鉄蹄サイレンS
次回更新は9/28日です
クラリネの引っ越し祝いの翌日、私はエルフの森へと帰路についた。その際に私は森を突っ切るルートを選んだが、予定に反して暗い森の中をさ迷い歩いていた。
いや、予定に反しているかもわからない。だってここがどこか全然わからないから。
「ごめんね、アキレア。本気で道に迷ったかもしれない」
私は道中の護衛を頼んだアキレアを振り返る。彼女は首を横に振ると言った。
「いえ、ルリコ様のせいではありません。私が用意した地図が原因です」
「ああ、あの地図ね…」
アキレアが持ってきた地図は周辺地域が省略して書かれた抽象的な地図で、誰がどの土地を支配しているということが大雑把に描かれているだけで、どうやったらそこに行けるかなどは全くわからない。更にの上部には太陽が記してあるのだ。
しかも太陽の図が上に来るってことはこの地図は地球の北に当たる方位が地図の上に来てないってことだよね。ということは地球で言うところの東が上に来ているってことかな? とにかくこうもざっくりとした地図ではなにもわからない。
「地図はまあ、確かに頼りにならなかったけど…。この森の旧道を進めばどこかに着くって判断したのは私だからね。やっぱ責任は私にあるよ」
私は地図が使い物にならないとわかってもこの道がどこかに繋がっていると思い込んで進んだ。しかし進んでも進んでも森から抜けることができないまま夜を迎えようとしている。
進めばいずれ出られるなんて遭難のあるあるの思考なのに…。でも、もう引き返したところで結局夜が更けて野営することになる。だったら野営をするばしょを探して…。そう考えて結局ズルズルと奥に進んでしまっている。
「この道は手入れされていますし、わだちの跡がある。どこぞに続いているのは確かです」
アキレアは私が自分を責めないようにとそう言ってくれているのはわかる。私はアキレアを見返して大きく頷く。
なんとかなる。そう思い込んだ結果こうなってしまった。それは私のせいだ。
集落に居た頃は外の世界に出たら起きるだろう怖いことを色々考えていたけど…。いざその渦中に居ると目の前のことに必死でそこまで頭が回らない。本当はダメなのにそんなこと考えている暇ないって突っ走ってる。でもそれでアキレアが怪我でもさせたらコトだ。本当に何とかしないと…。
そう思ってアキレアを見る。今回、アキレアは護衛なのだが鎧兜はなく、皮鎧の軽装だ。彼女が言うには身軽な方が護衛がしやすいらしい。
でも、それは建前で本当は鎧を付けたくないのかもしれない。よく見ると彼女ってお洒落さんだしそういう窮屈なのは嫌ってそうなんだよね。
「ルリコ様、何やら煙臭くないですか?」
「え?」
アキレアに言われて臭いを嗅いでみるとどこからかたき火の様な煙たい臭いが漂ってくる。
「どうやらこの先に人が居るようです」
人の気配を察した私達は急いで暗い森の道の中をシュラで駆けた。暫く進むと森が開けた所に松明の灯りとそれに薄ぼんやりと照らし出された石造りの建物群が現れた。星環の光が照らしだす建物たちは灰色の荘厳な造りで建物のてっぺんには渦巻の印が掲げられていた。
「…これは隠者達が住まうという庵でしょうね」
そう言うとアキレアは一歩前に出て言った。
確か庵って隠者とかが山の中で暮らすために建てられた建物のことだっけ?
