葛藤の騎士アキレア
「どうやら私の早とちりだったようです。失礼しました。」
セリオン君は巡礼者のローブのフードを再び被ると頭を下げた。
「まだ子供じゃないか…」
アキレアが私の背後でそう呟く。振り返るとアキレアは顔を青くしてセリオン君の顔を凝視していた。
「見たところ、貴方たちは高貴な方とお見受けいたします。命を助けていただいてありがとうございました」
セリオン君はアキレアの様子を知ってか知らずか頭を振る様にお辞儀をする。セリオン君の言葉を聞いた村娘は私を振り返って言った。
「え、マジ貴族だったん!? ヤバ〜…てかウチ、マジ命助けてもらって感謝しかないんだけど。これもなんかの縁っしょ? だからさ、ウチもアナタのそばでがんばらせてくんない?」
「ええ…」
突然の村娘の申し出に私は眉をひそめる。
なんか結構言葉の省略とか多いけど、これって日本語だとギャル語っぽい感じだったりするのかな?
そう思って私の頭の中ではギャル語っぽくしているが実際のところはわからない。村娘はニコリと笑いながら胸の前で両手を握る。そんな彼女を見ながら私は目を細める。
まあ、開拓地は人手が必要だけど…。正直なところ今の集めてたメンツがトラブルメーカーが多すぎて…これ以上はいらないっていうか…。アダットさんみたいな堅実なタイプが欲しいんだけどなぁ…。
「な、なによその露骨にイヤそ〜な顔! あ、ウチだって別に悪いこととかマジやりたくなかったし! でもさ、脅されてたんだって! しゃーなくね?」
「でも、だからって悪いことをして良いわけじゃないでしょう?」
「ウチらだって別に悪いことしたいワケじゃないし!畑の不作とか戦争で作物ガッツリ持ってくのって、結局貴族のせいじゃん?で、食べるもん無くなったらどーすんのよ?アンタだって餓死するくらいなら盗むっしょ?」
まあ…私個人はお腹が減ってどうしようも無かったら盗みはするかもしれないけど…エルフ達だったら悪事をするぐらいなら死んだ方がマシって言うんだろうな…。
私はため息をつきながら答える。
「確かにそうだけど。だったら悪いことをしたら信用もなくしす、罰を受けることもわかっているよね?」
私が村娘にそう言うと、間にセリオン君が入って言った。
「確かに仰その通りです。しかし彼女様な人たちを改心させる為の環境も重要だと思います。悪事を働いたからと言って世界から追放すれば彼らの様に奪うことでしか生きることしかできなくなる。だから統治者は下々の者を正しく導くことが求められるのです」
うーん…。まあ、確かに貴族を管理者と考えると社員の育成も仕事のうちなのかもな…。
セリオンの言葉を聞いた村娘は腕を組んでそっぽを向いた。
「フンッ、結局さ〜貴族ってウチらの暮らしとかマジどーでもいいってことっしょ?」
そういうことを天上人の貴族の前で言っちゃうから良くないと思うんだけどなぁ…。
「いえ、世は変わりますよ。一か月前、私の師エルゼワードは私達の生活を変える為に沢山の人と王国まで歩いて身分制度を変えることをお約束下さったのです」
セリオンの言葉を聞いて私は口を開く。
「それ本当?」
「はい、本当ですよ」
出かける前に城下町でそんな話聞かなかったけど…。皇国と王国じゃ距離があるから報告がなかったとか…? いや、ていうか普通に考えて貴族や王様達がそんな要求を飲むと思えないって言うか…。
「そのエルゼワードって人はどんな人なの?」
「鍛冶師です」
