだぞ? もっとクールに行こうぜ」
そう言うと角刈りの男は私から適度な距離でうやうやしく頭を下げると言った。
「失礼しました。粗野な言動をお許しください。私達はヴィヴィ・セプルクリというカラリリ様に雇われた傭兵団です。私の名はディルク。私達は貴方達と敵対する気はない。ですがあの男が言ったように我々はこの地の正当な所有者と主張し、この地を支配したい。望むのはその承認と秩序だけです」
私は男からふわりと香ったダンディな香草の香りに少しホッとする。
この人はなんとか話が通じそうだな。
アキレアはアレーンから離れると角刈りの男を警戒するクマの様に見つめながら私の側に来る。
「じゃあ、貴方に命じます。ここの人に乱暴するのはやめなさい。そしてカラリリという方と話し合いの場を設けてください」
「わかりました。その代わりと言っては何ですが、この場所の奴らに貴方様から反抗的な態度を改める様に命じてください。毎日の見張りで私達も疲弊して余裕がないのです」
「わかりました。デサさん。この件は私に任せて暫くは大人しくしていただけませんか?」
「それは聞けぬ相談です」
えぇ…デサさん…?
「伝令から報告は聞いています。確かにあなた方エルフは我々の統治者になる御方。しかし”まだ”そうではない。私達が仕えているのは君主シャンであり、地代のマーガレット・フォアベア様にあります」
そう言うとデサは私の足元に平伏して言った。
「だからどうか伏してお願いしたい。マーガレット様をお救い下さい。それをお約束いただければ我々は貴方の命に従いましょう」
私は村の皆を見渡す。するとさっきまで意気消沈していた村の皆は力のこもった眼を私に向けている。
よくわからないけど…。そのマーガレットって人は余程皆に慕われているらしいな…。
私は顔を角刈りの男に向けて言った。
「それでそのマーガレットって人は?」
「ウチの手の者が軟禁してます。勿論身柄は無事です」
「じゃあその人にも一応話聞きたいから…後日会合をセッティングしておいて」
「わかりました。お任せください。え~」
「私の名前はルリコ。金穂の楯のルリコ。ここの人達に乱暴したら黙ってないから。覚えおいて」
「わかりました。ルリコ様。それでご連絡はどちらに?」
私はクールに立ち去ろうとして足を止める。
あーそっか。森の集落の場所をこの人に教えるわけにもいかないし…。
「ヘルミ…」
私はヘルミを振り返る。ヘルミは顔を歪ませて嫌々をするように首を振る。
「大丈夫。ちょっとだけだから。直ぐに迎えに来るから」
「ちょ、ちょっとぉ! なんで敵いっぱいいるのにウチだけポイ捨てなん!? マジありえなくない?」
そんな私達にディルクが声をかける。
「敵じゃありません。貴方達エルフはこの地を統治するんでしょう? その土地をめぐっての争いなので統治する地主と地代を払う先が違うぐらいで貴方達とは敵対する意味すらない。いや、むしろどの勢力も貴方達エルフの承認が欲しい。端的に言えば勝者がエルフ殿と共に歩める。そういう戦いだとズバイダ様もおっしゃってましたね」
ズバイダ様と聞いて家族たちのなかで赤い口紅で微笑む和風黒髪エルフの姿が思い浮かぶ。
「ズバイダ様が?」
「マーガレットが館にこもって火を放つかと思われた時にズバイダ様が美しい女性達を引き連れて来て現れ…。花ビラを舞い散らせ、音楽鳴り響かせながらマーガレットの館の開門を要求したんです。流石のマーガレットも余りの美しさにおののいたんでしょう。ズバイダに門戸を開いてしまったのです」
まあ、ズバイダ様だったらそれぐらいやるだろう。なんせ人間とエルフの戦争をしていた時代に指揮をとっていたのぐらいだし。横やりを入れたのもマーガレットを憐れんだとかじゃなくて、どちらか一方を勝たせるより、拮抗状態を維持する方がエルフにとって良いと思って助けたんだろうなぁ…。
結果だけ知るとズバイダ様の起こした行動はかなり良い手だ。もしどちらか一方が勝ってたらその戦力を持って地代を認めざるを得なかっただろうからだ
「その後はマーガレットとウチのボスとズバイダ様を囲んでの会談の後に休戦となりました。休戦の後の話し合いはルリコ様が帰ってきてから。ズバイダ様はそう仰っていました」
いや、何で私? 私戦争なんて全然詳しくないよ? ていうか地代? 何それ? 状態だよ。そんな人にズバイダさんは一体何をさせる気なんだろう。
私が逡巡していると視線を感じた。見るとディルクが私を見つめていたので軽く咳ばらいをすると言った。
「とにかく、私は今日帰郷したばかりなので…。詳しい話は後日お願いします。それまではここの人に手荒な真似はしないでください」
「わかりました」
ディルクは武骨な外見に似合わず、うやうやしく頭を下げた。私はそれを横目にヘルミに顔を向ける。
「ヘルミ。悪いけど…」
「ルリコ様…嘘でしょ…」
「ここの人達が約束守るかどうか見張っていて欲しいの。お願い」