「誰か!? 誰かおらぬか!?」
薄ぼんやりした暗闇にアキレアが声を張ると、建物が取り囲む中央の広場のたき火の向こうから人影が現れた。大きな焚火に照らし出されたのは修道士の姿だった。
「ようこそ、旅の美しき女性方よ。ここは静寂と悔い改めの地。見たところ巡礼の方はなさそうですが…何用ですかな?」
修道士のフードの下の顔は顎ががっちりしていて日焼け気味に見えた。たき火の光の加減か男の顔の薄笑いが胡散臭く見えてしまう。アキレアは私を背後に庇いながら言う。
「道に迷ってな。この道を進めば皇国の中央平野に出れるのか?」
「はい。でもこの先の川が増水で橋が壊れていて通ることはできないそうです」
「なに? どうしても通りたいんだがなんとかならないか?」
「朝になれば渡し守を雇って川を渡ればいいと思います」
「あいわかった。ではひと夜、雨風を避ける場をお貸しいただきたい」
修道士の男は頭を恭しく下げると言った。
「承知しました。それでは武器をお預けください」
それを聞いたアキレアがピクリと身体を震わせる。
「ほう…? 私の刀を預けろと?」
「はい。この地は神聖不可侵の場。戦いや暴力からは隔絶された聖域ゆえ」
「うむ。そういう事情ならわかった」
不満を漏らすかと思っていたアキレアがあっけなく刀を差しだすのを見て私と修道士は呆気にとられていた。
「お預かりいたします」
アキレアが片手で差し出した白無垢の刀を修道士は両手で受け取ると頭を下げた。
「クエー!」
庵の入り口にはシュラを休ませるための小屋も設けてあった。私達はそれにシュラを括り付けると修道士の男を振り返る。
「ではむこうのお休みいただける場にご案内します」
そう言って修道士は私達をたき火の横にある道に誘った。私達が道を進むと先に見えてきたのは木組みの丸太小屋だった。
丸太小屋とかキャンプの宿泊施設みたいだな…。ていうか本当にここって庵?
「あの、すみません」
「なんでしょうか?」
気になった私は修道士に尋ねてみた。
「この庵ってどれぐらい前に作られたんですか?」
「百年前の流れの巡礼者が開祖だと聞いております」
「その方のお名前は…?」
それを聞いた修道士は頬を指で掻くと言った。
「それは我々も知らないのです。実は我々も巡礼の際にこの廃れた庵を見つけ、その荘厳な雰囲気に感心して修行の場と定めたからです」
「何人ぐらいで修行しているんですか?」
「導師の下で私含めて五人で暮らしています」
「そんなに大所帯だと大変ですね物資は商人から買っているですか?」
「…そんなところですかね」
修道士は私の質問攻めに最初は愛想がよかったが、後半になるにつれかなり雑な返答になっていった。
うーんこりゃいよいよ怪しいな。
そう思って丸太小屋の扉を見た時に疑念が確信に変わった。
扉にかんぬきかけられてるやんけ!
「あの。すみません。貴方達って本当は修道士じゃありませんよね?」
何がすみませんなのかわからないが、つい日本人の癖で相手にそう言ってしまう。それを聞いた修道士の男はニヤリと笑うと言った。
「はい。でも勘違いしないでくださいね、ここまで来た方なら大体勘づきますよ。でもね、結局は従うしかないって納得してもらうんですよ」
男がそう言うと私達の背後から足音が近づいて来た。振り向くと修道士の恰好をした二人の男が槍を持って近づいて来る。
「おい、久々の上玉だ。傷つけるなよ」
「わかってるって」
悪党のテンプレみたいなセリフを二人にちょっと笑いそうになってしまうが、実際結構なピンチである。
私のナイフは没収されなかったけどアキレアの武器は奪われてるからなぁ…。
そう思っているとアキレアは私の背後から二人の方にズカズカと歩き出した。それがあまりに自然だったせいか悪党二人も顔を見合わせて槍を構えた。
「おい、動くんじゃねぇ。大人しくしてろ!」
そう言うと男達は脅すかのように槍を繰り出す。しかしアキレアは脅しに一切動じず、繰り出された槍の先を一本掴んで捻り上げた。その力があまりに強かったのか、持ち手の悪党は槍に吸い寄せられるかのように体勢を崩す。
「こ、この女…! とんだバカ力だ!」
アキレアは握った槍の先を更にグイと引き寄せて自分の脇に抱え込むようにすると腰を落として綱引きの様にグイグイと槍を引っ張る。
「ぶ、武器が奪われる! お前! 突け! 突け!」
そう言われたもう一人の男はアキレアに向かって槍を突く。その途端、アキレアは槍を手放し、瞬時に身をひるがえして槍の刺突をいともたやすく避けた。
そして突然槍を手放されたもう一人の男は体勢を崩して後ろによろけた。
途端アキレアはボクサーのファインティングポーズを取りながら体制を崩した男の元へとクラウチングの様に体制を低くして滑り込んで行った。アキレアの手甲の鈍い光りが狂暴な軌跡を描いて男に襲い掛かる。
あ、危ない!