「そんな人が人々を率いて王様と会って、約束を取り付けたの?」
「はい、師匠は職人ですが、神学にも造詣が深く、税の取り立てにあえぐ民衆に『貴族も農民もない。誰もが等しく扱われ救われるべきだ』という博愛の精神を説いたのです」
「それで王様は身分制度を無くすって言ったの?」
「はい、王は身分制度の廃止と税の軽減をお約束下さいました」
うーん…。これって多分。
「それって多分その場だけの口約束だと思うよ。普通に考えて身分制度が無くなるなんてありえないと思う」
貴族達が身分制度を無くすなんてことを許すとは思えない。
「偉大なる王が嘘をつくとは思えません。それにこれは原始の世の理。アダムとイブの世界のようにみな平等に暮らす世界に近づけば悪徳のない世界に近づく為の道程と王もご理解していらっしゃいます」
「でも、身分が無くなったら世界がおかしくなっちゃうと思うし。税金が少なくなったら橋とか水路みたいなインフラが維持できなくなると思うけど…」
「本当にそうでしょうか?」
セリオン君は私に静かな目で問いかける。
「身分や税金がないと世界がおかしくなる。しかし、原始の世界には身分なんてなかった。私達は地を耕し種をまいてそれを食べて生きていた。橋や水路が壊れれば皆で協力して直していた。元々我々の世界はそんなものがなくても立ち行っていました。であれば、身分や税が無くても世界は維持できるのでは?」
それを言われて私は急にわからなくなった。
身分などの格差がない世界? 税金がない世界? そんな世界本当にありえるのかな? あったとして…安全に暮らせる? いや、統治者や税金がないと安全に暮らせない、それが本当である根拠なんてあるのかな? もしあるとしたら。その”世界”って何なんだろう?
「ちょちょちょっと〜!黙って聞いてりゃさぁ、このキレイな子とウチが同レベとかマジありえなくない? 人間なんてさ、生まれつき格差エグいんよ。神サマがそーやって作ったんだから、しゃーなしっしょ」
う、うーん。この娘の騒がしさったらないな。でも顔は可愛いからなんか見てて微笑ましい気もしてくる…。
「しかし、この貴族の方も神の前の美しさの前では劣るものでしかありません。神の前では誰しもがそうなのです。神の真の美の前では我々は平等なのです」
「ふーん。まあ、確かに神様の前じゃウチ達は似たようなもんか」
私は村娘のその言葉が何故か癪に触った。そしてそう感じてから自己嫌悪の嫌な気分が心の中でとぐろをまいた。
私、この娘と一緒にされたのが不愉快なのか…。小さい人間だなぁ…。
「同じように、人類は神の前では等しく神の子なのです。貴族も商人も農奴もない。必要なのは祈りです。我々皆が神に祈る気持ちを持てば魂は善きものになり、全てが善となりやがて一つとなる」
そう言うとセリオンは私達を見まわして言った。
「だから祈りましょう。神に感謝を」
そう言うと皆はその場に下肢づいて顔の前で両手を握ると目を閉じて祈り始めた。振り向けばアキレアも跪いて祈っている。私もそれに倣ったが、目は閉じなかった。意味がわからなかったからだ。
話はまだ終わってないのに。なのに何故皆が祈っているのかがわからない…。祈れば何かが変わる? そんなの神に責任転嫁しているようなものじゃないか。世界は変わらない。私達が変えないと平等は訪れない。だってこの世界に平等なんて…ないからだ。でも…だったら…他に何があるんだろう?