そう言うと私は頭の上で両手を合わせて拝む。
「…そこまでされるなら…。ウチやりますよ。だからもし、やりとげたらウチを信じてくれる? それならやる。ルリコ様の側近にしてくれるなら…ウチやりますよ」
「…わかった。もし、ヘルミがこの仕事をしてくれたら側近は考えるよ。私の側近はかなり激務かもしれないけど…」
実際私のこれからのスケジュールや側近に求める技能を考えるとかなりの人材じゃないと務まらない気がする…。
私のその言葉を聞いたヘルミは唇の下に指を当てると首をひねる。
「あーやっぱめっちゃ大変なのは無理なんで、そこそこラクに稼げるほうで」
「…わかった…」
それを聞いたアキレアが私の背後でデカイため息をついた。
それからヘルミとシュラを開拓地の村に預けた私とアキレアはディルクの見送りを固辞して森に繋がる丘の道を目指した。丘への道の途中の水田を横目で見ると張られた水が宙の星環を映して美しい。そこにあったのは水田の上をトンボがや水鳥が飛ぶありふれたのどかな田園風景だった。
なんかこうしてみると戦争なんて実感わかないけど…本当に戦いなんてあったのかな?
そんなことを考えながら丘を下る途中、アキレアは私に耳打ちをした。
「ルリコ様、つけられるかもしれません。丘の影を利用して他の道へ迂回しましょう」
私も尾行のことを考えてたのでそれに頷く。
「ちょうどいい、詫びじーちゃんの家から行くルートから行こう。ついて来て」
「謝罪のおじいさんですか?」
詫びじーちゃんとは昔エルフと人間が戦争をした国の巫女の弟だ。終戦後、老いた彼は戦の被害を詫びる為に訪れたことから『詫びじーちゃん』というあだ名をつけられていた。森に来てから彼は数人の弟子と共に花崗岩の大岩をミノを使って犠牲になったエルフ達の像を彫り上げた。晩年、歩くことが出来なくなった彼はエルフたちに介護をされながら看取られ葬られたのだ。
私は丘の影を使って横断して、わびじーちゃんの道に向かう。
確か、今も詫びじーちゃんの道は人間が手入れしているから、通行は可能なハズ。
師匠によると、詫びじーちゃんの彫像を手伝った弟子たちは美しいエルフを信奉する団体の信者だったらしい。今も道と像の整備はその宗教人たちがしてくれている。
あれ…冷静に考えると…人間との戦争って私が生まれる前の出来事だよね? 二百以上も存続するエルフを信奉する組織って…。なんかヤバくない? 大丈夫なのかな?
そんなことを考えていると、私の背後からアキレアが走り出して道の前で屈んだ。
「どうかした?」
「シュラの足跡です。泥がぬかるんでいるのでまだ新しい。この道を誰か通ったようです」
この先に誰かいる? エルフはシュラを使わないから…。人間? エルフの信奉者も道を神聖視しているらしいからシュラを使わない。とすると…。
「地代の人達は軟禁されているんだよね? だったら、占領している人達の関係者じゃない?」
「足跡からしてニ騎、いえ三騎。足跡の深さから二騎は重装。一騎は軽装かと思われます。この道はやめましょう」
「ああ、そうか。アキレアの武器は重装相手だと厳しいもんね」
アキレアの武器は日本刀のような刀なので西洋風の重鎧にはかなり手こずるハズだ。
「そうです。その上、私の騎士の鎧も置いて来てしまいましたから…。これはとんだ失態ですね」
「参考までに聞きたいんだけど…鎧の隙間を狙うとかできないの?」
私が聞くとアキレアは考え込んで言った。
「相手次第では。今回は相手が悪いです。先ほどのアレーンはともかくディルクは真の帝国の軍人崩れの傭兵だと思われます。そのような遊びを入れる余地はありません。他の道を行きましょう」
そのアキレアの進言を聞いても私はあまり危機感はわかなかった。
確かに相手が敵ならヤバいと思うけど…。今回の戦いではエルフは中立みたいなものだし…。人間との会合でズバイダ様は私の名を上げている。もし、害したらズバイダ様の逆鱗に触れると思って手を出せないハズ。だから…
「多分大丈夫だと思う。私達エルフは中立だからね。どっちかっていうと森に武装した人間達が侵入した意図を問いただしたいところかな」
多分エルフの森に人間が勝手に入ったら不法侵入てきなアレだろうし…。仮に私達の土地じゃなくても貴族パワーで私達の森って宣言した方が良いよね。
「承知しました。ですがもし万が一の場合は森の中へお逃げください。シュラは深い森の中では満足に動けませんし、貴方様の足なら重装では追いつけぬでしょうから」
「わかったよ」
相談を終えた私達は、詫びじーちゃんの道を進んだ。道は雨の泥でぬかるんでいるがブーツなら平気だ。ぬかるんだ泥を踏むたびに靴にしみこむ水気を感じながら私は先へと進む。暫くすると薄暗い森の中に灰色の巨石の像が姿を現す。その像は風化し大分苔むしていたが、手入れされていた。
ここら辺が薄暗いのは多分エルフ信奉者達がエルフが木々に魂が宿ると信じて伐採してないからなのかな?