何故か私は殴られる方の男の運命を想像して悲鳴を上げる。男もそう思ったのか武器を捨てて横に飛んで回避しようとした。
するとアキレアも男が飛んだ方向に足を運んで、拳で男の顎をすくいあげるようにしてぶち抜いた。私はその残酷な瞬間に眼を閉じてしまう。
「シッ!」
ゴチャリ!
まるでクマが獲物の骨を牙で砕くような音が周りに響いた。その凶悪な暴力の音色に周りの人間たちは恐怖におののいたのが空気で伝わる。
「く! クソッ!」
男の無惨な様子を目撃したであろうもう一人の悪党が悪態をつきながら槍を突き出した音を聞いて咄嗟に目を開ける。
ガキィンッ!
という音と共に目撃したのはアキレアがスウェーのような体勢のまま手甲で槍の穂先を受け流していた場面だった。
「はあっ!?」
そのままアキレアは男の前に大きく一歩を踏み出すと拳を繰り出す。
しかしそれを予想していたのか相手の男は大きく腰を落とすと地面に顔を付けるぐらい体勢を急降下させた。
あー。ドッチボールで当たらないために体制を低くするやつね。急にやられると外すよな…。
そう思っているとアキレアは繰り出した拳をジャブの様に直ぐに胸元に引き寄せた。そしてもう一方の手を倒れ込むような体勢で男の脳天に振り下ろした。
「フンッ!」
ゴチャッ!
アキレアは振り下ろした拳と軸足の二本だけで地面に立つとそのまま腕の力を使って身体を元の体制に立て直した。
フェイント――。
アキレアは男が回避すると読んで予め虚実の攻撃を振って回避させ、その隙を狙って攻撃を打ち当てたのだ。頭でわかっていても実践の中でそれをやるのは非常に難しいのに。彼女は息をするかのようにそれを繰り出した。
私も師匠に戦い方を教えてもらったからわかる…。アキレアは半端なく強い。力が強いとか技巧があるとかそういうレベルじゃない。戦うことが当たり前、反射の領域になっている。一体それが当たり前になるまでどれだけの研鑽があったかを想像すると…。彼女の強さは才能とかではなく努力のたまものなんだろう。多分、私がこいつらを斬ろうとしても絶対に躊躇する。殺したら可哀そうとか思っちゃう。でもアキレアにはそれがない。迷いも一切なくてむしろ、相手が何を怖がってどう動くかまで考えながら戦ってる。
私はポカンとしてる自分に気が付くと頭を振って外套の下のナイフを抜いて後ろの男を振り返った。男もアキレアの強さに呆然としていたのか、弾かれたように刀を抜こうとする。男が刀を抜こうとジタバタしているとアキレアが男の側に来てそのまま佇んだ。
「…?」
私達がアキレアの顔を見ると、彼女は手際の悪い部下の仕事を見るかのような冷たい目線を彼に注いでいた。
「し、死ねぇー!」
どう考えても勝ち目がないアキレアに男は刀を振り下ろそうとした瞬間、アキレアは男の手を取って背後に回ると締め上げる。
「…!」
男が痛みに悲鳴を上げようとするとその拘束を解いて自由にする。
「…!?」
私達が驚いてアキレアを見返すと彼女は男に「さっさとしろ」というような冷たい目線を送っている。
「ば、馬鹿にしやがって…!」
そう言うと、男は怒りに満ちた目を私に向け、刀を振り上げる。
するとまたもや背後からアキレアが男を羽交い絞めにして立ち位置を入れ替えるようにして男を放り出す。地面によろめいた男も私も気づく。
遊んでいる。
男がどんなことをしようと、アキレアは機先を制して男に組みついてその行動を封じられてしまう。何をやっても勝ち目がない。それを自覚させるために彼女はそうしているんだ。
「ま、参った…。もう許してくれ。い、命だけはお助けを」
「いいだろう」
そう言うと、彼女は手の手甲を外し始めた。男は助かった…みたいな顔をしているけど、雰囲気的に彼女の仕置きはまだ終わってないことは容易に察せられる。
「参ったしてるから殺しちゃだめだよ」
咄嗟に私はアキレアを嗜めると「承知」と頷く。そして手甲を外した素手で男の前に立つと「立て」言い放った。おずおずと立ち上がった男の腹にアキレアは上半身を固めたまま、腹に何発かのボディブローを放った。受けた男はエビが逃げるときの様に身体を浮かせてから地面にたたきつけられ、その後にのたうち回った。