私の脳裏に前世のテレビの中で見た外国の貧困、内戦、病気で傷ついた子供たちの映像が浮かぶ。深夜残業した帰りにすれ違うカップルや高級車を見てため息をつく帰り道の記憶を思い出す。
どんなに祈っても。結局世界に平等なんて訪れなかった。神なんていない。
そう思って私は横で祈っている皆の顔を盗み見る。村娘もセリオンも傷面の男も一心不乱に祈っている。まるで”それ”がどこかにあると確信しているかのように。それを見た途端私の中に嫉妬の様な感情がメラメラとわき立った。
どうして私はイライラしているんだろう? この人たちは祈るモノが在るのに、私にはないから? すがる何かが、目指す何かが。
繁栄、平等、自由。どれも空虚に思えてくる。そんな自分の胸にぽっかりと空いた穴が風鳴りを響かせている。ふと、私の脳裏にニコラスの顔が浮かぶ。それを思うと心が安らぐ気がする。恋、愛、夢。
そうだ、ニコラス為に祈ろう。
私は目をつむる。
神様、ニコラスを守ってあげてください。怪我とか病とかから…。後…。まあ、とにかく頼みます。
祈った後、私達はセリオンと傷面の男に盗賊の男二人の遺体を埋めて貰った。他にも気絶した盗賊の見張りを頼んだ後、私達は丸太小屋の一つを貸りて夜を明かすことにした。私は早速小屋の外のカマドで鍋を煮立たせながらそこに身体を拭くための布を入れて煮沸しながら鼻歌を口ずさんだ。
ああ、もうすぐ温かい布で身体を清められる…。
布の煮沸がある程度終わったら、桶にお湯と水を加えて丁度いい温度にするとアキレアを読んだ。
「アキレア、背中拭いてくれない?」
「はい、只今」
そう言うと、外にいたアキレアは小屋に入ってくる。
「お嬢様!? ルリコ様…! 何故全裸なのですか!?」
「…何でって…これから布で拭くんだから全裸じゃなきゃ拭けないじゃない」
「はしたのうございます。何か上に来てください!」
「女同士で何がはしたないのかなぁ…。じゃあこれ着ておくか…」
そう言うと私は薄手の上下にそれぞれインナーを着る。
「じゃあよろしく」
私の背後にアキレアが近づくと手甲を外して側に置いた。
「失礼します」
そう言うと、アキレアは私の背中を撫でる様に拭く。それはそれで気持ちいいけど力が弱すぎる。
「もっと力を込めて拭いて。そうそう」
私の背中を拭くアキレアの手はまるで私の背中を強く拭いたら引き裂いてしまうと思ってそうなぐらいに繊細に肌を撫でた。
「なんだか慣れてない感じだね? もしかして騎士団の人達とこういうことしないの?」
「い、いえ。そういうことをする人も居ますが…。ルリコ様とは違います」
「違うって?」
「口にするのもおぞましい。堕落した目的です」
あー女子高だと女子同士が凄く仲良くなるみたいな話かな…?
「私はそういうのじゃないから大丈夫だよ。清潔が目的だから」
「勿論です、ルリコ様はけがれていません」
「アキレアは清めないの?」
「私は後で自分でやります! お構いなく!」
アキレアは緊張した声をあげる。それを聞いて私はアキレアに声をかける。
「ごめん、ついでに肩も揉んでくれる? やっぱ長時間の移動はシンドイわ」
「わ、わかりました」
私はアキレアに肩を揉まれながら、肩越しに聞いた。
「ねえ、アキレアはどうして私を護衛することを了承してくれたの? 今は入団したばかりで騎士団では大事な時期なんじゃない?」
「そ、それは。私が…私が弱いからです」
「貴方が弱い?」
「はい。勿論力や技巧ではなく。性根が。とてつもなく」
「とてもそうは思えないけどな」
「私は…わかりきったこと、勝負事については迷ったことがありません。でも…わからないこと、勝負事以外の人のことになるとわからなくなる。今まで身体が勝手に動いてことができなくなる」
「あ、ごめんね。足の裏もお願いしていいかな?」
そう言うと、私は彼女の正面に座り直して足を差し出す。彼女は私の足の裏を揉みながら言う。
「私は本当にどうしたらいいのかわからないのです。私は貴方を護ると誓ったのに。地獄を恐れている。そのような軟弱な精神では貴方を護れないというのに…」
どうやらアキレアはセリオン君との問答で、地獄を恐れた自分を恥じているらしい。
まあ、確かに騎士は守るために何でもするってイメージだけど…。その騎士が地獄を恐れている様じゃ仕方ない気もする…。でも…。