そう思って像に近づくと、後ろからアキレアが私の肩を叩いた。振り向くと、アキレアは像の方を凝視していた。アキレアの視線をたどると像の前にたたずむ人影が見えた。咄嗟に私達は森の茂みに身を隠した。茂みから顔を出して見るとそこには奇妙な恰好をした少女が見えた。
紫、赤、黄色。
色とりどりの布を袈裟懸けに巻きつけたような多彩なドレスを着た少女。白く透き通るような金髪に毛先が青と赤のグラデーションカラーで染め上げられていた。
まるでファッションショーに出てくる奇抜なデザインのドレスみたい。
私がそう思うぐらい彼女の恰好はハイセンスの危ういバランスの上で成り立っていた。それでも私が彼女を滑稽とか変と思わなかったのはその彫りの深い顔にかかる陰影があまりに悪魔的で美しかったからだ。
なんか凄い人がいる…。どうしよう、思い切って話しかけてみたほうがいいかな?
そう思って進んで口を開きかけて止める。その女性の前に背の低いエルフ、ネムが立ちはだかっているのが見えたからだ。私がネムを見ていると彼女は視線を一瞬こちらに向けてから前に戻すと口を開いた。
「壊しちゃダメ。詫びじーちゃんの像を壊さないでカラリリ」
どうやらネムは私に会話しながら目の前の女性がカラリリだと伝えたらしい。カラリリはネムの言葉を理解できないのか横にいるローブ姿の女の方を見る。すると軽装の女戦士はカラリリに何か言葉を伝え、彼女はそれに頷く。
…もしかして…あのローブの人、エルフ語が訳せるの?
ローブ姿の女は目深にフードを被っていてその顔を見ることはできない。
「どうして?」
ローブ姿の女性の翻訳を聞いたのか、女性は、地を這う様な低い声でネムに尋ねる。すると、その言葉をローブの女性がネムに翻訳する。それを聞いたネムは頷いて答える。
「これは詫びじーちゃんが頑張って作った像だから。それにこの像の戦争で死んだエルフの像なの。私達のお父さんもここに眠ってる。だから…」
「お父さん…」
ネムの言葉にカラリリは像を見上げた。像はエジプトのヒエログリフの様に横並びに彫られいる。それはは複数のエルフが剣や槍の武器を持って走っている姿だ。石像からあふれるその疾走感は『戦争でエルフ達が未来の為に走る様』がよく表現されていると評判だ。
「私の父上も病に倒れました」
カラリリは呆けたようにそう言うとネムに視線を戻して言った。
「貴方の御父上もここで死んだのね」
カラリリがそう言うと彼女の横から鎧を着たニ名の護衛達が姿を現す。その鎧は中世ヨーロッパの映画に出てくるようなフルプレートで黒鉄色に染め上げられていた。周囲を警戒する護衛に目もくれずネムとカラリリは話を続けた。
「ここは昔、処刑場だった。歯向かった者を処刑したと聞いていた。本当だったんだな」
カラリリはどこか昔を懐かしむような眼を像に向ける。そして再び視線をネムに向けると言った。
「じゃあ、貴方も吊るそう」
「いやだね」
それを聞いたネムはあっかんべーをしながら像の上に軽快に登っていく。カラリリはそれを見上げながら笑って言った。
「この像を破壊せよ」
カラリリの命を聞いた重装兵達は顔を見合わせる。
どうしたんだろう。って…像を破壊できるような器具を持ってないせいか…。
それを聞いたネムは眉をひそめながらカラリリに問いかける。
「やめてよ。なんでそんなことするのさ」
ネムの呆れた声にカラリリは動じないまま答える。
「貴方とその像が美しいから。そしてここがかつて私達の先祖が作った処刑場だからよ」
「美しいとなんで吊るされるのさ。アンタがアタシより美人じゃないから?」
それを聞いた重装兵の一人が槍を投げようと構え、それをカラリリが手で制する。
「人は何かを破壊して生きる存在だからよ」
カラリリは幼子に諭すようにネムに言う。
「この像も貴方も私が破壊することで初めて私の所有となる。私は此処が欲しいの、貴方が欲しいの。そう、何かをね」
ネムは小首をかしげながら言う。
「あのさぁ。あんた言ってることおかしいよ。だって、破壊すればネムがあんたのモノになるって言ってるのに、アンタはさっきから命じてばっかりじゃん。それってアンタの部下が吊るしたら部下のモノになるだけでアンタのモノにはならなくない?」