「フゥーッ!」
ひ、ヒエ…。
見るとアキレアの腕はまるで男の格闘技者の太い腕の様に発達した筋肉に覆われていた。こんな拳で殴られたらそりゃ悶絶するに決まっている。
気づけば痛みにのたうち回っていた男は気絶してしまったようだ。アキレアは男を見下ろしながら大きくため息をつく。
「弱いですね。帝国の兵士崩れとはいえこの程度ですか。とんだ期待外れです」
「え、この人達って帝国の兵士なの?」
「恐らくは。彼らの武器の槍は皇国とも王国とも違う量産品です。供与品として皇国の槍が混ざることもありますがデザインが違いますから」
「帝国の人達が追いはぎにあたってセンはないの?」
「最前線の帝国の兵士なら歩兵一人でも彼らに負けることはないでしょう」
まあ、確かに言われてみると彼らは攻撃はそれなりにできていたけど回避や作戦が結構雑だった感じがする。正直私もロングソードがあればギリ勝てそうな感じがするぐらいの。最も私だったらアキレアの様に身をかわせないから森に潜んでゲリラ戦になってかなり時間がかかるハズだ。それを物の数分でノシたアキレアはやはり別格だと思う。
「これだったら貴方と手合わせした方がまだマシですよ」
彼女は気絶した男から刀を取り上げると刀を鏡代わりにしながら髪を整え始めた。
「いや、私だって貴方に攻撃を当てられないから。結局その人達みたいにノされて終わりだって」
「いえ、貴方は私より強い。断言できます」
「…どうして?」
「貴方は私と戦うとなったら距離を取って時間をかけて戦おうとするでしょう。眠っている時、用を足している時、そんな時を狙って襲ってくるでしょう」
う、うーん…。いや、やっぱりそこまで読めてるなら勝ち目ないと思うんだけど。
「その時点で貴方の勝ちです。そんな戦いに私は興味がない。すぐに降参してしまうでしょうから」
そして彼女は刀を鞘に納めながら言った。
「この世界に一対一の戦いが輝く場面は決闘しかありません。そう言う意味では貴方の方が圧倒的に強い。私はそう思っています」
何でそんな話をするのだろう。
そう思ってから気づいた。
彼女は私が気後れしないようにそう言ってくれたのか。確かに上司が部下に気後れしているって何か卑屈な感じがするしね…。
「そう言ってくれると嬉しい。だが、私は戦闘が苦手だからアキレアには今後とも励んでもらおう」
「承知しました」そう言うと彼女は優雅に微笑む。それに合わせて私も微笑みを返す。
実力を隠す私と、それを庇護する騎士。そう形にして相手の尊厳も守ってくれるなんてまさに護衛の鏡だ。
「それよりも、この中に居るであろう犠牲者と残党についてです」
そう言うとアキレアは笑った顔を緊張したものに戻す。
「ああ、そういえば仲間は五人ぐらい居るって言ってたね」
「倒したのは三人。残るは二人ですが、そのうち最低一人はこの小屋の犠牲者の中に紛れていると思います」
「ああ、確かに。犠牲者に紛れていれば一緒に監視もできるからそうするだろうね」
「その潜伏者は先ほどの男三人より厄介です。明らかに敵とわかっていれば武力で対処できますが、隠れられては私は対応できる自信がありません」
「わかった。私に考えがある」
「どのようなものかうかがってもいいですか?」
「いや、アキレアは護衛に集中していて」
多分アキレアは嘘が苦手だと思うから、私の作戦は知らない方が上手くいく気がする。
「わかりました。いざという時はお任せください」
私は頭の中で犠牲者の中にいるであろうスパイをあぶりだす方法を反復する。
たしか会社のOJTで教えてもらったゲーム理論の本の中に”繰り返しゲーム”っていうのがあったハズ。
私は咄嗟にOJTで聞いた繰り返しゲームのビデオの映像を思い出す。
『繰り返しゲームとは、同じ相手に何度も問いを重ね、その答えを照らし合わせていくやり方です。これを応用してチーム内で質疑応答を繰り返して企画に不備がないか確かめ合いましょう。一度だけじゃなく、何度も繰り返せばその都度必ず綻びが見えきます』
これを応用して…全員からこの気絶した男を知っているかを聞いて…。後から気絶から回復した男の証言と整合すれば多分ボロが出るハズ。