「いいんじゃない? それで」
それを言われてアキレアの手をビクリと震える。
「だって、アキレアは葛藤の騎士なんでしょ? だったらそれでいいんじゃない?」
「…私は確かに葛藤の騎士の名を与えられていますが。不本意なのです。私は葛藤なんてしたくない。私は剣になりたい。あなたを守る、ただの鉄剣になりたい。ことあるごとに惑乱し、迷う弱い自分では美の剣になれない」
「私はそう思わない。葛藤しない剣は弱い」
「何故…?」
アキレアは顔を上げる。私はアキレアの手から足を引き抜くと足を汲んで言った。
「葛藤した末に振るわれる剣には、確信の末に振るわれるから。迷いがない剣だから」
アキレアが息を飲む音が聞こえる。私はアキレアの目をよく見て言う。
「何も考えずに命を奪うような武器は、剣に抱かれる感情は恐怖しかない。でも、苦悩して振るわれる剣に人々は尊敬の念を見出す」
「確かに、確かにそうかもしれません。しかし私は…」
「それに…私はね。迷っているアキレアの方が好きってのがあるね。迷ってないアキレアはかっこいいけど…ちょっと怖いよ」
アキレアは私を見上げると私の足を手に取って拝むように頭を下げた。私の足の甲が彼女の額の熱を感じ取る。
「懺悔します。私が貴方を護りたいと思ったのは、美しいから。美の化身だと思ったから。でも、それは貴方の魂への侮辱だ。ただただ、肉体の美に縋りつきたいだけの肉体の美の奴隷だ。だけど、貴方がその弱さを許してくれるというなら私は…貴方の血と肉を守ります。今は許してください、その弱さを。そして私を導いてください。迷いの果てに、真の美の守護者となれるように。どうか最後まで美しく居てください」
アキレアの熱は私に奇妙な高揚感を与えた。まるで愛の告白でもされているかのような胸の高鳴りだ。でも心の中では外見は美人なのに性格はブスと言われてるような気がしてしまった。
『娼婦の肉体に私の魂は悲鳴を上げてバラバラに引き裂かれる…』
私の脳裏にクラリネの寂しそうな笑顔が浮かぶ。
クラリネもこんな気持ちだったのかな? もしそうなら、私は言わなくちゃいけない。
「勿論いいよ。でもね、私の体も魂も守って。そうじゃなきゃ私は」
バラバラになって壊れちゃうから――。
「わかりました。貴方の体と魂を守りましょう。私の美神」
そう言うと、彼女は私の足の甲に口づけをした。それをされた時に私はくすぐったいような、急に体に電流が走ったような快感が脳を走った。同時になんだか疲れたような感覚に襲われた。
肉体と魂。その分別こそが私を引き裂いている。私の心は一生エルフの美貌に届くことなく死ぬまで引き裂かれ続けるのかな…? だとしたら私の魂を好きになる人なんて本当に居るのかな?
私の心からニコラスの声が響く。
『性格悪い者同士、この世界を騙して行きましょう』
その言葉に自分の心が安らぐ。
そうだ、私は性悪美人。それを知ってくれる腹黒の彼が居る。同じだ。だったらそれでいい。それだけでいい。それだけで十分だ。それ以上を望んだらきっとバチが当たる。だから…。
「今日は疲れた。もう寝よう」
その後、私は服を着て眠りについた。アキレアはそれきり一言も話さず家の外でずっと寝ずの番をしていた。
「借金から逃げて来た!?」
昨夜の盗賊の拠点から離れて森を抜けて渡し守がいるという橋に向かって平原をシュラで駆けていた。私は単騎で村娘のヘルミはアキレアと一緒に乗っている。
夜が明けると、盗賊の男はセリオン君と傷面の男と一緒に逆の道へ去って行った。。セリオン君は生き残りの盗賊の男を改心させたいと言っていた。その生き残りの男も死んだ二人の遺体を見て観念したのか罪を償う人生を受け入れたようだ。
改心なんて簡単にできることじゃない気がするけど。まあ、できるなら応援したいよね。
私はがっくりを首をうなだれる。
なんて…そう思っていた時期が私にもありました。村娘に借金から逃げて来たと言われるまでは…。
「てか、家族が病気になって仕方なくてさ…。でも負債とか全然返せなくて、ウチ結局逃げてきちゃったんよ〜」
そう言うとヘルミは舌を唇から可愛く出す。
ダメだこいつ…何とかしないと…。
「それはさぞかし残されたご家族は苦労しているだろうな」
アキレアは大きなため息をつく。
「え~だって、払えなかったし」