ネムの言葉を聞いて、カラリリは重装の部下を振り狩ると言った。
「そうなのか? だとしたらお前…私のモノを盗んだことになるな?」
カラリリは重装の兵に怒りをにじませた声をかける。その表情は私からは見えなかったが、重装兵はたじろいで困惑した声をあげる。そこにネムがすかさず声をかける。
「あのさぁ。そもそもそれってアンタのモノじゃないからドロボーじゃないじゃん。アンタは何もしてないから、何も持ってない。盗みようがないじゃん」
それを言われたカラリリは落ち込んだように肩を落とす。その落ち込んだ様子を見ていたネムが像から華麗に飛び降りると言った。
「ねえ、大丈夫? 顔色悪いけど。いるんだよねぇ、議論に負けるとめっちゃ落ち込む娘って」
カラリリはネムを涙目のまま微笑んで見ていた。
「…じゃあさ。こうしよう。アンタとネムは友達。暫くはそれでよくない? 少なくとも私と貴方は関係があるんだから」
カラリリは目を伏せると「関係…」と呟く。
「そうだよ、私達が仲良くすれば私達の間に何かが生まれる。それは私達のモノでしょう?」
「それは違う。関係はモノじゃない」
そう言うと彼女は立ち上がって髪の毛を頬に巻き付けて引っ張った。
「…」
カラリリの様子を憐れそうな目で見ていたネムは彼女に近づいて裾を握ると言った。
「わかったよ。じゃあ、ネムが一緒に行ってやるから。そうすれば満足でしょ?」
ネムの提案にカラリリは呆然として彼女を見下ろす。ピョンとジャンプしたネムはカラリリの手を取って親子の様に手をつないだ。
「温かい…」
カラリリはネムに手を握られると情緒不安定そうな雰囲気が薄れた。
「貴方は私のモノになってくれるのか?」
カラリリがそう問うと、ネムは頬をかいて言う。
「いや。でも友達になってあげるよ。その代わり友達のネムのモノを壊したりしないでよ」
それを聞いてカラリリはニコリと笑って頷く。
いやいや…。なんでそうなる!?
端で聞いて居た私は頭を抱える。
カラリリって女…。絶対正気じゃない。ネムだってそれは気づいてるだろうに…。なんで付いて行くの…。
ネムはカラリリと手をつなぎながらシュラの方へと歩いて行く。その背後をカラリリの護衛と思わしき軽装の女戦士と重装兵が付いて行く。
「はい、ちょっと待ってくださいね!」
突然森の中から声がすると、太ったエルフと長身のエルフが茂みをかき分けて現れる。それを見たネムは頭を抱えて言う。
「ちょっと! なんで隠れてないんだよ!」
ネムの抗議にも動じず二人はワタワタとカラリリ達に近づいて行く。
「い、いや。そう言うなって。私達はいつも一緒だったろ? それにホラ。前から人間の料理ってどんなのか気になってたんだよな~」
デリアは顎を震わせながら言う。そのデリアの横からカームが出て来てカラリリに言う。
「あの、ネムは既婚者で子供もいるんです。貴方のモノにはなれないんですよ」
カームはそう言うとローブの女性を見る。ローブの女性はカームの言いたいことがわからなかったのか小首をかしげる。
「あ! そうか。貴族の人って複数の人と結婚できるんでしたっけ!? あーそっかー…」
カームはなんかもうよくわからないしそのままにしておこう。
「いや、友達になるっていってるじゃん、なんで結婚の話になるんだよ。ていうかアンタたちまで来たら子供はどうなるんだよ」
「今は託児所もあるし、ウチ等の旦那達ならなんとかするよ」
「友達と結婚ってできないの? 知らなかったー」
二人の言葉にネムは苦虫をかみつぶしたような顔になっている。その横でフードの女性の翻訳を聞いたカラリリは腹を抱えてクスクス笑っている。
「貴方達って面白い人達ね…」
「いやいや、全然面白くないっす。おかしいだけっす」
「あんまり褒めるとカームが調子にのるからやめてね?」
カラリリの言葉にデリアとネムは釘をさす。
「良い。一人ずつシュラに乗せて我が館に招待する。なに、悪いようにはしないさ」
そう言うとエルフ三人娘はシュラに乗せられて森から引き返して行った。その場から去る際にネムは私の隠れている方を見て頷いた。