そんなことを考えながら私は外套の脱いで気絶した男を隠すように被せた。その時に私はある考えに至る。
問題は五人目の仲間か。それが犠牲者の中に居るのか他に潜伏しているのか…だよねぇ…。もし犠牲者の中にいるなら楽だけど…。潜伏されたら逃げられちゃうだろうな。まあ、逃げられても問題ないんだけど…。変に報復とかされたら嫌だからできれば一網打尽にしたいんだよね。
「まあ、とにかくやってみて上手くいかなかったら適当に次の手を打てばいい」
少なくともアキレアのおかげで私は優位に立っている。残りの奴らもさっさと倒せば今宵は安心して沸かしたお湯のタオルで身体を清めて眠ることができるからね。
「じゃあアキレア。中から人を出してここに並べて」
「承知しました」
アキレアがかんぬきを外して中の者に声を張り上げる。
「我が名は騎士アキレア! 先ほど神の僕を騙る不届きな者たちを成敗した! 安心して中から出てこい! ただし、一言もしゃべらず一人ずつだ!」
そう言うと、アキレアは中から一人ずつ外へと呼び出す。
出て来た一人目はボロボロのローブを着た若い巡礼者風の男だった。手には杖を持っていて、足にはボロボロのサンダルを履いている。
二人目は泣きじゃくった土に汚れた村娘だった。
三人目は憮然とした表情の男だった。頬に切り傷があって私達を睨むような目つきをしている。
四人目は商人風の男で、私に何かを訴えかけようと目線を合わせてくる。
五人目はボロボロの服を着た少年で周りをキョロキョロと見るばかりで状況が良くわかってなさそうだ。
私が五人を見定めているとアキレアが耳打ちをしてくる。
「ルリコ様。この五人の中に二人も敵がいるとは思えません。やはり一人は潜伏しているとみるべきでしょう」
…。まあ、確かに五人中二人が敵っていうのはほぼ半分が敵になる。その確率は薄い気がする。
私もアキレアに耳打ちする。
「確かにこの五人の中に子供が二人も居るからね。普通に考えたらその二人は外して残り三人の中に敵が二人もいる…ってのはありえなさそうだしね」
囁いてから顔を少し離すと、目にアキレアのピアスの光が捕らえられる。見るとその耳たぶがなんだか異様に赤くなっている気がする。
「なんか耳たぶめっちゃ赤くない? 大丈夫?」
そう思って耳たぶの熱をはかろうと手の指の背中を当てると、フイと彼女は私から離れてそっぽを向きながら言った。
「気安く触らないでいただきたい」
「あ、ごめん」
そう言ってから私は五人に再び顔を向けると、地面に倒れた男のかけたマントの布をはぎ取った。その男を見た五人はそれぞれ多種多様な反応を見せた。
気絶した男を見て修道士の青年は顔を青くして黙っていた。村娘は絹を裂くような悲鳴をあげ、三人目の男はチッと舌打ちをする。四人目の男は両手を上げて驚きの表情を周囲に向けている。少年はよくわかってないのかボケっとしている。
うーん…。少年は敵っぽくないけどな。ていうかこれが演技だったら凄すぎるよ。他は…なんか胡散臭いといえば胡散臭い。
「この男を知っているか? 皆一斉に答えよ。はいせーの! ドン!」
そう言われた。五人は顔を見合わせてしどろもどろに答えた。
なんだこの、残念なお遊戯みたいな完成度は…。一斉に答えた言葉を再度一人ずつ答えさせていく。
修道士の青年は「この男に誘われて閉じ込められました」と答えた。
村娘は「村が襲われてこいつらにさらわれたの! お家に帰して!」
傷の男は「そんな男知るか! 大体なんだお前らは女のくせに指図しやがって!」
商人は「何も知りません。ですが、私は領主の御用商人ですので、たくわえが沢山あります。だから狙われたのでしょう。しかし、そこに女神が現れた! 貴方との出会いに感謝を!」
少年は「おらぁおっちゃんにパン貰っただぁ」
と答えた。
「じゃあ次に…捕まった時にそれぞれ部屋に先に誰が居たか答えて」
すると皆一斉に答える。
まず修道士の青年が村娘を指さした。
村娘は「何もわからない! 暗くてわからなかった!」と答えた
傷の男は「そんなこといちいち覚えているか!」
商人の男は「ええ! ええ! 覚えていますとも! 私が入った時には既にこの場の皆さん全員が居ました!」