そう言うと、ヘルミは眉をひそめて薄笑いを浮かべる。
「しょうがない…。だったら私が立て替えてあげるよ。家近いんでしょ?」
私がそう言うと、アキレアはたしなめるような口調で言う。
「ルリコ様、甘やかしすぎでは? そのような態度ではこの娘が増長しますよ」
「大丈夫。立て替えた代金はヘルミの給与から生活に不自由ない範囲で天引きしておくから」
「マジで? ありがと〜! じゃあウチが村まで案内しちゃうね!」
私達は橋に向かう道すがらヘルミの村によってヘルミの借金を一括返済した。最初は騒然としていた村もアキレアの無言の圧力によって有無を言わさず和解ということになった。
「それではどうかヘルミをお願いいたします」
長老は私達に頭を下げるとヘルミの身柄の引き渡しは呆気なく行われた。まあ、アキレアが私をそれとなく貴族とわかる様に話していたせいもあると思う。
それにしても…。
「ヘルミ、本当に家族と会ってお別れしなくていいの? もう二度と会えなくなるかもしれないんだよ?」
「ウチさ〜、ルリコ様にお仕えできればそれでいいんだよね〜。家族とか言うけどさ、親は兄貴ばっか構って、私にはいい男探せってばっかでさぁ。まあ、顔はそこそこよかったからさ。でも、あたしは種付け用の牝馬じゃないっていうか? なんかコレジャナイって思ってたから」
う、うーん。家族って言っても幸せな家庭ばかりじゃないんだな…。
「てかさー、借金とか勝手にウチに押しつけてさ、ヤバくなったら売るつもりだったとかありえなくない? そんなの家族って思えないよ。それでも宿でほぼ無休で働いて家に金入れてたんだから感謝して欲しいぐらいだわ」
「そういうことならまあいいけど。私の下ではちゃんと返済してもらうからね」
「わ、わかってるってば! ルリコ様に拾ってもらったこの恩、ウチ絶対忘れないし!」
私達はヘルミの村を離れて、村から最も近い橋へと向かった。
「苔石橋ってさ、けっこーデカいから通行税マジかかるんよ? ほんとにそれでいいん?」
「大丈夫だ。ルリコ様は貴族だから税は免除されるハズだ」
アキレアは自信をもって答えるが、私達は叙勲がまだなので正確には貴族ではない。そのことを伝えてもアキレアは大丈夫の一点張りだ。あれから夜が明けてアキレアは何か吹っ切れたかのような感じがする。今まであったような浮足立った感じも違和感ある行動も減った気がする。むしろ眼が良く合う様になって嬉しい。
アキレアがそう言うなら大丈夫かな。まあ、いざとなれば通行税払ってなんとかすれば良いんだしね…。
私達が更に進むと眼前に緑色に苔むしたアーチ状の石橋が目に入った。橋の下を流れる川は流れは緩やかで茶色くにごっていた。
なんか日本の川に比べて汚く見えちゃうな…。
その石橋の中央には石でできた三角屋根の塔がそびえていた。よく見ると塔の入り口には兵士の姿と机に座る小太りの役人風の男が見える。塔の入り口を人が通るたびに役人風の男が数字を読み上げ、お金を回収している。兵士はそれを見張っているような感じだ。
「なんだって? その税金の計算、間違ってないか?」
「間違ってません。人頭税はお前と妻とその荷車に乗っている子供。要は渡ろうとする者の頭の数で決まるのです」
どうやら橋の徴税人と渡ろうとしていた農民の家族連れが支払いで揉めている様だった。
「いやぁそんなこと言われても払えないよ。何とか物納じゃダメかい?」
そう困惑しているのは野菜を乗せた荷車を引く農民の一家だった。
「野菜はすぐ傷むから対応してないんだよねぇ」
太った徴税人は困ったように頭をかく。
「じゃあ、一旦この坊主共を預かってくれねぇか? 二、三日で迎えにくっからよぉ」
「あー。すまんそれも浮浪児が盗みをする問題で領主様から禁止になった」
「えーそれは困るなぁ。だいたいさあ、この野菜だって税なんだよ? それに加えて人頭税も払ってるんだよ? で、納める為に橋を渡るのだって通行税と人頭税じゃ二重取りじゃん。一体どうなってんの?」
「いやぁ、そう言われてもこっちも仕事だからさぁ」
…なんとういかところ変わっても役人と市民のやりとりってあんまり変わらないんだなぁ。
「あいつらいつまでやっているつもりだ? ちょっと言ってきます」
そう言うと、アキレアがシュラから降りてヘルミに手綱を託すと塔へと近づいて行く。
「ちょっとアキレア。そんなことする必要ないってば」
私がそう言うと彼女は振り返って言った。
「いいえ、奴らと貴族である貴方の時間の価値は同じではありません。それに貴族様達こそ王宮に多くの税を納めています。それは農民の税の比でないのです。であれば、下々の者が税を納めることに異議や不満を口にするなどあってはなりません」
うわぁ。こっちはこっちで高額納税者が普通の税を払ってる人に対する愚痴みたいなこと言ってる…。
「ちょっと止めてくる。ヘルミ、手綱お願い」
「オケマルでーす」
私は税を払う為に並ぶ人ごみを尻目に塔へと向かう。
アキレアはちょっとやりすぎるきらいがあるから早く止めないと…。
「ちょっと貴方なんですか!?」
「無礼者! 私は騎士アキレア! 貴族エルフ様の護衛にて使者である! 速やかに道を開けよ!」
私が塔へ近づくと、アキレアは兵士をどかして農民と徴税人の間に立っていた。
「話は聞いた。徴税人よ、金がないと言ってるものから金をとっても仕方あるまい。物納でもなんでも対応せよ。農民の方も税を払うことに愚痴を言ってもしょうがないだろう。なんでもいいから価値あるものを差し出すがよい」
徴税人と農民は突然の騎士の登場に戸惑い慌てふためている。
「そ、そうは申されましても野菜は日持ちせず。我々がいただくことになってしまいます。そうなると税の着服にも取られかねず…」
「こちらも価値あるものと言っても、野菜以外は持っておりません。どうか高貴なる騎士のお知恵をお貸しください」
それを聞いたアキレアは胸をそらすと手を当て言った。
「よろしい。ではそこな農民よ払う者がないというならその子供を差し出せ。さすれば私が守護せしエルフ様が引き取ってくださる」
それを聞いた農家の妻は子供を胸に抱くと悲痛な訴えをした。
「そ、それは嫌だ! これはオラたちの子だ! 誰にも渡さねぇ!」
しかしアキレアは冷たい声で言った。
「何を言う。税も払えない家の子供など不幸ではないか。貴族の下なら何不自由なく暮らせるのだ。何が嫌だ? 何が不満だ? お前達が子供に固執するのは地を耕す労働力が欲しいだけで愛ではないのだろう?」
それを聞いていた私も流石にカチンときた。
「控えなさいアキレア」
そう言って私はアキレアの背後から前に出て、アキレアに下がる様に促した。
「しかしお嬢様」
「いいですか、私のお金は私の為ではなく、仲間や統治する地の為のお金。それを貴方が勝手に使い道を決めるなんておかしいことです。出過ぎた真似はやめなさい」
「た、確かにそうですね。失礼しました」
そう言って私は徴税人と農家の人達を振り返る。アキレアの剣幕のせいか表情は恐怖に歪んでしまっている。
うーん、完全に場が冷え切ってるね…。ここはムードチェンジが必要かな…。
私は大きく息を吸うと、間延びした声で歌った。
「年貢取る~ 手のひら見れば~ 穴ばかり~」
突然歌いだした私を皆顔を見合わせる。その様子がおかしくてフッと笑ってしまう。
「けふも米より~ 空腹の歌~」
歌い終わって頭を下げても皆ポカンとしている。唯一私を見ていた子供が指を咥えながら。
「米食いてぇだよ」と言った後にグゥとお腹の音が鳴る。
それがあまりにナイスタイミングだったのか、あるいは雰囲気を読んでか徴税人が笑う。すると農家の人達も眉をひそめながら愛想笑いを浮かべる。
「そうね。これはね。市民の人達が税の取り立ての辛さを歌った歌なの。凄くわかりやすいから歌えばその情景が浮かんできて面白いよねぇ」
「まさしくそうですね」
「凄くそう思います!」
そんなわけないんだが、徴税人も農民もガクガクと首を振る。
「ごめんなさいねいきなり。でもね、私はこういう歌が好きなちょっと変わった貴族なの。だから貴方達の振る舞いを見ても歌を思い出すばかりで怒りなんてわかないわ。むしろ変なモノや珍しいものが好き。そこでどうかしら? 農家の方は価値あるものだけじゃない。変なモノ、珍しい物を持ってない? 物だけじゃない。なんだったら歌でも伝説でも得かく珍しい物をくれたら私がお代を立て替えてあげる」
私は農家の人達を安心させようと精一杯の営業スマイルでそう言った。
「そう言われても…」
農家の人は私に困惑の愛想笑いを浮かべる。
うーん、頑張ってくれぇ! この場を丸く収める方法がこれしか思いつかなかったんだよぉ!