少年は「ずっと床のアリを見てたからわかんね」と答えた。
何か皆わからないとかそんなのばかりだな。
見かねたアキレアが地面の石を二つ拾うとくるみ割りの様に手の中でゴリゴリと潰し始めた。すると、割れた石の破片がボロボロと地面に零れ落ちる。その間、アキレアは傷面の男をずっとガン見していた。アキレアに睨まれた男は顔を青くして再び口を開いた。
「俺が来た時には坊主と女とガキが居た。後からその太っちょがきた」と答えた。
私は顎に手を当てながら青年と村娘に聞いた。
「そこのフードの人。貴方が入った時にはそこの彼女はいたんですよね? 一緒に状況を把握しましたか?」
それを聞かれた青年は頷いて行った。
「はい。この場に私達しか居ないと確認しました。その時彼女は『やれやれ運がない』とおしゃっていました」
「その時彼女は泣いていましたか?」
「いえ、むしろすべてを悟って運命を受け入れるような感じだったのかもしれません」
「おかしいですね。さっきまで全ての運命を悟ったかのようだったかのに今になって泣きじゃくるのはおかしいのでは?」
私がそう言うと村娘は手をワタワタとさせながら言った。
「そ、そう! 確かに最初はそう思ってた! でもそこの男を見て急に怖くなったの! よくあるでしょ! 若者のイキリみたいな感じ!」
「でも出てくる前から泣いてましたよね?」
「だからぁ! 違うの! そこの騎士のバカでかい声を聞いて怖くなっちゃったんだって! ああ…本当にマジ無理なんだけど…辛い…」
そう言うとまた手で顔を覆って鼻をすするような音を周囲に響かせる。
「わかりました」
そう言うと今度は傷面の男と商人の男に聞く。
「そこの男の人、最初は知らないと言っていたのにどうして後から答えたんですか?」
「いや、だってよ…。そこの騎士の姉ちゃんがただモノじゃないって気づいてよ。でも俺だってイライラしてたんだ! そこの女がギャーギャーうるさいからよ! 気を付けな嬢ちゃん! そこの泣きまねしている女は猫被ってるぜ! 本当はこんなことぐらいじゃ泣かない生粋のはねっかえりだ!」
男がそう言うと村娘は顔を上げると憤怒の形相で言った。
「はあ!? アンタが男の癖にビービーやかましいからこっちだってイライラして…」
そこまで言って、皆の目線に気づいた村娘はまた顔を隠した。
「もーマジでありえないって。私は殺してないから!」
「「”わたしは?”」」
村娘の言葉に私とアキレアは同時に反応する。
「ちがくて! 違うから! あたしはやってない!」
最早語るに落ちるみたいな感じの村娘は必死に首を横に振る。
「決まりだな」
アキレアが手の中で砕かれた石をその場に捨てると村娘はその場にへたり込んで平伏した。
「違います! 私はやってない! ここの奴らに協力したら殺さないって脅されてただけ! でも直接手にかけてない! だから命だけは助けて! 打たないで! 痛いのは嫌!」
村娘は倒れた男の様子から悲惨な末路を想像したらしく容易く口を割った。アキレアは平伏する村娘を半眼で見下ろしながら静かに言った。
「仲間の場所を吐け。そしたら助けてやる」
アキレアは私を背後に隠しながら村娘に問いかける。
「それは…」
薄笑いを浮かべながら村娘は誰かを横目で見る。その視線の先に居たのは商人だった。
「はい、動かないでくださいねぇ!」
最早ここまでと思ったのか商人は傷面の男にナイフを突きつけて人質にした。
「この者の命が惜しくばシュラを連れて来てくださいねぇ!」
え…どうしよう。あんまり惜しくない。
「別に惜しくないぞ」
「おい、ふざけんな!」
アキレアの即答に傷面の男は顔面蒼白で怯えた表情を見せる。
私の内心をアキレアは相手にはっきりと告げる。現実って残酷だなぁ。
「そうだよなぁ! お前達のような貴族にとってしてみれば俺たちの命なんてこれっぽっちの価値もない! そうやって俺たちの商品を金も支払わずに戦備の徴発と称して奪いやがる! だったら俺も奪って何が悪い! 俺はお前らのやってることを真似しているだけだ!」
商人の逆切れにアキレアは事も無げに答えた。
「お前ら下々の者が貴き御方たちの真似をするなど許されない。貴き方たちは人を導く為に神が御造りになられたのだ。我々はその貴き方の導きの下に付き従う小星にすぎない。お前のような者が貴き方の真似をしようとはおこがましい。その驕り、万死に値する」
そう言うと、アキレアは腰に差した刀をスパリと抜いた。先ほどの敵の男が持っていた時とは違って正眼に構えられた刀はギラリと狂暴に光り輝いていた。それを見た商人は自分の末路を想像してしまったのかナイフをその場に取り落とした。
「い、命ばかりはお助けを! 私も哀れな被害者の一人でございます。脅されただけなのです!」
平伏した商人にアキレアは近づいて言った。
「いや、許せないな。此処を通った商隊は全て我ら奥方様と君主シャン様の財である。それを奪うことは君主の財を盗むと同義。君主の財を盗むものは死罪と決まっている」
あ、ヤバイ。
その場にいた誰もがアキレアが商人を殺すと察した。
私が止めようとすると、横から「決まっていません」と巡礼者の青年が言った。アキレアは抜き身の刀を下げながら声の主を見た。青年はアキレアに臆することなく言葉を続けた。
「アダムとイブが楽園を追放され、畑を耕し、糸を紡いでた時に…貴族などは居ませんでした。神が真に御造りになられたのは彼らのみ、それ以外は全て人が創りし産物に過ぎない」
アキレアは刀を鞘に納めると青年の方を向いて行った。
「だが人の世にはこのように勘違いした奴が時々現れる。だから人々はそれを裁く法を神から授かったのだ。人が道を誤らないようにと」
「はい。だからそれを裁くのは貴方ではない。貴族でもない。教会の法典の裁きでなければなりません。人は間違える。だから人が人を裁けば誤った裁きになる。だから神から法を下賜される教会こそが罪人を正しく裁けるのです」
そして青年は騎士アキレアを指さすと言った。
「貴方は此処にいた罪人を私刑で裁いた。それは罪人が改心する機会を奪い、教会が下すべき裁きを勝手に行った罪でもあります。騎士アキレア。貴方の罪をエルゼワードの弟子、セリオンが告発します。貴方を神の咎人として神の名の下に断罪します」
巡礼のセリオンに告発された騎士アキレアは目を大きく見開いたまま固まっていた。暫く見ているとアキレアの顔色はみるみる青くなり俯いた。
「私が…? 神の咎人…? 地獄…? 地獄へ行くのか…!?」
そう小声でつぶやくと小刻みに震えて髪を何度もかき上げたり、腰の刀の柄頭を撫でたりし始めた。
いつもみたいに毅然として反論するかと思ったら…。アキレアさんめっちゃ不安になってるじゃん。
「騎士アキレア! 懺悔しなさい! 剣で奪った命を言葉で悔いるのです!」
アキレアは青年にそう言われて少し腰を屈ませようとしたので私は背後から彼女の肩に手を置いてそれを止めさせた。
「その必要はないよ。騎士アキレアが私を護るためにやったこと。なんの咎も無いはずだよ」
「ルリコ様…」
私を見るアキレアの目は若干潤んでいる。
「その傲慢。それは貴方がやんごとなき御方。貴族だからですか?」
セリオンは私をまっすぐ見据えると臆することなく言い放った。それに対して私は首を横に振ると言った。
「違う。私は貴族としてではなく、私個人としてそう言っているだけ」
「そうですか。それは失礼しました。ではルリコさん。貴方はなにゆえ人の命を奪うことを良してしているのですか?」
「それは私の故郷では正当防衛。つまり殺されるかもしれない相手は殺しても止む無しという考えがあるからだよ。相手は武器を持っていたからね。多分その範疇だったと思うよ」
正当防衛は前世の日本の法律だけど、エルフの集落にも似たような法がある。なんならエルフの集落では女性を襲った男性への罰はかなり重い罰を科せられるぐらいだ。
「多分? つまり貴方はその法を知っていても、本当にそれが適用されるかわからなかったということですよね? だったら貴方はその判断に責任を持てないということでは?」
「そうだね。でも私は女性としての尊厳を守るために戦った。それは私とアキレアの尊厳でもある。もし、貴方がそれを罪というなら裁判に出廷しても良いよ」
私がそう言うとセリオンは暫く考えた後に頭を下げて言った。