私は外面は微笑みながら内心は半泣きだった。
「アンタ! アレ! アレだよ! アレを渡しちまいな!」
農家の妻は夫に泡食って伝える。
「バッカ! そんなゴミを渡すような物言いするでねぇ! 大体あれは…」
「でっけー鼻くそだ」
農家の小さい子がそう言うと他の二人の兄弟はゲラゲラと笑う。
「綺麗なデカ耳姉ちゃん、でっけー鼻くそ食べるんか?」
そういうと兄弟たちは爆笑する。背後からアキレアの怒気で背中が熱くなる。私はアキレアを諫める為に間髪入れず答える。
「アハハハ。貴方のユーモアのセンスは私より上出来みたい。いいね。それ見せてよ」
「ええぞ」
そういうと馬車の横から何かをぺりぺりと剥がし始めた。
「鼻くそみたいだから馬車の横につけておいたんだ」
そう言って残り二人の兄弟も悪戯っぽく笑う。
「スッゲー臭ぇんだ! 長耳の姉ちゃんも嗅いでみな!」
「バッカ! お前お貴族様に不遜な口を叩くな!」
「構わないよ。子供は元気な方が良い」
私は尊大に振舞っていたが、内心は天真爛漫な子供を見てほほえましく思っていた。農家の末っ子が差し出したのはべとべとした薄黄色の塊だった。
「最初はネバネバしてたけど固まって益々鼻くそみたいになったな」
「あ~くっせぇ~」
兄弟たちは男兄弟特有のせせら笑いを浮かべてその塊に鼻をつまむ。
「ちょっと見せてね」
私はその固まりに恐る恐る顔を近づけるとペットのトイレみたいな臭いがした。
アニモニア臭?
「ちょっと触らせてね」
そう言って塊を指先でつつくと、低反発の弾力が感じられる。まだ固まってない部分は手に汚れが付着する。それを指でこねて開くと薄く伸びた。
「音も不思議なんだよ」
そう言うと塊を荷車の壁に打ち付ける。するとポォン、ポォンとどこか聞いたことがあるような音が響く。何だろうと首をひねると頭の中でひらめく。
ゴムボールが跳ねる音? もしかして…ゴム? もしゴムなら…私達の森にはない稀少なもの。どこで採ったんだろう…。めっちゃ欲しい…。
私はアキレアを振り返ると言った。
「アキレア、ポーチを」
そういうとアキレアは私の下に下肢付くとポーチを掲げた。その中から金貨を四枚取る。するとすかさずアキレアはポーチをしまって金貨を自らの手に置くよう催促した。私は少し考えた後、アキレアの手の上に金貨を山なりにして並べた。
「えっとじゃあ…」
私が何かを言おうとするとアキレアは後ろの民衆を振り返ると手を高く掲げて言った。
「貴族のエルフ様は農民の希少品に金貨四枚を支払うとおしゃっている!」
それを聞いた民主はざわざわと驚嘆の声をあげる。
「金貨四枚!?」「金貨!? どこどこ!?」「えらいべっぴんの貴族らしいぞ!」「俺にも見せろ!」
驚いた民衆は橋の欄干に上って首を長くする。
アキレアさぁん…。
アキレアは私を振り向くと「これで名声があがりますね!」と得意げな顔をする。
そうだね。橋がパニックになりかけているけどね。
私は農家を振り返ると言った。
「そういう訳でその鼻くそ、金貨四枚でどう?」
そう言われて農家の人達は時が止まったかのように呆然としている。
「あ、因みにどこで拾ったか教えてくれたら…。うーん…価値は計り知れないし払えそうないから毎月金貨四枚回数払いってところでどう?」
それを聞いた民衆が後ろの人達に伝える。
「貴族様がデカい鼻くその出所に月に金貨四枚だってよ!」