「いえ、私もそれを罪と断罪するのは本意ではありません。か弱き乙女を守った者は裁判にかけるでもなく無罪でしょう。先ほどの発言を撤回し謝罪ます」
ありゃ、以外に素直に引き下がるんだなぁ。てっきりカルトの勧誘並みに食い下がってくると思ったけど。
「しかしそれは貴方達が彼等を裁いたという部分のみです。彼らの改心の機会を奪った。この点についてはまだ疑問の余地があります」
「それなんだけど、この人を見てよ」
私は気絶した男に小屋の松明を取って向けるとフードを取った。すると照らし出されたのは褐色の肌だった。
「こいつシハナカじゃねぇか!」
シハナカは褐色肌の確か海賊とかしてたりする種族の人達だ。
「こいつは異邦人だ! 改心してもそもそも神の国には入れねぇ!」
叫ぶ傷面の男にセリオンは反論する。
「本当にそうでしょうか? 騎士アキレアの主君であるシャンはシハナカと同じ異邦人だったハズ。彼も神の国に入れない。そんなことがあると思いますか?」
…。
セリオンの反論のその場の誰も答えられない。それでも傷面の男は苦し紛れに言葉をひねり出す。
「そうは言ったって…俺んとのこ修道士はそう言ってたぜ? あいつらが嘘をついてたってことか?」
「いえ、我ら教会は異邦人は神の国に入れないとしている。だが、異邦人の中には君主になる者も善良なものもいる。だから誰でも改心すれば神の国にはいることができる。それが我々博愛の派閥の主張なのです」
「ハバツとかシュチョウ言われても…俺達にはなんのことだかって感じだぜ。それに俺は天国に犯罪者が来るのはごめんだね。神の国がケガれちまう」
「確かに犯罪者は神の国に入れるのは間違いです。しかし例えば今日みたいに襲われそうになった女性が不可抗力で人を殺めてしまったら? 盗賊に脅されて罪を犯してしまったら? そんな人たちまで犯罪者として神の国から追放されるというのは神の愛から反していると思いませんか?」
そう言うと彼は私を見た。これは私に対して言っているのだろう。
まあ、確かに仏教にもアヒンサーって元人殺しが仏陀の教えで改心したって逸話があるけど…。この気絶している男がアヒンサーみたいに改心するかどうかってことだよね? そんなのわかるわけないじゃん。
「まあ、とはいえ。この人が改心するかはともかくとして。不意の事情で犯罪を犯した人が天国に行けないってのは確かに可哀そうかと思うよ。だから私はこの人をすぐに死刑にしたいとは思わない。だからと言って自由にするつもりはない」
それを聞いた村娘は顔を上げて言った。
「え、じゃあ私も改心すればまだ天国に行けるってこと? じゃあ私します! どうやったらできますか?」
いや、だからわからないけど…。
「人々を導くには罪の告発だけじゃなく、贖罪として改心に導くことが必要です。それができるのはやはり神の僕である我々しかなしえないことです」
セリオンは私に生半可な知識だけでは犯罪者の更生はできないと言っているらしい。
まあ、確かにそれはそうか。だったらこの人を裁くのは私の仕事じゃなくて彼らの仕事なのかもしれない。
私が納得しかけていると村娘が立ち上がって言った。
「ねえ、ていうかちょっとまってよ。このオジサンは別にまだ死んでないでしょ? だったらそこの巡礼の彼の言ってる、オジサンの会心の機会を奪ったってことにはならないんじゃない? だったらそこのイケてる女騎士さんの罪は告発できないでしょ?」
まあ、確かにこの人は気絶しているだけに見える。最もアキレアの打撃で内臓が破裂しててもおかしくない気がするけど。
「…確かにそうですね。それは私の早とちりでした。こちらも撤回します」
それを聞いた騎士アキレアは大きなため息とともに息を吹き返す。
結局セリオン君の告発は最後に村娘にすら論破される形となって幕を閉じたのだった。
それにしてもあのアキレアが恐れる程に神の救済って重要なんだ。もしかしたら、私のせいでアキレアが地獄行きと断罪されたら彼女の肉体は無事でも魂は死んだも同然となってしまうかもしれない。だったら私はアキレアがそうならないように無茶な命令をしないようにしないといけないんだ。
私はアキレアという武力を使うにあたって、彼女の肉体だけでなく、心まで守らないといけないと固く誓った。