それを聞いた民衆たちは更に驚嘆する。あまりの驚きに欄干から川に落ちて助け出された人まででる始末だ。
「月四枚って…年収するとどうなるよ!?」
「わかんねぇ! 数えられねぇ!」
私は農家を振り返ると言った。
「どうです? お教えくださいますか? それともまだ足りない?」
それを聞いた農家の主人は両手を振りながら答える。
「い、いりません! タダでお教えします!」
「…じゃあ金貨八枚でどう? それとも十二…」
「四で結構! それでお願いします!」
「交渉成立」
最期は若干押し付けた形になったけど…。後から利権問題でもめたくないしね…。
更にポーチから金貨を取り出そうとするとアキレアが私に耳打ちした。
「お嬢様。このような大金を預けてはあの農家が危ういことになるかと。後ほど領土に取り来させるという形にした方が良いかと存じます」
「それもそうだね。じゃあそれも皆に伝えておいて」
「お任せを」
そう言うと、アキレアは言った。
「聞け! 賢しき貴族エルフ様。金穂の楯ルリコ様はこの哀れな農家の見つけた希少品に金貨四枚を与え、末代までの月金四枚を払うとお約束された! それはかの偉大なるエルフ様が統治する地にて正式に授与される! 各々そのことを皆に伝えよ! そしてエルフ様の誉を世に知らしめよ!」
「おおー!」
後ろで待っていた民衆たちはこの報せをわがことの用に喜んでいる。だが当の本人たちは魂が抜けたようになっている。
「ちょっとルリコ様ぁ〜! 大盤振る舞いとかして、給料未払いとかマジやめてほしいんだけど!ちゃんと払ってよね〜?」
シュラの手綱を引いたヘルミがブーたれ顔で言う。
「大丈夫だって」
なんせゴムの出所を知れば金貨四枚なんてはした金と思えるほどの儲けが入ってくるはずだしね。
私はアキレアとヘルミを引き連れて徴税人の近くに行くと言った。
「お騒がせして申し訳ない。このままだと騒ぎが収まりそうにないので行きますね。税は払う必要はありませんよね?」
それを聞いた太った徴税人は顎をプルプルと震わせながら。
「ええ、構いません。どうぞお通りを」
そして去り際に農家の人達に手を振って別れた。
「じゃあ、また報酬を手渡す時に会いましょう。バイバイ」
農家の人達も荷車の子供たちも呆然としたまま手を振り返した。
そういう訳で私達は無事に橋をわたることができたのだった。
「良くないなぁ」
橋を通ってシュラに乗り換えてからずっとヘルミはそう言い続けて来た。
「ルリコ様は素敵なのに、あんなお金に物を言わせるような真似するのは好きくないっていうか…。コレジャナイ感が凄いっていうか…。ルリコ様はそういうキャラじゃないっていうか…」
いや、なによそのキャラって…。今のところ私のキャラなんてずっこけエルフの異世界転生だよ…。
「逆、逆。私もお金の亡者になりたくないからお金を沢山使おうとしているんだよ。それにねお金って貯める方法より使う方が重要なんだよ。お金を貯めるより、無駄遣いせずに使って増やす。これが本当のお金持ちに必要な才能なの」
私がそう言うとヘルミは宙を見て言う。
「あー、確かにギャンブルってさ、ずーっと様子見よりレイズするヤツのが強そうじゃん?でも負けて即消えするヤツもいるし…へ〜、そうかも。じゃあウチも…」
「貴方はむしろレイズしない方法を覚えてね」
「ですよね~」




